0-2 大天使様は微笑みを崩さない
「あーあーお疲れー。もう帰っていいよー」
連れてこられたヲタ部屋の主と思しき幼女が、さっき悠斗をここまで運んだ天使に命じる。天使は音もなく消えた。
そうしてこの部屋の中には、悠斗と幼女だけになった。
「あn「今いいとこだからもうちょい待っててね」・・・はい」
幼女はこっちの方に見向きもせずに答え、またテレビに集中してしまった。画面の奥ではメイド服を着た女の子たちがわいわいやっている。
このままテレビを一緒に見るのもバカらしかったので、辺りを見回す。やはり部屋の中は地球の、もっと言えば日本にふつうにあるようなものだけで構成されている。
ただ、異質なものが二つある。一つは窓。正確にはその奥の景色だ。先の見えない青が広がっている。高層ビルから眺める空でも、窓に見せかけた液晶でもないように見える。
二つ目は、この幼女だ。
「んほぉーこりゃあたまりませんわー」とか言いながら深夜物のアニメを見てベッドの上を転げまわる幼女の図も十分に奇妙だが、それ以上に気になることが一つ。
この幼女は今、ポテチを食べている。問題なのは、その袋は見当たらないことだ。いきなり手元にポテチが現れて、そのまま口に運ばれ、ぱりぱりと咀嚼されていく。やはりあの天使さんと同じかそれ以上に、特異的な何かなのだろう。
そんなことを考えているうちにアニメはエンディングに入った。聞こえてくる声に聞き覚えがあったので注視してみると、スタッフロールの一部に見知った名前があった。そのアニメ自体は知らないが、やっぱりこれも日本のもののようだ。現に日本語が使われている。
エンディング、次回予告まできっちりと見終わると、やっと幼女はこっちに向き直った。
と、思ったら、また次のDVDを出して、デッキに突っ込む。
「おいおいちょ「え?なんで?これも面白いよ?」
次のアニメを再生し始めようとするのを止めるべきなのかさっきから言いたいことを言い終える前に答えられていることをツッコむべきなのか悠斗にはもうよくわからなかった。一周回ってもういいや、と思いかけたその時、
「こんにちは、ミラ様。先程天使シュミスから話を聞きましたので、少しお話を、と思い参りました。ミラ様は今時間があるご様子なので、その姿を正してお聞きいただきたいのですが」と、穏やかな女性の声。
悠斗が振り向くと、そこには豪華な装飾が施された白衣に身を包み、こちらに微笑みかける女性がいた。
「あ、ど、どうも」と思わず一礼。対して女性はいたって落ち着いた様子で、「こんにちは、大天使長のミカエルと申します」と会釈を返した。
そしてミラ様と呼ばれた幼女の方はというと・・・・
「げぇっ、ミカエル! どうしてここに!?」と宿題を誤魔化して遊んでいたのがばれた小学生みたいな反応をしていた。一方ミカエルさんは笑顔のままだ。
「それでは、お話を始める前に、元の姿に戻ってください。人を待たせているようですし、そちらの方をしっかりとこなせれば、お話も無かったことになるかもしれませんよ?」
「はいぃ!少々お待ちを!」ミラ様と呼ばれるあたりこっちのほうが偉いのだろうが、頭が上がらないのだろう。慌ててベッドから飛び降りて取り出した杖を振って部屋の片づけをしている。
待ってもいいですよ?と言おうと思ったが、ミカエルさんは微笑みという無言の圧力をかけてくる。正直恐怖でしかない。
部屋を片付け終え、最後に杖を一振り。するとさっきまで幼女だったミラの体が光に包まれたかと思うと、一気に女子高生くらいまでに成長した。
それでも多少あどけなさを残したミラが、こちらに向き直り、始める。
「我の名はミラ=ゼラディアス=ルール! 世界を統べる女神だ! 柊悠斗と言ったな。貴様は向こうの世界で死んだ」
「はあ」あまりの変貌に戸惑いつつ、本当に女神だったのかと感心する。
「理由は知っておるだろう? 練習中に足を引っかけ、頭から落下して死亡した」
「ええ。あの引っ掛かりが何なのか、教えてくれるんですか?」
このまま死ぬにしても、あれが一体何だったのか知りたい。もし殺されたという尚更だ。
「そこで貴様に二つ、選択肢をやろう。一つは、ここで誰に殺されたかを聞き、我が力により晴れて死亡すること。二つ目は、ここで答えを聞かずに、別の世界に生まれ変わることだ」
「ちょちょちょっと待ってください。イマイチピンときません。一つ目は幽霊になるってことですか?」
ミラは少し考えた後、答える。
「いや。幽霊ではない。この場で一言、誰がやったと私が教えるだけだ」
「何故そうしてくれるんですか? みんなそうなんですか?」
「ええい一遍に聞くな。まずこの場に来るものの方が珍しいのだ。現世で希望なり未練なり恨みなりの強い意志を持っていると、たまに成仏できずに迷い込んでくる。それに成仏か転生かの選択肢を与えておるだけだ」
ミラが多少イラついた様子で答え、ミカエルさんの咳払いに肝を冷やしている。
「と、ともかく、どちらかの2択を選べる。後者の場合は無論、記憶と現在の身体を残した状態での転移となる。これ以上は規定によって話せないことになっている」
「なるほど。わかりました。それでは、後者で」
実は悠斗の心は、最初に二択を聞いた時から決まっていた。せっかく全国大会に出られるくらいまで練習して、その気持ちが空回りするのは、嫌だったからだ。昔体操なんて将来の役には立たんとけなされた経験から、悠斗は強くそう思っていた。別世界だろうがなんだろうが、少しは役に立ったという、証が欲しい。
「・・・・・・解った。それではナビゲーターに来させるので、詳しいことは彼女にでも聞いてくれ。それと、君が転生してから七日後の夜に夢で語り掛けるので、近況報告をしてもらう」
「はい。ありがとうございます」
悠斗が深々と頭をさげ、上げるとそこにはもうさっきまでのミラの姿はなく、幼女フォルムにチェンジしたミラがいた。
「っはー終わったー。さてさて、昼寝でもしますかー」とベッドにもぐりこもうとするミラ。
だが、ミカエルさんに肩をつかまれる。
「まだ、他にもやることは残っていますよ?さあ、行きましょうか」
「えっ」
ミカエルさんに引きずられるミラを見送りながら、女神様も大変だなー。と思うのだった。




