3-13 価値の自傷
今回は途中までシューミル目線からです。
森の奥の適当な木の枝に、私は今、座っています。
モーガン様の所を飛び出して来て、壁の穴を見つけてここに来たのは、まだ朝方でした。
お昼になった頃には、少しおなかがすいたけど、今はもう空腹感はありません。
お屋敷にあった縄は、もうとっくに首と枝に結ばれています。
後はここからするりと降りるだけで、おしまいです。私の人生は、ひっそりと終わります。
モーガン様には、申し訳ない気持ちで一杯です。戦争奴隷だった私を買い取り、盗賊に襲われて大怪我をした時も、命を救ってくれました。この縄も、お屋敷から頂戴してきたものです。仕事もろくにできない私を置いてくれることは、感謝してもしきれません。
ユート様も、私を必死に元気づけようとしてくれました。今着ているお洋服だって、ユート様から頂いたものです。私が居なくなったから、モーガン様から怒られてしまったのでしょうか。迷惑をおかけしてごめんなさい。
私は、こんなに迷惑をかけているのに、何もできません。
その癖に、償いを諦めて死のうとしています。
私は、誰よりも傲慢だと思います。
あの時も、私に初めて『出来た』ことを、誇りに思ってしまいました。
私の心の中には、怪物がいます。
人殺しを楽しむ、狂った怪物です。
私はあの時、怪物の唆すとおりに、ママの復讐をしました。
男の剣で同じところに傷をつけて、同じ痛みを味わわせました。
けれど、足りないんです。
心の中で、もっとやれ、もっとやれ、と囁く怪物がいます。
そしてそれを喜ぶ自分がいます。
私はそれが、怖いんです。
弱い私は、そんな恐ろしい怪物と戦うことができません。
逃げることしか、出来ないんです・・・・・・・・・・・
いつの間にか、陽は暮れていた。
ひんやりと湿気を含んだ風が、じわりと吹いてくる。
ここに登った時には震えていた手は、しっかりとしていて、落ち着いている。
うん、やれる。今なら、死ねる。
私は世界との決別をつけるべく、最後の呼吸をしました。次には首が締まるのだから、本当に最後でしょう。
ごめんなさい——————————
「シューミルッ!!!」
——————え?
誰もいないはずなのに、声が聞こえた気がして、私は無意識に振りむいてしまいました。
後ろには、ぜぇぜぇと息を荒げながら、こっちをじっと見つめるユート様。
幻聴でも、幻覚でもありませんでした。はっきりと、感情のこもった目で見つめてきます。
どうしよう、とか、なんて言おう、とか、疑問が出てきて、心臓がどきどきします。
最後って決めたはずの息を、再開してしまいます。
それと同時に、疑問が口を衝いて出ます。
「どうして、どうして私を死なせてくれないんですか?」
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「どうして、どうして私を死なせてくれないんですか?」
シューミルは、はっきりと、泣きそうなか細い声でそう言った。
「助けたいと思ったからだ。君こそ、どうして死のうとするんだ?」
その答えが傲慢な独善であることを知った上で、ユートは問いを返した。
「私は、役に立ちませんから」
絶望を含んだ、諦念が返ってくる。ユートを見つめ返す目は、いつかのように濁っていた。
「私は、あの盗賊と同じなんです」
「人を殺すことに、快楽を感じてしまいました。成功を感じました。喜びを感じました」
「せめてもう何も感じないようにしようと思ったけど、それも無理だったんです」
「私はもう、化け物なんです」
「だから、死んだほうがいいんです」
化け物。ユートがルーシェル王国で言われた言葉と、偶然にも重なっていた。
「————さようなら!!」
シューミルが木の枝に手をつき、腰を持ち上げる。そして、手を放した。
「待てぇっ!!」
ここからシューミルの居るところまでは、何メートルも距離がある。走っていたら、間に合わない。ユートはほぼ反射的に、スキルを発動していた。
「〈連鎖する四肢〉ッ!!」
ぐちゃぐちゃと腕が生成される音がして、シューミルの方に手が届く。先の方で枝分かれさせて、シューミルを受け止める。シューミルの表情が、恐怖に歪んだ。
「んおぉ重いいぃぃ」
シューミルの体重はともかく、腕の重さでこっちの骨が折れそうだ。このまま降ろしてしまっては元も子もない。ユートはありったけの力をこめながら腹の底からシューミルに叫ぶ。
「よく聞けぇ!! 俺だって頭のおかしいスキル持った化け物だ! 前居た国も、これが見つかって追い出された! だけどこうやって生きていける! 化け物が恐ろしいなら、その化け物を役に立てろ! 成功させろ!」
「なんで助けるんですか!! 死なせて下さい!!」
シューミルも、涙ながら必死に叫ぶ。
「化け物が化け物を助けて何が悪い!! オマエが化け物なら、俺も仲間だ!!」
シューミルはもう訳が分からなくなっているのか、ただただ泣き叫んでいる。
やばい・・・腕が持ちそうにない・・・・・
「〈連鎖する四肢〉ッ!!」
短期決戦と覚悟し、魔力を限界まで絞って更に腕を増やす。そして、その腕で枝を掴む。
「いっけぇええええええええええ!!」
腕の重みに更に力を込めて、枝を全力で下に引く。
ミシ、ミシ、と音を立てて、木がしなる。
そして限界を迎え、大きく曲がる。すなわち、折れる。
「ひっ・・ひゃぁあぁ!?」
バランスを崩したシューミルが、手の束から落ちる。ユートは手を戻し、自由落下するシューミルに向かって駆ける。
急なダッシュに今日一日酷使し続けたふくらはぎが悲鳴を上げるが、これで最後だと言い聞かせてこらえる。落ちてきたシューミルを、なんとか抱き留めることに成功した。
「ふぅ・・・無理かと思ったぜ・・・・・ん?」
腕に抱えた、シューミルの方を見る。
泣いていた。
「確かに、死にたくなるくらい辛いときだってあるけどさ。それって、またあのお菓子を食べたり・・・・体操やってみたりした後でも、悪くはないだろ? 同じ化け物同士、いや、同士じゃなくても、きっと楽しいと思うよ」
抱きかかえたまま倒木を背にして座り込んで、頭を撫でながらやさしく諭す。
シューミルは、一瞬困ったような表情を浮かべて、
「なんだかもう、いろいろありすぎて、わかんなくなっちゃいました」
と、涙を拭きながら、笑った。
「じゃあ、帰ろうか。その縄、自分で外せる?」
首に繋がったままの縄を指さし、倒れた枝に視線を伝わせる。枝は不自然なくらいに折れ曲がっていて、まるで怒り狂った怪物が引きちぎったかのようだった。
それを見たシューミルは、ふっ、と吹き出し、
「はい!」
と元気に返事をした。
青みがかった黒髪が、夜風に揺れた。




