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1-15 旅立ち

夜が明けた。


「夜よ明けるな、なんて思ったのは初めてだ」


誰に言うでもなくつぶやいて、独りで笑う。


身体の痛みはなかった。ユミナさんは昨日骨折がどうとか言っていたけど、多分〈再生力〉が治してくれたのだろう。


ユートはベッドから起き上がり、包帯を取った。やはりどこにも異常はなく、綺麗な肌が覗いている。身体を一通り動かしてみたが、どこにも異常は見当たらなかった。


ここに居られるのは今日が限界。早く準備を始めねば。ユートは出来るだけ冷淡で合理的に考えるように努めていた。そうでもしないと不平があふれそうだった。


着替えをすまし、荷物をまとめる。剣が折れてしまったので、買いなおさねばいけない。


「お金、足りるかな・・・・」とわざとらしく呟いてみる。実際は食料を買う必要があるので、どう考えても足りないだろう。


「ん?」


バッグの中に、見知らぬ袋が入っている。中を開けるとお金が出てきた。結構な額だ。


バッグの中を調べると、ほかにも紙切れが出てきた。


『任部達成分の報酬だ。君を助けられなかったせめてもの贖罪と言ってはなんだが、餞別として少し足してある。受け取らないとは言わないでくれ』


最後に受付で見た丁寧な字で、ユミナ、と書いてある。うれしいけど、少しだけ辛くなった。


「さっさと行こう」自分を急かして、バッグを乱暴に掴み上げ、ドアを押し開ける。


――――ゴン!


ドアが何かにぶつかり、半開きで止まる。ついでにか細い悲鳴。


顔を出すと、そこにはアカリがいた。栗色の髪を押さえて、いてててて・・・と唸っている。


そしてすぐに我に返り、こちらに気づく。


微妙な、空気が生まれた。


「えっ、えぇっと・・・・すみません」

「いや、こっちこそ急に開けたりしてごめん」


ははは、とどちらからでもなく笑い出す。そのせいか、緊張が少し解けた。


「ごめんなさい、お礼がしたくって」


はい、と縦に長い袋を手渡してくる。確認してから開けてみると、中には剣が一振り、入っていた。


鈍色に輝く、細身の長剣。無骨だったがずっしりと重く、しっかりと鍛えられているのはユートの素人目にもわかった。


「ユートさんの剣、折れてしまっていましたから・・・・・・」

「うん。ありがとう。でも高くなかった? 結構いいものに見えるけど」

「いえ、大丈夫です! ユートさんのおかげで、あの任務は成功できたようなものですから」

「いやいや、アカリやファムの魔法、クランやファスターの戦いっぷりもすごかったよ。あの中で誰かが欠けてたら、きっと上手くいかなかったさ」

「そんなことは無いです。私はいつも、守られてばかりですから・・・」


アカリの顔に影が差す。きっと昔にもいやなことがあったのだろう。


「昔、なにかあったの?」


聞く利点も、必要性も、義理も無いのに、勝手にそう尋ねていた。あの時のことを極力希釈して、腫物をさわるかのようにうわべだけをなぞるだけの、薄っぺらな会話が、怖かったのかもしれない。


けれど、驚いたことに、少しも嫌そうな顔をせず、答えてくれる。


「私がまだほかの人たちと一緒にいたとき、あの時みたいに魔力切れを起こして、そのまま置いていかれたことがあるんです。その時目を覚ましたら魔物を追い払ってくれていたのがファムなんです」


酷い話だ。と思った。そしてすぐに、自分の生死こそ違えど、自分も同じようにアカリの命を捨てようとしていたことに気付く。


「その時と重ねてしまって、今度は私が犠牲になっても助けなきゃって・・・・ごめんなさい」

「アカリが謝ることじゃないよ。それに俺も、アカリのことなんか痛くて忘れてて、このまま死ぬのかな、なんて考えてたから。寧ろアカリのおかげだ。ありがとう」


アカリは満面の笑みを浮かべて、じゃあ、そう思っておきます。ありがとうございました。と言う。


ああ、これじゃあ別れたくないって思っちゃうじゃないか。


「じゃ、そろそろちょっと出かけなきゃ、かな」


このままずるずると話し込むことが叶わないのはわかっていたので、強引に話を切り上げて、ギルドを出ようとする。


「待ってください」


少し予想していたけれども、引き止められる。


「行くんですか」

「ああ、行く」


アカリの表情は、背中越しにでもわかる。やっと居なくなるのか、って安堵。そうに違いない。


「またな、ってみんなにも、そう言っといてよ」


手を振りながら、扉に手をかける―――――


扉は、思っていたより簡単に、開いた。




________________________


「冷たいな」


一人乗りの馬車に揺られながら、そう呟く。もう日は暮れていた。


ユミナさんから貰ったお金をほぼ全て使って、小さな中古馬車と地図、その他必需品を買いそろえて、ユートは王都を後にしたのだった。


日本にいたころの無関心な冷たさとは違う、結びつきが強い故の積極的な他人行儀。店の人間も他の人たちも、話しかけてはくれるものの、決定的な部分は何事もなかったかのように振る舞い、居なくなれば陰で後ろ指を指す。羞恥心が通り越して、怨嗟になりそうだった。


ユートは今、街道を通って隣国であるリュートの国に向かっている。さっき会った商人は何の問題もなく対応してくれたので、きっと隣国まで行けばユートのことを知る人はいないだろう。


そんなことはいざ知らず、月は優しさを持った光で返す。ユートとしては一刻も早くここを離れたかったが、馬に無理をさせるわけにもいかない。ユートは渋々、慣れない手つきで木に馬を繋ぎ、まだうっすらと獣のにおいがする毛布代わりの布団に身を埋めるのだった。




これまで書いた部分を多少改稿しました。

変更点→鬼神の魔眼によるステータス表示に年齢情報追加

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