2-3 瀕死の奴隷は健やかに眠る
「いやぁ、本当に助かったよ」
目を覚ますと、視界の半分くらいを埋める気味の悪い白の仮面。
「うわあああああ」
慌てて後ずさろうとするが、隣に重たいものがユートの布団を被って寄りかかっている。
布団をめくって確認すると、そこには小柄な少女が一人。眠っていた。
透き通るような傷一つない肌、少し伸びた青みがかった黒髪、そしてその上に乗っかった大きな耳。獣人なのだろう。顔を見ようと思い布団をさらにめくって気づいたが、少女の身体を包む白かったのであろう服はすっかり朱に染まっていて、少女が先程まで大怪我を負っていたことを如実に提示した。安静にしておこうと思いなおし、ユートは布団を元に戻した。
「無事?」
「もちろんです。―――――――少し心配でしたがね」
よかった、とひとまず胸を撫で下ろす。
そもそも、どうしてこうなったのかと言うと―――――――――
「おい! まだ生きてるぞ!!」
ユートたちが開けた、最後の馬車には、生存者が一人だけいた。
覆いかぶさる奴隷をまとめて槍で串刺しにされている。その一番奥にいる青みがかった毛並みを持つ彼女だけは、まだ息がある。
身体全体をそらすようにした、しゃくり上げるような飛び飛びの下顎呼吸。失血のせいか意識もないようだ。
「これは不味いですね。最終手段しかないようです。ユート殿。少しばかり、いいでしょうか?」
言葉こそ余裕めいているものの、動きからは焦燥が読みとれる。
「いいけど、何を?」
何故かモーガンの仮面がにやりと嗤ったような気がして、咄嗟に防御姿勢を取ろうとしたが、遅かった。モーガンさんの手がユートの首元に伸びる。
「私は魔力が無いんですよ。じっとしてて下さいね、〈吸魔の奪撃〉!」
〈連鎖する四肢〉を発動した時の何十倍もの脱力感。突然に襲い来る疲労の波に耐え切れずに、ユートは地に臥したのだった。
「―――――で、それから魔法で治して、一命をとりとめた。と」
「ええ、そうですとも。理解が早くて助かります」
モーガンさんが頷き、仮面の影が焚火に照らされて揺れる。辺りはすっかり夜になっていて、虫の声が聞こえている。
ユートは隣で寝息を立てている少女を見る。時々耳がぴくりと動いていて、呼吸も安定している。先程まで死線を彷徨っていたとは思えない熟睡だった。
「いやぁ、あの能力を嫌われる方って多いもので。説明したら断られそうな気がしたので、やむを得ず」
すがすがしいほどの笑顔(に見える気がした)で言う。コイツ、詐欺師の類に見えてきた・・・・
「・・・・・まぁ、こっちにも多少疚しい能力はあるもんで。お互い様ってことで」
自分でも何故だかわからなかったが、この人になら話してもいいような気がした。秘密の共有がしたかった、ってだけかもしれないけど。
っと、思ったら。
「色眼鏡ですねっ!? 色眼鏡なんですね!? へええ、お目にかかったのは初めてですよ!」
「違いますよ。なんでそう血相変えて迫ってくるんですか。気持ち悪いです」
「そうですか。なら、三つばかりお願いを聞いていただけませんか? でなければその話を周りに広「よせよ」
冗談ですよ。と笑っているが、本気と冗談の区別がつき辛い。話して一分と経たずに後悔することになるとは。
「でも、お願いがあるのは事実です。報酬も向こうに辿りついたらでよいならば出すことも可能です」
タキシードの襟を正して言う。一つは馬車が壊されたから送ってもらう、だろうから残り二つは・・・?
「なんとも言えませんが・・・・内容だけ聞いてもいいですか?」
「ええ。一つ目はお察しの通り、街まで馬車に乗せて欲しいと言うことです。荷車でも構わないので。そして二つ目ですが、盗賊への反撃と、奴隷の奪還です」
表情こそわからないものの、声音は本気だ。反撃、という言葉には、皆殺しも辞さないという怒りが籠っていた。
「場所についてはこの子はとても鼻が利くので、馬車や残された槍から追えると思います。戦闘面については、不意打ちがなければ勝算はありますが、確実とは断言出来ません」
勝算があるとはいえ、一度は勝てないと判断した相手だ。危険があるのは確かだろう。信用しないとは言わないが、多少気になるものがある。
「み、三つ目は・・・・?」
「はい。お腹が空いたので何か食べ物を売ってくれませんか?」
突然の子供のようなお願いに、調子を崩される。荷物が乗っているらしい馬車の方を見ると、火が放たれたらしく、真っ黒に炭化していた。
ああ、その位ならいいですよ―――そう言って渡そうとして、少しからかってやろうと思った。
「いやぁー。僕も貧乏でしてねー。距離的にもあと少しで向こうにつくんで、もうほぼ食料なんて無くって」
自分の荷車の覆いを外し、中に食料が無いことを見せる。食料は全て体内に収納してある。
「それで、残ってるのがこれだけなんです」
手を振って注意を引き、背中に隠した左手で(身体収納)。一人分の携行食料を取り出し、見せる。
「これは僕の分なので、それは諦めてください」と、口に放り込む。
あぁ・・・・と咄嗟に手を伸ばすモーガンさん。その様子は酷く子供じみていて、つい笑ってしまった。
「冗談ですよ。ほら。はいこれ。この子の分はどうですか?」
もう一度(身体収納)、突然現れる食料に驚くモーガンさんに、これが能力の一つです、と自慢げに言う。一応、加護であることは伏せておいた。特殊な加護は狙われたりすると聞いたからだ。なんでも加護持ちを殺せば自分に加護が移るとかそんな迷信があるらしい。アルビノみたいなものか。
「ただ、高くつきますよ?」なんて冗談めかして笑う。
じゃあやっぱり、二つ目のお願いも聞きましょう―――――焚火から立ち上がり、そう言おうとした時だった。
「―――――ッ!」
突如、言語とは到底思えない金切り声を上げて少女が立ち上がったのだ。
髪を振り乱し、鬼気迫る形相で狂ったかのように腕を振り回す。
ふらついた足取りで、呆気にとられたユートに襲い掛かる。防御は、間に合わない。
「危ないッ!」モーガンさんが、割って入り、壁となるような状態になる。
奇声を上げ、爪で引っ掻こうとするのを気にも留めずに、押さえつけようと掴みかかる。
そうしてついに、仮面に少女の手がかかる。
あッ、という短い悲鳴とともに、モーガンさんの仮面が外れた。
―――――――――――――――え?
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