第1話 いつもの時間
今週もやってきてしまった、この時間。
いや何も嫌いな授業だとかじゃない。僕にとっては少しだけ迷惑というか、なんというか・・・・・・
4時間目の体育が終わり、体育館から男子達がぞろぞろと出てくる。その中に僕も居た。今日は少し気温が高いせいか、結構汗をかいて体操着が湿っている。
昼食を早く食べたいのか、みんな自然と早足になる。だが僕は一人集団の後ろに隠れていた。このままやり過ごせるかも・・・なんて淡い期待を抱きながら。
校舎に入り、職員室と保健室のある長い廊下を歩く。ここは一番注意しなければならない所だ。辺りに気を配り、なるべく人に紛れて歩く。遠回りしていけばいいのだが、どうせまた教室で待ち伏せされるだけだろう。
保健室のすぐ手前まで来た。ドアは・・・よし!開いてない!場合によっては開いている時もあるが今日は違うみたいだ。
周りに姿も見えないし、今日はこのまま突破だ!そう思って安心して保健室を横切ろうとしたその瞬間、
ガラッ
・・・ま、まさか・・・・・・・・・
「あっ、アキくん見っけ。捕獲っ!」
そう言って僕の腕をがっしり掴んで引きずる、保健室のおば・・・お姉さん。
・・・・・・隊長、任務は失敗に終わりそうです・・・・・・・・・
クラスメイトの哀れむような、羨むような視線にさらされながら、僕は保健室に引きずり込まれた。そしてあっという間に先生の机の向かいに座らされた。毎度毎度見事な手際だ。尊敬に値するよ、全く。
「♪君をずっと幸せに〜」
先生は歌をくちずさみながら自分のバッグから弁当箱を取り出した。
「♪させてあげるよ〜」
・・・・・・歌詞が違う気がする。それに何故僕を見ながら言う?
「アキくんも一緒に食べよーよ」
この後の展開はわかるのだが、一応言ってみる。
「僕の昼メシは教室の鞄の中で待機中ですが・・・」
待ってましたとばかりに先生がニンマリと笑う。そしてジャーン!とどこからか僕の弁当箱とペットボトルを取り出す。ふぅ、この展開にも慣れてきたよ。
「あたしって用意いいでしょ〜」
なんともうれしそうだ。
「あのですね、勝手に人の鞄の中物色しないで下さい」
って言っても無駄だろうが・・・・・・
「もぉ、いっつもそればっかり。あたしのお陰でこうして授業終わってすぐお弁当が食べれるんだよ。ここはありがとうって感謝するところだよ?」
わからないでもない。でも勝手に鞄の中身持ってきたからプラスマイナスゼロって感じだ。
「ペットボトルください」
体育の後なのでさすがに喉が乾いた。
「はいどうぞ」
どーも。キャップをあけ、口をつける。やっぱり冷やしてきて正解だった。冷たい麦茶がおいしい。
僕がゴクゴク麦茶を飲んでいると先生がとんでもないことをつぶやいた。
「あ、さっき一口もらったから」
ぶっっ!!???
僕は大屋晶。女みたいな名前だが気にしないでくれ。男女関係なくみんな「アキちゃん」「アキ」「アキくん」などと呼ばれている。これはたぶん、僕が少し童顔なせいだろう。みんなからすれば話し掛けやすいそうだ。確かにムスッとした愛想のない顔よりはいいと思う。クラスのみんなと仲良くできるし。
そしてこの先生らしくない先生は桜坂恵里子先生。少なくともこの人に会うまでは僕の人生は順調だったと思う。先生は26歳独身。生徒からの人気はすごい。なぜなら先生は美人でいつも元気で明るく、おまけに背が高くスタイルもいい。それに高校生みたいなノリで生徒と接していて馴染みやすい。生徒の信頼も厚く、よく相談を受けてるらしい。男性教師の中にも好意を寄せている人がいるとか。
そんな先生と僕が何故一緒に昼食を食べているのか?原因は先生のほうにある。なんでも僕が入学して初めて保健室に来たとき僕に一目惚れしたとか。(完全な一方通行だがここでは触れないでおく)
それからというもの、廊下ですれ違うと手を振ったり、抱きついてきたり、今日みたいに昼食を一緒に食べよう(かなり強引)など、職務そっちのけでかなりの猛アタックを続けている。
うん、教師としてあるまじき行為だと思うよ。
当然周りが黙っていないわけで・・・・・・先生は全校生徒から慕われているので、僕が先生と仲良くするとそのみんな+αがものすごい目で睨んでくるんだ、これが。
でもようやく最近は僕が先生に対して特別な感情を抱いているわけじゃないというのがわかってきたらしく、だいぶましになっている。まあ今でも冷やかされるけど。
でもこの事は校長や教頭も知っていて、先生も厳重注意を受けたはずなのだが本人は、「たくさんの生徒とのコミュニケーションをとることで悩みを抱え込まず相談してくれる生徒が増えてるんです。いいことでしょう?って言ってやったわ!」
と自慢げに語っていた。
学校からしても桜坂先生を失うことはかなり痛いそうなので、問題にはなっていないようだ。
いや、十分問題だけどさ。
でもこれって安心していいのか?漠然と不安なんだが・・・・・・
勢いよく麦茶を吹き出した僕を見て先生は笑いながら言った。
「冗談よ!冗談!」
・・・・・・僕の高校生活には「平穏」という文字はなさそうだ。
ふたりだけの保健室で僕はひとり確信した。