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6-17 殺人

次回は木曜日です。ここからまた週2に戻ると思います。



「嘘・・・・・・・だろ?」


突然の発言に、思考が空転し、焦燥が身を焼く。


「あの時のご主人様は、冷酷で、非道でした。狂人のような眼で、時々笑みを漏らしながら戦ってて、命乞いなんて聞いてなくて、まるであの時の私みたいで、怖くて・・・」

「―――わかった。もういい。無理をさせちまったな」


泣き出しそうになるシューミルを宥めて、稔さんは椅子に戻り、大きくため息をついて座った。


「記憶にない、もしくは別の幻覚を見ていたとかで、お前の意志じゃないんだろう?」

「・・・・・はい。きっとそうだと思います」


確かにあの時、あいつら全員をぶっ殺してやりたいとは思っていた。その位憎かった。今だって嫌いだ。


「なら、お前は悪かねぇ。現代っぽく言うなら心神喪失状態ってこった。これからは封印しとけば良い。とりあえず詳しい話は夏芽が戻ってからに後回しすっとして、話を戻していいか?」

「わかりました」


焦燥と恐怖を払拭すべく頭を振って空っぽにし、再度稔さんの話に集中しようとする。


「この〔意志〕も、女神や邪神と同様、記憶の読み取りと書き換えが出来ることになる。そこで疑問が二つ。一つはこの女神は本物かどうか、ということだ。そもそも毎週記憶をくみ取るなら、〔意志〕を植え付けずに作業は代理に任せればいい。つまり意志をくれた女神は偽物で、個別に情報を欲しているのかもしれないというこった」


三体目の天使の絵の上に書かれた本物という字にクエスチョンマークを付け足す。


「もう一つは、これも同じく記憶についてだ。スキルを追加するということは記憶を書き換える行為とも言えるわけだろう? その権限を自律的にしてしまって良いのか、という疑問だ。〔意志〕そのものに何らかの方法で干渉できた場合、女神の力を使える、ということになってしまう。そんなことが許されるのか、そもそも可能なのかはわからないけどな」


つまり、意志は発信機兼盗聴器兼凶器になりうる、ということか。確かにそんなたいそうなものをポンと渡す理由も目的もよくわからない。


「以上のことから、女神も邪神も、〔意志〕をくれた自称本物も、相当に胡散臭いと俺たちは読んでる。そこで記憶の抜き取りを避けるために、七日に一度、夜更かしをして女神の干渉を避けてる、ってこった。わかったか?」

「・・・・はい。わかりました」

「まぁ、落ち込むのも無理はねえよ。今まで誰も殺さずに来たクチだろ?」

「はい。魔物以外を切ったことはありませんでした」

「・・・・・実はな」


隠し事を話すかのように、声を潜める。


「俺も武器商人をやってたってでけー顔してるが、こっちに来るまでは誰一人として殺したり傷つけたりはなかった。まぁ、多少の喧嘩沙汰はあったが、せいぜい包帯くらいだ。ほっときゃ治る」


ボールペンをしまい込み、紙をくしゃくしゃにして屑籠に投げる。ぴったりと中心に落下した。


「けど、この世界に来てそんなことは言えなくなった。この世界の人間はすぐに死ぬ。ひ弱とかそんなことじゃなくて、世界自体がそうなんだ。生きるか死ぬか。殺すか殺されるか。そんな世界なんだ。今自分は何十何百何千と言う命を擦り潰して、その上に立っている。明日は自分が潰されるかもしれない、常にそう思っていたほうが良い」


声変わりの終わっていない喉から、重たい言葉が発せられる。それはアンバランスなようで、含蓄と言う言葉の意味以上の重みをもたらしていた。


「救いたい奴は救えばいい。ただそのためには、救えるだけの力が必要だ。それがなけりゃあ・・・・失うだけだ」


苦しみを吐き出すように、言葉が紡がれる。わけを聞こうとしたら、「聞くな」と止められた。


「ま、おっさんは苦労人だってことだけ覚えておいてくれ。さ、飯はできたかな?」


空気を変えるためか、殊更明るくそう言い、台所の方に歩いていく。その様子は学校帰りの中学生がおなかをすかせているようで、それでも床に映る影だけはさみしそうだった。


台所の方からは、ゼフィーの元気な声が聞こえてくる。なにやら稔さんと言い争っているようだ。その様子にユートは、少しの元気と、勇気を貰った。


「シューミル」

「なんでしょうか、ご主人様」

「誤魔化しに聞こえるかもしれないけど、俺はあの時、自分とシューミルを守りたかったんだ。稔さんみたいに救う、なんて考えられる余裕もなかったし、簡単に逃げ延びられるわけじゃないことも覚悟はついてた。藁にも縋る思いだった・・・って言うのかな。だから邪魔する存在を憎んだし、殺したいと思った。それがきっと、あのスキルを作ってしまったんだ」


「もちろん、意志がくみ取った感情は自分の物だから、やっぱり責任はあると思ってる。だけど、あのまま死ぬのと、こうやって生き延びるのを比べたら、こっちの方が断然いい。自分の感情から出来たスキルでああなっておいて何を言っているんだ、って言われそうだけど、俺は殺人を楽しむ奴じゃないし、今後あのスキルに軽々しく頼るつもりもない。だから、もう一度信じてほしい」


それが自分で出した最終的な答えのつもりだった。怖がらせてしまったことは、もう変わりようがないのだから、あとは誠意を見せるだけだろう。


黙って話を聞いていたシューミルは、突然に、笑い始めた。


「さっき、言ったはずです」


笑いをこらえながら、言葉を紡ぐ。


「シューミルは、ご主人様をずっと、特別だと思っています。だから、どんなご主人様でも、私の特別です」


素直な、優しい笑顔に、報われた気持ちになる。


「・・・あ・・・ありがとう」


突然思いついたように、付け加える。


「あ、けど、ご主人様はやっぱり、のほほんと優しそうにしているほうが好きですよ!」


のほほんとは余計だ。


完成したサンドイッチを持ってはしゃぐゼフィーを尻目に、ユートは少しだけの涙をぬぐった。







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