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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
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番外編9

『螺旋に迷う少年、直線で迷う少女』



 破壊の痕で埋め尽くされた教室。そこからは日常や平穏という綾沼にとっては当然のものが消えている。無論、D組という位置柄、常識から少々逸脱しているという自覚は合ったが、火薬や硝煙の匂いに慣れるほど荒廃していたわけではない。

「あのヤンキー、学校内にどれだけ危険物を持ち込んでるんだか」

 綾沼は教室の中央で立ちながら、全身にかぶった木片や灰を払い落として一息つく。それは怪我らしい怪我がなかった事に対する安堵だ。

「あいつはともかくとして、くれた道具の方はそこそこ程度に役に立つかもね」

「余計なお世話だ」

 そんな声が聞こえるなり立て付けの悪くなったドアを蹴破って黒づくめが姿を現し、

「ふっ、俺は再び新たなる俺の可能性を見つけたぞ?」

 すすに塗れた小柄なクリムゾンカラーのシルエットが、例外なく砕けた窓から飛び込んできた。……言うまでも無く西村だ。

「やらせといてなんだが、まさか自力で守護者を何とかできるなんて思ってなかったぜ? あいつ等は学園都市で馬鹿騒ぎする連中を鎮圧するために作られた戦闘兵器なんだけどよ」

「そんなのと、一般市民を自覚する僕とぶつけ合わせるなんていい度胸だね吹雪十夜」

 笑みを浮かべながらも氷点下の声色で綾沼は視線を細めていく。

「いきなり、あのふざけた名前の自動人形とやりあうよりはマシだろ」

 そんな言葉もどこ吹く風といった具合に肩を竦める十夜。その横で西村が意味無く「うんうん」と頷いていたので、むかついた綾沼はアームターミナルを意識下で操作。同時にコンセントから電光が走り西村を直撃。

「………で、なんで非常ベルも鳴らないし、警備の人達や、それこそ守護者達がここにこないんだい?」

 そう言って見回す周囲は廃墟の様だ。授業が終わって時間が経ったとはいえ、少なからずの人数が残っているはずだ。なのに、これだけの騒ぎを起こして聞かれていないという事はないだろう。

「学級委員長が手を回してるし、こんなのは日常茶飯事だ。むしろ、この程度で警備を向けるようだったら、警備部の連中は仮眠を取る暇もねぇよ」

「・・・・・」

 絶句……ではない。というよりも、そんなところかと納得までしてしまう始末だ。

「で、これからどうするの?」

 このまま教室にいるわけにもいかないし、綾沼としては一刻も早くこのイカレタ衣装を脱ぎ捨てたい一心で一杯だった。

「今日は各自部屋に戻って装備の確認と現状を理解するんだな。詳しい資料はテメェ等の部屋に置いてあるはずだ」

十夜は言って、コートの中から二つの鍵を取り出すと、そのまま綾沼と西村の二人に向かって放る。

「さっさと帰って寝ろ。明日はそれこそ魔法学科に侵入して佐藤ツグミの居場所を探るぞ」

「君正気?」

 思わず問い返してしまったのは、あまりにも行き当たりばったりで計画性の無さを感じたからだ。自然と口調も辛辣なものへと変わっていく。

「僕のもらったアームターミナルが軍用サーバー並ならハッキングを仕掛けて多少の情報を調べられるのにそれを利用しないなんて馬鹿げてる。西村じゃないんだから、もう少し計画性のある計画を立ててくれないかな。一応霊長類の頂点として」

 だが、十夜はそれを鼻で笑う。

「たかが端末一つで魔法学科の情報学部を出し抜けると思うな」

 それもまた正論。いくら個人個人が優れていようと、装備を整えた部隊に勝てないのだ。

「君なら裏をかけるとでも?」

「あいにくと頭脳戦は苦手でな」

 おどけたように笑う仕草が綾沼の癇に障る。しかし、何かを言おうにも、何も知らない新参者だけに沈黙を選ぶしかない。

「ならば俺が全てを打ち倒す」

 そこに、能天気な西村が声を挟む。

「魔法学科とか言う場所に乗り込んで、全ての敵を倒したあとにツグミを救出。ふっ、それで全ては解決だ」

「君の脳内配線を解決してから意見を言ってよ」

 綾沼は言いながら、自分の中に生まれていた苛立ちが薄まっていくのを自覚する。まあ、その事実の評価を西村に対して告げる気はないが。

「まっ、ある意味話はまとまったな」

「どこが?」

 十夜はその声を無視してタバコを咥えると、そのまま火を灯して一服をつける。

「とにかく、これから俺はここに残った痕跡を消してく。だから、テメェ等は帰って身体を休めるんだな」

 言われて綾沼達は不服そうな表情を浮かべるが、十夜は追い払うように手を振り、出て行くよう二人に促す。だから、できることのない二人は不承不承と言った様子で教室の外へと足を運んでいく。そして、十夜はそんな二人の背に見えないような笑みを浮かべ、聞こえないような声で呟く。

「テメェ等は気づいてねぇだけだ、テメェ等自身が持つ可能性にな」

 そして、転校初日の夕日が暮れていく。互いに内心を吐露しないままに。


 翌日早朝、三人は赤、青、黒の衣装をそれぞれまとって魔法学科校舎前にある噴水で待ち合わせていた。ただし、早朝と言っても、ランニングや散歩を行っている生徒達の姿もあり、人目は皆無とまでは行かない。とはいえ、その彼等が色違いのコートをまとった綾沼達に奇異の視線を向けてこないのはある意味ありがたかった。別の意味でこの学園都市にはまともな神経の持ち主はいないのかと不安にもなったが。

「………で、このイカレタ校舎は何?」

 言って見上げるのは優美で煌びやかな装飾の施されたバロック調の巨大な城。事前にこれが魔法学科の学び舎と聞かなければそのまま回れ右をしていたところだ。

「凝り性の錬金術師学部と建築学科の生徒がやりたい放題にやった結果らしい。ちなみに意味の無い仕掛けと隠し扉が山のようにある」

 答えが返ってくるとは思わなかったのだが十夜は律儀に答えた。しかし、綾沼にすれば無駄な知識が増えたという感が強い。

「で、正門は閉じられたままだけど」

 唯一の出入り口といわれた巨大な門は、人の手では動かすことの出来ないような、やはり巨大な金属製の扉によって閉じられている。

「はん、まだそんな常識に捕われてんのかよ」

 言うなり癖のようにタバコを咥えて火を灯し、そのまま紫煙を上らせる。

「ふっ、たかがあの程度の高さ、俺にすればひとっ飛びだ」

「テメェを基準にするな」

「データ調べたところ一定の高さまで行くと罠が発動するみたいだね」

 それでも二十メートル以上の高さはある門を見上げて断言できる西村も相当なものだ。

「こういう場合はC4を使ってだな………」

 ちなみにそれは高威力の爆薬だ。

「君達の脳はスポンジ状?」

「ふっ、なぜ複数形かわからないが俺は賛成だぞ?」

 綾沼は思わず深い溜息をついてしまう。

「潜入するっていう自覚ある?」

「俺は侵入って言ったんだぜ?」

 滅多に激昂しない綾沼だがこの時ばかりは青筋がピクリと浮くのを止められなかった。だが、それでも冷静であり続けようと自制を心に促して、その上で口を開く。

「いっぺん死ねクソヤンキー」

『それも良いけど別の手段を探さない?』

 言った後で微かに沈黙し、

「あれ? 心の声が現実の声で、現実の声が心の声に………」

「いつか射殺してやるから覚えとけ」

 言いつつも懐を探っていた手を止め、代わりに携帯電話を取り出し、手馴れた様子でボタンを打ち込んでいく。

「登録はしてないのか?」

 西村の問いかけに小さく頷き受話器を耳元に当てる。

「万が一これを校舎内で紛失したら、後ろに手が回る。その予防策だ……っと、左、悪いんだが正門の方開けてくれ。ああ、助かる」

 そして、通話を切るなり、発信記録を消去してポケットにねじ込む。そういう様子は手馴れている上にそつがない。

「今のは?」

「魔法学科の知り合いに借りを一つ作っただけだ」

 別の意味で答えになっていない。しかし、その直後、分厚く巨大な金属質の扉が音を立てて軋んだ。そして、そのままゆっくりとしながらも、確実な動きで開いていく。

 綾沼は「へぇ」と小さく呟き、西村は「おぉ」と無意味な感動と共に見上げている。

「というか、最初からそうしてよ」

「あれは冗談だ」

「・・・・・・」

 綾沼は思わず拳を固く握りつめる。

「まあ、開いたならいいじゃん。閉まるまえに入ろうぜ」

 気楽に言った西村が隙間から入り込んで、続いて十夜がその後に続く。そして、綾沼は笑顔のまま青筋を浮かべてプルプル震え、

「何やってんだよ、早く行くぞ」

「ったく、びびってんのかよ?」

 このままシステムにハッキングを仕掛けて扉を閉じてやろうかと真剣に悩む綾沼であった。


「中は意外と普通なんだな」

「見た目はゲームの中にある城内と変わらねぇが閉校中は罠満載。大概が即死レベルで、常時魔法技術の粋を凝らして作られた自動人形が巡回してやがる。一体一体の実力は守護者に劣るが数が比にならねぇ」

「つくづく常識って言葉を知らない者達の巣窟だね」

 あまり、物を深く考えない西村はともかくとして、自称常識人の綾沼としては、科学技術だけならともかく、魔という言葉のつく技術などありえない現実だった。なのに、今彼等は魔の巣窟とやらで歩を進めている。

「目指している場所はあるの? それに、何かが出た時の対抗策は?」

「ふっ、臨機応変に、その時のノリで行動だ」

「テメェは黙ってろ」

 歩きながら思う。これが自身の見ている夢なのではないかと。

 しかし、ずしりとした重みのあるコートも、視界の色を変えるバイザーも、夢のように曖昧なものではない。

「とりあえずは科学戦闘魔法学部の校舎を探れば良い。元々、出来てから若い学部だから施設自体もでかくは無い。だから、しらみつぶしに探していけば、なんらかの手がかりは見つかる」

 言っていることはもっともらしく聞こえるが、結局は行き当たりばったりなのは間違いない。

「そういえば、今の内にこれつけとけ」

 言うなり十夜は目元を完全に隠すミラーシェイドを装着し、もう一方の手で取り出したバイザーのようなものを西村に放る。

「これは?」

「そろそろ警戒区域に入る。せめて顔くらい隠して置け」

 だったらその目立つ格好をどうにかしろ。そう言いかけた綾沼だったが、良く考えたら自身にも言える事だったので沈黙を選ぶ。

「ヘルメットだったら戦隊物みたいで格好良いんだけどな」

「綾沼のバイザーに似てるが機能は光量調整のみ。一応防弾性だ」

 ある意味どうでも良い一言を付け加えて十夜は西村の横に並ぶ。そして、その上で腰のホルスターから回転式の大口径拳銃を引き抜き、左手に自動拳銃を握って構える。

「随分と物騒だね」

「ふっ、いつだって男はアウトローさ」

 西村にとりあえず蹴りを入れた綾沼は、溜息混じりに肩を竦めた。

「………で、君は由也の居場所を知らないの?」

「・・・・・。」

 タバコを咥えたままの黒づくめの横顔を伺うが、ミラーシェードに包まれたそれは感情の色を映さない。だから代わりに、というわけではないのだろうが言葉を紡ぐ。

「俺はあのキチガイの事は詳しく知らない。情報学部の紹介で顔をあわせただけの間柄だぜ?」

「第一声の認識は共通のものらしいね。とはいえ、それで僕が信じるとでも思ってるのかい?」

 疑問に疑問を返しながら、綾沼は疑わしげな視線で十夜を見据える。

「疑いたいなら好きにしろ。もっとも、誰もが知ってるようなことなら聞いているけどよ」

「………それで良い、聞かせてもらうよ」

 言われて十夜は咥えタバコを吐き捨てると、最後に深い紫煙を吐いてから口を開く。

「魔法学科 錬金術師学部と理工学科 特殊科学学部、それに普通学科 情報学部に所属するトリプルメジャー。各学科での成績は常にトップクラス。だが、奇怪な行動と格好から『マッドブラザー』『佐藤兄妹のいかれた方』と呼ばれることの方が多い」

「はっはっはっ、僕達の知らない事を言って欲しいな……この役立たず!」

「マッハで逆ギレんな! ……で続きだが、あのキチガイは二つ名付きの化け物だが、妹の佐藤ツグミはあくまで平均的な成績で普通学科と精霊魔法士学部に所属してる。つっても魔法学科の中でも特殊な学部でもねぇし、そいつ自身異能者でもねぇ。だから、言うなれば本来狙われるはずなのは佐藤由也の方であって佐藤ツグミじゃねぇ」

 綾沼はツグミの才能を知っている。しかし、十夜の言葉が事実なのだとすれば、その彼女ですら、数多くいる内の一人……となってしまう。

「僕が聞いているのはツグミちゃんの評価じゃない。由也のことの方だ」

「あいつは謎が多いんだよ。監視班がどんなに注意していたとしても、気がつけば姿を消している……そんな野郎だ。あのキチガイが何かを企んでいたとしても、理解できるのはやっぱりイカレタ奴だけだ」

 それだけは理解できていた。むしろ、言われて確信を深めた部分でもある。

「ふっ、ならば由也の謎を俺が解き明かす!」

「西村? 君は僕達の話し聞いてた?」

「無論!」

 聞いていなかったのだろうと内心吐息をつく。だが、それでもその吐息は重苦しい感情を称えてはいなかった。幸いな事に。


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