1章 異世界で魔法使いになった男 -4-
石の扉を抜けた先にあったのは長い迷宮だった。長い通路、通路、通路、広間、通路、広間、通路…そんな景色をもう何時間も見ている。
出口に戻ろうとしても、それはもう不可能だった。確かに出口の位置を確認し、マーキングを欠かさずに来たはずなのだがいつの間にかあるポイントから通路がループし始めてしまったのである。
やはり、こんなわけの分からない場所の、わけが分からない建造物になど足を踏み入れるべきではなかったのだろうか。
いや、しかしどう見ても人の手が入った建造物を前に、ここさえ抜ければ人里に出られる可能性があるのなら行かないという選択肢はなかったはずだろうと思い直す。
自分の記憶力と頭にはそこそこの自信がある。マーキングと出口の位置を間違えているということは頭の中で何度も確かめているが、間違っているとは考えづらい。この世界に入ってきたときのような現象が起きていると考えるべきだ。
クソッたれ。全く、ちょっと肝試しに出かけただけのことがとんでもないことになっちまった。ボヤき、ため息を吐き出し足を止めた。
迷路の攻略法といえばいくつかある。がこの場所に関してそれが通用すると思わないほうがいいだろう。既に不思議パワーで迷わされているのだから。
だからといって攻略法がないとは思わない。というかなくては困る。ただそれが物理的な理論に則ったものではないのだろうというだけだ。
乳白色の壁で覆われた一面の壁を睨む。とにかく観察するのだ。足を動かして進めないのなら頭を動かさなくては。
この迷宮は、全ての壁も地面も、天井も乳白色のタイルで覆われている。明かりは壁に備え付けられている発光物だ。壁伝いに這っている植物の実の部分が光っているのだ。
光る植物、というのも不思議ではあるがなにより、それで光を発している部分が全て均一というところが不気味である。
そこから何となく人為的な意図を感じることができる。
ダンジョンの壁にも、植物にも人の手が加えられ、作り手の几帳面さのような意ものが見えている。それはつまり、ダンジョンの造りやコンセプト、抜け方の法則にも繋がっているはずだ。
考えろ、俺は迷っているのではない。
ループは知らず知らず何かしらの法則に嵌っているに過ぎない。進めないのはループポイントの前後で何かが足りなくなってしまったからなのだ。
ここまで来るまでに、壁と植物との間に挟みこんでおいた大学のノートの切れ端を確認する。曲がり角ごとに数字を書き込んで曲がった方角とそこを通った回数をメモしてある。
それによれば、俺がこの分岐点に差し掛かったのは3回目。そして目の前にある二方向の分岐点にはどちらにも行っている。
どりらにも更なる分岐があり、どちらに向かってもここに戻されてしまうのだ。
そうなるためには、左右どちらかにコの字を描くか、円の形に回ってくるかということになる。もちろん、この先の分岐点はそのような形はしていない。
考えたくもなかったことだが、やはり物理的な法則を無視して空間が捻じ曲がっているとしか考えられない、ということになる。
「ん、そういえば」
呟いてふと思う。
ここで一つだけ試していない動きがある。後退だ。ループしているエリアから後ろ向きに進むということはしていなかったのである。目を閉じて頭の中の地図を反転させた。
この迷宮が何かしらのトリックではなく本当に空間が捻じ曲がっているのとすれば、その曲がった空間の法則すら把握しなくてはこの迷宮を抜けることはできない。
意を決して、今抜けてきた方向に向けて歩き始めた。