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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
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口開く魔への扉9

『孤軍奮闘』



 頬に冷たく固い感触。いつか香澄にしてもらったような膝枕とは違う、明らかに無機質で人工的なそれに、息吹は閉じていた瞳を開く。

「・・・・・。」

 ゴーレムの破片や破壊の跡の残る床。視界が傾いているのは自身が倒れているのだろう。

「香澄達は………そっか、攫われたんだね」

 ぼやけていた思考を再編成し現状を認識。

「僕以外の全員が捕らえられている可能性もある。本当は戻って援軍を頼むべきなんだろうけど、その間に香澄達に危険が及ぶ可能性がある。だから、前進。今度は本気を出すべきだね」

 息吹の本来持つ二つ名は『精霊式』ではない。そして、もう一つの名が持つ概念は一方的な搾取。ただし、制御できるかどうかの不安があるため使っていなかったのだが、そのせいでの現状ならば息吹はもう一つの名を思い出す。

「まあ、ぎりぎりまで使わないけど」

『Roooooooooon!』

 間が良いのか悪いのか、前方の曲がり角から、四足歩行の一角獣が姿を現す。ただし、その顔は馬でなく獅子のそれだった。

「丁度良いや、十夜じゃないけど慣らし運転をする必要はあるよね」

 五メートル程放れていた一角獣に、自分自身の足で歩いて向かう。

『?』

 一角獣の中では姿を見るなり逃げ出すであろう獲物の姿を想像していたのだろう。しかし、その意に反して青い衣をまとった少年はまっすぐに己へ向かってきていた。

「逃げても良いよ。だけど、逃げられるとは思わないな。それだけ僕の能力は対人外に突出してるからね」

 言葉の意味は分からない。しかし、一角獣は言い知れぬ不安を感じた。だから、四肢を動かし後退しようとしたところで、

『?!』

「動けないでしょ? そういう能力なんだよね。精霊式はその延長」

 この世の理を越える力を持った準魔王なる存在。なのに、たった一人の少年の歩みを止めることはおろか、逃げ出すことすら叶わない。

「それじゃあ、久しぶりに試させてもらうよ」

 息吹は一角獣の鼻先まで歩み寄り、その角に触れる。そして、呟くようにして言った。

「喰らえ」

『精霊式開放』


 息吹が一角獣と対峙していた頃、咲と十夜も行動を開始していた。

「どーする? 俺はクソ女達を助けに行くけどよ」

 言いながら十夜は拳銃をホルスターに戻しマンイーターを鞘に収める。

「愚問ね。私とあなたが行動を共にすることは在り得ない。私は私の目的のため、ここに来ているのだから。護衛はそのついでよ」

「だろうな。テメェと俺の協歩はありえねぇ」

 白の少女に黒の少年。何もかもが正反対であるために並び立つことは在り得ない。以前起こった事件でもそれは同様だ。

「もう一度言う。俺はアレフ達を含める四人を助けに行く。テメェはテメェの目的を果たせ。あの骸骨は俺が殺してやる」

「期待はしないわ歩く法律違反」

 目的のありかなどわかりもしないのに白の拘束衣に身を包んだ少女が歩き出す。

「任せろ見せられない切り札がある」

「同感ね。だからこその個人行動よ」

 言って肩越しに振り返ると薄く笑う。

「次会う時は何人になってるのかしら? 二人? 三人? それとも私一人?」

「七人だ。でなきゃ俺か息吹がキレて全てを破滅させる」

 二年D組の最弱が皮肉に笑う。

「じゃあな」

 そして、四人は二人になり、二人はそれぞれ一人になった。それが、愚かな選択である事を知りながら一人になった。


「・・・・・。」

 目的のありかなどわかるはずもない。そういう物のありかを示す資料は、情報学部の生徒であるルガー・サイレントの頭脳の収められているのだから。

 ならば、別れるのではなく、十夜と共に行動し、ルガー達の救出後その行為を成せばいい。なのに、咲は一人になる事を選んだ。

「二人で行動する限り切り札は出せないもの」

 言いながら、右腕を被う袖の部分にあったジッパーを引き、白く細い腕をあらわにする。

「第一深度まで開放」

 途端、右目の代わりに移植されていた人工物の眼球に映る景色が一変する。いや、一変というよりは、本来人の目には見えぬ情報が見えるようになったといった方が正しい。

「十メートル先の十字路の左に一体ね。恨みはないけど私自身の力を試すための実験台になってもらうわ」

 呟き、歩みから疾走へと移行し、右目の感知した「何か」を求めて左の通路に飛び込む。そして、そこにいたのは騎士だった。

「魔法使いに騎士、どちらも魔王を倒す役目を持っているはずなのに、皮肉なものね」

 ただし、息吹達が遭遇したような黄金のそれではなく、そのサイズも幾分か小さい。

『・・・・・。』

 全身鎧の色は銀。サイズは咲より頭二つ高い程度。右手には楕円形の盾を持ち、左手にはサイズに見合った長剣を握っていた。

「試し斬りには丁度良さそうね」

 ナイフを抜きもせずそのまま対峙し、開放された右腕を前に出す。

「第二深度まで開放」

 ぶぶぶぶぶ

 と虫の羽音のような音が右腕を中心に鳴って、細腕が輪郭を失い歪んでいく。

「覚悟なさい。こうなったら手加減なんて出来ないわよ」

 マニキュアを塗らずともつややかな指先が、雪色の肌が鈍い鉛色に塗りかえられていき、女性らしい細さを保った腕が、肘から先にかけて膨張していく。

 そして、刃にも劣らぬ鉤爪状の指先。その手の甲からは肉の弾ける生々しい音と共に長大な剣が伸びた。

 長さだけなら一メートル以上。しかも、その形状は無数の刃を重ね合わせたような、(いびつ)で奇怪な剣ならぬ剣。

「魔女の剣。私はそう呼んでるわ」

 それは咲の右腕を構成するナノマシンの強制形状変換。本来の目的である腕の擬態を解除し、常識外の力を発揮するそれは、咲に人外すらも越えた力を貸し与える。

「私の(あざな)は『悪魔(ディアボロス)』だけど、魔王の手下じゃないわ」

 皮肉に笑って床を蹴る。そして、咲の間合いに入るなり、銀の騎士は握る剣を横薙ぎに振るって迎撃。だが、咲はそれを避けようともしない。むしろ、立ち止まって騎士の剣を受け止める事を選択。

「無駄よ」

 いくら腕の形状が変化しようと絶対的な重量差の前には受け止めた瞬間に弾き飛ばされることは確実だ。それがわからない咲でもないのに、手の甲から生えた魔女の剣は銀の長剣を受け止め、そのまま振り抜かれた。

『!?』

「言ったでしょ無駄だと」

 剣は確かに振り抜かれた。しかし、騎士の腕には何の手応えもなく、受け止めようとしていたはずの咲も、そのまま立っていた。

 直後乾いた音を立てて、何かが床に突き立つ。

「魔女の剣で切り裂けない物なんてないわ」

 それは、半ばまで長さを減じた騎士の剣だった。ただし、折れたのではなく斬られている。その証拠は肉厚の長剣に残る滑らかな断面。

「物も者も等しく容易く断ち切る悪魔の剣、それが私の持つ魔女の剣の意よ」

 再び踏み込み、異腕と化した右腕を振るう。対する騎士は、先程の現象と咲の言葉の意味を理解していないのか、右手の盾で受け止めようとする。

 しかし、それは愚かな選択だった。

 鉛色の歪な剣と眩い銀の盾がぶつかり合い、何の抵抗もなく振り抜かれた。ただし、音も手応えもないだけで、魔女の剣は騎士の腕ごと盾を縦に切り飛ばす。

『!!!!!』

「核はどこ?」

 言うなり人工物の義眼・・・魔女の秘眼が赤く輝き、その視界に見えるはずのないものが浮かび上がる。

「そう、そこね」

 魔女の秘眼には、騎士の胸中央に赤い光を放つ球体のようなものが見えていた。そして、それがこの騎士の騎士という形を保持させるための概念核という事を理解。

「堕ちなさい。消えなさい。滅びなさい。苦しみ嘆き後悔し、己の運命を恨みなさい」

 それは宣告。同時に咲は己が全力を余すことなく解き放った。

 超振動能力。

 それが咲の悪魔が持つ力の一つ。

 右腕を形成するナノサイズのマシンが、それぞれ微細な振動を発し、魔女の剣に触れる全てのモノの分子結合を解く。それに断ち切れぬものなどなく、突き立てられようものなら全身に広がる微細な振動同士が干渉し合い引き裂きあう。

 この場合は、右目の代わりに移植された「魔女の秘眼」によって急所を見通し貫いた。結果、胸の中央・・・概念核を貫かれた銀の騎士は全身に渡って亀裂を生み、次の瞬間、眩い閃光を放って爆散した。

「・・・戻りなさい」

 咲の言葉を受けて、魔女の剣はゆっくりと元の形状を取り戻していき、余計なものを映す視界は、元の色を取り戻していく。

「ひとまずはこんなものね」

 白く、ほっそりとした腕の感触を確かめてから小さく頷き、引いてあったジッパーを元に戻す。それから視線を虚空に向け、

「これが、私の切り札よ」

 何者かに挑むように言い放った。


「はてさて、あいつ等救出するっつっても、一体どこにいるのかもわかんねぇし」

 十夜は一人立ち尽くし、とりあえずといった様子で煙草を咥え火を点ける。

「骸骨の言ってた話しじゃ息吹は捕まってねぇようだし、とりあえず息吹を探しつつクソ女達を捜すか」

 そのような行為を世間では、行き当たりばったりというのだが、当の少年にはその意識はないらしい。

 そして、どこに何があるのか知ったわけではないのに、迷った様子すらなく歩き出す。

「ったく、何が魔王には知性などありませんだよ。しかも、よりによって人柱だ? 知性どころか儀式を行うような知識までありやがる始末だ。やっぱ情報学部は当てにならない上に信用できねぇ」

 紫煙を吹きながら、丁度差し掛かった十字路を右に曲がる。その直後、なんらかの飛来物が十夜の眼前に迫り、

「げっ!」

 慌てて伏せれば髪をかすめて、その何かが飛んで過ぎた。

「一人になるなりいきなりじゃねぇか」

 そして、通路の奥に潜んでいたものを視認し、一瞬言葉を失う。

「クソ女の機械甲冑?」

 そこに立っていたのは朱色の装甲を持った騎士ならぬ機械仕掛けの騎士。砲撃可能なブラストブレイドまで持っているのだから間違いない。

「どういうことだ? 無事だったの………」

 刹那、凄まじい衝撃が十夜の背中を襲い、勢いのまま身体が泳げば紅の機械甲冑が手にした大剣で斬りかかって来る。

「畜生、訳かんねぇぞ!」

 躊躇なく迫ってくる大剣はマンイーターの鞘で受け止めると同時に、咥えていたタバコのフィルターを食い千切って飲み込む。その直後にマンイーターの鞘と機械甲冑の大剣がぶつかり合い、尋常ではない衝撃が十夜の両肩を襲う。

 だが、それでも肩関節は砕けず、何とか受け止めきる。そして、そのまま紅の装甲を蹴って後方へ跳躍。

「何がなんだかわかんねぇが、とりあえず最初のはなんだ?」

 背中にぶつかってきた何かの事を言っているのだ。そして、それは己の存在を主張するように、再び十夜の顔面を狙って襲い掛かる。

「うぉっ、危ねぇ!」

 首を傾ければ、死角気味の斜め下から、円形の何かが飛んで過ぎる。そして、それは一つではなかった。

 更に、機械甲冑の後ろから、バスケットボール大の球体が二つ浮かび上がったかと思えば、それぞれが凄まじい勢いで襲い掛かってくる。十夜は辛くも避けることが出来たが、その球体は後ろに抜けた後も、それぞれが意思を持っているかのように停止し、再び十夜目掛けて飛翔してきた。

「EO?! まだ試作段階のはずだぞ!」

 正式名称はエレメンタルオービット……人工精霊内蔵型追跡装置。

 本来の目的は監視対象を秘密裏に追跡し、リアルタイムで情報を伝えるための装置である。とはいえ、現在の技術では人口精霊を封じ、思うままに操作するための仮想記述継続術式を維持することが出来ないため開発は中止された。という事になっているはずだった。

 だが、現在目の前にあるのは事実。それに、本来の監視のためでは在り得ないサイズアップが図られており、肉眼では見えないが高速回転までしている始末だ。

「しかも、よりにもよって戦闘用に改造されてるじゃねぇか!」

 三つの球体から必死に逃れようとするが、全てが独立した動きで襲い掛かってくるため、回避しようにもし切れない。そして、注意をEOだけに向けていれば、少し離れた位置で機械甲冑が砲撃体勢に入る。

「アホか!」

 轟音。


「ん? なんか十夜の叫び声が聞こえたようだけど・・・」

 風精霊による周辺地図を展開。すると、そう離れてもいない位置に五つの反応があった。詳細まではわからないが、そこに連れ去られた仲間のいる可能性も否定できない。

「それじゃあ、行ってみようかな」

 肩残りをほぐすように、魔杖の先端で肩を叩く。その動作は年齢に見合わず、どこか年寄り臭い。

「とりあえず感覚は掴めたし、次は失敗しなければいい話しだね」

 そう呟き、己の後方に視線を向けて苦笑する。

「とはいえ、一人でよかったよ。もし、誰かと一緒にいたら、まとめて破滅させるとこだった」

 粉砕された壁、爪の様なもので抉り取られた床、上に向かって陥没する天井。

 それは息吹が成した結果だ。

「前は三人が止めてくれたけど、一人の場合は制御するのが難しいね。もっとも、今度こそは制御しないと、僕は香澄達と一緒にいれない。だから、絶対に乗り越えて見せる」

 そして、息吹は歩き出した。仲間がいるかもしれない場所へ向かって。


 轟音。

 直後に一つのEOが十夜の脇腹を直撃し、弾き飛ばされたお陰でブラストブレードの砲撃を逃れることが出来た。そして、ここで一つだけわかったことがある。

『EOを制御しているのは機械甲冑でなく、自立行動によって俺を攻撃してるんだな? そして、EO同士がぶつかり合わないのは、一見それぞれが勝手に動いてるようだが、特定のアルゴイズムで動いているセルオートマトンってことかよ』

 そうとわかれば自ずと対応も出来るというものだが、

「つっても行動パターンは三の三乗・・・八十一?! んなもんイチイチ解析してる暇あるわけねぇだろうが!」

 再び轟音。今度は銃口の位置を確認していたので何とか避けることが出来た。だが、それをいつまでも続けられるわけではない。だから、十夜は小さく舌うち。

「………気が乗らねぇが、本気出してやるよ」

 言った刹那、EOの体当たりを正面から受け仰向けに倒れてしまう。

「見せてやる。最弱が持つ最凶の必殺を」

 一度大きく息を吸い、そのまま漏らすように呟く。

「第三深度まで開放」


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