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140文字小説

みちる

作者: 宮毘羅

その日、朝目覚めたときから、嫌な予感がしてたんだ。それがその日に起きることなのか、それとも近い将来嫌な事が起きる予兆があったのか、それは定かではないが。ただとてつもなく不安な気持ちで目が覚めた。そして、不安なまま一日を過ごし、用事をすませ、その帰り道で事件が起きた。

大学の講義が終わり、バイトも休みだったので、欲しかった本を買うため神保町にいった帰り道、その電車内は帰宅ラッシュで俺が乗るときにはすでに満員だった。どうにかドアのところで立っていた俺の前にいた一人の女性の様子がおかしい。ガラスに映る顔もなにやら迷惑そうな感じだ。

「どうしたんだろ?」

俺は彼女の困った顔が気になり、声をかけようか悩んでいた。しかし、結局声をかける度胸もない俺は、ガラスに映る顔を見るのも気が引けるので目をそらし、そのまま電車に揺られていた。

「もうすぐ次の駅だ、次はこっちのドアが開くから状況をそのときに把握しよう」と思いながら。

電車がホームに入り、停車しようとした瞬間彼女が俺の方を振り向いた。しかもさっきの困ったような。また迷惑そうな表情から明らかに怒りの表情に変わっている。

「なんだ?」

そう思った瞬間にドアが開き、それと同時に彼女の手のひらが俺のほほをたたいた。


彼女に思いっきりほほをはたかれ、余りの痛さと何があったのかわからず何もいえないでいる俺に対し彼女は畳み掛けるように大声で叫んだ

「もういい加減にしなさいよ。この痴漢!!」

なんと彼女は俺の事を痴漢だと思い込んでるらしい。

「ちょっとまて、どうすれば俺が痴漢なんかできるんだよ。」

有り得ない。

 どうやら彼女は電車内でずっと痴漢されてるような感じがしてたらしい。だがもし本当に彼女が痴漢にあっていたのだとしても、それが俺だなんて有り得ない状況だ。というのは電車内の俺は右手は買ってきた本を胸元に抱え、左手は手すりをつかんでいたのだから。必死に反抗する俺の話を彼女は聞きやしない。 彼女は俺の話を聞こうともせず。とにかく俺の事を痴漢だといいまくっていた。

周りの奴らからは「痴漢だって、最低」

だとか

「駅員呼んでこようか?」

などと話している。俺はいたたまれなくなり早くその場を立ち去りたかった。しかし、ここでその場を離れれば、痴漢をして逃げたと思われるに違いない

逃げたなんて思われたくない。それに逃げたと思われたなら、それは俺が痴漢をしたと認めたことになる。そう思った俺は根気よく彼女の誤解を解くことにした。とりあえずは怒りのあまり興奮している彼女を落ち着かせないと。だがそれにはどうしたらいいのか皆目検討もつかない。だがこままじゃいけない。

「とにかく落ち着いて話し合いませんか?」俺はそう彼女に切り出した。最初は興奮冷めやらぬって感じの彼女だったがしばらくすると落ち着いてきたらしく俺の話も聞いてくれるようになった。俺も当時の自分の状況から説明することにして、まずは彼女がどうして痴漢されてると思ったか、たずねた。

彼女は仕方がないといった形で話し始めた。


 彼女は俺が乗った駅の一つ手前でその電車に乗ったのだが、降りる人の為に場所をあけるので一旦ホームに下りたらしい。そして再び乗る際。俺のほうが先に乗り込みその後に彼女が乗った。(それについては俺も確認している)。そして電車が動き出した

電車が動き出してすぐ、スカートの上から何か固いものが当たり、それがもぞもぞと動いていたらしい。しばらくは我慢していたが、固いものが当たっている状態が長く続いていたため痴漢だと確信したそうだ。だがその次の駅からは反対側のドアが開くため、その場を離れらず我慢し続ていたらしい。 そして再び我々がいた側のドアが開く駅に着いたのだが前にいた人が誰も降りなかったため逃げることもできず、結局俺の降りる駅まで我慢し続け、ターミナル駅でもあるその駅で犯人を取り押さえるつもりだったそうだ。そして痴漢をしているのはすぐ後ろにいる俺だと思ったと、

彼女の話は終わった。


次は俺が状況を説明することにした。といっても電車に乗り込んだ経緯については彼女もわかっているので、電車内で俺がどのような体制でいたか説明するしかないのだが。そして俺は買ってきた本を胸元で抱えるので右手はふさがっていて、しかも左手も手すりをつかんでいたことを、落ち着いて話した。

何度同じことを説明しても彼女は納得できないでいるようだった。すると野次馬根性で俺たちを取り囲んでいた人の中から、高校生らしき少年が恐る恐るとう感じで前に出てきて俺たちの話に割って入ってきた。

彼の話によるとこういことだ

「僕もそちらの男性(俺の事)と一緒に電車に乗ったんですけど」

その少年の話は続いた。

「それで僕その人の隣でたってたんですけど、その人自分で説明してたとおりの体勢でしたから、貴女に痴漢なんかできなかったと思いますよ。」

そう、その少年が俺の無実を証明してくれたんだ。

それを聞いた彼女は驚いて少年に尋ねた

「だったら何ですぐに言ってくれなかったの?」

「ごめんなさい。貴女が余りにも怒っているので、怖くてなかなか話しかけられなかったんです」

と、少年が言うと彼女は

「そうだったの。怖がらせちゃったのか。でももっと早く言って欲しかったわよ」

と、彼に優しく話していた。そして俺のほうを向き、頭をさげ謝罪した

「ごめんなさい、誤解してしまって。」


 彼女が素直に謝ってくれたので俺もほっとして

「いいんですよ。誤解もとけたんだし」

と言ったが彼女は

「いや、殴っちゃったし、こんな大勢の前であなたに恥をかかせちゃって」

とひたすら謝っていた。正直なところ腹が立たなかったわけではないが周りの人の誤解も同時に解けたことで落ち着いていたんだ。


「いや、本当いいんですよ。周りの人もわかってくれたみたいだし、気にしてません。」

彼女にはそういい、少年のほうをむくと少年に

「有難うな。俺の無実を証明してくれて」

と、声をかけた。少年は

「いいえ、むしろもっと早く言えばよかったです。ごめんなさい」

と、謝っていた。

「いや。たすかったよ」


 この痴漢騒ぎが落ち着こうとしてるときに誰かが

「ちっ つまらねぇの」

と、舌打ちして周りの人から思いっきり文句をいわれてたのは予断だが、正直、納得できない部分が残った。

それは彼女が「痴漢されてる」と確信した、スカートに当たってたのは何だったかということだ。気になった俺は彼女に尋ねた。

「でも、スカートに何かが当たってたということですけど」

と彼女に切り出すと

「はい何か固いものがあたっててそれがもぞもぞとうごいてたんです」

という。

「固いものというと手の甲というか拳かなにかですかね?」

すると

「だと思うんですけどはっきりとは解らないんですよ」

と、彼女はう不安げに答えた


「何ですかねぇ?もしかしたら別のヤツがあなたに痴漢してて、この騒ぎに乗じて逃げたのかもしれませんね」

と俺がいうと、

「えぇ。そうだと思います」

と、彼女も確信がもてないように不安な表情で答えた。

すると、また別の男性が俺たちに声をかけてきた。

「ちょっといいですか?それってもしかしたら、コレだとおもうんですけど」

と、男性は俺たちの前に手に持っていたビジネスバッグを差し出した。

「どういうことですか?」

俺が尋ねると、

「電車内で私は彼女の隣でたってたんですけど、体制的に変な状態になってたんでバッグも引っ張られるみたいなかたちでちょっと離れた感じになってたんです。それでバックの角のあたりがこちらの女性の体のところにあったんで当たってたんだと思います。私もバックを引き寄せようとしたりしてたのと電車のゆれの関係でもぞもぞと動いていたように感じたんじゃないでしょうか?」

そう彼は俺たちに説明してくれた。そして彼女にバッグを差し出した。

彼女も、

「ちょっと確認してみていいですか」

と、彼に訪ね彼も、

「ぜひ確認してください」

とバッグを彼女に持たせた。彼女はそのバッグの角のあたりを手でさわったりすこし押してみたりして確認し、

「たぶんコレだと思います」

とスカートに当たってた物が確認できてほっとした様子でバッグを彼に返した。


 そうして、彼女の誤解も解けたので俺もほっとしながら、乗り換えのためにホームを移動しようとすると、再び彼女が俺を呼び止めた。何かとおもって振り返ると

「あのぉ、この後って何かご予定ありますか?」

と、たずねてきた。

「いや特別何もないですけど、どうしてですか?」

俺は不信におもって聞いた。


「これから少しお付き合いしてもらえませんか?」

彼女は言い出した。

「僕はかまいませんけど。いいんですか?また皆から好奇の目で見られますよ」

と俺がいうと、

「かまいません。あなたに恥をかかせたから、どうしてもお詫びのしるしに、お茶くらいはご馳走したくて」

と申し訳なさそうに話した。


 いきなり、彼女は「俺に恥をかかせたお詫びがしたい」

という。

俺としては誤解が解けただけで充分だったのだが、あまり断ると今度は俺が彼女に恥をかかせることになるのではと思い、彼女の言葉に甘え、近くの喫茶店でお茶を飲むことにして、駅の近くにある小さな喫茶店に彼女と入っていった。


 喫茶店に入り、お互い、簡単に自己紹介をすると、彼女の最近の悩みに話は及んだ。どうやら彼女はここのところ、毎日のように痴漢にあっていて、会社に行くのも憂鬱になていたらしい。そんなこともあり、今日もまた痴漢にあったと思い、今日こそは捕まえようと決心して、今回に至ってしまったらしい。


 彼女の話を聞いているうちに、俺は彼女に同情するようになり、泣きながら俺に謝罪する彼女を心から慰めていた。

「気を落とさないでください。貴女の辛かった気持ちは解ります。そんな状態だったら仕方ないことです。先ほども言いましたが、誤解も解けた事ですし、僕は気にしてませんから」

「有難う御座います。本当にごめんなさい」

泣きながら俺に謝罪する彼女をみてると、とてもはかなく、そして愛おしく思えてきた。俺は彼女を慰めながら、いつしか彼女を護ってあげたいと思うようになっている自分に気づき、戸惑っていた。というのも俺には女性に対してトラウマがあったからだ


 俺の女性にというか恋愛に関するトラウマ。それは俺が16のとき起きた一つの事件だ。世間的に見れば、それほど珍しいものではないのかもしれない。だが俺にとってはとてつもなく大きくそしてその後の俺の人生を狂わせた大きな事件だった。俺には16のとき、初めてできた彼女を交通事故でなくしている。

それ亡くして以来、俺は恋愛に対して積極的に慣れなかった。

ただでさえ人と接することが苦手だったのが、深入りするとまた却って失うことになるのではないかと思って、恋愛ばかりでなく人付き合いそのものに臆病になっていた。

だが、今そのトラウマから開放されようとしていた。


 彼女を慰めていくうちに、俺のトラウマは過去のものとなり、そして新たに人と積極的に向き合う勇気を取り戻していった。彼女をとても愛おしく、そして護ってあげたいと思う気持ちがどんどん大きくなってゆき、それまでの俺では考えもつかないことを彼女に言っていた。

「元気をだしてください。そして」

泣きながら俺に謝罪する彼女を慰め、そして思いもがけなく彼女に自分の思いをぶつけていた。

「元気をだしてください。僕は気にしてませんから。それともし迷惑でなかったら、またお会いできませんか?貴女の話を聞いて、生意気かもしれませんが、貴女の事を護ってあげたくなったんです。」

と。


 俺は彼女にそのときに感じた正直な思いを伝えた。

それを聞いた彼女はキョトンとした表情をみせた。どうやら俺の言ってる事の意味が解らないといった感じだ。意味を理解すると、急に笑い出した。

「それ本気ですか?」

そうたずねる彼女に俺は

「本気ですよ。」

と自分でもおかしいくらい真面目に答えた。

「年下の僕が貴女を護りたいなんて、生意気かもしれませんけど、僕は真剣です、彼女になってくださいとまでは言えませんが、あなたの愚痴の聞き役くらいにはなれると思います。」

自分でもおかしいくらい真剣に話す俺を見て彼女は再び涙を浮かべ

「有難う、私貴方にひどいことをしたのに… 嬉しい」

「でも、こんなおばちゃんでいいの?」

彼女は泣き笑いのような表情でたずねてきた。そう彼女は俺より5歳年上なんだ。だが俺にはそんなことは関係なかった

「おばちゃんなんかじゃないですよ。たった5歳じゃないですか。僕は気にしません。」

すると彼女は

「でも、貴方の彼女に悪いわ」

そう笑顔で言った


「僕に彼女なんていませんよ」

恥をかくのを覚悟でいうと

「そうなの?もしこんなおばちゃんでよければ、私もフリーだし、付き合ってみる?」

そう言ってきた。俺は正直嬉しくなって

「ですからおばちゃんなんかじゃないですよ。素敵なお姉さんです。もし僕でよければ付き合ってください。」

そう告白した。


 こうして、俺たちは出会いこそ最低だったが、付き合うようになった。そして時には束縛しあい、時には互いの時間を尊重して。遊園地や動物園、時には映画をみたり、それまでの俺には縁のないような高級なレストランに連れて行ってもらったり。デートを重ねて俺たちは幸福だった。


あの日がくるまでは


 俺たちが付き合いだして1年が過ぎようとしていた。毎週のようにデートをして、彼女の部屋にゆき、彼女の手料理で食事をしているときに、俺は落ち着かなかった。そのとき俺は人生で最大の決心をして彼女に伝えようとその日の朝から決めていたからだ。

そんな俺をみて、

「どうしたの?料理まずかった?」

心配そうにたずねる彼女、俺は

「いや、すごく美味しいよ」

と彼女を安心させ、意を決して話を切り出した。

「なぁ、俺たち付き合ってもう1年だよな」

そういう俺に彼女が

「うん」

と返事をする。そしていざ俺の決心を伝えようとしたが美味く言葉がでてこない。喉が渇く。

ビールで喉を潤し、深呼吸して、俺は気持ちを伝えた。

「俺、まだ学生だし、自分でもまだ早いとは思うんだけど。みちるに対する気持ちは真剣なんだ。これからもずっとみちると一緒に生きて生きたい。俺が就職したら結婚してくれないか?」

俺の言葉に彼女は最初唖然としていたがホロリと涙を流した。


 俺の言葉に涙を流した彼女。

俺はてっきり断られるかと思った。だが彼女の答えは

「有難う。すごく嬉しい。私も良治とずっと一緒にいたい。一緒に幸せになりましょう」

そう、彼女は俺のプロポーズをうけてくれたのだ。俺は有頂天になった。彼女とすごす人生を想像して、

「世界一幸せだ」

そう思った。


 俺たちは結婚の約束をした。だがまだやらなければならないことはたくさんある。当然俺の大学の卒業もそうだが、まずは彼女の両親に挨拶をしなければ…そして挨拶をするなら早いうちに交際だけでも認めてもらおうということになり、後日彼女の実家に二人で挨拶に行くことにし、詳細の打ち合わせをした。


 俺の大学が試験休みに入ったら、彼女も仕事の休みを取って、彼女の実家のある山形県酒田市に挨拶に行くことで、彼女とスケジュールの調整をした。そして大学の試験休みに入った。挨拶にいくまであと1週間。休みの間、毎日のように彼女の家に行き、彼女との楽しいひと時をすごしていた。


 ついに運命の日がやってきた。その日俺は彼女と彼女の実家に向かうため東京駅にいた。本当なら彼女とともに彼女の家から東京駅に向かいたかったのだが、新幹線の時間の関係で彼女を迎えに行く時間的余裕がなかったため、東京駅での待ち合わせにしたのだ。それが後悔の理由になるとも気づかずに。


 約束の時間になった。なのに彼女は現れなかった。新幹線の時間まで15分しかない。何かあったのだろうか?そんな不安を抱えながら俺は東京駅で待ち続けた。それから10分がたち、20分が過ぎても彼女は現れない。乗るはずだった新幹線はもう発射してしまった。彼女の気持ちがかわったんだろうか?


 約束の時間から既に1時間が経過していた。俺は不安にさいなまれていた。

「彼女の気持ちがかわったんじゃないだろうか?」

そんな不安と

「いや、彼女自身どうしようもない用事ができてしまったんだろう」

そんな信頼とが俺の心の中でせめぎあっていた。そのとき彼女の身に何が起きたかも気づかずに


 約束の時間から2時間がたち、さすがの俺も

「彼女の気持ちがかわってしまったんだろう」

とあきらめかけたそのとき、呼び出しの放送が流れた。

「東京都荒川区からおこしの瀬山良治さん、至急駅長室までお越しください。お電話がかかっております。」

と。それを聞いた俺は駅長室へ急いだ。


 呼び出しの放送を聞き、嫌な予感をしながら駅長室に向かった俺、

「まさか彼女の身に何かあったんじゃないか」

そんな想いが俺の中を駆け巡っていた。駅長室に着き、受話器を受け取ったとき電話の相手はある病院の看護師だった。俺の頭に不安がよぎる。間違いなく何かが起きているんだと。


 電話口に俺が出たことを確認するとその看護師はとつとつと話し始めた。

「どうか落ち着いて聞いてください。先ほど神田みちるさんが交通事故にあわれまして、当病院に運び込まれました。彼女の意思で私から瀬山さんにご連絡させていただきましたが、すぐにお越しください。」

何を言ってるんだ?


 当初俺はその看護しが何の話をしてるか全く理解できないでいた。いや電話に出る前にいやな予感はしてたんだ。理解できないんじゃなくて、彼女の交通事故という現実を受け入れられないでいる。コレは夢だ夢であってほしい。そう願いながら俺は病院に急いだ。だがそこでは残酷な現実が待ち受けていた。


俺が病院に着いたとき、既に彼女は息を引き取っていた。俺が病院に着く5分ほど前のことらしい。実際の家族は遠い山形にいる。臨終の確認は筋違いだと理解しつつも俺が行った。そして病院から彼女の実家に彼女の死亡の報告された。俺は最後に彼女に付き添っていた看護師から話を聞いていた


 彼女は臨終間際に一度目を開けた、その看護師と話をしたらしい。その話の内容には俺に対する謝罪と感謝の言葉、そして願いが込められていた。彼女は実家への報告と俺への伝言を残して、息を引き取ったらしい。その顔は幸せそのものだったとのことだ。俺は看護師から彼女の最後の言葉を聞いた。


彼女はこういっていたらしい。

「良治、ゴメンね。私もう貴方と幸せになれない。でも私は貴方と知り合えて、すごく幸せだった。ありがとう。貴方はこれからも生きていくのだから、私の事は忘れて、私の分も幸せになってね」

この言葉を聴いたとき俺は後悔の念で一杯だった。そして自分自身を呪った

「俺はまた、愛する女性を護れなかったんだ。俺は愛する女性を死に至らしめる宿命をもっているんだ」

そんな考えが頭をよぎる。どんどん俺の心が闇におちていく。そんな感覚が俺を襲っていた。そして俺の頭の中には一つの考えが浮かび上がってきていた。

「俺に人を愛する資格はない。死のう」


 俺は自殺することを決めた。ただその前に一言彼女の両親に謝罪したかった。こんな形で彼女を両親の元から奪うことになるとは思ってもいなかったが、そうなった以上、彼女を護れなかったその謝罪だけはしておきたかたんだ。彼女の家族が到着したとき、俺は病院で待ち、そして、彼女の家族に土下座をした

「申し訳ありません。僕はみちるさんを護ることができませんでした。」

そう謝罪した俺に対し、彼女の父親が言った。

「話は看護師さんからきいてます。瀬山さんの責任ではありません。運が悪かったんです。。謝ったりしないでください。」

彼女の父親からそういわれたとき俺は涙が止まらなかった。


「瀬山さん、貴方もしかして、何かよからぬことを考えていませんか?」

彼女の父親は、俺が何を考えているか気づいたようだった。

「もし私が思ってるようなことを考えているのなら、娘のためにもやめてください。娘から電話でですが、貴方の事は聞いていました。結婚したいと思える人ができたと。娘は言ってました。「その人は私より5歳年下のまだ学生なんだけど、自分の事をとても大事にしてくれてる」って。そしてこうも言ってました「年齢からいえば私の方が先に死んじゃうんだろうけど、それまで一緒に歩いて、二人で幸せになりたいと思う」って」

俺が何もいえないでまま、父親は話続けた。

「私はね、瀬山さん。娘のあんな嬉しそうな声を始めて聞いたような気がします。嬉しくても、悲しくても、感情を押し殺してるような話方をする子でしたから。それが感情むき出しに、その嬉しさをだせるようになった。それは貴方がいてくれたからなんだと思います。あの子は幸せだったと思いますよ。つい先日も「貴方からプロポーズされた。今度一緒に挨拶にいくから」って、それこそ嬉しくて仕方がないって感じで言ってました。それだけ、貴方はあの子を幸せにしてくれてたんですよ。もし、今回の事で責任をとるというのなら、変な考えはやめてください。それは責任をとるための行動ではない。「自分には幸せになる資格がない」って考えてるなら、それは間違いです。責任をとるというなら、娘の分も幸せになってください。貴方が幸せでないと、あの子は天国で幸せに暮らせない。あの子を幸せなまま逝かせてください。あの子のためにもお願いします。」

「有難う御座います。」


 彼女は東京で荼毘に付し、遺骨となって故郷の山形に帰っていった。本来なら俺と一緒に帰るはずだった山形に。そして実家で行われた葬儀に俺も親族として迎えられ出席させてもらい。納骨式でも出席をゆるされた。正式に婚約したわけでもなかったのだが、ご両親は彼女の身内と認めてくれたようだった。


 あれから、もう18年の月日がたった。彼女の事を吹っ切るのに7年かかった。だが時間がかかった分、彼女に負けないくらい素敵な女性を愛し、結婚の約束もしている。これで彼女との約束もはたせそうだ。


 だが今でも解らない、始まりの日の朝、感じた嫌な予感は、何を示していたのだろう


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