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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
5/86

混合

「あなた、手を引きなさい」

「あっ?」

 場所は昨日と同じ学生食堂。煙草を咥えながら缶ビールをあおっていたところで正面からの声。

 十夜は目の前にあった白磁の美貌に目を奪われるわけでもなく、その姿勢のままで固まっていた。

「?」

「いや、物足んねぇと思っただけだ」

「そう、よくわからないけど残念ね」

 言いながら十夜の正面に腰掛けたプラチナブロンドの少女、白雪 咲は伊達めがねを通したその双眸を向けてくる。

「もう一度言うわ、あなたはこの件から手を引きなさい」

「悪い、今トラブルをダース単位で抱えてんだ。もしかして不法改造銃器に関してか? それとも動物保護管理地区での狩猟の件か? いや、アレはばれてねぇから暗殺業の………」

 ろくでもないことを自白していく十夜を手で制して咲は言う。

「どれでもないわ。私が言っているのはこの前から起こっている通り魔事件について」

「ああ、狼男の件か」

 得心が行ったように頷く十夜に、咲は視線を細める。

「会ったの?」

「遭ったんだ」

 意味深に笑って指に挟んだ煙草をもみ消す。

「そういうテメェはどちら側だ?」

「どちらの意味で?」

 冷気を帯びた双眸にひるみもせずに十夜はビールを飲み干し握り潰す。

「敵か」

「味方か・・・ね」

 二つの視線がぶつかり合い、周囲の温度が下がっていく。

「私は、どちらでもないわ」

「なら、テメェは俺の敵だ」

 一方的な宣戦布告。冷静を常とする咲でさえ息を飲む。

「白にも黒にも染まらねぇ奴は、いつ逆側に染まるかわかったもんじゃねぇ。ならこの件に関して、俺の前に現れる限りテメェは敵だ」

 口元の皮肉な笑みは虚構であり、黒瞳の奥にあるのは方向性のない苛立ちと怒りだ。それを悟った咲は冷笑。

「いいわ。いっそこの方がらしい(・・・)もの」

「せいぜい俺の前に立ちはだからないことを祈るぜ?」

 言うなり、昨日と同じように席を立つ。そして、その背が遠くなりつつあるところで、彼がいつもの黒衣を着ていないことに気づく。

 とはいえ、どうでもいいことだと思い、頬杖をついて一言。

「………お腹空いたわね」


「おっ、うまそう。俺にも分けてくんない?」

「嫌よ」

 あっさりと断言、取り付く島もない。

「今から購買部に行きなさい」

「昨日の買占めのせいで、購買部が抗議のために販売中止してるんだよ」

「じゃあ飢えなさい。それと視界に入らないで、鬱陶(うっとう)しいから」

 みんなの憩いの時、昼休みの昼食中に声をかけられたから思えば、それは『嘘つき』で有名なクラスメイト、アレフ・マステマが、美咲の昼食用サンドイッチを物欲しそうな顔で覗いていた。

「ほんとに分けてくんないのか?」

「あたしは昨日がんばってカロリーが必要なのよ。あんたに恵むほど人間できてないわ」

 言うなり、最後の一つをほおばって一言、

「ご馳走様」

「ひ、ひでぇよ梓! 愛する俺の為にパンの耳を残すような優しさはないのか?!」

「サンドイッチにパンの耳はないんだけど」

「比喩だ比喩!」

「大体愛するってなに? 昨日似たようなこと咲に言ってなかった?」

 紙の包みを握り潰して教室の隅にあるゴミ箱に投擲。的中。つまり当たって落ちた。

「愛は無限でどこまでも広がっているのさ」

「つまり、気が多いだけの話しなわけよね」

「それは誤解さ。俺はいつだって梓の事を見てるぜ?」

「それってストーカーよ」

 なびくことなく席を立てば、アレフはそのまま苦笑する。

 そして、漏らした言葉は、

「冗談はここまでとして、昨日はワイルドな彼と逢瀬していたって本当?」

「あんた・・・」

 下卑た口調に眉根を寄せたわけではない。その言葉の裏に隠れる意味に気づいたからこそ、進めようとしていた歩を止め眉を寄せたのだ。

「あのメールはあんたの仕業?」

「心当たりはないけど心当たりはいる」

 矛盾した言葉に向き直り、その胸倉を掴む。

「言いなさいよ、昨日も一人被害にあったわ。一生残る傷を負ってベットの中でうなされてるのよ?」

 何事かと注目が集まるのも構わず美咲は問い詰める。一方アレフはへらへら笑ったまま降参とばかりに両手を挙げた。

「俺達が確認してる限り人狼は二匹。共に解剖と墓の中」

「おめでとう三匹目よ。あたしがぶった斬って殺したけど、死体はなくなってたわ。十夜に話しを聞こうと思ってたけど、あんたの方が色々と知ってるみたいね」

「そうでもない」

 軽薄に笑う少年は教室の隅、姿のない机を指差す。

「俺よりもサキの方が知ってるかもよ」

「確かにあんたよりは信じられるけど、いなければ話しもできないわ」

「探す努力は?」

「あたしが目の前のヒントを見逃すと思うわけ?」

 女神のような美貌でも怒りがこもれば夜叉もかくや。しかしアレフは構わず服から手を振り解く。

「嘘つきは誰なんだろうな?」

 嘘つきの少年が嘘つきは誰かと言って笑う。

「嘘つきは狼に食べられるのよ?」

「食べられるのは赤頭巾ちゃんさ」

 はぐらかそうとするアレフに思わずカッとなって拳に力がこもる。そして、その右腕を叩きつけようとする寸前に、背中から声が投げかけられる。

「猟師は狼の居所を探っているし、腹を開くためのハサミを探しているのだけれどね」

 美咲は動きを止めて振り返る。

「どういうことルガー?」

 先にいるのは学級委員の少年。手に持つのは学級日誌だが、今日の担当は別の人物だったはずだ。

「ここで益にならない問答をするよりも、するべきことは別にある。例えば吹雪(ふぶき)が自分に質問し、自ら危険に向かった過程などにね」

「あいつが嘘つきとでも言うわけ?」

「違うよ。彼はどんな時だって己自身だけのためには動かない。過去と照らし合わせても、その例はない」

 第三者の少年にアレフが頷いて応じる。

「どーする? 質問タイムは終わりかい?」

「・・・・・っ」

 答えず美咲は背を向ける。

「………全てが終わったら覚悟なさい」

 紛れもなく、怒りの上で成り立つ真実の呟きだった。


「一つ聞いておきたい。とはいえ質問の前にワンクッションは必要と思ってよ」

 場所は学園都市・傷病者収容施設。簡単に言うなら病院であるその一室。

 いつもの黒衣を失った少年が、黒衣を与えた少女の前で腕を組んで座っている。

「土産だ。気が向いたら食え」

 近くの机に置かれたのはフルーツバスケット。種類は豊富で、飾られたウサギ形のりんごが愛らしい。

「あなた……私を助けてくれた人?」

 部屋は個室。ベッドに身を横たわすのは全身を包帯で被われた年若い少女。

「違うがそうとも言える」

「名前は?」

 自嘲と共に答える。

「歩く法律違反」

「そう」

 少女はあえて問わない。だから、元黒衣は尋ねる。

「殺してやる。だから、心当たりを言え」

 言葉の裏に潜む激情を悟ったのだろう。だからこそ、少女は口を開く。

「何で、そんな事までしてくれるの?」

「テメェは悔しく、辛くはねぇのか?」

 元黒衣は言った。

「俺は理不尽な暴力と力を滅ぼす死神だ。最弱の力で最強を滅ぼす死の鎌を振るう最凶」

 少女は嗅覚だけで、突如昇った紫煙を知る。

 だから、少女は呟いた。決定的であり、瑣末ごとの一言を、

「私、あの日告白したいから来て欲しいって呼び出されて、それであんな目にあうなんて思ってもなかった………」

 思わず漏れてしまう嗚咽。そして、数瞬の時の後、元黒衣が言った。

「テメェは忘れろ。そして、再生師にまかせて傷を直せ」

 近くにかけられたままだった、黒のロングコートを手にとって出口に向かう。

 そして、ろくに見えずとも、それをまとった彼を彼女はらしいと思った。

 まとった黒衣に少年は笑う。

「安心しろ。次の被害者はねぇし、テメェが襲われることはねぇ。根こそぎ俺が踏み潰す」

 黒衣は言う。

「あいつらは俺の獲物だ」


「バーニィ?」

 質問の答えは無い。

 とはいえ聞こえているの事実だ。エリスは構わず質問を続ける。

「答えないとメインバンク壊滅させるわよ」

 だから、というわけではないが、オラトリオの研究室に、麗姿の少年の姿が浮かび上がる。

『何ですかエリス?』

「お姉様が調べている事を知りたいのよ」

『嫌われるとしても?』

「いい? 裏が取れなくてもあたしは行動するわ」

 お姉様のためにと付け加えて、

 そして、その背から響く足音、

『裏切り者は、いつだって期待と理想を裏切るものです』

 神様なんていない、悪魔しかいないことを知っているからこそ。


交わった後で少年達は交じり合う。

「聞いておきたい?」

「テメェが話す気さえあるなら」

 邂逅は数瞬、だが、背中あわせのまま黒衣が続ける。

「正直言うなら言って欲しい。俺の方は手詰まりだ」

「お前にしては珍しいじゃないの」

「言え、言わなければテメェを殺す」

「本当に殺せるか? お前はいつでも口だけだ」

「殺す。それは事実。何ならやりあうか?」

「最弱と嘘つきがやりあうのか? 勘弁して欲しいね」

 嘘つきが笑って最弱が睨む。

「良いだろう。今回見逃す」


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