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2-2 奴隷商の信念

奴隷商に会ってから、3日後のことだった。


連日のスキル使用で精神にきているユートの目に、馬車が映った。


ユートの馬車には荷物こそ少ないが、いかんせん馬が痩せているため、誰かに追い越されることはあっても追いつくことはなかった。珍しいこともあるもんだ、と思いながら少しづつ大きくなるその馬車を眺める。


それに、後ろから見た限りでは、あの奴隷商のものに見える。


もちろんユートとは違い、向こうは人数が多いためこうやって休憩にかかる時間も長いのだろう。


別に用があるわけでもないが、どうせ通るのだから挨拶くらいはしておこうかと、少し馬を急がせる。


だんだんと、馬車の背が近づいてくるにつれ、その様子が鮮明になってくる。


突如、馬が足を止めた。まるでここから先に近寄ってはいけないと忠告するかのようだった。


「けど、進まないわけにはいかないしなぁ・・・・・・」


自分でも嫌な予感は感じているので、このまま引き返したかったが、引き返そうにも行く場所は無いし、街道は一本道で、左右は森になっているので、迂回することも出来ない。


周囲警戒を怠らずに、手綱を引いて歩く。


そうして、馬車までじりじりと距離を詰め、数十メートルまで近づいた頃、ユートはそれに気が付いた。


荷車の板目の隙間から、血が漏れ続けている。パタリ、パタリと地面に滴っているのだ。


人気は無い。音も木々のざわめきと、鳥のさえずり程度だ。


ユートは馬を留め、死角を作らないよう見回しながら態勢を低くして進む。


一番近い馬車までたどり着き、中の音を伺おうと思いと耳を当てようとして、幌が日光を受けて紅く透けていることに気づく。中の惨状は見ずとも容易に想像できた。


物音は聞こえない。破れた隙間から血のにおいがする。


魔物と戦うにおいて、血に対する耐性はついてきたと思っていたが、やはりこれが人間のものである可能性が高い以上、恐怖感は拭えない。


意を決して、馬車の中をちらりと除く。


案の定、中は朱一色だった。鎖に繋がれて、苦悶の表情を浮かべた奴隷が、血を撒き散らして死んでいる。


首を飛ばされて死んでいる者、腕を捥がれて死んでいる者、中には目を刳り貫かれているものまでいた。


殺人を快楽と感じる、外道の狂気。そんなものをひしと感じる地獄だった。


近くにあった小川まで走り、吐いた。胃の中が空になってもなお、空えずきを繰り返した。


吐瀉物は川に流れるが、血、いや、死の臭いは鼻にこびりついて取れない。きっと、この光景を完全に忘れ去ることはできないだろう、と思うほどだった。


「おやおや、大丈夫ですか?」


優しい声。むせながらも振り返ると、そこには所々を血で濡らしたタキシードを纏った、マスクの男。


「生きてたんですか」

「ええ。私は魔法を嗜んでいますから。先程まで盗賊が居たので身を隠していたのですよ」


危ない所でした、と汗を拭く真似をするモーガンさん。仮面のせいか口調のせいか、余裕が滲んで見えた。


「魔法が使えるなら戦えなかったのか?」

「いかんせん数が多かったのと、一人、強いのがいましたからね。命あっての物種、というやつです」


肩を竦める仕草に腹が立ったが、奴隷は切り捨てる、それが常識なのだろう。


「他に生き延びたのは?」

「ふふ、さっきまで隠れていたのでまだ未確認です。まだ近くにいる残っている可能性もありますし、一緒に来ますか?」


あの光景をもう一度見たいとは思わないが、奇襲をかけられるのはもっと嫌だ。


「背に腹は代えられないし、行くよ」

「ええ。そうしましょう。私も心細かったところです」


重い足を引きずり、馬車の確認に向かうのだった。




______________________________


まずは、一台目。さっきユートが少し見たものだ。


「三人、居ませんね。鎖が強引に外されていますし、きっと盗まれたのでしょう」


モーガンさんが冷酷に言い、次に向かおうと促した。


次の馬車は、きっちりと密閉されていた。少し幌を破くと、濃い異臭と、顔を緑にして首を押さえて絶命している奴隷たちの光景が飛び込んできた。


「毒を撒いたようですね。ここの人数は変わっていませんし、時間がもったいなかったのでしょう」


またそう言うだけで、次に行こうとする。


「ちょっと待てよ」


気づいたら、引き止めていた。


「悲しくは・・・・無いのか?」


モーガンさんはしばらく黙り、こう言った。


「商売と言うものの話をしましょう。商売とは、如何に人から安く買い、如何に人に高く売るかを求められる世界です。つまり、私から買うよりも、私が買った人から直接買うほうが、安いというのが道理なわけです」


冷たい声だった。商売人には必要なことなのかもしれないが、その計算ずくの無感情は、容認し難かった。


「オマエ「待ってください。話は終わっていませんよ」


ユートを手で制し、話を続ける。


「それでは何故、私の商品はその人より高いのに売れるのか。もちろん話術や環境、その他の運もあります。―――ただし、価値が違ったらどうでしょうか? より良いものにはそれなりの対価を支払う。その為には努力を惜しまないのが、商売人と言うものです」


そのまま次の馬車の中を覗き込み、首を横に振って続ける。


「世の中には、奴隷を買って、地下に幽閉して散々痛めつけ、挙句に殺す輩がわんさとおります。無論、奴隷は奴隷なので、それを咎めることは出来ません。ただ、有能な奴隷、持ち主に必要とされる奴隷、それならば殺すには至らないでしょう」


また次の馬車へ。今回も生き残りは居ないようだ。


「―――持ち主の言うことを忠実にこなせる奴隷を作る、それが私の仕事です。ただ、その奴隷に言うことを聞く能力が無ければ、捨てられるだけです。読み書きや、基本的な礼儀、他にも教えるべきことは色々あります。私はそれを教える為に、持ち主として彼らに鞭を振るうこともあります。ただ必ず、次の持ち主に殺されない奴隷に仕立てあげてから、市場へ出します。自分の商品に誇りを持つ。それが商売人に基本であり、真髄なのですよ」


モーガンさんが話を終えるころには、ユートの怒りは冷めていた。この人はこの人なりに、悔しがっていることがわかったからだ。


「つまり、私と奴隷の信頼関係こそが、金儲けの秘密と言うわけです。是非ご入用の際は、モーガン奴隷商まで。質は保証します」


と、おどけてみせるのも、きっとモーガン流の照れ隠しなのだろう。


「まあいいや。次、最後だろ?」

「はい。一人くらい居てくれると色々都合がいいんですがね」


そういって二人は、血に濡れた最後の馬車の戸を開くのだった。




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