6-12 ゼフィーの緊急脱出装置
「―――ッ! 何者ですか!?」
「んー、わたしはゼフィーだよ!【障壁】!」
何やら話している。細い足が、目にぼんやりと映っている。
「とりあえず逃げよっか。【極癒】っ! これで動ける?」
何か魔法をかけてくれたらしい。体をそっと動かす――――っ、痛く・・ない?
視界も、一度目を瞑って開きなおせば、はっきりと見えていた。アイドルが着ていそうなくらい派手な服を着た小さな女の子が、こっちをくりっとした目で見つめている。
「う・・・うん。動けるよ」
「そっか! それじゃあ頑張って逃げよー!」
両腕を持ち上げて、おー!と一人で気合を入れている。そんなことよりロイツェフが・・・あれ?
そこでやっと、周りが黄色の光で包まれていることに気づいた。
「これはね、わたしの障壁だよ! たぶんもう少ししたら壊されちゃうと思うから、壊されちゃったらわたしにつかまって!」
「ちょちょちょっと待って、まず、お前は誰なんだ!?」
「わたしはゼフィーだよ。安心して、転移者、柊悠斗くん」
転移―――者? 今、名前と苗字をひっくり返さずに読んだ・・・?
「来るよ! 気を付けて!」
すぐにガラスが割れるような音。黄色の光は崩れ去り、また元の景色に戻っていた。自分の物と思しき血だまりもある。
「キサマ・・・纏めて血祭りに上げてくれるッ」
「いいの? ほっといていると怪我しちゃう人がいるかもよ?」
ゼフィーが遠くを指さした瞬間、遠くから爆発音が聞こえてくる。
「さ、逃げよっか!〈限定天装〉!」
ロイツェフの気を逸らした直後、突然ゼフィーの背に白い翼が出現した。それは天使のそれのように白く輝き、暖かな光を振りまいている。
「出発っ!」
ゼフィーがユートの手を握ると、ふわりと体が浮き上がり、真上に加速する。
数秒後には、ロイツェフが豆粒位の大きさになっていた。
「いやー、危なかったねー。あと何秒か遅かったら、ほんとに死んじゃってたよ?」
「・・はい。ありがとうございます」
「んー? そんなに硬くならなくていいよ? あ、もしかして惚れちゃった? きゃー嬉しー!」
手をパタパタと振ってきゃっきゃと騒いでいるゼフィーと名乗るこの女の子は一体何者なのだろうか。見たところ何か知っているようだが、そんな年には見えない。小学生・・・くらいだろうか。
「えーっと、俺をどうするつもりなのかはよくわからないんだけど、実はもう一人仲間が居てね。シューミルって子なんだけど、その子も助けてくれないかな?」
「うん! たぶんわたしの友達が今助けてくれてるはずだよ!―――あ、いたいた!!」
ゼフィーの指差すほうを見ると、そこには大きな血だまりがあった。思わず血の気が引く。
「あー大丈夫、アレ友達のだから」
何事もなかったかのようにそう言うゼフィー。それなら猶更心配しないか?
翼は飛行とは何の関係も無いようで、空中で静止させたまま宙に浮いている。それをぱたぱたと動かすと、今度はゆっくりと降下し始めた。
地表が近づくにつれ、だんだんと鮮明になってくる。
黒ずんだ血だまりには紅いマネキンのようなものが何体か立っていて、ゾンビのようにシューミルを取り囲もうとしている。いざと言うときの為に渡しておいたナイフで応戦しているようだが、いかんせん旗色が悪いようだ。
「ありゃ。交渉失敗しちゃったみたいだね。たぶん痛い目には合わせていないハズだから、許してねっ」
ウインクを決め、「ストップ、ストーップ!」と手を振って介入していく。繋いでいた手を放しても一時飛行効果は残るようで、ユートはゆっくりと着地することができた。
ゼフィーは血だまりに向かって話しかけている。どうやら会話は成立しているようだ。
そして代わりに、にゅるりと人影が現れる。
黒のゴシックドレスを纏った、背の高い女性だった。
「あら。早いですわね。間に合いませんでしたの?」
「ううん、ちゃんと連れてきたよ!」
女性がゼフィーの指差した方、つまりユートを一瞥する。そして満足げに笑い、こっちに歩いてきた。
「ごきげんよう。ワタクシはナツメ ブラッセス。あなたと同じ、元日本人ですわ」
スカートをちょこんと持ち上げて一礼。血だまりから出てきたハズなのに、汚れはどこにもなかった。
「こ、こんにちは。僕はユート ヒイラギです」
品格と言うか、お嬢様オーラと言うか、その整った動作にここ数分で積りまくった疑問の山が瓦解してしまった。
「先程は説得の為に力を使ってしまいましたが、あなた方に敵意はありませんの。今は時間の都合上詳しい話はできませんが、私たちと一緒に来ていただけませんこと?」
指を弾くと、シューミルと戦っていたマネキンがどろりと溶けて血だまりの中に消えてしまった。
転移のことや、能力のことなど、聞きたいことは沢山ある。ついていくことはほぼ確定事項だ。というか断っても連れていかれそうな気がする。
ユートは血だまりを抜け、未だナイフを構えて警戒状態のシューミルに近づいた。
「んーっと、よくわからないけど、信じてくれた通り生きて脱出できた、かな?」
「は、はい・・・・よかったです」
頭を撫でてあげると、やっとそこで安心したように座り込んでしまった。
「まあ、この状況を見てたらわかるだろうけど、生きて帰れたのはこの二人のお陰だと思う。この二人は俺の能力のことについても何か知っているらしい。悪い人じゃないようだから、ついて行こう」
「はい。わかりました」
手を握って引っ張り上げ、一緒にナツメのところに行く。
「うん、わかった。ついていくよ」
「わかりましたわ。それでは早急に。手をつないで下さいまし」
黒に近い深緑の髪をかき上げ、血の沼に戻り、こっちへ手を差し伸べてくる。その様子は、新たな転機を齎すスイッチのようでもあり、拒絶者を匿う救済のようでもあった。
「〈血の回廊〉」
ユートはその手を握り、足元が深く沈み込んでいく感触に身を任せた。
たくさんのブクマ・評価・感想・ランキングタグのポチッ☆など、ありがとうございます。




