表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/104

2-8 望

今回結構激しめの表現をしています。苦手な方は想像しないで下さい(だが見ろ)

ユートたちが扉を開け、一秒と経たないうちに、それは目に飛び込んできた。


手錠で壁に固定され、全身を紅に染めた、ヒトだったモノ。


腕は捥がれ、目を刳り貫かれ、腹は裂かれている。


馬車で見たものよりも数段狂気じみた光景に、意識が遠のく。モーガンさんに肩を支えられて、立っているのがやっと、というところだ。


「間に合わなかったか・・・・」モーガンさんが、深いため息とともに後悔を零す。


シューミルに何というのか、これからどうすればいいのか、他にも言いたいことは沢山あったけど、ユートは何も言えなかった。ユートは自分の中の熱が急速に冷めていくのを感じた。


ただこらえて黙っているだけしか出来ない自分を不甲斐なく思うが、かと言って何かが出来るわけではない。努力が報われないことは今まで何度もあったが、これほどの事があるだろうか。


「戻ろうか」どれだけ立っていたか分からないが、ふと、モーガンさんがそう言った。


返事もせず、モーガンさんの後について出る。扉をくぐる。


そこには、ぜえぜえと息を切らしながらこっちを見る、青混じりの黒髪の獣人少女。シューミルだった。


救出された奴隷を導き終え、自分の母親がいないことに気づき、走って戻ってきたのだろう。昨日の夜にモーガンさんに治してもらったはずなのに、また小さな傷を幾つか作ってしまっている。


ふと、シューミルと目が合う。ユートは心臓をつかまれるような感覚とともに、時が止まったような気がした。


顔色を見て、状況を感じ取ったのだろう。扉の方へ駆け出す。モーガンさんが制止したが、聞く耳は持たないようだった。


そして奥の部屋に飛び込む。慌てて追いかけたが、遅かったようだった。


ぎゅっと握られ震える両の手、血を流さんばかりに食いしばられた歯、頬を伝う涙。


「シュー・・・ミル?」


返事は無い。ただ、しゃっくりを必死にこらえて泣くだけだ。


それから、どのくらい時間がたっただろうか。ユートが最初に見た時よりも、ずっと長く感じた。


突然シューミルが後ろを向き、歩き始める。立ち尽くすユートを通り過ぎ、扉を開け、部屋から出る。


我に返り、シューミルを追って部屋を出るころには、ソレは始まっていた。


男の大剣を手に取り、自分の母が受けた傷と完全に同じ位置に、傷をつけ続けるシューミル。その目は沼の底のように濁っていて、絶望を湛えていた。


目を抉り、腹を裂き、手足を斬り飛ばす。声も涙も無く、ただただ作業のように処刑を行う。男はとうの昔に絶命していた。


そうして、母親と同じように傷をつけ終わってやっと、嗚咽が漏れる。


悔しい、悔しいと何度も叫びながら、涙を零す。地面に崩れ落ち、声を上げて泣く。血濡れた拳を地面に叩きつける。


彼女が大人にも、子供にも、はたまた怪物にも見えてきて、ユートは底知れない恐怖を感じた。


それからひとしきり泣いて、泣いて、しばらくして泣き止む。


ふらりと立ち上がり、もう一度大剣の柄を握る。そうして大きく、振り上げた。


もう一度、男目がけて振り下ろそうとする。


けど、その大剣が振り下ろされることは無い。止めたのはまた、モーガンさんだった。


今度は鋭いナイフではなく、暖かい抱擁で。自分の服が血で汚れることを厭わず、目いっぱい抱きしめる。


「もういいんだよ。もういい。君は、偉い子だ・・・」


頭を撫でながら、優しい声で諭す。いつの間にか仮面は外していて、その頬には涙が松明の明かりを受けてほんのり光っていた。


シューミルがモーガンさんの胸に顔をうずめて泣く。背中をさすってあげながら、モーガンさんも声を上げて泣いていた。


自分も目頭が熱くなってきたので、そっとしておいてやろうと心の中で言い訳して、洞窟を出る。


二人分の泣き声が、洞窟の中で響いていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ