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3-14 傲慢は共有財産

「さて。俺のほうからも言ってみるけど、シューミルもちゃんと謝れよ?」

「はい。申し訳ありませんでしたぁっ!!」

「いやいや、俺じゃなくてさ。まあ、予行練習する分には構わないけど」


緊張の面持ちでうなずいた後、こっちにも頭を下げるシューミル。その表情は数十分前のそれとは大違いで、感情の明色が見て取れる。


感覚だが、暗くなってからもうかなりの時間が経っている。どうもこの世界に深夜族は少ないらしく、飲んだくれを除くとほとんど人気は無い。街の建物もほとんどが消灯していた。


モーガンさんは起きているだろうか。不貞寝とかされてたら少し困るなぁ。昼までに帰れないかもしれませんって書置きしたけどここまで遅くなるとは思ってもみないだろう。


ユートも若干緊張しつつ、屋敷の戸を開く。相変わらず広くて、照明の魔道具がしっかりと灯っていた。


「お帰りなさいませ、ユート様」


執事がすぐにやってくる。そして、シューミルに気づき、おや、と声を漏らす。


「へへ。ちゃんと連れ帰ってきた。モーガンさんは起きてる?」

「ええ。ただ、大変お怒りの様子でしたので・・・・」


少し顔を引き攣らせて言う辺り、相当なのだろう。シューミルが青くなっている。


「うーん・・・けど、行かないわけにはいかないしな。ま、神様にでも祈っておこうか」


いいフォローが思い浮かばずに下手なことを言ったせいで焦り始めるシューミルの手を引いて、モーガンさんの部屋に向かった。


「ユートです。今帰りました。入ってもいいですか?」


ドアをノックして、尋ねる。隙間から明かりが漏れているので、起きてはいるのだろう。


「どうぞ」


ぶすっとした不機嫌な声が、しばらくして帰ってくる。ユートはドアを開けた。


「連れ帰ってきました」


モーガンさんは仕事机に座っていた。仕事をしていたのかどうかは分からないが、羽ペンのインク瓶は閉められていた。


モーガンさんはちらとこちらを見やり、「君ならそうするんじゃないかって思ったよ」と諦めたように言った。


「シューミル」

「は、はいっ!! 申し訳ございませんでしたぁっ!!!」


シューミルが90度を超える勢いで頭を下げる。それにモーガンさんは深いため息で応じた。


「死のうとしたのか」

「・・・・・・・はい」


頭を下げたまま、答えるシューミル。モーガンさんはもう一度ため息をついた。


「主人の命令を聞けない奴隷なぞ必要ない。そこに居るユート君にでも飼ってもらってはどうだ?」

「えっ・・・?」


訳が分からないといった様子で顔を上げるシューミルに、「誰も頭を上げて良いとは言っていないぞ」と厳しく当たるモーガンさん。シューミルは困惑していた。


「ただ、お前を捨てた私に謝る義理がないのも道理だ・・・新しい主人になるであろうユート君にでも謝るべきであろうな」


シューミルが高速で向きを変え、「申し訳ございませんでしたぁっ!!」と再び頭を下げる。


「いいってば。ほら、頭をあげて」


・・・・って、これ、シューミル が なかまに なった !! 状態じゃないか?


「それでは君は今からユート君の所有物だ。私の支配下には無い。来賓扱いになるのだから、ユート君の部屋に向かっていてくれ」

「はい。失礼しました」


シューミルが出ていく。ドアがかちゃりと閉められて、部屋に静寂が訪れる。


「どうして、そんなことしたんですか」

「最初から、あの子は君にあげるつもりだったよ」

「嘘ですね」

「ああ、大嘘だ」


商人には嘘も必要さ、と前置きしてから、モーガンさんは俯いたまま、つづけた。


「私は傲慢だ。自分に商才があると思っているし、男のふりをしても見つからないと思っていた。対して君は謙虚で、傲慢な所なんて微塵もない。私は男のふりを辞めることで君からそれを学び取ったつもりでいたんだ」


傲慢、か。自分も独善でシューミルを助けたのだから、きっと傲慢なのだろう。けど、そう言ってもモーガンさんは聞かないだろう。


「が、私の内実は変わらず傲慢だった。何も偉くもないのに偉そうにして、必死に飾って誤魔化している。そんな私より、君に任せたほうがずっといいと思ってね。これは私への罰のつもりだし、戒めのつもりだ。それで戒めになると思っている辺り、私は本当にどうしようもない自己中心人間なんだろうが、どうか、断らないでくれ」


椅子から立ち上がり、深々と、頭を下げられる。


「本当に、いいんですか?」

「ああ。構わない。あの子にもそれがいいのだろう・・・ああ、これも傲慢な決めつけだな」

「本当の本当に・・・・・って、しつこくしてもですか?」

「決心が揺らぎかねないから、それはやめてくれ」


モーガンさんが潤んだ目で嗤う。


「そうですね。僕も女性を泣かせる趣味はありませんし」

「ふふ、女性とみてくれて嬉しいよ。シューミルも泣かせないでやってくれ」

「そうですね。頑張ります。モーガンさんも、頑張ってください」

「うむ、頑張るよ。報酬の話は明日にして、今日はもう寝よう。それでいいかい?」

「ええ。モーガンさんがそれがいいならそれで。おやすみなさい」

「ふふ、その余裕がうらやましいよ。おやすみ」


軽口を叩きながら、部屋を出る。


しばらくしてからすすり泣きが聞こえたのは、黙っておこう。





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