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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
9/86

凶暴

「あんたって、あたし達よりもよっぽど凶暴よ?」「てゆーか凶悪って言わなければね」

 鳴り響くアラーム、頭上で輝く赤褐色の光源。それは侵入者を意味する警報だ。

「普段大人しい人ほどキレると怖いのよね」

「わ、私のこと?」

「決まってるでしょうが! クソガキ行くわよ」

「命令しないでくれる?」

 この三人の背後、厚さ一メートルの鉄筋コンクリート壁が、数十メートルに渡っての亀裂と数メートルの大穴を穿たれていた。ひだりの生んだ口の化け物の功績であり結果だ。戦闘学科全域に警戒を知らせる警報も含めて。

「狼男はどっちに向かったのかしら?」

「情報学部校舎内が臭いわね」

 エリスが言って美咲が答える。

「は、早く離れないと人が………」

『張本人は黙ってなさい!』

 二人の怒鳴り声が重なり、同時にひだりの首根っこを引っ掴む。

「つっこむわよ!」

「木を隠すなら森って昔から言うものね」

「それ絶対違う!」

『問答無用!』

 二人の叫びに少女の絶叫はしぼむように消えていった。


「ああ、あんたの予想通り、三人は入っていったぜ?」

 戦闘学科校舎屋上。眼下に広がる破壊の跡を目にしながらアレフ・マステマは楽しげに笑う。いや、正確に言うなら皮肉げに、そして嬉しげに笑う。

 片手に持つのは携帯電話。防音処理をしているため、通話相手の声は漏れない。

「サキと十夜の奴は到着まで時間がかかるはずだ。二人揃って切り札使えば、その足も遅くなるって。へっ、あんたはいつも心配性だ。その優しさを俺に分けてもらいたいね」

 もっとも、と言って言葉を切る。

「歩く法律違反にクリムゾン、作り出す(クリエイター)まで参加したのは予想外だもんな。せいぜいかちあわない事を祈るさ」

 苦笑。そんなことはありえないのに。

「いや、なんでもない。俺も仕事に移る。それじゃあな」

 そして、通話を切って、登録情報を初期化。そのまま屋上から投げ捨てる。

「………早かったな、サキ」

 充分時が経ってから、いかにもといった態度で振り返る。その眼前に突きつけられる銀の切っ先。

「あなたは何をしていたの?」

「何って電話さ」

 彼女の行為に動じるわけでもなく、軽い笑みを称えたまま両手をあげる。

「それで、十夜は?」

「彼の行動を気にしていたらキリがないわ」

 知っているのか知らないのか。しかし、どちらでもいいとアレフは思う。どうせ、彼等は止められない。止めることが出来ないから。

「何が起こっているの?」

「聞いたとしても理解できないって」

「決めるのはあなたじゃないわ」

 確かに、と言って情報学部校舎を指差す。

「あそこにしまわれた禁忌を狙う奴らがいくら居ると思う?」

「秘める欲望の数よ。それがどうしたって言うの?」

「そう思うだろ? でも、実際しまわれている禁忌なんてたいした数じゃない。過去の情報が関の山さ」

 咲にはアレフの言わんとしている事がわからない。だから、というわけではないのだろうがアレフが続ける。

「ようは、たいていの禁忌は持ち出されているか使われてるんだよ。例えば、サキの右目右腕のように」

「オラトリオとバーニィが開発したと聞いたわ」

「ただの医療技術だったら禁忌の指定は受けないし、もっと普及してる。ましてや魔女の剣なんて必要ないだろ?」

「あなた」

 何で知っていると聞こうとしてやめた。

「私が知りたいのは、そんな戯言じゃない。話しの続きよ」

「いいねぇ。そういうクールなとこ好きだぜ」

「次は動脈を切るわ」

 眼前からそらされた刃が首筋に添えられ、冷たい刃の感触を伝える。だが、アレフの薄ら笑いは消えることなく続いている。

「白状するなら、情報学部に残された禁忌はほんの一つか二つかそんなところ。そして、今回の騒ぎは、その数少ない禁忌を手に入れようとしている連中の奪いあいさ」

「あなたの話し相手も?」

「そいつはどうだろう?」

 刃をわずかに食い込ませる。それだけで皮膚は裂けて血を滲ませるがアレフは答えない。

「この騒ぎはいつ終わると思う?」

「諸悪を叩き潰せばいいだけよ」

 それは事実。出来るなら自らの手で終わらせる。

「それじゃあ、諸悪が俺だったら?」

「殺すわ」

 それも事実。殺意を向けられたなら殺意で返す。それが咲のスタンスだ。例え、人狼という代替物を使っていようが関係ない。放っておけば、次も同じ事をしないという保障はないのだから。

「まっ、俺が犯人じゃないんだけど、全てを語る義務もないし」

「そう、なら死ぬ?」

「愛する俺を殺せるのかい?」

「くだらない冗談ね」

 言いながら、これ以上の会話は無益な事を理解。全てを明かさない人間と話すのはそれこそ何も話していないことと同義だからである。

「今回は見逃してあげるわ」

 ナイフを引く。

「でも」

 何も握らぬ右腕が、真横のフェンスを台座ごと叩き砕く。

「この件が終わるまでに、私の前に現れないで。忠告を無視して邪魔しに来た場合………」

 転げ落ちようとするコンクリートの破片を掴み握り潰す。

「あなたを殺すわ」

「殺す殺すと言う人間ほど殺せないもんだぜ?」

 茶化すアレフに背を向け最後の一言。

「なら試してみなさい」

 言葉は短い。そして、怜悧だった。


「第一区画に侵入者! 今度こそ逃がすな!」

 情報学部中央管制室。そこは大学二回生以上の十名が常駐し、常に異常を監視している。

そして、いざという事態に対し、同条件の戦闘学科生徒が機動騎士学部を含め三十名。その彼等彼女等から逃げおおせる者はおらず、戦闘学科へ侵入するものに対しての恐怖の代名詞となっていた。

 ………とはいえ、それも過去の話しだ。

 先日など、その機動騎士学部の生徒達は全滅し、あまつさえメインスーパーコンピューターのハッキングとシステムダウンという醜態までさらした。

 だからこそ、だろう。

 モニターを注視する青年達の目は血走り、殺意にも似た感情が瞳の奥で揺れている。

「第一区画のモニター、解像度上げます」

 広い連絡通路を走る三人の姿。だが、その前に凄まじい速度で疾走する巨躯の姿も捉えていたのだが、そちらの方は間に合わなかった。

「映像最適化しま・・・」

「どうした?」

 送られてこない映像と途中で切れた言葉をいぶかしんだ責任者が肩越しに振り返れば、コンソールを操作していた担当官の前にあるモニターが闇色の液晶を映している。

「そ、それが原因不明の故障で操作不能」

「原因を探れ! 今度も見逃すようだったら、我々の単位は保障されないぞ!」

 即ち留年。担当官の怒鳴り声に管制室内の雰囲気が硬さを増す。

「半減休暇中の生徒も叩き起こせ!」

 返事の変わりに、常駐していた管制員は一斉に呼び出し用の通話機を手に取り、声を上げ始めた。

「これなら何とか・・・」

 軽い安心に息をつこうとした時のことだった。

 ズンッと重苦しい音と共に、周囲の照明が一斉に落ちた。

「な、なんだ?!」

 暗転は一瞬、すぐに呼び電源が作動しオレンジ色の薄明かりが取り戻された。

「回線が一切シャットアウト。外部内部への連絡が取れません!」

「回復は?」

「見込みありません!」

 返される声に、最悪の状況ながら起死回生の手段を探すべく思考を整理していけば、室内への出入り口が、轟音を立てて弾け飛んだ。

「なんだ!」

 弾け飛んだ鋼鉄製の電子スライドドアは、その形状を激しく歪めていた。

「・・・・・。」

 その鉄塊の前に歩を進めるのは、長身の白衣だった。薄闇のせいで顔ははっきりせずとも言葉だけは明瞭であった。

「去る努力と忘れる努力、どちらが容易いと思う?」

「動くな!」

 新たな侵入者に対し、総員が携帯火器向けるが、長身は慌てもせずに立ち尽くしたまま。

「これから起こる事は、余りにも不可解で得る物もない。失うだけだ。知って巻き込まれるなら止めはしない。だが、知らずに牙をむくなら言って置く」

「壁に手をついて身動きするな。でなければ………」

 長身は管制員の言葉など届いていないように、白衣の中から手甲を守る皮グローブを取り出し装着した。

「命より重いものはない」

 一歩踏み出す。

「警告はしたぞ!」

 一発の銃声が管制室にこだました。

 足を狙った一発の銃弾は、くたびれたスラックスに命中するよりも先に、黒皮のグローブに弾かれ散った。

「なっ・・・」

「若く愚直に歩む道は血に濡れ、先に待つ結末を知らずに向かう決意を邪魔することを許しはしない。そして、お前達は選んだ」

 顔の位置まで持ち上げた拳を握り締め、皮がきしむ音が静まり返った室内で響く。

「何もかもを忘れてもらおう」


「こんな入り組んだ室内を、よくもまあ迷わずに進めるもんだわ」

「つまり、構造を知っていることの証明ね」

「ね、ねぇ、どんどん奥に向かってるけど大丈夫なの?」

 侵入者対策のために半迷路化した情報学部内校舎は、案内なしに入り込めば二度と出ることが出来ないとまで言われるほどの複雑さ。どこを見ても特徴や変化のない白の壁を見据えながら、ひだりは自身の力で帰ることはできないだろうと自覚する。

「知ってる? 帰り道っていうのは壁に剣を叩き付ければ・・・」

「それ絶対違う」

「あなた達、人狼追っている自覚ある?」

 たしなめるようなエリスの口調に視線を戻せば、相変わらずつかず離れずの距離で逃走を続けている。だが、それが違和感を抱く理由。

『なんで私達がついていける程度に抑えているの? なんで、私への攻撃を止めたの? なんで………』

 ひだりは賢石を胸に抱いたまま思う。

「ねぇ、ひょっとしたら誘われてるんじゃ?」

「そんなことありえない。オラトリオは狼と同程度の知能しかないって言ってたわ」

「でも、それならここにくる理由もないし、振り切れば良いのに」

「例え、罠だとしてもあたしは構わないわ」

 自身という慢心に裏付けられた断言。ひだりは顔をしかめて口を開き、

「待ちなさい、あの狼男が消えたわ」

 逆L字の通路を曲がった先にあったのは遠くの扉が点に見えるほどの直線通路。だが、見える範囲で先行していた人狼の姿が消えていた。

「ありえないわ」

「で、でも、現にいなくなってるし」

「あんた達戦闘学科なめてんじゃないの?」

 呆れたような美咲の声に二人が同時に向き直る。

「何を言ってるの? 戦闘学科 情報学部と言ったらやられ役の代名詞じゃなくて」

「なら進んでみたら? 十夜の言葉が本当ならあんた死ぬわよ」

「はっ?」

 答える代わりに、カーゴパンツのポケットから小型の折りたたみナイフを取り出し前方に放る。

「何を………」

 刹那、目の前で電光が弾けた。

 青白い閃光は宙に浮いたナイフへと集束し盛大な火花と音を散らして終息。そして、黒焦げになり、大幅に形を歪めた鉄塊が床に落ちた。

「・・・・・。」「・・・・・・」

「あいつの話しじゃ、いかにもってところは罠満載らしいわ。こんな狭くて隠れることも出来ないような直線なら尚更。それに挟撃されたらお終い」

 やれやれと言って首を鳴らし嘆息。

「実際、情報学部ってこんなのばっかよ。十夜の馬鹿が道に迷った末の体験談だから余計に信憑性高いし」

「それじゃあ、もう進めないって事?」

「あたし一人ならシールド張れば通れるわ」

 美咲の言葉の意味を理解したのか、ひだりが「だから」と口を挟む。

「あの狼男だって空間転移できるわけじゃないよ。それに、あんな遠くのドアにたどり着く前に今のような罠が作動してただじゃ済まない。なのに姿がない、それが答え」

「言いたいことがわからないわ。早く続きを言いなさい」

 言われずともひだりは通路とは反対、壁の方に視線を移し、床の辺りを注視し始める。

「どういう・・・」

「黙ってなさいチビッコ」

 そして、壁と床の一部に何かで引っかいたような傷を見つけて小さく頷く。そして、その壁を力一杯押したところ、それはびくともしなかった。

「・・・なにしてるの?」

 エリスの冷ややかな声の後に、美咲が前に出て二人に下がるように言う。

「らぁっ!」

叫ぶ。同時に放たれた渾身のやくざ蹴りが壁めがけて叩き込まれた。

 轟音。

 蹴りではありえないような音なり得ぬ音を立てて身長大の鉄板は吹っ飛んだ。そして、それは吹っ飛べるだけの空間が存在していることも意味していた。

「梓、一つ言ってもいいかしら?」

「なに?」

 本来は回転扉だったのだろう。中央には支柱を通していたらしき形跡と連結部があった。

「らぁっ! はやめた方が良いわ」

「えっ、そっちなの?!」

 ひだりの知っている常識と、彼女等の知っている常識にはよほど深い溝があるらしい。

「とはいえ、隠し通路ってわけね」

「あなたの彼氏に感謝ってところかしら」

 同時に突き出された大剣と不可視の障壁が火花を散らす。

「だから違うって言ってるでしょうが!」

「本気になるのはある意味証明じゃなくて」

「何でも良いから進もうよ」

 疲れた声を漏らすひだりに言われ、二人は互いに鼻を鳴らしあって前を向く。

「この件終わったら、アレフと一緒に埋めてやるわ」

「あたしはあなたとアレフを手の平サイズに畳む予定よ」

「・・・アレフって人は確定なんだ」

 それから美咲を先頭に、ひだり、エリスの順に薄暗闇に包まれた空洞の中に足を踏み出していく。

 中は思ったよりも短い直線だった。突き当りには破壊の跡が残るノブ付き扉が半開きになって斜めに傾いている。

「ドアの開け方知らないなんて、やっぱり獣ね」

「鏡見たことある?」

「当たり前のこと聞いてどうするわけ?」

 心の……とはあえて付け加えなかった。彼女等と付き合うには、その程度の賢明さが必要なことを改めて思い知る。

「良いから進みなさいよ。あたしのお姉様のために、ちゃっちゃと片付けたいんだから」

 はいはいと言って、美咲は壊れかけの扉をそのまま蹴破る。

「いや、だから見ようよ心の鏡」

 ひだりの呟きは無視され、美咲はそのまま戸口を潜った。

「ろくに見えないわね」

 彼女の言葉の示す通り、室内に踏み込んだ三人の先に広がるのは深遠の闇。光源が後方から差すわずかながらの明かりのため、その全容はわからなかった。

「どうするの? こんな暗闇で仕掛けられたらあたしはともかく、あなた達じゃ対抗できないんじゃなくって?」

「機械甲冑があれば暗視機能が………」

「私が明かりを作るよ」

 言うなりひだりが賢石を床に突き刺した。

 同時に彼女の脳裏に浮かぶのは、この空間の立体構造図。鉄筋ではない別の何かの骨格の下で血管のように張り巡らされた電気配線。

「広さとしては体育館二つ分くらい。照明があるみたいだから今から接続するね」

 作り出すのではなく操作する。それが今行おうとしていることだ。

 照明に繋がる配線をたどって行き、止められていた電気を供給しスイッチを遠隔解除。そして、目の眩むまばゆい輝きが暗闇に慣れた網膜を焼く。

「くっ!」「加減を知りなさい!」「ごめん」

 しばたく瞼を腕でこすり、細めていた双眸を徐々に開けていく。そして、そのぼやけた視線の先にあったのは、

「冗談は勘弁して欲しいんだけど」

「ちょっ、ちょっとどういうことよ?!」

 広大といえば広大な空間。なにがあるというわけではないが、室内の中央には大きな円と正三角形を二つ重ね合わせた魔法陣が描かれていた。

「罠ってことでしょうよ」

 美咲の言葉の意味、それは大剣の一閃によって答えられる。同時に飛び散る熱い飛沫と鈍い音を立てて転がる、人狼の物ではない(・・・・・・・・)異腕。それは、緑色の表皮を持ち、手首から先は鋭いカマ状の刃を形成していた。

 返す刃が切断したのは獣の首ではなく等身大に拡張された、二本の触覚と歪な牙を生やすカマキリの生首である。

「それこそどういう意味よ!」

 エリスは自棄になって天井を見上げた。

 そこから降り注ぐのは無数の目、目、目!

 あるモノは羽を生やしあるモノは翼を広げて見下ろしている。そして、妙な音に視線を下ろせば、あるモノ達は床の上で何かを貪り食っていた。吐いた糸によって動きを封じた八本足の異形、全身を滑りの光沢に覆った十本の手足を蠢かす異形が数体ずつ。

 それらの足元に覗くのは枯葉色の体毛を伸ばし金の双眸を覗かす異形の頭部。それが複眼の異形に食いつかれ、頭蓋が破砕されて目玉がこぼれ脳漿が飛び散った瞬間、エリスは身体を折って嘔吐した。

「何十匹いるってのよ」

 そう、その世界は満ちていた。人ならぬ、生物であることすら怪しい異形のモノ供によって満たされていた。なまじ白で統一された空間だけに、蠢くモノどもの異質さ強調し必要以上に教えてくれた。

「これは逃げた方が良いわね」

 うずくまったままのエリスの襟を掴み、ゆっくりと後ずさり始めた所で、後方から鈍い音が響き、

「非常隔壁が!」

 ひだりの悲鳴に振り向けば、美咲達が潜ってきた通路の中央に鉄色の隔壁が下りていた。しかも、天井にいた異形供がその前に降り立ち退路を塞ぐ。

「ひだり、他に出口はないの?!」

 美咲の言葉に首を振る。

 縦ではなく、横に。

「こ、ここ、非常出口もないみたいで………」

「なら、出口を作って、出来るでしょう?」

 それに対しても首を横に振る。

「構造材が知らない物質で、ちょっとした構造変化は出来ても厚さ一メートル以上の壁なんか作り変えられないよ!」

「くっ!」

 三人はそのまま壁際に追い詰められるようにして移動する。そこへにじり寄っていく異形達。

「あ、あたし達食べられちゃうの?」

 空色の瞳に涙を浮かべて見上げる少女に、美咲はあえて笑顔で頭を撫でてやる。

「あたしが守るから安心なさい」

 そして、大剣を両手で構えて威嚇する。

「あんたはひだりを守りなさいよ? あたしが何とか道を作るから、その隙に隔壁を破壊して十夜達を呼んできて」

「で、でも・・・」

「ひだり、気にしちゃ駄目よ」

 かすかに震えたハスキーボイス。しかし、浮かんでいるのは笑顔だ。

「ったく、本当にいて欲しい時にいないんだから」

 そして微笑は苦笑に変わり、美咲は異形の群れに飛び込んでいった。


 数分なのか数十分なのか、それとも数秒なのかの区別が曖昧になっている。

 振るう剣は振るうたびに重みを増して、切り裂く刃は切り裂くたびに、その切れ味を落としていく。時が経つに連れて斬り殺すというより叩き殺すといった感じ。

 あたしの背後から迫るクモの腕は、半ば勘だけで回避し、前から迫るタコの触手はバスタードソードで叩き落す。

 守ると約束したとはいえ、切るたびに、叩き潰すたびに、それらは歪んだ四肢を修復して戦線に戻るので気持ちが折れそうになってしまう。だけど、それでもあたしは剣を振るう。

 だから、気づかなかったのかもしれない。

 肩に衝撃。

「?」

 視線をわずかに向ければクモの二本目の足が後ろから肩を貫いていた。確かにクモは八本足だ。

 そこで注意をそらしたのが失敗。気づいた時には目の前に立っていたカマキリが刃状の腕を振り上げており、

「………ごめん」

 下ろされた斬撃があたしの身体を袈裟懸けに切り裂き、噴出す鮮血の中で、あたしの意識は闇に向かって


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