1-14 邪教徒
――ガタリ。物音がして、ユートは目を覚ました。
目を上げると、見知らぬ天井があった。音のするほうを向こうと思ったが、体中に包帯がまかれているのか、上手く動かせない。
「あっ、ようやく起きたわね、ユートくん」
視界に、ユミナさんの顔が入ってくる。どうやら気絶しているまま王都まで戻ってきたようだ。
「あれから、どうなったんですか」
端的な質問だ。ただ、ユミナさんはそれが魔狼討伐のことを言っているということを理解してくれていて、
「ええ。村の一部は崩れてしまったみたいだけど、大怪我を負ったのはきみだけみたいだわ」と答えてくれる。
「どのくらい気絶していたんですか」
「丸一日くらいよ。もう夜だわ」
「迷惑かけてすいません」
「いいえ、王魔狼がいることなんて報告されてなかったし、きみはすごいよ」
と、このあたりで、遅まきながら気づく。
手の感覚が、いつもより多いことに。
そうだ。あの時、腕を消していなかったハズ――――――
無理矢理身体をひねって、左手の方を見る。
左手に連なるいくつもの腕がそのままになっていて、その一本一本に、包帯が巻かれていた。
それを認識するとともに、崖から落ちるような感覚を覚えた。
――――――終わった。
それが素直な感想だった。
消えろと念じ、増やした腕を全て消す。じゅわっ、と水が蒸発するような音がして、腕が消えた。その分の包帯が床に落ちる。
それを見たユミナさんが、ヒッ、と小さく悲鳴を漏らしたのがやけに響いてきこえた。
「ごめんなさい」ユミナさんが謝る。
「みんな、見てるんですよね」
「ええ。最初にきみを発見したのはアカリちゃんとクランだからね。そのあとファスターとファムも見てるわ。村やギルドの人も…結構見たと思うわ」
今更ごまかすのは不可能だろう。
「やっぱり、気持ち悪いですよね。こんなスキル」
「ごめんなさい。でも、一つだけいいかしら」
「はい。なんでしょうか?」
ユミナさんは一息つき、意を決したようにこっちを向いて言った。
「きみは、邪教徒なのかい?」
邪教徒・・・・・か。心当たりはない。
「―――やっぱり知らないみたいだね。よかった。これは結構常識かと思ってたんだけど、きみは一体どこから来たんだい?まあいいや、これは子供でも知っている昔話みたいなものだ。聞いてくれ」
「昔、ミラ様という女神がこの世界を作った。その頃は全ての生物が平等に平和に暮らしてたんだ。だけどある日、そこに悪魔がやってきた。その悪魔は平和に生きていた生き物を沢山食べて、ついに邪神になってしまったんだ。邪神は人の心を惑わせ、心が闇に染まったら食べる。それを繰り返して、どんどん肥大化していったんだ。そして、ついに人間には手に負えなくなった」
神話を語るユミナさんは淡々としていて、いたって真剣だった。
「それを見かねたミラ様が、ついに動いたんだ。この世界に降臨し、邪神と直接戦ったんだ。壮絶な戦いは、三日三晩続いたらしい。そうしてミラ様は、世界の半分を失って勝利した。邪神を封印することに成功したんだ」
世界を半分、失った・・・・?
「だから今でも、このルーシェル王国からずっとずっといくつもの国を超えて南にいくと、魔物の国がある。この世のおぞましいものを集めた地獄のような場所らしい。そこに邪神をあがめて定住する人間、それが邪教徒だ」
ユミナさんはそこまで話すと、こちらをじっと見つめた。恐怖ではない、憐憫のような不思議な光が見えた。
「邪教徒は、邪神の力の一部を貰えるの。それは全て、人間に不快感をもたらすような、人間を冒涜した気持ちの悪いもの、らしいわ」
私は見たことないけどね、と付け加える。見たことない、ということはユートを邪教徒と見ていないということなのか、と勝手に安心する。
「そんな邪教徒だけど、二種類の人間がいるの。一つは、直接邪神に近づきたい、もしくはこっちのほうに布教に来た人に誘われて、邪教徒になったひと。そしてもう一つは、そんな人間の、子供。あなたはそうなんじゃないか、って思ったの」
身元不明、気持ち悪い能力、確かに、そう思われても当然なのかもしれない。
「確かに怪しいですね。でも、それをわざわざ説明したってことは、僕がとぼけているもしくは本当に知らない、と思ったわけですよね」
「ええ。違った、ようね。疑ってごめんなさい」
「いえ、謝らなくていいですよ。・・・・事情は説明できませんけど」
ええ、わかってるわ、と答えるユミナさんの表情は、言葉に反して期待が裏切られたようだった。
「それで・・・・僕はどうすればいいんですか?」
ユミナさんは大きくため息をついた後、ごめんね。と言った。ここには居られない、という意味なのは顔を見ればわかった。
「多分、明日まで、だと思う。面倒を避けたいなら。ごめんね。私にもそれはどうしようもできないの」
突き放されたような気がした。
「・・・・・そうですか」
「・・・・うん。治癒魔法も精一杯掛けたけど幾つか骨が折れていたりして、治りきっていないと思う。そんな中出て行けだなんておかしいとは思うけど、ごめん」
アカリや、村の人を助ける為にここまでやったのに、その結果こうなったのは、間違っている、とは言えなかった。言ったところでどうしようもないのだろう。ユミナさんも、この国の国民であり、冒険者であり、受付の係員なのだ。そこに何の権限も無いことくらいわかる。
「朝まではここにいていいよ。・・・・・・・ごめんね」
何度もごめんねと繰り返しながら、ユミナさんが部屋を出る。
もう一度寝てしまおうと枕に頭を押し付けたが、目はさえてしまっていた。




