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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
32/86

備前 奏の方程式15

『壊す物と恋わす者』



 場所は世界ならぬ異世界の狭間。どこまでも見上げることのできる闇色の天井。明かりらしい明かりは点在するモニター郡の光のみ。

『限界稼働時間は二時間と少し。でも、リミットカットを使えば半分どころか、あっという間に底をつく』

 遠距離からの銃撃をじぐざくに動きながら回避し、自分担当のクイーンへ向かって前進していく。かすめただけで即死の可能性のある銃弾をぎりぎりで避けながらも、美咲の進む速度に衰えはない。

『しかも、あたしの怪我、完治してないのよね。リミットカットに耐え切れるかどうか・・・』

 美咲は初めての守護者との遭遇戦で重傷を負った。魔法による治療が行われたものの完治したわけではないのだ。無理な加速や急制動を行えば直りかけのアバラは悲鳴を上げたくなるほどの激痛を訴えるし、襲い掛かるGに意識が遠のく。

『だから、不意打ちしかない。ある程度接近したらリミットカットして瞬殺。それが理想』

 クイーンのライフルは連射が出来ないようで、次弾まで若干の間がある。その隙に、距離を詰め、それが数メートルまで縮んだ時、美咲は叫んだ。

「バースト!」

 少女の叫びは、直ちに過剰な力へ転化していく。そして、最初の一歩を蹴りだし、

「ぐっ!」

 刹那の加速に目の前が一瞬暗くなる。だが、視界が戻った時には常識はずれの急加速がクイーンの背後に回りこんでいた。体勢を整えるため前傾姿勢になって剣を握っていない左手を床に叩きつけ強引な停止。

「これで終われ!」

 でたらめな体勢だが切っ先だけは正確に向けていた。そして、グリップを捻り、

 轟音。

 目の前が閃光に染まり、確かな手応えを実感する。だが、舞い上がった白煙の向こうから銃剣の切っ先が突き出され、美咲は目を見開く。

「なっ………」

『排除』

 銃声。


「これ返す」

 無手のまま進み出たパールピンクの守護者に、十夜は持ったままだったライフルを投げ渡す。

「銃剣はねぇけど構わねぇよな」

 意外な事に、クイーンは素直にライフルを受け取り、二メートルの距離を挟んで対峙する。それは、銃には近すぎ素手には遠い、そんな距離。

「テメェなら俺を殺せるか?」

 応えるように守護者は銃口を向け発砲。

「正確すぎだ」

 発砲を予想していた十夜は滑るように移動しながら身をかがめ難を逃れる。

「第四深度まで開放」

 今出せる全力はここまで。これ以上は本当の意味で暴走する可能性があったからだ。

「出し惜しみしてられる状況じゃないがノルマだけは達成してやる」

 全身に浮かび上がっていく紋様は、女王の名を持つ守護者であろうと致死に至る力を秘める。

 そして、十夜は元々詰まっていた間合いを更に詰めて手刀を放つ。それは、銃を構えたままだったクイーンの胸に吸い込まれていき、

「?!」

 生まれるはずの手応えはなく、空撃を悟った時には銃把で頭部を叩き据えられていた。

『なっ?!』

 前のめりに倒れていく身体を無理矢理捻って上体を正そうとする。だが、左肩に固い感触が突きつけられたと感じた瞬間、

「っ!」

 銃声。


 本気とは何か?

「ここでそれが出せないなら、ぼくは奏ちゃんと一緒にいる意味がない」

 いつでも本気の少女のために、士郎はここにきた。好意を行為に変えるためにここへ来た。だから必要なのだ。本当に大切な者を守るための気持ちが。本気が。

「だから、僕は本気になる。生まれて初めて本気を出す」

 右手にはナイトの持っていたという長剣。左手にはやや短い元銃剣。柄が短いため完全に片手用の直刀。

「いくよ!」

 そして、駆ける。

 銃声。

 しかし、迫る銃弾も常人を超えた動体視力には軌道すらもはっきりと映される。だから、少し首を傾げただけで空を切り、関係ない物を爆縮させた。

「距離は十五m前後。神斬だったら届いたけど、使えないから足で稼ぐ」

 一秒でも早くクイーンを倒し、奏の下に駆けつける。それが士郎の目的。美咲と十夜には悪いが、あの二人だったら大丈夫という気持ちがあった。

 再び銃声。しかし、それも士郎にかすることもなく、そのまま接近を許す形になる。士郎はそのまま加速して剣の間合い、士郎の間合いに移っていた。

「行け!」

 慣れない西洋剣を横薙ぎにしクイーンの胴を狙う。だが、クイーンの身体がぶれたと思った瞬間、士郎の斬撃は空を切って振り抜かれる。

『避けた? いや違う!』

 ぶれたと思ったのは一瞬で、あの瞬間の回避はどんな加速力を持っていたとしても避けられない。それに、パールピンクの装甲は、今でも士郎の前に立ちはだかっている。

「くっ!」

 慌てて左手の剣を振るうが、銃把によって腕ごと受け止められてしまう。そして、連動して動いた銃底が凄まじい勢いで士郎の頭部へ迫り、激突。

『奏ちゃん・・・』

 そして、目の前で火花が散ったかと思えば、士郎の意識は闇に落ちて行った。


「ほう、空間転移か」

 翼による斬撃に対する手応えのなさに、奏は即座に見当をつける。現に、半分だけもぐった情報の海側の瞳の中では、目の前の質量がゼロになり、変わりに背後へ質量が出現していた。ただし、運動係数が発生するような直接的行動ではない。

「なるほど、そのパールピンクという奇怪な色に染めているのは、空間転移の際に発生する生体細胞の分解、再構成を阻止するための呪式が組まれているのか」

 不安定な姿勢から床に拳を叩き付け、その細い身体を舞い上がらせクイーンの不意打ちを避ける。そして、宙に浮いたまま顎に手を当て眉をしかめる。

「最初は雑魚キャラの印象が強かったが、これでは私はともかく、他は存外に苦労するかもしれないな」

 とここで、擬似的に展開していた予知能力が、クイーンの微細な動きを察知して回避行動を取り着地。遅れて銃声。

「常識に縛られる限り、貴様の攻撃は私に当たることはない」

 告げて接近、銃口が上向きになっているのを理解してから、拳を一直線に走らせる。

 鋼鉄板でさえ貫く奏の拳がクイーンの胸部装甲に直撃し、守護者の巨体が吹っ飛び、その瞬間パールピンクの姿が掻き消える。

「右? いや、正面か!」

 そして、消えたそれは即座に現れた。ただし、己の向かって背を向けたまま。

「避けられん!」

 両腕を十字に組んで受け止める。同時に襲い掛かる巨大な質量と、奏自身によって生み出された破壊力に、強化された筋肉と骨が軋む。そして、大きく弾き飛ばされたところでクイーンは姿勢を正し、奏は地面に転がった。

「なるほど、空間転移によって方向転換し、ベクトルを私に向けたか。予想以上に賢い」

 少なくとも常識とやらに縛られるような対応ではなかった。

「自身の攻撃力が過剰であるなら、それに準じたカウンターが強制的にかかってくるわけか。とはいえ不足だ」

 よろけながらも立ち上がり、にやりと口元を歪める。

「そして、見せよう。そんな小ざかしい反撃など許さない圧倒的な破壊力を」


『排除』

 銃声。

『ここまではいいわ』

 気付いた時には致命的で、不可避の必殺になるはずだった。しかし、己の死を予想した美咲の本能は、即座に切っ先を左に向けてグリップを捻っていた。

 重なる銃声は反動を生んで、己の命を奪うはずだった必殺の銃弾をぎりぎりで回避させる。

『これで残弾ゼロ。残る武装は剣一本』

 唇の裏で笑う。

『結局あたしは足手まといにしかならないわけ? 偶然身体が動かなきゃ死んでた。つまり、最弱は相変わらずあたしなわけで・・・』

「はっ・・はははは・・あははははは!」

 何も変わっていない。守ると言ったところで果たされることのない約束。

 自虐の笑いをこだまさせながら美咲はクイーンと向かい合う。そして、相手側が己に向かって銃口を向けたところで、

「舐めるなぁ!」

 銃声。

 同時に振るわれる大剣。

 魔法陣を込められた銃弾と大剣の接触は、大剣の半ばまでを爆縮させる。だが、美咲は止まらない。

「あぁああぁぁぁぁーーーーー!」

 獣の如き咆哮を上げ、何の技もなく飛び掛る。そして、紅の機械甲冑は両足をクイーンに叩き付け、凄まじい反動に己が弾かれる前に、クイーンの身体が弾き飛ぶよりも先に、半ばまで失われた大剣をパールピンクの脇腹へ叩き込む。

『!?』

 機械仕掛けの自動人形が驚愕しているのを本能で知り、美咲は犬歯を剥き出しに笑う。

「っ!」

 蹴りと剣の反動分、着地の衝撃は相当なものだったが、やはり獣のように四つん這いになって衝撃を殺す美咲にはたいした事ではなかった。

だが、守護者にとってはそうでなかったらしい。刹那、その姿が掻き消えたと思った瞬間、美咲の真上に気配が生まれる。

「・・・・・っ」

 反応したと同時に四肢が地を蹴り気配を回避。そして、続く激突音。

「らあぁぁぁ!」

 無防備に倒れ混乱している守護者に駆け寄った美咲は、力の限りを尽くして折れた剣を打ち付ける。そして、その斬撃は一撃でなく連撃だった。

「!!!!!」

 技などかけらもない、ただの暴力。だが、それだけに破壊力に容赦がない。そして、最初に限界を向かえたのは守護者の持つライフルだった。

 一撃一撃を打ち込まれるたびに銃身がひしゃげていき、ついには真っ二つになって部品を散らした。

「っ」

 美咲は動きを止め不意に手を伸ばした。その隙に転移するクイーン。移動するのは美咲の背後だ。そして、搭乗するため機械甲冑最大の弱点である背部装甲へ手刀を突き出そうとして、

「らぁっ!」

 あらかじめ予期していたように旋回した肘が守護者の頭部を打ち抜き攻撃を阻止した。だが、動きは止まらない。肘打ちに使った右手が握っていた大剣を手放し、クイーンの首を掴み振り回す。

「ああぁぁぁぁ!」

 機械甲冑本来の力を引き出した美咲にとっては赤子を持ち上げるのと変わらない感覚で、振り回す勢いのまま床に叩きつける。

 轟音が鳴り響き、守護者の輪郭が一際歪む。

 そして、とどめとばかりに叩きつけられる左腕。それは、クイーンの胸部を貫いた。

『!!!!!』

 正確に言うなら、左手に握られたものが貫いたのだ。

「!!!!!」

『!!!!!』

 それは、ライフルに備え付けられていた銃剣。先程一瞬の隙を見せたのはこれを取るためだった。

 折れた剣では相手を効果的に壊すことは出来ない。だからこそ、今握る剣は刺し貫いている。

「!!!!!」

 持ち上げる、振り下ろす。持ち上げる、振り下ろす。持ち上げる、振り下ろす。持ち上げる、振り下ろす。持ち上げる、振り下ろす。持ち上げる、振り下ろす。持ち上げる、振り下ろす。持ち上げる、振り下ろす。


 キィン……と乾いた音を立てて刃が砕ける。

 それがスイッチかのように、狂ったような美咲の動きが停止した。

「・・・・・っ」

 わずかに首を傾け眼下を見下ろす。

「・・・・・。」

 そこにあったのは、元の優美さのかけらもない、ただの残骸だけがあった。血管のように張り巡らされたケーブルも引き千切られ、引き千切られた四肢は歪に歪んで散乱し、かすかな火花のみが存在を示している。

「………まいったわね、また記憶飛んじゃってるわ」

 それが彼女を『狂獣』と呼ばせる由来。闘争本能のままに敵を破壊し殲滅し、さながら狂気に犯された獣のように荒れ狂うからだ。

「あっ、ブラストブレードが壊れてる! ったく、最悪」

 獣と化した時の欠点は、己を含め全てに対する損害をいとわないところにある。そして、全てを破壊し尽くした後で我に返ると記憶が飛んでいるため予想外な物まで壊れていたりするのだ。この場合は愛用の大剣。

「まぁいいわ。とりあえず皆の援護に行きましょうか」

 折れた剣を拾い上げて美咲は仲間を目指して歩き出す。


「がああぁぁぁーーーーー!」

 真っ赤な鮮血が噴水のように噴出し床の上に広がっていく。そして、その発生源は肩から胸の一部にかけて抉り取られ、無様にも床の上でのた打ち回っていた。

『対象の無力化確認』

 この傷を与えた守護者の声も、十夜の耳には届かない。痛みを無視する薬物の効果も気休め程度にしかならない気の狂いそうな痛みに絶叫する。

 だが、常人ならばショック死する痛みであろうと、出血多量であろうと十夜は死なない。死ぬことだけが出来ない。

 それは呪い。暴走する病が持つ不死の呪い。許される死は病による苦鳴の死のみ。

「ああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

『こいつでさえ不足なのかよ』

 頭の奥で、妙に冷静な声が響く。

『今ここで死ぬつもりはねぇが、いざって時の予防策として期待してたんだが』

 本当に暴走した時のための自決策。十夜はそれを期待していた。だが、それでも足りなかった。この程度では暴走する病は殺せない。

 それを理解すると、激痛に歪んでいた口元が歪んだ笑みを浮かべて喉を鳴らす。

『捕獲モードへ移行。対象の拘束に入る』

 クイーンが手を伸ばすのがわかった。だから、対する十夜も、のた打ち回りながら左腕(・・)を伸ばした。

『?!』

「第八深度まで開放」

 暴走する病の巣食う切断面が細胞分裂を加速する。肉と肉が交じり合うような生々しい異音を立てながら、漆黒の異腕が守護者へ伸びた。

「そら、捕まえてみろ」

 異常な速度で増殖していく闇色の異腕がクイーンの伸ばした手をとった。

「喰らえ(・・・)」

 刹那、金属と金属を重なり合わせる甲高い音がこだました。

『!!!!!』

 ノイズ音の悲鳴を無視し、クイーンの左を無造作に引き千切る。そして、残った右腕の拳が守護者の顔を打ち付け弾き飛ばす。

「ちっ、感染させ損ねたか」

 紋様どころか漆黒に染まる巨大化した左腕を見やりながら漏らす。その腕は十夜に意志とは別にもぎ取った守護者の手を開閉し咀嚼していた。

「くそ、ここまで潜ると制御がききずれぇ」

 左腕は、やがて動きを止めたかと思えば、噛み終えたガムのように、丸くなった装甲を吐き出す。

「続きと行くか」

 銃声。

 十夜がそれを認識するよりも先に、左腕が勝手に動いて受け止める。同時に銃弾の効果によって膨張した腕が抉り取られたが、今度は痛みすら感じない。それどころか瞬き一回の間に元の形状を取り戻す。

「クソ女に見つかる前に殺らせてもらうぜ」

 たいして離れていない距離で銃口を向けるクイーンに告げ十夜は床を蹴った。

 銃声が鳴るが、左腕がオートで受け止め、必殺の銃弾は十夜に届かない。そして、瞬く間に迫った黒衣が飛び上がりながら漆黒の腕を振り上げ、

「堕ちろ」

 急激に膨張したそれがクイーンの全身に喰らいついた。

『!!!!!』

 声なき絶叫を腕を通して聞きながら暴走する病は歓喜し、一息に喰らうのではなく徐々に力を強めながら牙を突き立てていく。 

「さよならだ女王」

 病の意向を無視し、踏み込んだ十夜の手刀が、己の腕ごとクイーンの中枢を貫いた。

「テメェ等もさっさと静まれ切り落とすぞ」

 その言葉に、蠢いていた肉の表面がゆっくりと動きを止めていく。そして、それが完全に静まったのを見計らって、黒い肉の中から左腕を引き抜いた。そして、指で弾く。それは石のように固まり、乾いた音を立てた。

「ったく、ふざけた能力だ」

 全身に広がっていた紋様も、沈み込みようにして消えていき、肌の色もいつも通りに落ち着いていく。

「さて、アホな王様殺しに行くか」

 そして、黒衣の少年は歩き出す。黒く石化した不気味なオブジェを残して。


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