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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
56/86

清く正しくえげつなく6

『子育て二日目』



 吹雪 十夜と子供の朝は無闇に早い。

 前者はともかくとして、寝る子は育つというが、本当に育つ子は良く遊びよく食べるために睡眠は必要最低限しかとらない。だから、美咲はソファーへ向かって元気よく飛び跳ね、

「ひっだりー!」

 フライングボディープレスが炸裂。同時に声にならない悲鳴が上がり、背の倒されたソファーの上で二人分の姿が組んではほぐれる。

「朝っぱらから元気だな」

 一方十夜は紫煙の登る煙草を咥えたままフライパンを振る事に集中している。

 その背後では早朝プロレスが開始されていたが、そこに第三者が介入する余地はないし、介入する気にもなれなかった。

「み、美咲、ちょっ・・離し・・・」

「わーい、遊ぼー遊ぼー」

 やはり背後は落ち着く様子は見えないが、十夜はトマトとコンソメをベースにしたスープに塩コショウを振って味を整える。仕上げにカリカリに焼いたサイコロ状のパンをおとし、ノンオイルで炒めたレタスを入れて完成だ。他の献立はジャーマンポテトサラダにベーコンエッグ、それにトースト。

「出来たぞ」

 言って紫煙の上る煙草を簡易灰皿に入れてもみ消し懐に収める。

「わあい、朝ごはん♪」

 美咲が喜んでいる間にテーブルの上を片付け台拭きで拭きながら、

「どうした神無月、心なしか満身創痍に見えるけどどうかしたのか?」

「・・・言う事はそれだけ?」

 美咲に好き勝手されたため、髪はボサボサ、かけたままだった伊達メガネはフレームまで歪んでいる。全ては一人の幼女が成した結果だ。

「とりあえず朝飯、さっさと目を覚ませ」

「わかってるよ」

 左はよろつきながら起き上がり、靴を履いて別室の洗面所に向かう。

 十夜は彼女が戻ってくる前に料理を持盛った皿を運び、美咲用のサイズの小さいスプーンとフォークを用意してやる。

「クソガキ、そこに座ってろ」

 手前・・・左の座る席の奥側を指差し、頷いた彼女はそのまま座って食事の開始を待つ。

「ホントこのまま素直に育ってたらどうなってた? つーか、いつどこでここまで歪んだんだ?」

 それを知るのは、まさに神のみぞ知るというものである。

「お待たせ、じゃあ食べようよ」

 戻ってきた左がタオルで顔を拭きながらソファーに腰を下ろし、錬金術で治したメガネをかけて湯気を上げる朝食を見下ろす。そして、向かい側に座った十夜と見比べ、

「ありえない」

「エプロンでもつけてやろうか?」

 そこで、ピンクのフリフリのついた十夜のエプロン姿を想像し、

「っぷ!」

 それこそありえない。

「テメェいい加減にしろよ」

 険悪な声も今の左には笑いのつぼでしかなかった。こみ上げる笑いの衝動を必死で堪えて腹を抱える。

「もういい。クソガキ食っていいぞ」

「いただきまーす」

 小さな手を合わせて右手にフォーク、左手にスプーンを握り、食事を開始する。一方十夜は食事に手をつけず、握っていた缶ビールのプルタブを開けて苛立たしげに呷る。

「た、食べないの?」

 いまだに笑いの衝動と戦っていた左が、息も絶え絶えに尋ねると返ってきたのは淋しげな苦笑だった。

「内臓がいかれて固形物を受けいれねぇんだよ。別に栄養を摂取しなくとも暴走する病が生かしてくれるしな」

 酒は最低限の栄養補給と続けて二口目を含む。

「・・・・・。」

「気にするな」

 黙りこんでしまった左にそう言って一気に飲み干す。

「それじゃ、俺は学校に行くから、クソガキを頼む」

「えっ?」

 どうしてと尋ねる前に、十夜は立ち上がって肩を竦める。

「出席日数がやばいのもあるが、こいつと一緒に休んでみろ。クラスの連中が疑って全員が調査に乗り出す可能性が高い」

 増してや今の美咲は禁忌指定の練丹術によって幼児と化している。もしばれた日にはろくでもない未来が待っているだろう。

「クラスメイトにさえ油断できないって、相変わらずありえないよね」

「学科は違えど同じD組、テメェも気をつけるんだな」

 握ったままの缶を握り潰し、キッチン脇のゴミ袋に放り込むと、そのままドアの前まで移動する。

「クソガキ、俺は出かけるが、神無月の言うこと聞いて大人しくしとくんだぞ?」

「えー、あたしも行くー」

 そこに、左がすかさず押さえつけて、その隙に十夜が外へ出て学校を目指す。

 そして、左の研究室から離れていく十夜の背中の方では、何かが暴れ回るような音が鳴り響いていたが、あえて気付かない振りをした。その程度の賢明さは持っているのだから。


 戦闘学科校舎二年D組。

 その教室内では破壊音が耐えることなく、授業中は怒声と罵声が絶えないことで有名だ。

 もっとも、それで成績レベルが最低かと思いきや、他クラスの追随を許さぬ総合成績単独トップというタチの悪さ。

 普通学科を始めに、ありとあらゆるクラスの中でD組というクラスは、恐れられるほど問題児が集中している。

ようは、協調性のない連中が、たまたま優秀だったに過ぎない。だからこそ、この二年D組はデンジャーのD組と呼ばれている。

「よお」

 教室に入るなり目に付いた小柄でサルのような少年に声をかける。

「おはよ。あれ、今日は梓さんいないの?」

「何で俺がアイツと同伴出勤しなけりゃならないんだよ」

 言い捨て壁際の後ろから二番目にあった自分の席に腰を下ろす。そして、そこから前の席は全部空席。ここまで来ると学級崩壊を思わせるが十夜にすれば日常の風景だ。

「ったく、たりぃな」

 机の中に突っ込んでいたカバー付きの文庫本を取り出し、しおりの挟んでいたページを開く。

『第二章・素直になれない二人』

 即座に閉じる。

 今日も欠席している前の席に座っているはずの友人に借りた恋愛小説だが、共感が抱けるかもよと言われたが余計なお世話もいいところ。破かなくなっただけ進歩した・・・十夜は内心一人ごちる。

「もういい、寝る」

 呟き机に突っ伏すと、そのまま十夜は眠りの世界へ沈み込んでいった。


 神無月 左に好きだと思える異性はいない。もっとも、研究一筋のため、あまり教室に寄り付かない左は異性と接することすら少なく、友人も片手で数え切れるほどだ。その一人が傍らで駆け回っている梓 美咲であり珍しく接する男性が十夜だ。

「ひだり遊んでよー」

 不満げな幼女の声に左は「待ってね」と言って壁際に置かれていた分析器のパネルを操作する。

 検査するのは十夜と美咲の頭髪から採取したDNA。前者は暴走する病の遺伝子構造を解析するためであり、後者は別の方法で元に戻すための手段を探すためだ。

「………これはだめなんだ」

 細胞の奥に隠れている暴走する病に、先日の実験に残った時間逆行の破片を混ぜたところ、暴走する病が退行術式すらも汚染し破壊したのだ。結局、美咲に飲まれた薬を十夜が飲んだところで何の意味もなかったことが証明された。

「魔術ですら侵食してしまうなんて常識はずれもいいところ。でも、このままだとタイムリミットは一、二年。それに、内蔵機能が低下してるって事は放逐または駆除するだけじゃ足りない。なら、身体強化ナノマシンを全身に行き渡らせて補助脳を構築した後、身体制御情報チップを脳に埋め込めば………」

 言葉に出しながら、頭の中では無数の検案を上げては却下し、複数の思考を持って処理していく。

「それで副作用が出るようだったら白魔法士学科の人に頼んで癒しの魔法を多重起動してもらって、免疫機構の確立まで待てば何とかなるかな」

 最後の方はともかく、前半では学園都市指定の禁忌法案を二桁以上犯す事になるのだが、左にとって元々の目的でもあったので忌避感はない。

「うん、これなら吹雪十夜は助けられる」

 満足げに頷いた後で、左は眉を寄せる。

「って、嫌いな人の事なのになんで必死になってるんだろ」

「ひだり遊ぼうよー」

「あっ、ごめんごめん」

 言いながら美咲の手を取り、これから始まるプロレスごっこの恐ろしさを味わう左であった。


 キーンコーンカーンコーン

「授業終了。教官に敬礼」

 教室中の生徒が一斉にかかとをあわせ敬礼を送るのは、戦闘学科の特色であり規律でもある。実質軍隊予備軍なので、こういうところから「洗脳」は始まっている。だが、それでも彼等は学生であり、規律に逆らったところで本来の軍隊にあるような懲罰はない。

 それだけに、教官に向かって敬礼を送るのは学級委員長である生徒と、後はごくわずかの生徒のみ。

 それに対し教官の方は、青筋を浮かべるだけで無言のまま教室を後にした。

「ん? ホームルーム前に座ったばかりだと思ったのに、もう放課後か?」

 机から起き上がった十夜はあくび混じりに周囲を見回す。寝る前より生徒の数を減じた教室。窓の外は茜色に染まっており、しばしだけ魅入るが、柄じゃないと苦笑し席を立つ。当然カバンはなく、詰める教科書もない。

吹雪(ふぶき)十夜(とおや)

 その背にかかる声。その時には、教室から全ての生徒が消えた後だった。

「何の用だ?」

 知った声。そして、ゆっくりと振り返った先に立っていたのは、

「レベリオン・アークエネミー」

 そこに立っていたのは学科指定の制服に袖を通した一人の少年の姿だった。

(あずさ) 美咲(みさき)の姿が見えないが?」

 声は高くもなければ低くもない。身長も高くもなければ低くもない。

 目にかかる程度に伸ばされた髪は、完全な白髪。その下の双眸は血色に染まり、少女のような容貌のため病的なか弱さばかりが目立つ。しかし、その手が持つ力はどこまでも万能。『魔王(アークエネミー)』の二つ名を持つ近接戦闘学部の生徒である。

「俺に聞くな」

「しかし、梓とお前が行動を共にしていないのは珍しい。私としては迎えるべき花嫁の姿を目に出来ないのは精神衛生上良くない」

「殺すぞテメェ」

 言いながら拳銃を取り出しところで、クラスメイト同士の殺し合いが十回を越えている事を思い出し内心溜息をつく。

「やってみようか? ただし魔王たる私とやりあって命の保証は出来ないぞ」

 アルビノの少年の身体をどこからともなく現れた漆黒のマントが包む。肩には黄金の獅子のレリーフがくくりつけられており、同じ黒衣でも十夜とは偉い違いだ。

「レベリオン、俺は今から帰って夕食の準備をしなけりゃならない。今回だけは見逃してやるから下がれ」

「怖気づいたのか?」

「いや、単純にクラスメイト同士で殺し合うのは不毛な上に、いまだ死人が出てないからやるだけ無駄だと思っただけだ」

 レベリオンはふむと頷き、顎に拳を当ててわずかに考え込む。

「それもそうだ。それと、レベリオンという名前は概念上の上に長い。略してレヴィーと呼べばいい」

「会話のつながりが感じられない上に、かなりどうでもいい情報だな」

 レヴィーは失敬なといって鼻を鳴らし、マントを翻す。

「今日のところは引いておこう。しかし、明日も愛しい梓が姿を見せないようだったら、私はお前を抹消させる」

 最近転入してきたレヴィーが美咲に熱を上げているのは周知の事実だ。そして、毎日のように喧嘩している十夜と美咲の仲がどう変化していくかというのが、現在D組の中で一番の話題である。そして、どちらとくっつくのかが賭けの対象になっているのは余談である。

「・・・・・。」

 去っていくレヴィーの背を見ながら、十夜は一人呟く。

「つーか、あの格好のまま帰るのか?」

 とはいえ、人のことは言えない十夜であった。しかし、突っ込むものはいない。


「邪魔するぞ」

 ノックと同時に扉を開ける習慣は美咲だけでなく十夜にも共通しているようだった。

「………二人とも常識って言葉の意味を理解しようね」

 買い物袋を抱えた十夜が最初に目にしたのは、床に突っ伏す左と、その背に乗って一人お馬さんごっこをしている美咲の姿だった。

「普通逆だろ?」

 疲れ果てた様子の左は返事すら返せず、そのまま額を床に付けて沈黙。

「クソガキ、飯作るからテーブル片付けろ」

「はぁい」

 そして、やはりここでも思う。なぜ、このまま素直に育たなかったのかと。

「まあ、おしとやかなクソ女なんて気持ち悪いだけだけどな」

 呟きながら、今夜は使わない食材を冷蔵機に押し込みキッチンの前に立つ。今回は十夜の自宅から持ってきた包丁セット付きだ。

「トオヤ、今日はどんなのつくるの?」

 紅茶のカップを流しに置きながら、美咲は期待と共に見上げてきた。

「和食だ。つっても応用の利く食材だから中華もいけるぞ」

「中華は火が命!」

 何かこだわりでもあるのか無意味に力む美咲を見て、十夜は中華にしようと内心頷く。

 それから三十分ほどたった後、電子ジャーが白い蒸気を緩やかにしながら電子音を鳴らして炊き上がった事を知らせる。

「よし、こっちも完成だ」

 この研究室で作られる三度目の食事は、スズキの唐揚げあんかけ風味と、チンゲン菜とまいたけベーコンの炒め物。シソと香草のサラダに鶏ガラで出汁をとった卵スープ。

「調理師学科 栄養学士学部に移ったら?」

「昔は良く、良いお嫁さんになれると言われたもんだ」

 十夜は言いながら本日二本目のビールに口をつけて遠くを見据える。まあ、室内だが。

「あえて誰にとは聞かないね。………それで、学校での反応はどうだった?」

「元々出席率最低のクラスだから気にしてる奴は少ねぇ。だが、厄介な奴が疑ってやがる」

「厄介な奴?」

 卵スープに口をつけながら尋ねると、十夜は顔をしかめて息をついた。

「そいつから聞いてねぇか? 最近転入してきたレベリオンって奴に付きまとわれてるとかなんとかって」

 言われて左は得心がいったように頷く。

「ああ、あの白雪さんと美咲に正室か側室にならないかって言ってる人のことでしょ?」

「ああ、そいつがクソ女はどうしたって言ってきたから、面倒な事になりそうだ」

 左にすれば三角関係はしたこともなければされたこともないので何とも言えないが、見ただけで苦労しているのは確かなようだった。

「ん? この場合は四角関係?」

「テメェ人事だと思いやがって」

 実際人事である。左は十夜の視線を無視して唐揚げをほおばる。

「それで、明日も学校に行くの?」

「行った方が良いだろ。相棒はどこに行ったのかもわからねぇから協力も頼むこともできねぇし」

 飲み干してしまったビール缶をテーブルに置いて、二本目をコートの中から取り出しプルタブを開ける。

「トオヤ、明日もおでかけ?」

「ああ、留年寸前なんだ」

 学生しか存在しない学園都市で留年するものはまずいない。いたとしても極わずか。よほど成績が低いか引き篭もりのどちらかしか留年しないはずである。

「えー、美咲つまんない。トオヤも一緒に遊ぼうよ」

「ガキとの戯れに留年賭けられるかよ」

 そう言いながらも「歩く法律違反」と呼ばれる少年の表情は穏やかだ。

 それから三人は食事を終えて、昨夜のように歪な川の字を描いて眠りにつく事になる。本意か不本意かは知れないが、とにかく三人の共同生活は三日目に向かう事になる。ただし、今まで通りのような平穏な日常とは一線を引いた非日常的な出来事に向かう事になる。


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