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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
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始まりの物語4

『猶予期間』



 部屋は人の性格と深層心理を映し出すというが、まったくもってその通りなのだろうと、息吹はこの部屋を訪れる度に実感する。

 白を基調としたシンプルな壁紙やカーテン、インテリア。背の低い食器棚に置かれるのは、丸々と太ったネコのぬいぐるみ。以前息吹がプレゼントした物だ。そして、その周りにも様々な小物が列をなして並んでいる。それでも、雑多とした印象は受けず綺麗に整頓されていた。

 部屋の中央には木目を生かしたローズウッドの円形テーブル。その前には息吹と美咲の二人が腰を下ろしており、香澄はキッチン、十夜はベランダで煙草をふかしている。

「おまたせ」

 お盆を持って現れたのは、白のプリントシャツとベージュのハーフパンツに着替えた香澄だ。ショートカットの髪とあいまってボーイッシュな印象が強い。

「さあ召し上がれ」

 そう言って息吹の隣に腰下ろすと、それぞれに紅茶を乗せた皿を配る。お茶請けは手作りのクッキーだ。

「吹雪君もおいでよ。お茶はいったよ?」

 ガラス窓の向こうで返事の代わりに片手を上げて応じるのを見て、美咲が悪態をつく。

「あんな奴の分、用意しなくたっていいのに」

「そんな事言ったら吹雪君に嫌われちゃうよ?」

「別に構いやしないわよ」

 言いながら手元の紅茶にたっぷり砂糖を入れてミルクを垂らす。

「まあまあ、そういう話しは後に回そうよ」

「話しが終わったら俺は帰るけどな」

 窓ガラスが開く音と共に、黒衣がテーブルの前に腰を下ろす。場所は息吹の向かい、美咲からは微妙に距離をとっていた。

「つれないこと言わないの。美咲が寂しがるじゃない」

「あんたとはいっぺん、とことん話し合う必要があるみたいね」

 声に険悪なものが混じり始めた事に気付き、息吹がまあまあと収めに入る。

「とにかく今は、来月の合同演習のメンバーについて相談しようよ」

「つっても、ここにいる四人で決まりじゃねぇかよ。くだんねぇ」

 言い捨て紅茶を乱暴にあおる。

「誰があんたなんか誘うなんて言ったのよ」

「突っ込むだけのバカ女に言われたくねぇな」

 この二人のくだらない口論が起こらない日はない。何がそこまでかき立てるのか不思議でならなかった。

「あんたみたいな低ランク戦闘技能者に、何が出来るって言うのよ?」

「狩猟、料理」

 今度の切り返しは早かった。それだけに美咲は言葉に詰まる。今度は彼女が追い詰められる番だった。

「今度の合同合宿は、サバイバルな条件下で、いかに行動するかによって評価が下される。当然、支給される食料だけじゃ足りはしない。現地での食料調達・・・料理も評価の内だ。その点、テメェはどうだ?」

「りょ、料理なら香澄だって出来るわよ」

 それはつまり、彼女自身が料理というスキルを習得していない証明そのものだった。十夜は口元に薄ら笑いを浮かべて続ける。

「宮下は野生生物を捕えて捌くなんて真似は出来ない。その点俺は、食うに困った時は森に入って馴らしてるからな」

 自慢するような事じゃないでしょ? と突っ込みたい衝動に駆られたが、被害を被りたくないのであえて口を閉じる。

「そう考えると必要なのは俺であって、テメェじゃないわけだ」

「そ、それはそうだけど・・・」

 言いながら、どんどん表情が沈んでいく。息吹がフォローに入ろうとしたところで十夜が口を開く。

「とはいえ、フォレストリザードや、それ以外の化物が出て来た場合、俺だけじゃ力不足。つーわけでメンツはこの四人か、状況に応じて加えるか加えないかってところだろ」

「・・・・」「・・・・・」「・・・」

 十夜がそんなことを言うとは夢にも思わなかったのだろう。三人はそれぞれ口を開けて呆然としている。

「と、十夜がまともな事言ってる」

 息吹は、戦慄すら交えながら声を震わす。

「吹雪君が美咲を慰めるなんて・・・!」

「・・・・・ムカツク」

 それぞれ好き勝手言うのに対し、十夜は仏頂面でカップに口をつける。

「まあ、十夜の言った通り答えは出たね。元々、そのつもりだったけどメンバーはこの四人。書類に書いて提出しておくよ」

「各自の装備や兵装の書類は、自分で書いて担当の教官に出してね。正確に記入しないと減点対象になるから。特に吹雪君、気をつけて」

 やはり信用されていないらしい。表情の険しさが増すが、開きかけた口は何もを言うことはなかった。

「それじゃ、目的だった相談は終了だね。今日は解散だけどこれから皆どうする?」

 香澄の問いに、十夜は煙草を吸いたいからここではないどこかへと言い、美咲は装備の買出しがあるからと言って席を立つ。

「………じゃあ、息吹はどうする?」

 その問いには、十夜と美咲に問いかけたのとは違う響きが混じっていた。その眼差しは、心なしか上目遣いで潤んでいる。それは、凶悪なまでの破壊力を秘めていた。

「ボ、ボクは大丈夫だけど」

「そ、それじゃ、これから一緒に出かけない?」

「う、うん、いいよ」

 互いに顔を赤らめあっている二人を横目に、十夜と美咲が頷きあう。

「じゃあな、二人でよろしくやってくれ」

「避妊を心がけるのよ」

 ここで仕返しとばかりに言い捨てて、二人は返事も待たずに出て行ってしまった。


「言ってる事は大胆でも、やってることはジャリタレの恋愛じゃねぇか」

「同感。こっちが気を利かせてやんなきゃ、ちっとも進展しないんだから」

 二人は高等部用女子宿舎の廊下を並んで歩きながら呆れの混じった吐息をつく。

「まあ、あんたみたいに無駄に発情するよりは良いけどね」

「けっ、んなこと言ってるから男の一人もできねぇんだよ」

 小中等部までは学校指定の寮で二人一部屋の生活を強制されるのだが、高等部にもなれば、個人の自主性を尊重して無駄に広い一人部屋が与えられる事になっている。

 無論、自主性というのは炊事洗濯も含まれており、それが面倒だったり出来ない生徒達は高等部用の寮に住み込み、そこで振舞われる食事にありつけばいい。ちなみに、息吹達四人は、揃って一人暮らしである。

「あたしはあんたと違って好きな人だけを好きになりたいの。来る者は拒まず去る者は追わずって最低じゃない」

「知るか。俺は来られた事もないし去られた事もない」

「それも寂しい人生ね」

「同情っぽく言うな腹立つ」

 香澄の住む宿舎街は、主に魔法学科の生徒が生活する区域で、時々聞こえる爆音や震動は、錬金術師の実験や黒魔道士の失敗による結果であろう。

 息吹をはじめとした三人、戦闘学科の宿舎はここから一ブロック向こう。徒歩にして十分ほどの距離だ。あちらはあちらでC4の誤爆や銃声が絶えない。

「で、これからテメェはどうすんだ? 買出しなんて二人きりにさせる為の方便だろ?」

「まーね。それはあんたも同じでしょ?」

 二人は並んで階段を下りながら、ようやく出口に辿り着く。そこから覗く外の世界は、下校時刻である事も手伝って制服姿の少年少女でごった返していた。

「俺はこれから武装購買部に行って弾丸を補充した後に射撃訓練所に行くけど付き合うか?」

「ど、どうしてもというなら付き合ってやるわよ?」

「ふん、じゃあついてこい。行くぞ」

 言って二人は目的地に向かって歩き出す。

 しかし、黒衣の少年が火を灯した煙草が逆向きで、長身の美少女が右手右足を同時に出していたのは青春だからかもしれない。


『ふうぅーーー』

 二人の少女が出て行くなり、残された二人の唇からこぼれたのは安堵の溜め息だった。

「あの二人、こんな事がない限り、絶対に二人でいようとしないもんね」

「何で私達が演技してまで気を利かせなきゃならないのかなぁ」

 どちらが気を利かせたのか、それは神のみぞ知る事である。

「まあ、二人とも頑固だから」

「そうそう、やってる事が子供の恋愛だから、ちっとも進展しないんだもん」

 どこかの誰かが、同じ頃同じような事を言っていたのだが、二人に知る術はない。

「それじゃあ、大人のボク達は、もう少ししたらショッピングにでも出かけようか」

 その言葉に、香澄の表情が一瞬曇るのを息吹は見逃さなかった。理由はわかっているし、解決方法だって知っている。しかし、あえて言うつもりはなかった。

 二人は互いの好意を知っているし、その関係も極めて良好だ。それでも友達以上恋人未満の関係を続けているのは息吹の方に原因がある。自分の恋心を理解しつつ、それでも進展に躊躇ってしまう。だから、彼女を困らせてしまう。

「・・・ごめんね」

 かすれるような、聞き取る事も出来ないような息吹の声。それでも、少女は優しく微笑む。

「さて、合同演習に向けてのショッピング。最初はコンパスを買いに行こう」

「コンパス?」

 急で意外な言葉に、微笑みを忘れてきょとんとし顔つきで戸惑う。

「ほら、ボク達のメンバーって、戦闘に関しては何の問題もないけど、前衛が方向感覚皆無だから」

 方向音痴という意味では、特に十夜と美咲の二人がひどい。昔、夕陽みながら酒を飲もう誘われ東の丘に向かわれた時は香澄と二人でどうしようと思ったものだ。結局十夜と美咲が合流した頃には月見酒に変わっていた。

 そういう点を考慮した場合、山の中をサバイバルする訓練では命取りになりかねないという結論に達する。もっとも、コンパスと地図を持たせても迷うのがあの二人だが。

「そうだね。私もまだ死にたくないし」

 美咲と幼馴染であるだけによほどひどい目にあったのだろう。心なしか青褪めているようにも見える。息吹は小さく笑い、彼女の手を取り立ち上がる。

「最初はコンパス買いに行って、色々な店を回った後にディナーなんてどう?」

 そう言うなり香澄の表情がパッと華やいだ。少しでも一緒にいられるのが嬉しいのだろう。息吹は彼女に穏やかな笑みで答えると、手を取ったまま扉に向かう。

 この時も世界は平和だった。学生だけしか住む事の出来ない、閉鎖的でありながら広大な世界。その広い世界の中で、それでもまだ、彼等は平和だった。





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