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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
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不愉快な男

 元々、黒衣のクラスメイトに対して期待はしていなかった。自分以外の他人は常に足手まといで、何もかもを邪魔する要素でしかない。だが、しばらくの続いた牽制の後、やや離れた森の奥で一帯を照らすような純白の閃光が走り抜けた。

「あいつ………」

 人狼によるものではないだろう。そんな能力があるならとっくに使っていたはずだ。 つまりそれは、あの黒衣が成したということだ。撃破の事実を。

 表情だけは冷静なまま、内心だけはひどく動揺する。

「異能も持たず、平均以下の能力しか持たないのに」

 ならば異能を持ち、平均を超える能力を持つはずの自分が、目の前の異形を倒せないのはなぜか?

「本当に不愉快な男ね」

 人狼との距離は木々を挟んで五メートル程。

 ただし、近づこうにも伸縮自在の爪牙が阻んで思うように一撃を加えることが出来ない。

「でも」

 黒衣はそれすらも乗り越えた。

「なら、私に出来ないはずがない」

 そこに迫る刃を何も握らぬ右手で受け止め、続く一閃を振るったナイフが、異腕の手の平を貫き近くの幹に縫い止める。

 武器を手放すことに不安はあったが、それ以上の武器を持つからには焦迷も一瞬。握ったままの爪を圧壊させてGo a head

「第二深度まで開放」

 呟くなり右袖のジッパーを下ろす。現れるのは雪のように白い細腕。だが、それもそれまで、

 ぶぶぶぶぶ

 と虫の羽音のような音が右腕を中心になって、細腕が輪郭を失って歪んでいく。

「覚悟なさい。こうなったら手加減なんて出来ないわよ」

 マニキュアを塗らずともつややかな指先が、雪色の肌が鈍い鉛色に塗りかえられていき、女性らしい細さを保った腕が、肘から先まで膨張していく。

 そして、人狼の刃にも劣らぬ鉤爪状の指先。その手の甲からは肉の弾ける生々しい音と共に長大な剣が伸びた。

 長さだけなら一メートル以上。しかも、その形状は無数の刃を重ね合わせたような、歪で奇怪な剣ならぬ剣。

「?!」

 咲の右腕を構成するナノマシンの強制形状変換。本来の目的である腕の擬態を解除し、本来の力を発揮するそれは、咲に人外すらも越えた力を貸し与える。

「魔女の剣。私はそう呼んでるわ」

 離した腕が引き戻されるよりも先に、伸びたままだった左の異腕へ魔女の剣を振り下ろす。抵抗はなかった。というよりも、断ち切った感触すらない。

 それでも人狼は悲鳴を上げ、振り下ろされた箇所から先を失い鮮血が迸る。

「!!!!!」

 一息に間合いを詰め、耳障りな絶叫を上げる頭部を握りこむ。たいした力を込めずとも、鉤爪は頭蓋に食い込み、中身の刃先を突き立った。一際増す悲鳴を口ごと握り潰して押し込め、数本の木々を薙ぎ倒しながら、地面を抉りながら叩きつける。

 轟音。

 顔にかかる破片は気にもかけず、痙攣することしか出来なくなった異形を見下ろす。そして、血色に染まった魔女の剣を月に向けるように振り上げる。

「そう、そこがコアね」

 異形が見上げれば気づけただろう。己を見下ろす双眸の片方が紅い輝きを放っていたことを。そして、それが、異形の急所を射抜き貫いていたことを。

「堕ちなさい。消えなさい。滅びなさい。苦しみ嘆き後悔し、己の運命を恨みなさい」

 それは宣告。同時に咲は己が全力を余すことなく解き放った。

 超振動能力。

 それが咲の悪魔が持つ力の一つ。

 右腕を形成するナノサイズのマシンが、それぞれ微細な振動を発し、魔女の剣に触れる全てのモノの分子結合を解く。それに断ち切れぬものなどなく、突き立てられようものなら全身に広がる微細な振動同士が干渉し合い引き裂きあう。

 この場合は、右目の代わりに移植された「魔女の秘眼」によって、ナノマシンを統合する急所を見通し貫いた。結果、制御チップは周囲の大地もろとも原形を失い灰塵と化した。

「・・・まったく、もうちょっと抑えて欲しいわね」

 荒く大きな息をつきながら、近くの木に身を預ける。そこでゆっくりと元の形状と色を取り戻していく右腕に気付き、開けたままだった右袖のジッパーを上げて溜息一つ。

「使うたびにこれじゃ身が持たないわ」

 火照った肌には玉の汗が浮かび、全身を苛む痛みに喘ぐ姿は、いつものような冷ややかさよりも無防備が目立ち、どことなく艶かしい雰囲気。

「大丈夫か?」

 その横手からかかる声。心配しているような声色ではなかった。しかし、それでも労わりを感じたのは咲の勘違いだったのだろうか。

「悪いがこっちは逃がしちまった」

「………なんですって?」

 その気持ちを一瞬で忘れて詰め寄ろうとする。だが、全身の筋肉が悲鳴を上げて傾き、地面が目の前に迫っていく。

「勘違いするな」

 倒れようとする細い身体を、こちらも満身創痍の黒衣が支えた。

「殺そうと思えば殺せたんだが、逃げる先を知りたかったんだよ」

 クシャクシャになったソフトケースを振って、新たな一本を取り出し咥えて火を灯した。

「最初からそう言いなさい」

 改めて木の幹に背を預け大きく息をつく。

「探知機を喉の奥に叩き込んで置いたんだが、どこに向かったか聞きてぇか?」

「言わないなら無理やり聞くわ」

 十夜は苦笑。そして、細く紫煙を吐いてから、己と咲を指差し、

「戦闘学科 情報学部校舎だ」


『略奪・強奪・破壊』



「ったく、咲と十夜が逢引してるなんて匿名メール入ったけど居やしないじゃない」

「あぁ、お姉様があんな趣味の悪い男に手篭めにされていたらどうすればいいの?」

「ええと、穏便に収める気はないの?」

 時間としては夜。しかし、深夜と呼ぶには遠く、宵の口には近い頃。場所は、戦闘学科寄りの森の中。そして、現在の三人は捜索と称した環境破壊の最中だ。

 薙ぎ倒された樹木。抉られた大地。その破壊は、彼女等の歩いた軌跡を必要以上に刻んでいた。

「魔法学科に居たのは確かなのよ。でも、そこから逃げるなんてやましいことがあるって証明だわ」

「私でも逃げると思う」

 抜き身の剣を下げたまま言い放つ美咲に、思わず漏らすが聞こえていないようだ。

「でも、アレフじゃなくってあんなのがお姉様を拉致するなんて思っても見なかったわ」

「目的は何? 単式戦闘能力が低いあいつが咲をどうにかした手段も知りたいわね」

「だから、ただ一緒に居るだけじゃないの?」

 無駄とわかりつつも声をかけるのは人の良さゆえ。だからと言って、それが何かの効果を生むわけでもないが。

「それに、その二人も狼男のことを探ってるんだから、利害の一致で………」

「わかってないわね、ひだり」

 立ち止まった長身と幼女が、チッチッチッと指を振って見せる。

「男こそ狼なのよ」

「それ違うと思う」

 何十度目かの溜息。このまま回れ右して帰ってしまおうかと真剣に迷い始める。

「狼は狼だけど、きっと普段からあんたみたいながさつな女に付き合わされて、お姉様のように可憐で清楚で物静かな大人の女性に目覚めてしまったのよ」

「あんたも斬るわよクソガキ」

 男の方は斬ること確定なのかと思ってしまうが余計なことに口は挟まない。

「とにかく今夜は徹夜で捜索………」

 美咲が言いかけた瞬間、地響きのような轟音が夜の森に轟く。

「?」

 遠くはない。しかし、近くもない。

「何の音?」

ひだりが二人の表情を見たところで、今までのようなふざけた雰囲気が一切消え去っていることに気づく。

「わかるクソガキ?」

「わかるも何も、こんな時間にこんな場所。起こるっていったら一つくらいしかないんじゃなくって?」

「な、なんのこと?」

 一変した様子に戸惑いながらも、にわかに身体を硬くし、取り出した賢石を両手で包むようにして握る。

『ォォォーーオォォー………』

 犬の遠吠え? ひだりがそう考えたところで美咲は修正を入れる。

「あんたの望んでた化け物のお出ましよ」

「っ!」

 予想内過ぎて、余りにも予想外な言葉に息が止まる。それは、研究一筋のために、今まで実戦など経験したこともない事実のためであった。

「安心なさい。あたし達は、狼男との実戦を実践したのよ?」

「梓、機械甲冑がなくてもよろしくて?」

「修理中なんだから仕方ないでしょうが」

 女の腕で持つには長大なバスタードソードを肩に担ぎ、一撃のみに全てを絞った必殺の構えで警戒。

「あたしの力は一定以上の速さで動かれると止められないから前衛にはなれないわ」

「あたしの剣止めたじゃない」

「自分の周りに壁を張るのと、一定空間に網を張るのは違うのよ。覚えておいて下さいな」

 緊張しながらも、どんな場合に対しても柔軟に対応できるよう力を抜きながら視線を飛ばす。そして、棒立ちのひだりに気づき声が飛ぶ。

「ひだりはクソガキの傍にいなさい。・・・それくらいは守れるできるでしょ?」

「この際仕方ないわ」

 そして、ひだりがエリスに駆け寄ろうとしたところでそれは来た。

「ひだり!」

 叫びが飛ぶ。その直後、近くの茂みから獣毛に被われた巨体が音もなく飛び出し、無防備なひだりに迫る。

「えっ?」

 気配を感じた方向に目を向けたところで、輝く銀のきらめきが眼前に迫っていたことを知る。そして、

「っ!」

 その触れるか触れないかの距離で、人狼の凶器は静止していた。直後、生み出された風圧だけがひだりの髪を乱す。

「なんで……?」

「どきなさい!」

 直後、一声と共に繰り出された一閃が、人狼の手首を切断。そして、返す一刀が逆袈裟に切り裂く。

「ちっ、浅い!」

 間近で浴びる血飛沫を気にするわけでもなく小さく舌打ち。振り上げた腕は下ろすまでに時間がかかる。そして、人狼の反撃には充分すぎる一瞬だった。

 残る腕が美咲に吸い込まれるようにして、そこで弾かれる。

「あんたも役に立ちなさい!」

 肩越しに振り返れば、頭二つ以上小さな少女が叫んでいる。だから、というわけでもなかったが、ひだりは手の中の賢石を力の限り地面に向けて叩きつけていた。

「成れぇぇぇーーー!」

 分子構造を分解、再構築。普段のタイムラグなど感じさせず、突如生み出された土色の何かが、残された異腕を食い千切る。

「な、なっ!」「なにこれ!」

 それは、口の形をした化け物だった。奇怪な円錐状の牙が生え揃い、その全長は数メートルに及ぶ。しかも、半身のような部分が半ばまで埋まっているため、人などたやすく丸呑みにしてしまいそうな雰囲気があった。

 シンプルな造形だからこそ怖気を誘い、さすがの美咲もエリスも言葉を失っている。

『!!!!!』

 人狼も、それが己以上の化け物と悟ったのだろう。弾かれるようにして飛び退った。

「逃がさないで!」

 ひだりの命令に土色の化け物がその背を追う。その上で、それが起こすのは、今までと比較にならない環境破壊ならぬ地殻破壊。尋常でない地響きと破壊の跡を残しながら疾走する。

「ちょっ、ひだりストップ!」

「ていうか、こっちに戻ってくるわよ!」

 だが、土の化け物は人狼を見失ったのか、一直線に三人を目指した。そして、口の化け物はろくに身動きも取れない三人の前で、飲み込まんとばかりに口腔を開く。

「きゃあぁぁーーー食べられちゃう!」

「うっさい!」

「違う!」

 ひだりの言葉通り、口の化け物は三人を飲み込む寸前で動きを止めた。

「追おうよ!」

 大地から賢石を引き抜き、開かれた空洞に身を踊らす。

「そ、その中に?」

「急いで!」

 今までになく強い口調に、残された二人は慌てて飛び込む。

「とばすよ!」

 兄さんのために。と口の中で呟いて。

 そして、再び賢石を突き立てるなり加速。大きさの割には広くもない口内の中に、風圧と加速Gが襲い掛かる。

 機械甲冑に慣れた美咲すらも小さくうめき、エリスにいたっては悲鳴を上げていた。

 そして、三人が口の化け物に乗って人狼を追った先に待っていたのは、美咲にとっての馴染み、戦闘学科校舎内だった。両腕を失った人狼は追われながらも傷を徐々に再生させながら、高くそびえるコンクリート壁向けて跳躍。

 人ならば意味のない行為も、人以上が行えば単なる障害でしかない。人狼はそれを引っかかることすらなく壁の向こうに消えた。

「この向こうは?」

「情報学部校舎よ」

 そして、壁の向こうに消えた人狼を追う美咲とエリスは、追う勢いのまま壁に向かっている事実に気づき、

「ひだりさん、参考程度に聞いておきたいの」

「なに?」

 賢石を突きたてたまま先を見据えるひだりの目は据わっている。

「入り口まで迂回する気はあるのよね?」

 期待を込めたエリスの問いに、ひだりは断言した。

「このまま突っ込む!」

 突破のため、体感速度は一段と増し、吹き付ける強風に顔の形が変わらんばかり。そして、美咲とエリスは抱き合い、

『ぶーつーかーるぅぅぅーーーー!』

 激突音と重なった。


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