8-2 豹変
『覗き見ようなどと浅はかなことは考えないことだな』
ヴィアメルさんのステータスが表示されるべきウィンドウには、そう書いてあったのだ。
圧倒的なステータスや、異常に強いスキルがあったのならまだいい。ヴィアメルさんはこちらのスキル発動を一瞬で感知し、表示されるべき内容を書き換えてしまったのだ。
それを認識する頃には、数十センチ高いところに視界が持ち上がっていた。首元に圧迫感がある。あまりの出来事に反応が遅れ、胸倉を掴んでこちらを睨んでいるのがヴィアメルさんだと気づくまでに、数秒を要した。
「大人しく騙されておけばよかったものを」
ヴィアメルさんは吐き捨てるようにそう言い、ユートを掴んでいた左手を離した。
興味を失ったように後ろを向き、深くため息をつく。オーラが刺々しいものに変わった気がした。
「まだ強くなる必要があるな。後日、使者を派遣する。訓練をするように」
それだけ言うと、姿を消してしまった。黒の空間は、いつの間にか白の食堂へと戻っていた。
しばらくして最初に口を開いたのはミノルだった。
「済まねぇな。おめーが〈鬼神の魔眼〉を使うことも、それをおそらく感知されるであろうことも、分かってて黙ってた」
「・・・・? どういうことですか?」
「あいつ――――――――ヴィアメルは、あの場で全員に感情操作の魔法を、ばれない様に使っていた」
その言葉はすんなりと納得できた。今思えば途中から急に親近感というか、いい人オーラのようなものを感じ取っていた。
「まぁ、完全に騙されてしまわない様に、こっそり少しだけ魔法耐性を上げる魔法を使っておいたんだけどね」
ゼフィーが少し笑う。そうでなかったら、疑る所も無く鬼神の魔眼すら発動させていなかっただろう。
「あえて言っていなかったが、俺たちがアイツを嫌ってるのも恥ずかしい話、ゼフィーが来るまで騙され続けていたから、ってのが主な理由だ」
ミノルが苦笑する。ナツメは既に〈血の回廊〉を発動し、辺りを血塗れにして帰る準備を整えていた。一秒でも早く帰りたいらしい。
「ゼフィーがそれに抵抗できたのは普段からいくつも防御魔法を張ってたからだよー。ゼフィーが今までに見た中で一番強い攻撃も、一分くらいなら耐えて見せるはずだよー? さ、帰ろう?」
い、一体そこまでガッチリ守る理由は何なんだろうか・・・。今度、機会があったら聞いてみよう。ナツメが待ちきれずに一人で帰ろうとしていたので、慌てて回廊に飛び込んだ。意識が一瞬暗転し、すぐに家の前の赤い景色に早変わりした。
家に入ると、自然と口調が戻る。ただ行って待って帰ってきただけなのに、とても疲れた。まぁ、寝不足もあるだろうが。
「さーてと、それじゃあひと眠りすっかな。あ、塩でも撒いとくか」
「私はお風呂にするけど、猫耳ちゃんも一緒にどう?」
「はい、ご一緒します」
「じゃあゼフィーも一緒に・・・・いやなんでもないです」
夏芽さん、殺気出てますって。怖いです。
―――――――――――――――
悪い夢を見ていた。高いところから落ちる夢だ。
ほとんどの人が一度は見たことがあるであろうそれは、目を覚ます頃には何から落ちたのか、どうやって落ちたのかすら見当もつかないまま後味の悪さだけを残していた。
ユートはベッドから体を起こし、深く息を吐き出した。カーテンが開いたままの窓から、赤い不気味な光が差し込んでいる。時計によると昼過ぎ。四時間ほど寝ていたようだ。
体がじっとりと熱い。ユートは〈身体収納〉で水筒を取り出し、一息で水を飲み干した。冷たかった。
身体収納は便利だ。入れる前の状態を保存してくれるので、冷たいものは冷たいままいつでも取り出せる。そのまましばらくじっとしていると気怠さも火照りも薄れてきた。
そろそろ居間の方にでも戻るかな・・・・そう思った矢先、ドアがノックされた。
「お兄ちゃん、起きてる?」
「ああ、ちょうどさっき起きたよ」
どこかで聞いたことあるセリフだったが、普通に返事をする。段ボール箱を抱えたゼフィーが入ってきた。
「えへへ、早速鑑定をお願いしようかと思って」
箱を開けると、そこには大量の魔石やアクセサリ類が。全部鑑定するらしい。〈鬼神の魔眼〉は消費魔力ゼロなので問題はないのだが・・・・・
「気に入ったのがあったらあげるから。ね?」
「はいはい、じゃあとっとと始めるぞ」
そんな反応をしながらも、ゼフィーの発明品を見るのが少したのしみだったのだ。ユートは落ちる夢のことは、ほとんど忘れていた。




