3-8 魔法
「おっ、おかえり。モーガンさんに治してもらった?」
「はい。ちょっと魔力を取られてふらふらしますが足は大丈夫です」
夕食が終わってから、シューミルは捻挫の治療をしてもらいに行っていた。出る前には少し腫れていた足も、しっかり元に戻っている。
代わりに、少し頬が赤い。ふらふらするとも言っているし、魔力を取られた影響だろうか。
「やっぱり魔法はすごいなぁ。しっかり治ってるね。シューミルも使えたりするの?」
「いえ。獣人自体魔法には少し不向きですし、私は習っていないので」
「ふーん。今度モーガンさんに教われないかなぁ」
「頼んでみてはどうでしょうか?」
「いや、最近凄く忙しそうだし、いいよ。時間があったら明日にでも本でも漁ってみるかな」
今日の夕食の時も、疲れているのが良くわかった。相変わらず沢山食べてたけど。
「そろそろ、寝ようか。今日はびっくりすることがありすぎて疲れた」
「ですね。失礼します」
シューミルがベッドに潜り込んでくる。最近は笑うようになってくれたし、少しずつ慣れてきたな、と安心しつつ、ユートは眠りに落ちた。
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翌朝。目を覚ましたユートは、異変に気付いた。
「あれ、シューミル?」
シューミルは珍しくまだ隣で寝ている。いつもはユートより早く起きているのに、やはり昨日は疲れたのだろうか。
「ん・・・・・ぅ・・・・」
シューミルが目を覚まし、小さくうなる。その声は少し嗄れていた。苦しそうに大きく咳込むその顔は、ほんのりと熱に浮かされたように赤い。昨日の魔力不足とは違うのは一目でわかる。
「ちょ、大丈夫か!?」
体温計代わりになるものに心当たりは無かったので、信憑性の薄い民間療法だが額に触れて熱を測る。熱かった。
原因は・・・まあ風邪だろうな。昨日川に落ちてからずぶぬれになったまま結構歩いたし、そのせいだろう。
「えーっと、とりあえずモーガンさん呼んでくるから、そこで寝てて。わかった?」
コク、と頷く。ユートはモーガンさんの部屋へと急ぐのだった。
「うーん。これは完全に風邪ね。薬草を買ってきましょう」
喉の奥を調べたりし終わったモーガンさんが診断を下す。扁桃腺を見る辺りやはり医学はある程度のレベルに達しているようだ。
「魔法で治らないんですか?」
「えっとね。風邪、って言うのは、怪我をしたのとは違って、頭が痛いとか、熱があるとかを治したからといって元気になるわけじゃないのよ。もちろん、一時的だけど元気にすることはできるのだけどね」
症状を抑える対症療法はできても、体の中の細菌の退治まではできない、ということだろうか。魔法も結構現実に縛られるのか。
「魔法って万能なものかと思ってました」
「まあ、実際かなり便利だし、そうだと思っている魔術師も多いさ。けど、現実に魔法には手の届かない領域だってある。・・・・まあ、実はこの程度なら治せる魔術師もいるのだがな」
「へー。てっきり魔法を習うって呪文を暗記するだけかと。結構ナメてました」
「ふふふ。それだと便利でいいわね。コツをつかむまでは初級魔法でも難しいよ? 私は幼いころに習っただけだから、使えても精々中級魔法がいいところさ。ま、魔力量の問題もあるがね」
確かに、シューミルのけがを治した時も魔力量が足りなかったからわざわざ〈吸魔の奪撃〉で奪ったわけだし、その状態でもっと難しい魔法を使おうとは思わないだろう。
「上級魔法ってどんなやつなんですか?」
「さっき言った病気や呪いを解く魔法や、国をまたぐ位遠くの人に話しかける魔法が有名かしらね。これは昔聞いた与太話だけど、死者すらも蘇らせ、念じるだけで空を飛ぶ伝説の魔女がいたらしいわね———————おっと、話が脱線してるわ。戻しましょう」
「はい。それで、薬草のことですが、僕が買って来ましょうか? これを、って注文してくれたら行って来ますよ?」
「確かに任せたいのはやまやまなのだがな・・・・・まあ、仕方あるまい。任せた」
「ん? はい。わかりました」
買って来るべき薬草の名前を脳内にメモっておく。二つだけだったし、そう長い名前でもないからそれで十分だろう。
「それじゃあ、昼には帰って来ますよ。行って来ます」
「ああ、頼んだ。いってらっしゃい」
モーガンさんに見送られて屋敷を出る。目指すは、商業区だ。




