3-12 捜索
話を聞いたモーガンさんは、憤慨しているようだった。恩知らずだの、立場を分かっていないだのと、怒鳴っている。その姿は、ひどく子供じみて見えた。
「で、どうするんですか?」
「知らないわよ。逃がした小鳥は二度と籠には戻ってこないわ。変なことを頼んで済まなかったわね。後ですべての分の報酬を渡すから、昼まで待ってくれないかしら?」
突き放すように言って、自室の方へ踵を返すモーガンさん。
ユートは無意識に、その肩を掴んでいた。
「諦めるんですか」
モーガンさんはその問いに大きなため息でもって返す。答える気はないようだ。
「あの子が一人で『生きて』いけると思うかい? どうせ無理な話さ」
その『事実』はユートの胸に、重くのしかかるのだった。
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部屋に戻る。相も変わらず、豪華な部屋だ。
朝食をまだ食べていないことに気づいた。だけど、不思議と空腹感はなかった。
深く細く息を吐き出しながら、ベッドにどさりと倒れこむ。
何を考えるでもなく、死んだように眠りにつきたかった。
けれど、シューミルはどこにいったのだろう、なぜ居なくなったのだろう、そういった思いが、ぐるぐると頭をもたげてくる。
「ああああああああああああ!」
布団に頭をうずめて、叫ぶ。
全然、晴れるものはなかった。
これは冒険者の仕事、ではないだろう。
それに、これが誰の責任というわけでもないことだって、わかっている。
けれど、これを無視するのは、嫌だ。
悔しい? 怖い? 辛い?
言葉では、表せないような、不思議なもやもやが胸を埋める。
「—————————————よしっ!!」
反動をつけて、ベッドから立ち上がる。軋む音がした。
紙を取り出し『少し出かけてきます。昼までに帰れないかもしれません』と書置きをして、部屋を出る。
執事にどこに行くのかと聞かれたけど、聞こえないふりをして答えずに屋敷を出た。
ここからシューミルが行ける距離なら、自分の足ならきっと回りきれるだろう。
まずは商業区を目指して、走り出す。日はまだ昇り切っていなかった。
違う。違う。違う。シューミルの青みがかった黒髪と猫耳を目印に、商業区を駆け回る。
メイド服を着ているのか、この前買った服を着ているのか、調べてくればよかった後悔する。
「あっ、リンリンアルさん!」
店の前でいつものように宣伝をしていたリンリンアルさんを呼び止める。
「だからリンリンアルじゃあ・・・・血相を変えて、何かあったアルか?」
「シューミルが居なくなったんです」
「あの亜人のことアルか?」
「そうそう。探すのを手伝ってくれないか?」
「そ、それはア「この前の薬草のことなんだけど」・・・手伝うアル」
半ば無理やり商業区中を探させることにして、次は住宅街に向かうことにした。
日は高く上っていた。
「クソッ・・・闇雲に探しても見つからないか・・・・・・?」
ぐるりと外周を駆け回りシューミルを探したが、ここにも居なかった。
息もだいぶ切れている。《再生力》や《身体術》のスキルがあっても辛いほどの速度で、かなりの距離を走っている。
ひんやりと冷たい石の壁に寄りかかって息を整えながら、頭をひねる。
このままじゃ・・・きっと見つからない。
リンリンアルさん以外にも手伝ってもらいたいが、他に頼むアテはない。
マッドブッチャーやサヘルに頼むと、それこそ大騒ぎになってしまう。
・・・・・・いや、待てよ?
森で喚命術を使った時のことを思い出す。
あの時は、マッドブッチャーに対抗すべく、ありったけの魔力を込めたはずだ。
魔力量を最小限に絞って、弱い魔物に頼めばどうだ・・・?
ユートは周りを見回す。人は居なかった。が、いつ来てもおかしくないだろう。が、そんな悠長なことは言っていられない。
ビジュアル面が駄目なら、さっぱり諦める。そう決めて、スキル名を唱える。
「〈喚命術—暗黒—〉」
森で使った時より二回りほど小さな魔法陣が展開され、黒紫に輝く。
現れたのは、黒い影のような幽霊。こちらに向けて魔法を放とうとしているようだ。
「しゃあっ!!」
ユートは素早く幽霊に近づき、〈身体収納〉で取り出した剣を、幽霊に突き立てる。しかし、手ごたえはない。代わりに、幽霊の魔法が発動、氷片が左腕を掠める。
「【射撃】」
覚えたての魔法を放つ。こちらは当たるようだ。至近距離で発動し、数度命中させると、やっと音を立てて白煙を噴き出した。どうやら主と認められたようだ。
「猫種の獣人を探してほしい。範囲はこの国全体。背は俺の肩位で、髪は青みがかった黒。見かけたらすぐに報告してくれ」
すこし緩い検索範囲だが、この国の獣人の数自体が結構少ないので、そう混乱することはないだろう。
幽霊はこくりと頷いてどこかに飛んで行った。
次は・・・城門のほうから見回してみよう。
ユートは魔力使用のせいで少し重い体に鞭打って、走り出すのだった。
「—————————ここ、か?」
外壁をあらかた回り終えたユートは、壁に小さな穴が開いているのを見つけた。
そこには、人が一人通れるか通れないか位のひび割れ。体の柔らかいシューミルなら、抜けようと思えば可能だろう。場所も門の近くにあるので、見つけることはそう難しくないのかもしれない。
今までシューミルは国内に居るものだと思っていたが、国から抜け出してしまった線も出てきた。
でも、何故?
隣国まで、馬車でも一週間弱かかるのだ。準備なしの徒歩で移動できる距離ではない。
リュートの国まで奴隷馬車に乗ってきたシューミルなら、そのくらいのことは分かるだろう。
かといって、国内に探す場所がないのも事実だ。ここを探さない手はない。
自分はまだもう一頑張りできる、と言い聞かせて、門番の方へ向かった。陽は半分ほど隠れてしまっていた。
そしてすぐに、夜が来た。
明かりのない森は想像以上に薄気味悪く、そして何より視界が悪かった。
〈身体収納〉で松明を取り出して周りの光源は確保しているので魔物に不意打ちをされたりすることは無いが、シューミルがいたとしても隠れられたら見つけきれないかもしれない。
マッドブッチャーは見当たらないし、サヘルは呼ぶ魔力が残っていない。幽霊も帰還してしまった。
つまり、自分が走る以外に、もう策は無いのだ。
もう帰ろうか、諦めろよ、と理性が語りかける。
自分が非合理的なことを行っていることくらい、わかっている。
けれど、自分が死に物狂いで走るだけで、人が一人助かるのなら、それは間違っていない行為だと思う。
本人がそれを望んでいなくとも、自分はそれを望む。
自己中心的かもしれないけど、それが自分のアイデンティティーであり役目なのだと、今はそう思えた。
何度目かもわからない、もう少し頑張ろう、を心の中で唱えてまた走り出す。
そうして、蜂に追われて川に飛び込んだ時に通った道に差し掛かったその時、それは目に飛び込んできた。
大きく横にそれた太い木の枝に腰掛ける、猫耳の少女の背中。
「シューミルッ!!!」
ユートは、声を張り上げていた。




