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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
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左右

『左右』



 

 歩けることを嘆く獣がいなければ、手足の無い単細胞生物が世界を恨む事は無い。それらは、元からそれを当然とし、当然の成り立った上で生きているのだから。

 嘆くのは知性を持つ動物だけだ。

 動物と言っても、知性といっても、感情が成り立つ上で嘆き恨みを持つのはたった一つの生物。霊長類の頂点であり唯一の存在。

 それを人間と呼ぶ。

 その人間が、満足な手足を持たず、見るための目を持たなかったら?

「その先には絶望しかない」

 吐き出されるのは言葉だけ。

「この世の全てが終わればいい」

 呪いの、恨みの言葉だけが垂れ流される。

『だから、君はこんなまねをするんですね?』

 見えぬ目に映る妖精の姿。

 想像の中だけで彼は彼は思う。

「君のようになれたらと思ったこともある」

『不便なだけですよ? やりたいこともできない虚構の存在。それが僕ですから』

「現実に身を置く僕が何もできないのに?」

 一拍置く。

「人を超える知識と技術を持っても、一人では満足に動けず、無能者の手を借りねば実験もできない僕が虚構以上の存在とでも?!」

『そう思えるのは幸せなことですよ。人と人の交わりを知ることができるからこそ嘆き悲しみ恨む事ができる』

「だから、僕は試すのさ」

『だから、関係のない少女達を犠牲のしたのですか?』

「八人目は邪魔されてしまったよ。馬鹿どもの巣窟の四人にね」

 虚構が唇の裏で苦笑する。

『当然です。彼等彼女等は常識から非常識を生み出すI・C・E。常識の枠にとらわれた非常識なあなたが止められる者達ではない』

「・・・・・」

『そんな彼らと敵対するあなたが哀れでなりません。そう哀れです。あなたは彼に殺されます』

「どちらの彼だ?」

 一人は嘘つき、残るは最弱。

『ろくでなしですよ』

 虚構の言葉を嘲るように笑って吐き捨てる。

「僕は、そのろくでなしを排除して『普通』の幸せを手に入れる! 元からある限りない幸福を享受している連中の一人になる! その為だったら悪魔にだって心を売り渡すさ!」

『できるものならそうしてください。あなたの望みは僕の望みにつながるのですから』

 その言葉の裏に潜むのは、限りなく余り無く蠢く理想と欲望。それを含んで虚構は続ける。

『全ての望みを叶えた後で僕の力になることを約束するなら、最低限の力は貸しましょう。最大の力は彼等に貸して、最小の力をあなたに渡す』

「………いつ逆に染まるかわからないモノを?」

『断るなら最小まで彼等に与えますよ?』

 迷うのは数瞬。そして、彼・・・神無月(かんなづき) (ゆう)


「兄さん?」

 病室の一室、その戸を開く声。

 その声を聞いて、一つだけ置かれたベットから返事があがる。

「どうしたんだい、ひだり?」

 閉じられた目、包帯が巻きつけられた手足。

 それでもつややかな黒髪、秀麗な眉目はたいした皮肉だとベットの中の右は皮肉る。

「話し声が聞こえたから」

「ここには僕しかいないよ。ひょっとしたら寝言かも」

 それは嘘。右自身が知っている。

「昨日も遅くまで論文作ったりするからよ」

 近づく足音と明るい声色。

 その人物の顔は見たことも無いが知っている。彼女の名前は神無月 (ひだり)。たった一人であり、唯一の肉親。二卵双生児の妹だ。

「ってことは、ひだりも遅くまで起きてたって事だね?」

「うっ! でもそれは授業の課題が残ってたからで・・・」

 力のなくなっていく口調に右は形だけ眉をしかめる。

「今の時間は? 僕の体内時計は昼近くを教えてくれるんだけどな?」

 曜日は金。学園都市の授業は土曜まである。つまり、この時刻に病室にいると言うことは、完全な遅刻だ。

「あ、そっちは大丈夫。昼休みだから」

「そうか。でも、友達との時間も大事なんだよ?」

 そういっている嘘に締め付けられるような罪悪感を抱く。

 こう言えば、彼女が自分のそばにきてくれることを知っているから。そして、その時だけが幸福を感じられる瞬間だから。その瞬間である家族の愛情。それは何者も縛る最悪の鎖となる。

 それを知って右は縛る。最愛の妹を。

「お昼食べた? 新しく入った予備看護生って不手際が多いって聞くから」

「大丈夫だよ。今日彼女は普通学科の合宿でいないし」

 ふと、感覚しかない手に暖かいものを感じる。

「兄さん、最近不摂生なんだから無理しちゃだめだよ?」

「大丈夫だよ。最近調子も良いしね」

 握られた手を握り返す。

「ほら、もう行かないと駄目だよ?」

 いつまでも共にいたい。だからこそ痛い。

「うん。じゃあ、授業が終わったら来るね」

 行かないで。いつまでも傍にいて。

 その言葉を飲み込んで右は微笑む。

「行ってらっしゃい」

「ならいってきます」

 ひだりは微笑む。その微笑が見れないのが右は辛い。しかし、それでもこの瞬間だけは幸いだった。


 ひだりは一人で廊下を歩く。

 髪は黒で長さは肩口まで。

 低くも高くも無い身長に、太っても痩せてもいない身体。それでも笑えば微笑み返さずをえない愛らしさがある。

 所属は魔法学科の錬金術師学部。

 これでも魔法学科の二年D組に所属する粒揃いの一人だ。

「人体構成の理論は九割完成したから後は試すだけ」

 独り言はいつもの癖だ。わかっているから言葉を紡ぐ。

「残り一割は情報学部のDNA螺旋構造理論を併用して埋めて………」

 彼女が目指しているのは錬金術という科学と魔法を合成した技術により完全な人体を作ること。そして、血を分けた兄に、完全な身体を与えること。

 生まれた時から全てを失っていて、それでも絶望しない兄の為。その為だけにひだりは理想を捨てて生きている。何もかもを捨てて兄に尽くす。それがひだりのスタンス。

「問題はチップの入手ね」

 禁忌は全て情報学部が管理している。その禁忌を手に入れられればひだりの望みは実現する。

 とはいえ、最近通り魔事件が起こっているというのだから無理は禁物だ。ここで自身が危険にさらされれば兄の自由な平穏は失われる。永遠に。

「私は兄さんを助ける」

 ひだりはその為に生きている。

「その為には何をすればいいの?」

 兄の身体を直すためではなく、すべてに置いての幸せのために。簡単でありながら困難な現実に唇を噛む。

「とにかく、人体練成は全てが揃ってから」

 少女はそのまま教室目指して歩き去っていった。


 教室にいる生徒の姿はまばらだ。いつものこととはいえそれで良いのかと思ってしまう事実。

 いたとしても科学魔法士のクラスメイト達が命懸けの喧嘩をしているだけなのでいないに越したことは無い。

「ひだり、お兄さんのところに行ってたの?」

 席についてからクラスメイトの言葉にひだりは頷く。

「代償天才だっけ? 大変よねひだりのとこも」

 ひだりの兄は、四肢と目が不自由なかわりに天才的といえるまでの才能を示した。あらゆる技術に関して異常といえるまでの才覚を発揮している。

 己のためとはいえ、機械甲冑の新理論による設計製作技術は「クリムゾン」梓 美咲すらも超えていると言われていた。

「元気だったよ兄さんは。それよりも噂で聞いたんだけど通り魔の被害者がまたでたって本当?」

 友は頷く。

「情報学部が隠してるけど今度は商業学科の女の子だって」

「怖いよねー」

 周りの少女が追従する。

「でも、どんな人がやってるのかな?」

 ひだりの言葉に一人が頷く。

「狼男だって」

「狼男?」

 首をかしげオウム返しに問うとクラスメイトは苦笑する。

「男とは限らないんだけどさぁ」

「昨日の被害者なんて再生師でも治せないくらいひどいキズだったらしいよ?」

「初めて聞いた。でも、その狼男は?」

「戦闘学科の嘘つきとクリムゾン、ホワイトスノーのお姫様が殺したらしいけど?」

 殺したの一言に眉をしかめた事に気づいたのだろう。補足するように付け加える。

「その狼男は人間じゃなくって、狼と人の遺伝情報をプログラムしたナノマシンを錬金術で合成して作られたらしいわよ?」

「・・・・・えっ?」

 一瞬、全身の血が冷えた。

 もし、それが本当に事実ならば、ひだりの望みそのものであった。

「そ、それ本当なの?!」

 思わず身を乗り出してしまい、友人達は驚くが構わない。

「その話し、どこに行けば詳しく聞ける?!」

「え、えーと、戦闘学科の白雪か梓に聞けばいいんじゃない?」

 聞き終えるなりひだりは授業開始のチャイムを無視して駆け出した。その背に「落ち着きがないわねぇ」と声がかかるが気づかない。

 廊下で走らないようにという張り紙の前を全速力で駆け抜け出口を目指す。途中、黒のロングコートを羽織ったガラの悪そうな少年にぶつかりそうになるが、ぎりぎりで回避し、小さく頭を下げて謝罪。そして、そのまま走り続けた。

 魔法学科の校門を抜け、人気の少なくなった噴水前を通過。息はあがっていたがまだ余裕はある。それに、このチャンスを逃したら兄が自由を取り戻すのは大幅に遅れてしまうかもしれないからだ。

 だから走る。全力で走る。

 そのおかげもあってのことだろう。やや離れた戦闘学科の校舎が徐々に見え始めた。とここであることに気づく。

「………そういえば白雪さんと梓さんって何年生で何組なの?」

 ついでに性別も顔も知らない。友人に聞き直そうと思ったが、授業が始まっていたため電話するわけにもいかない。

 余りに致命的なミス。自覚したからには走るスピードも自然と落ちていく。そして、校舎が目前に迫った頃には、小さくうつむき遅々と歩を進めるようになっていた。

「私って、どうしてこう駄目なんだろ」

 監視塔の付いた無骨で巨大な校門を潜りトボトボ校舎内に入る。とはいえ知り合いもいない上に授業中なので、仕方なく学生食堂に向かう。そこなら誰かしらいるであろうから。

「それにしても汚い校舎」

 コンクリート剥き出しの壁は無数の弾痕が穿たれており、爆破の傷跡はベニヤを立てかけることで隠していた。やはり噂どおり乱暴者が多いのだろうと間違った認識を再認識。

 そして、そのまま歩き、奥にある戦闘学科の学生食堂にたどり着く。

 席の数は二百から三百席ほど。ただし、ゆったりとしたスペースをとっているので狭苦しい感じはない。

「へぇ、意外」

 戦闘学科というからには仮設テントの配給所のようなものを想像していたのだが予想に反して雰囲気は悪くないし天井が高いため圧迫感もなかった。何気なく近くの食券販売機に目を移す。

 ・・・えらく安い。とはいえ、昼食を済ませていたひだりにとって気を引くことでもなかった。そして、改めて正面に向き直る。

 授業中とはいえ生徒の数は意外に多かった。適当に数えて約四十人ほど。たいていが三、四人ほどのグループで固まり点在している。しかし、その彼らに声をかけようにも同じ高校生にしては威圧感のある体格と雰囲気にひだりは気後れしてしまう。

「声かけるべきかなぁ? でも、怖いし」

 入り口前で頭を抱えて悶々としていると、不意に目の前に誰かが立ち薄闇の影に被われる。

「………あっ、ごめんなさい」

 ちょうどで入り口の前に立っていたため、慌てて身をどかせて謝罪。

「別に謝る事でもないでしょうが」

 やや乱暴なハスキーボイス。苦笑を含めた女性の声に、ひだりは思わず見上げていた。

「なに?」

 女性にしては高身長。そして、腰まで伸ばした亜麻色の髪が野性的な美貌に映えている。身に付けているのは学校指定の制服でなく黒のタンクトップにドックタグ、迷彩カラーのカーゴパンツ。ただし、腰の後ろに下げたバスタードソードだけは服装に合っていない。

「あ、あのですね」

 言葉を出しつつも、なんと言えばいいのかわからない。しかし、そこでここにきた理由を思い出す。

「え、ええと、白雪さんか梓さんっていう人知りませんか?」

「知ってるけど、それがどうしたの?」

 あっさりとした肯定にひだりは目を瞬かせる。

「でも、咲なら朝からいないわよ? 十夜の奴といい捕まえたい奴に限っていないんだから困ったもんよね」

「ええと、どこに行ったら会えるかなんてわからないですよね?」

「会ってるじゃない」

「?」

 短すぎる返答にひだりの理解力はついていけない。そして、長身の美少女は少しあきれたように頭をかき、

「はじめまして。あたしが梓。梓 美咲よ。これでも結構知られた名前と顔なのよ?」


「そういえば自己紹介が遅れました。私は神無月 左。錬金術師学部の二年です」

「ひだりちゃんね。あ、それと敬語はなし。嫌いなのよ」

 さばさばとした雰囲気からそうだろうなと思ってしまう。そして、それが良くも悪くも似合っている。

「………で、あたしと咲を探してたっていうけどどうして?」

 場所はところ変わって商業学科近くのオープンカフェ。近くの街灯が破壊の跡を残して圧壊しているが、美咲やひだりのクラスでは珍しいことでもないのですぐに興味を失う。

「あの、クラスメイトから聞いたんだけど、通り魔・・・というよりも狼の化け物をどうにかしたって聞いて」

「あんたまで知ってんの? 情報学部がブロックしてるはずなんだけど」

「友達がそういうのに詳しくって」

 ひだりの手元にあるのはストレートのアールグレイ。一方美咲は外見に似合わずミルクと砂糖たっぷりのカフェオレだ。

「まあいいわ。それでまた狼狩りをしろとでも言うつもり?」

 苦笑交じりのセリフに、ひだりは慌てて首を振る。

「その、友達の話しで、その狼は人間の情報と狼を錬金術で合成した人と機械の共生態ということを聞いたの」

「………それで?」

「そのナノマシンを制御するためには専用プログラムを内蔵したチップを必要としているんだけど、私はそのチップが欲しくって」

 兄のためとは言わない。

「なるほどね。でも、狼男の死骸なんてあたしが戻った時にはなくなってたわよ?」

「どこに行ったかわからない?」

 やれやれと首をすくめてカフェオレを口に含む。

「あたしもそれを知りたくて十夜の奴を探してたのよ。金髪でガラの悪い黒づくめだけど見なかった?」

 言われてみればどこかであったような気がしないでもなかったが、結局思い出すことができず首を横に振る。

「期待してなかったから構わないけど、それよりひだり、あんたは何ができるの?」

「え?」

 いきなりの呼び捨てに驚いたのではなく、質問の意味がわからなかったからだ。

「あんた、あの狼男を探すんでしょ? それなら危険がつきまとう。だから、どんな手段で危険を回避するかと聞いてるのよ」

 その言葉にああと両手を合わせて納得。そして、証明するために、制服のポケットからあるものを取り出す。

「これは?」

 テーブルの上に出されたのは、ナイフと呼ぶには短くその形状も別の何かだった。

 淡い緑青色の刀身らしき物は円錐状で物を斬ることはできそうにない。とはいえ、全長が短すぎるために突くのにも向いているように見えない。武器として使い物にならないことが一見だけでわかる。

「なにこれ?」

「賢石と呼ばれる錬金術師の専用魔具なの」

 言うなり柄を握り締め、飲みきった紅茶のカップに刃先を突き立てた。

「っ!」

 カップが割れることを予想して美咲が身構えるが、結果としてそれは無駄になった。

「驚かせてごめん」

 ひだりが言って、刀身の半ばまでを埋めたカップをそのまま持ち上げる。そして、見る。半ばまで突き立ったはずの刀身がその切っ先を覗かせていないのだ。まるでカップと一体化したかのように。

「成れ」

 刹那、カップが淡い光に包まれると同時にその輪郭を歪めて行く。そして、数瞬後、空の器は腰にバスタードソードを下げた長髪の少女の人形へと姿を変えていた。

「へぇー、そんな魔法初めて見たわ」

 賢石の引き抜かれた人形を美咲が物珍しそうに眺める。

「ただ、あたしはもうちょっと美人かしら?」

「時間をかければ実物に近づけられるけどね」

 言うなり再び賢石を突き立てると、今度は瞬間的に元のカップの形を取り戻す。

「どうなってるの?」

「簡単に言うと、この私専用の賢石がこのカップの分子構造を分析して、微細な振動による液状化現象を起こすの。そして、その曖昧になった状態を、賢石に送り込んだ私の意志によって自在の形に変換して再び固定化」

「ごめん今の現代語?」

 美咲の言葉に苦笑して、改めて説明。

「ろうそくって熱を加えると溶けるよね。その溶けたろうそくを好きな形に加工するって言えばわかる?」

 今度はさすがの美咲でも納得できた。

「ふーん、なるほどね。でも、それが身を守る力になるわけ?」

「これ生物にも有効だから」

「ってことはかすりでもしたら終わりって事?」

 それに対しては慌てて首を振る。

「生き物に関しては分子構造が複雑だから二、三回読み取らないと無理。それに、そんな真似できないよ」

「それじゃあ駄目でしょうが」

 呆れの混じった声色に、今度はカップでなく石畳に賢石を突きたてた。そして、一瞬の間も置かずに巨大な石色の槍がそびえ立つ。

「身を守るくらいは充分かと」

「言っとくけど十分に必殺よ」

 別の意味での呆れにひだりは石畳を元に戻す。

「まあ、身を守れそうなことはわかったわ」

「なら、梓さんの心当たりを教えてくれない?」

 その瞳はまっすぐ美咲を見つめている。その奥に偽りは感じられず、純粋な思いだけが秘められているように映った。

「いいわ。これであたし達はチームね」

「て、手伝ってくれるの?」

 驚いたように目を見開くひだりに大きく頷く。

「当たり前でしょうが。一人より二人」

「二人よりも三人ね」

 声は第三者によるものだった。

 視線だけ向ければすぐ近くに小柄というよりも幼い容姿の少女が腕を組んで立っている。

 アンティーク調の衣装に、波打つ蜂蜜色の髪が似合う人形のような少女だった。

「咲の友達の一人よね。何の用?」

「エリス・エアリス・アリスアビスよ」

 幼い容姿の割には高慢な態度は美咲に通じるものがあるが、こちらの方が生意気そうだ。そう思ったひだりであったが、身の安全のために口には出さない。

「ええと、エリスちゃん? 一体どういうつもりで………」

「あんた達を助けてあげると言っているのよ」

 ひだりの言葉をさえぎって幼女が続ける。

「言っとくけど、あんた達のためじゃなくてお姉様のためなんだからね」

「斬っていい? この生意気幼女」

「お願いだから真顔で言わないで」

 腰のバスタードソードに手をかけようとするのを押しとどめて溜息一つ。クラスメイト達も充分変人が多かったが、彼女等もその域に達しているらしい。そう思うと、ただでさえ未消化の気苦労が一段と増したような錯覚に襲われる。

「あの狼男の秘密を追ってるんでしょう? 言っとくけどあたしは役に立つわよ」

「あんたじゃなくて、あんたの保護者達の間違いじゃないの?」

「あんたの恋人の方が利口みたいね。口だけじゃなくて行動してるもの」

「恋人?」

 怪訝そうに眉をひそめる美咲に対し、エリスは嘲るように笑う。

「まあ、人の趣味はそれぞれだけれど、あたしはごめんですわ。あ~んな黒づくめなんてね」

 刹那の時で引き抜かれたバスタードソードを一閃。白銀の刃はエリスの脳天をかち割る寸前で停止。無論、美咲自身が止めたわけではない。

「ちょっ、こんな往来でエキセントリックはやめようよ!」

「ひだりは黙ってなさい!」

「オホホ真実突かれたからって恥ずかしがる必要はなくってよ」

「ぶっ殺す!」

 人目を気にせず剣を振り回し、笑い混じりに逃げ回る二人の少女に、ひだりは肩にかかる重みが増したような気がした。そして、それはこれからも増していくことを想像し、何よりも重い溜息が口から漏れた。

 ともあれ、それでも一人は二人になった。そして二人は三人になり、ひだりの物語も動き始める。


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