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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
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番外編10

「おやおや、早速諦めの悪い子羊達が可能性の欠片を求めて、ばびゅーんと来たようであーる」

 いつしかの自動人形の残骸達が立ち並んでいた倉庫ではない。そこは、学校の方からベルウッドに貸し与えられた研究室の一室であり、綾沼達三人が目指している場所でもある。

「いっそ哀れであーる。我を含め真実を知る物は皆無。故にこそ満ちるロマンの香りがなんとも言えずエキセントリックであーる」

 無論、突っ込むものはいない。それどころか、ベルウッドの護衛を任されているポチ一号の姿すらそこにはなかった。

「我が研究成果がどこまで試せるのかが楽しみで仕方ないであーる」

 全ての存在を凌駕する自動人形。それがベルウッドの研究にして、目指すべき境地である。

 簡単な自立行動しか取れないポチ一号は、その第一歩であり、突破すべき通過点でもある。

 そういう意味で、佐藤由也と戦闘学科の『悪魔』は絶好の実験台となった。邂逅こそ一瞬なれど、天才過ぎるベルウッドの頭脳は、瞬時に改良点と、新たなる開発プランが生み出され、随時追加されている。

『我は待っているなり。彼ら以上の好敵手を。そして………』

 言葉には出さない。だが、次の言葉は口を開く。

「我以上の天才を望むなり」

 人にそれを求めず、人以上にそれを求めて。


「止まりなさい」

 一直線に続く廊下。向かい合う距離は五メートル。

 西村を先頭にした三人は無言でそこを歩く中、唐突に声が響き渡った。

「テメェは………」

 声自体は大きくない。しかし、確実に鼓膜を叩く、怜悧な声色だった。

「ここから先は立ち入り禁止。進むようなら覚悟を決めなさい」

白と黒の拘束衣。いや、拘束衣ではない。白と黒を基調とした一体型ドレスの全身を被うのは拘束器具に酷似したベルトの群。袖には切り離せるようにジッパーまで入っている。そして、大きくジッパースリットの入ったロングスカートの裾も、奇怪な形状の金属片がいくつも下げられていた。

白雪(しらゆき) (さき)か」

 短く切りそろえられた白銀の頭髪にガラス細工のような中性的な美貌。女性にしては身長は高いが、その体は折れそうなほど細い。しかし、その雰囲気は、触れれば切れてしまいそうなほど鋭く、シャープだった。

「吹雪十夜、これ以上進めば排除されるように依頼されているわ」

 十夜と彼女は知己らしかった。そんな二人に西村が口を挟む。

「なあなあ十夜、この娘だれ? 良かったら俺に紹介してくれないか? それによって無限に広がる愛の輪が………」

「西村は黙ってて」

 綾沼の蹴りがそのまま西村を沈黙させる。対して十夜は、忌々しそうに舌打ちしていた。

「正直、テメェとはやりあいたくねぇんだがな」

「退きなさい。今なら見逃して上げられるけれど、後一歩進んだら排除させてもらうわ。容赦も手加減もなく」

 見た目はただの少女。むしろ、か弱さばかりが目立つ。しかし、その眼光はあまりにも冷徹すぎた。傍客撫人を常としている十夜ですら二の足を踏んでいるようにも見える。

 しかし『彼』はその緊張を容易く突破した。

「一歩というのは総合的な距離での一歩? それとも半歩を永遠に続けるなら進んでもいいということなのかな? 僕としては無用な荒事は避けて目標を最低限の労力でクリヤーした上で、ツグミちゃんに僕は苦労したよ? でも君のためならへっちゃらさっていう微妙な心遣いを最高レベルの努力と慎み深さで表現したいんだ」

 綾沼は西村の横に並ぶ。そして、そのまま半歩踏み出した。そして、口元には薄い笑み。

「さぁ、僕は進んだよ? 君はどんな行動を取るのかな? 言っておくけど中途半端はいけない。中途半端は妥協を抱くし相手にも失礼だ。というわけで、もう半歩進んだら答えは出るのかな? それとも………」

 走る銀光。

「っ!」

 綾沼の首筋を切り裂くはずだった白銀の刃は、進み出た西村によって受け止められる。同時に咲と呼ばれた少女は、表情に驚愕の色を浮かべ、そのまま詰めた距離を後退。

「………あなた何者?」

 綾沼は咲のナイフを視認すら出来ていなかった。理解していたのは、バイザー内のグラフが爆発的に跳ね上がったことだけ。

「ふっ、俺は愛戦士J。全ての女性のために愛を抱く愛戦士だ」

「セリフが支離滅裂だし愛がかぶってる。もう少し考えてしゃべろうよ」

 声色とセリフだけはいつもどおり。しかし、状況だけは非日常。

 しかし、綾沼は戸惑わなかった。

「君は言ったね、退くなら見逃すと? でも、それは僕達のセリフだ。君こそ退いてくれるなら今回だけは見逃してあげよう。だけど、これ以上僕の障害になるようだったら排除する。……ここにいるニコチン摂取機動型ヤンキー族と思考放棄型万年発情期人間がね」

「敵に回っても良いか?」

 いつの間にかタバコを咥えていた十夜が半眼で呟く。綾沼はそれを黙殺し小さく肩を竦める。

「照合したところ、彼女もクラスメイトみたいだけど、どういうこと?」

 一瞬で終わった認識照合の結果、向かい合う少女は綾沼達の転入した戦闘学科 二年D組の生徒ということが明らかになった。

「うちのクラスの連中と、教室の外で出会った場合は引き金を引くのを躊躇うな」

「クラスメイトに?」

「クラスメイトにだ」

 真顔で言う辺り別の意味で理解を超えているのだが、戸惑っている暇はなかった。なぜなら、隙をついた咲が加速し、迎え撃つために前に出た西村と火花を散らしたからだ。

「西村下がれ!」

 同時に銃を構えた十夜が発砲し、接近していた二人がはじかれるようにして飛びのく。そして、更に襲い掛かる銃弾の魔手。

「俺が白雪を抑える。その間にテメェ等は佐藤ツグミを探せ」

「それをさせないために私がいるのよ?」

 生身とは思えないような爆発的な加速。同時に振るわれた銀の刃が綾沼に迫ろうとし、

「久しぶりに踊ってもらおうか」

「命を賭けてまで? 物好きな人ね」

 銀の刃を銃把で受け止め、黒とプラチナの双眸が火花を散らす。

「物好きかどうかは確かめてみろ!」

「命の保証はないと思いなさい」

 翻った返しの刃が首の動脈を狙うが、十夜はあろうことか、その一撃を右手で受け止めた。

「っ!」

 咲が目を見開き十夜が笑みを浮かべ、そのまま金属の刃を握りこむ。

「行け、こいつを抑えられる内に!」

 その言葉を受けて、綾沼は迷うことなく駆け出した。その後に戸惑いながらも続く西村。

「地味な役目をありがとう。フィナーレの時は上辺だけ評価してあげるよ」

「ふっ、無論主役は俺だ」

 緊張感など欠片もない様子で、二人は対峙する十夜と咲の脇を駆け抜けていく。

「ちっ!」

 先は小さく舌打ちし、視線だけ二人に向けやるが、突きつけられた銃口にもう一度舌打ち。

 銃声。

「やる気のようね」

「殺る気なんだよ」

 反射的に頭を下げていたため髪の一部だけが散る。しかし、言葉を返すならそのままの姿勢でいた場合、咲は頭蓋を貫かれて死んでいた。

「相変わらずね、歩く法律違反」

「テメェにもらった右腕、おかげさまで調子がいいぜ」

 これが礼。そう言わんばかりに掴んでいた刃を解き放つ。そして、その鋭さを秘めた刃に血の曇りはない。

「不愉快な男ね。だけど、だからこそ容赦はないわ」

 そして、白と黒の戦闘者が激突する。


「綾沼、ここがどこかわかって走ってるのか?」

「なに当たり前のこと聞いてるの? 僕はどんな時だって最良の結果が導き出せるよう注意は怠らないよ」

 そう言って綾沼は、バイザー内に浮かぶ施設内の簡易地図を手がかりに、駆ける足を速めていく。

『こんな格好に、こんな装備。まるでゲームの中にキャラクターみたいだね』

 だが、現実はあまりにもリアル。

 吸う空気も、踏みしめる床も、薄闇に包まれた広くもない通路も、確かに存在している。

「だけど、そんな現実が曖昧になった世界にツグミちゃんはいる」

「もう少し先に進むと実験棟っていう施設があるんだ。その先には、研究中の何かを保管する部屋が設けられているみたいだから、最初にそこを目指すよ」

 人を一人隠すにはそれなりの広さと設備がいる。呼吸するための空気は勿論、監禁が数日に渡るなら飲食物。それに、脱出の口実にされがちなトイレなどの生活スペース。それを無視する者もいる事にはいるのだが、人質をとる場合に重視せねばならないのが人道的な処置というものだ。それを無視した場合、逆の立場になれば身の安全は保証されるはずもない。だからこそ、丁重に扱い人権を保障することが前提条件となるのだが、

『あのキチガイがそこまで考えているかどうかなんてわからない。でも、ツグミちゃんに指一本でも触れているようだったら……社会的にも肉体的にも抹殺してやる』

「綾沼?」

 西村の声に、暗い考えへと陥っていた綾沼は我に返る。

「どうした? そんな顔をするのはお前らしくないぞ?」

「なんでもないよ、ちょっと考え事をしてただけ」

 西村はいつだって本質を見抜く。恨みつらみ、嫉妬や欲望といった不純物の感情がないからだろう。だから、綾沼は本心を隠した本音で笑う。

「それより障害がいたら頼むよ。僕に戦闘能力はないからね」

 そして、通路の突き当たりに見えてきた実験棟の扉を見つけるなり二人は加速する。そして、その勢いを乗せたまま同時に跳んで蹴りを繰り出した。

 壊音。


 銃声。それに続く斬撃。

「食らっとけよホワイトスノー!」

「あなたこそ右手以外で受け止めなさい」

 白雪咲は相対する黒衣の少年と、今も意味のない闘争を続けている。しかし、意味がない割には何度も交差し、そのたびに命の危機を回避し続ける。

『相変わらずね』

 自身の所属するクラス内では最弱と呼ばれる少年。そんな彼は特殊な技能があるわけでもなく、扱う銃器の腕でも平均に届くか届かないか。対する咲は、細身ながらも身体能力はクラス内でもトップクラスを誇り、右腕だけなら握力は二百キロを超える。

『最弱なのは能力だけ。だけど、能力以外が油断できない』

 そんな彼が咲と切り結んで無事でいられる理由。それは彼のスタイルが意味する所が強い。

「はっはぁ! 楽しんでるか?」

「いい加減に沈みなさい」

 何も握らぬ右手が十夜の拳銃を叩き落し、残った左手の刃が銃身を下から弾いて、そのまま十夜の首筋を抉る。そして、刃が動脈の一部を裂いたのだろう。浅くもない傷から大量の血液が噴出すが、目の前の黒衣は動揺もせず、そのまま踏み込み膝蹴りを放つ。

「っ!」

 いくら鍛えていようとも、絶対的に筋肉の量が少ない細身の腹筋が、容赦のない一撃に悲鳴を上げ、作り物じみた咲の表情が苦悶に歪む。

『彼が実力差の有無を無視した結果を出すのは、自己の生命に固執しないところにある』

 痙攣する肺は満足に酸素を吸収せず、咲は堪らず距離を取った。

 対する十夜は、射撃によって赤熱化しかけた銃身を、迷うことなく自身の傷に押し付けた。

『いかれてるわ』

 肉が焼け、皮膚が煙を上げさせる強引過ぎる止血。放っておけば致命傷になりえるとわかっているとはいえ、こんな真似を出来るものは多くない。例え、出来たとしても苦痛に顔が歪み集中力が途切れるはずなのだが、目の前にたっている皮肉げな造作は、むしろ嬉々とした笑みで相対している。

「どうしたホワイトスノー。動きが鈍いぜ」

 確かに最弱。膝蹴りの一発とはいえ今の打撃で咲を仕留められなかった。だが、

『それがどうした(・・・・・・・)』

 今の一撃が膝蹴りなどではなく鋭い刃物だったら? 手に握っていた拳銃の銃弾だったら?

 そこに最弱の要素はデメリットとはなりえない。むしろ、最弱とたかをくくって安易に手を打てば死ぬのは咲の方だ。だから、最大限の注意を払って武器による攻撃の可能性を潰し……その上で一撃を受けた。

『総合ダメージはあっちの方が高い』

 しかし、その致死率は段違いだ。

『彼なら、例え虫の息でも隙を見せれば首筋に食らいついてくる』

 そんな最弱なんて聞いたことがない。咲は内心の罵声を吐息として吐き出し、左手に握る刃を持ち上げる。

「今から本気で行くわ。腕の一本は覚悟なさい」

 元々、ここまで体を張ったりする必要のない仕事だった。だから、いつ抜けても良かったのだ。しかし、目の前に立つのは、そんな意志など歯牙にもかけない『必殺』の意を持つ最弱。

『そして、そんな彼を私は気に食わない』

 殺意にまで育った感情を左手に載せ、理由のない激情に両足をたわませる。

「堕ちなさい歩く法律違反(アンチロウウォーカー)

「今回は勝たせてもらうぜ」

 そして、白と黒のシルエットが激突する。


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