番外編8
ベルウッド・ケルビム……鈴木 智は一人で思う。
「目指す先に何があるなりか」
言葉に混じる余計な装飾は常に本心を隠すためのものだ。
言うなれば、天才過ぎる自分と他人の境界線。それが言葉であり表現でもある。
「我は狂ってるのであーる。でも、ちょっと寂しさ風味を感じる今日この頃であーる」
場所はガラクタの散らかる無意味に広いガレージ。修理の完了したポチ一号もそこにいる。しかし、それは言葉も発しないし反応も無い。
「我は孤独であーる」
だから作ろうとした。孤独を紛らわせるための何かを。
その結果がポチ一号であり、ある意味の終着点である。
「機械は結局機械であーる」
機械はプログラムを否定しない。プログラムから逸脱しない。
結局は、己の定めた通りにしか動かない。
「それは一人と変わらないなり」
「なら、黙ってなさい」
銀光が飛来した。そして、それがベルウッドの首筋に突き刺さるよりも先に、待機していた自動人形が動いて阻んだ。……鳴り響く乾いた金属音。
「施設内ならともかく、外なら機関砲で死ぬ事になるなり」
「なら私を呼ぶ意味が無いわ」
気配も無く、声と共に現れたのは一人の少女。短く切り揃えたプラチナブロンド。付け加えるなら鋭い刃物のような眼差し、通る鼻梁には縁なしのメガネ。紅を塗らなくとも鮮やかな唇。
現実感のないガラス細工のような少女だった。女性にしては高めの身長と中性的な肢体が、その印象に拍車をかける。
「依頼主から聞いているなり。君が戦闘学科二年D組で無敵の名を持つ戦闘技能者だと」
「必要以上の期待はしないで。私はできる事をするだけよ」
学科の指定ブレザーをまとった少女が冷ややかな声で呟く。
「それで、私の聞いているのは、三人の生徒を無力化することだと」
「三人? 四人の間違いではないのであるか?」
ベルウッドが見たのは佐藤由也という少年とその友人二人。そして、正体不明の黒づくめだ。
「私の知ったことじゃないわ」
怜悧な美貌は怜悧に呟き、左の太ももに装着していたホルダーから一振りのナイフを抜き放つ。そして、一足の距離で向かい合うベルウッドに銀の切っ先を向ける。
「ただでさえ割に合わない仕事なの。余計な事を言うなら私まで敵に回ると思いなさい」
『ッ!』
刃と同じ温度の声色と、その奥の意思に自動人形が音もなく進み出て、
「機械で人に勝つことはできない」
それ以上の速度で飛び出した少女の刃が振り抜かれた。同時に円を描く足運びで自動人形をやり過ごすと、そのまま持ち上げられた切っ先はベルウッドの眼前で止まる。
「………知っているなり」
直後、重い音を立ててポチ一号の両腕が床に落ちると同時に倒れ伏す。鳴り響く地響きはそれだけの重量と硬質さを意味する。しかし、それを機能停止まで追い込んだ細身の少女はたいした事ではないと言わんばかりにナイフを収めて鼻を鳴らす。
「なら、せめて数を揃えなさい。あっちには戦闘学科の『歩く法律違反』がいる。彼は最弱だけど、だからこそ手段は選ばないわ」
「歩く法律違反?」
ベルウッドの知らない名だった。
「全員揃って二つ名付きのD組生徒よ。本来なら一も二も無く断ったけれど『彼』に借りがあるから相手をしてあげるわ」
彼の言葉を無視したまま少女は背を向ける。そして、その痩躯が倒れたままの自動人形の横を過ぎ去った時、ベルウッドが声をかける。
「なに?」
感情の色を感じさせない絶対零度の透き通る声。だが、ベルウッドは構わず言葉を続けた。
「我はベルウッド・ケルビム。君の名前はなんであるか?」
しかし、少女は答えず、そのまま歩を進めていく。そして、出口の前にまで辿り着いたところで肩越しに振り返る。
「悪魔……それが私の名よ」
「………ここはどこですか?」
浅い眠りから覚めた瞬間、微かなあくびを手の平で隠しながら、余った片手で目を擦る。 背中や後頭部に感じるのは枕とベットの柔らかい感触。ただし、それは知らないものだ。
彼女……佐藤ツグミの借りている宿舎のベッドは固く枕も上等な物とは言えない。だから、違和感を感じながら閉じたままだった瞼を開く。
知らない枕に知らないベッド。それだけに見上げる天井は知らないそれだった。寝ぼける思考の中でそんな事実を把握すると、お世辞にも機敏とは言えない動作で起き上がる。
「・・・・・」
見回す周囲は簡素な個室の病室。壁には窓が無く時計もかかっていないため時間も状況もわからない。だから、次第にはっきりしていく意識の中で現状の認識に努める。
「確か、私は攫われたんでしたね」
二足歩行の巨大なロボット。それに自身が捕まえられたことは記憶している。そして、綾沼と西村が一方的に叩き伏せられた後、兄である由也と知らない四人目の登場。そこから先は覚えていなかった。
「あと、不思議な方もいらしてましたねー」
間延びするような声で思い浮かべるのは奇天烈な言動と奇怪な行動を行う少年の姿である。
悪人のようには見えなかったが、だからといって善人にも見えない曖昧な存在。
「………兄さんや、綾沼君たちはどうなったんでしょうか?」
考えてみるが答えは出ない。できるのは綾沼達の怪我が浅い事を祈るのみだ。
「・・・妖精さん?」
ツグミは呼びかける、妖精と呼ぶ人外の存在へと。しかし、返事らしい返事があるわけでもなく集中していた意識は拡散していく。
「困りましたねー」
言葉の割にはそれほど困っていないような調子で呟く佐藤 ツグミは普通学科に所属するだけでなく、魔法学科 精霊魔法士学部にも所属するダブルメジャーだ。
だが、だからと言って特別過ぎるまでの才能を持っているわけではなく、むしろ凡庸と評されてもおかしくはない。彼女は妖精が見えるといって綾沼達を驚かせたものだが、実際のところ、精霊魔法士学部の生徒にすればできて当たり前の技術であり、別段特別といえる人種ではないのだ。そういう意味ではツグミ自身が攫われる意味が理解できなかった。
「ったく、面倒なことになったな」
一瞬、ツグミは目を丸くする。その声と言葉が意外と近くから聞こえたからだ。思わず周囲を見回すが何があるわけでもなくいるわけでもなく、首を捻るだけでとどまった。
「なんだったのでしょうか? 空耳にしてははっきり聞こえたんですが」
やはり返事はない。
そして、とある者がこの部屋を訪ねるまで、彼女が動くことは無かった。




