1-10 数的劣勢
始まった時はまだ太陽の赤を反射していた魔狼の黒い毛皮が、今ではもう闇に溶け込んでいる。
アカリの魔法で視力を強化してもらっているので、見失うことはないが、それでも戦いづらい。
「せやあっ!」ユートはもう何度目とも解らない全力の袈裟切りを、魔狼の胴体に叩き込む。よし。また一匹仕留めた。
「そっちはどうっスか!?」
同じくして一匹、仕留め終えたたしいファスターが、声を張り上げる。
「こっちは大丈夫だろうよ!!」
「け、けど、ちょっと数が多くないですか!?」
アカリの言う通り、昼に確認したときよりも、圧倒的に数が多い。ユートだけでも30体以上仕留めたのだから、もう十分な数を狩り終えているはずなのに、まだまだ減る気配がない。むしろ魔狼がユートたちの戦い方を学んだのか、時々ヒヤリとする攻撃を見せるようになった。
集団戦闘は苦手のはずだが・・・・・
「とりあえず、一旦退けっ!!」
クランの怒号で、全員があつまる。ファムが木に縄ばしごをかけ、木の上に逃げる。
「思ったよりも、不味い・・・・だろうよ。一旦村に戻って状況を話そう」
クランが息を整えながら言う。ユートは《再生力》で常時回復しながら戦っていたのでまだ余裕があるが、特にアカリがきつそうにしている。
「アカリ、きついなら回復してもいいんスよ?」
「いえ、魔力が、もったい、ないですし」
傷を治す分に温存していたらしい。運動は苦手と言っていたのに、無理をするものである。
「で、どうするっさね?」
ファムが下を指さしながら言う。木の下には魔狼の爛々と輝く赤目がずらり。ユート達が降りてくるのを待ち構えていた。
「これはちょっときつそうっスね・・・」
「すいません。私のせいで・・・・」
「アカリ、君は悪くないよ。ファム、魔法で誤魔化せないか?」
「炎魔法なら出来るかも・・・・五分五分っさね」
どうにか出来ないものか・・・・
「みんな、ちょっといい?」
みんなが振り向く。
「魔狼ってチームワークが苦手、ってのが相場なんだよね? それなら数が増える一方じゃなくて、途中で均衡をとると思うんだ」
「つまり・・・・どういうことだろうよ」クランが聞く。
「しっかり連携していることを考えて、興奮状態にあるとは考えづらい。だから、何らかに操られているとか、そういうことが考えられないか?」
そもそもこれが魔狼ではないという可能性は、鬼神の魔眼で排除してある。状態異常は見えないので、その可能性を疑ったのだ。
「つまり親玉がどこかにいるから、それをとっちめればいい、ってことっスか?」
「確信はないけど、その確率は高いと思うよ」
「よっしゃあ! いっちょやってやろうぜ!!」
「で、結局この状況はどうするっさね?」
「そりゃあ・・・えーっと・・・・ユート、どうするんだ?」
「あ、あーっと・・・結構思い付きで言っちゃったから対策は特には・・・あはは・・・・」
一度盛り上がりかけたが、また静かになる。
その中、口を開いたのはアカリだった。
「・・・・・あの、操られているのなら多分ですが、私が解けると思います」
「本当か!?」クランが飛び上がって木から落ちかけ、ファスターに助けられた。
「【解呪】を範囲指定してこのあたり一帯に掛ければどうにかなるとは思うんですが、それにも問題があって・・・」
「問題?」
「はい。これを使う分の魔力が少し足りなくて、発動したら多分動けなくなると思うので、誰かに運んでもらう必要が出てくると思います」
さらに回復も実質不可能になる、か・・・・・確かにイチかバチかの賭けになるのかもしれない。
「よし、それで行こう。アカリは俺が運ぶから任せろだろうよ!!」
クランが緊張した面持ちで手を挙げる。けど、クランには護衛とかをやってほしいと思う。
「いや、アカリを運ぶのは僕に任せてもらえるかな。 この中ではクランが一番の戦力だし、僕が一番足が速い。僕が適任だと思うんだ」
「うーん、確かにそうだな。じゃあユート、任せたぞ。アカリもそれでいいか?」
「は、はいです! 頑張ります!」
「それじゃあ、木を降りたら向こうに走って、急いで村まで戻るっさね。森を抜けたらアタシが炎魔法で時間を稼ぐから、その内に村に入るっさね」
「じゃあ、頼んだぞアカリ」
「はい、それでは――――――【解呪】」
アカリの杖から放たれた光が、辺りを照らす。
光が止まり、アカリが気を失う。一方木の下では魔狼達が我に返り、気まずそうに目を逸らしながら、散り散りに分かれてどこかに歩いていく。
「チャンスっさね! 早く!」
縄ばしごをかけ直していち早く降りたファムが促す。クラン、ファスターの順に降り、アカリを降ろしてから、ユートも降りた。
「こっちっス!!」ファスターが魔狼を追い払いながら、村の方を指さす。
ユート達は村に向かって全速力で撤退するのだった。




