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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
3/86

遭遇

「下がれエリス!」

「アレフお前も下がれ!」

 場所は、咲のいる商業学科から少し離れた普通学科前、人気の少ない校舎前を歩いていたところで襲撃は起こった。

「狙いは女じゃなかったのか?!」

「あたしだって女よ!」

 アレフが拳銃を抜き放ちエリスが叫ぶ。

「二人とも冷静になれ!」

 アレフと共にエリスに同行していたオラトリオが視線を周囲に飛ばしながら警戒する。

「なんでお姉様みたいな人達を狙っていた奴があたし達を・・・」

「黙ってろ、音が聞こえないだろ」

 アレフは安全装置を解除し、破壊の跡が残る眼前を見据える。

「冗談じゃないぞ、何だよあのワイルドは!」

 アレフが言っているのは突如襲い掛かった狼男の事だ。

 アスファルトの地面を破壊し、襲い掛かってきた獣は冗談抜きで三人の脅威であった。

「バーニィの奴、適当なこと言いやがって!」

 銃口が暗闇の中に向けられ、銃声。

 火花が散って空薬莢が飛ぶ。

「見えないとあたしの力も使えない!」

「黙ってろ役立たず!」

 エリスの叫びにアレフが怒鳴って返す。

「オラトリオ分かるか?」

「次はお前の真右からだ。備えろ」

 言葉の通り、巨躯の異形はアレフの脇に現れた。迷わず銃口を向けて発砲。

 だが、相手が人だった場合のために、非殺傷のゴム弾頭を使用していた。枯葉色の体毛に穿たれた弾丸は、獣の動きを停滞させただけで終わる。

 しかし、その一瞬で充分だった。

 突き出される五本の爪よりも先に、不可視の力が絡め取る。

「砕けちゃえ!」

 少女の叫びと破壊は同時に起こった。

 アレフの目の前で止まった爪牙が、突如形を歪めて折れ曲がり、悲鳴など構わずに破壊の力が蹂躙する。

『!!!!!』

 関節の向きなど無視した不可視の破壊力は、悲鳴を上げさせ巨躯を折りたたむ。そこにアレフが銃口を向ける。

「とりあえずくたばれ」

 再装填したのは鉄鋼弾。学園都市内では対人使用が禁止されている弾丸だ。それを続けざまに撃ち放つ。

 一発は脳髄を貫き、もう一発は心臓を貫く。それらを三発ずつ撃ち込んでから、銃口を空に向けた。そして、倒れる巨体。

「なんだってんだよ」

 白い硝煙を吹き消しアレフが肩を下ろす。

「お姉様は無事かしら?」

 二人の憔悴の色は濃い。

「咲は大丈夫のはずだ。例え襲われていたとしても、私達が対処出来る相手に遅れをとることはない」

 オラトリオは巨躯を見下ろしながら油断無く視線を飛ばす。

「でもよぉ」

「アレフ、お前は落ち着きを持て。チームの全員が直情気味では冷静に対処できない」

 とここで血の海に沈む巨躯が痙攣し始めた。

「な、なに?」

 小柄な少女が怯えに身を震わせ、守るように二人の男が進み出る。

「下がれアレフ」

「なに言ってんだよ?」

 油断無く構えていたはずのアレフの眼前に、痙攣する異形から伸びた牙が迫る。

「っ!」

 起き上がったのではない、伸びたのだ。倒れた体はそのまま、牙の生え揃う頭部だけがろくろ首のように長さを伸ばして襲い掛かる。

 だが、一組の少年少女の前に、オラトリオが割って入り、

「させんよ」

 白衣の裾から飛び出したのは二つの試験管。それは、異形の口に放り込まれた瞬間に打ち下ろしの拳に叩き据えられ、たちまち炎に包まれた。

「硫酸に水、それにアンモニアだ。火打石の代わりに牙を使わせてもらった」

 白衣の青年が淡々と呟く。そして、大きく腰を沈めたかと思えば、踏み込む地面は亀裂を走らせ全身が螺旋の軌道を描き、槍のような正拳突きが巨躯の中心に突き刺さる。

 人で言うなら太陽神経層と呼ばれる急所中の急所。そこに一撃を受けた巨体が、放物線すら描かず直線軌道で吹っ飛ぶ。そして、後方の学校校舎の壁にぶつかり、尋常ではない轟音と亀裂を生んで止まった。

「大道活殺術、非殺尖拳突き」

「いや、アレは死ぬだろ」

 戦闘の緊張すら忘れてアレフがつっこむ。

「オラトリオが戦闘学科行けば良かったんじゃないの?」

 エリスの追い打ちももっともだ。

 とはいえ、オラトリオ・E・サイフォンフィルター。別名「戦う科学者(バトルサイエンティスト)」は、過去に戦闘学科 近接戦闘学部の「D」組に所属していた生徒である。

「話しは後だ。アレを連れて離れるぞ」

 言うなりオラトリオは、動かなくなった狼男に歩み寄り、その首根っこを掴んで引きずり出す。

「エリスはどうする?」

「勿論行くわよ、お姉様が心配だし」

 鼻を鳴らしてそっぽ向く。そこにかかるオラトリオの声。

「ならエリス、重いから運んでくれ」

 言い終えるなり、掴んでいた巨体が宙に浮かび上がって移動し始める。

 そして、その姿を追って一人の青年と、一組の少年少女は、夜の闇に消えていった。


「・・・・・ふぅ」

 咲は、空を見上げながら一息つく。

 吐く息が白いのは、空気の冷たさだけではない。大きく息する肩がその証拠だ。

「思ったより苦労したわね」

 自分自身を押さえつけるのが。

 内心嘲笑って辺りを見回す。

「そして、やりすぎたわね」

 薄い月明かりが照らすのは、辺り一面の赤・紅・朱。人ならぬ生き物が撒き散らした生命の飛沫。目を凝らせばピンク色の肉隗にも気付けただろう。

 そして、その結果を為したのが、咲の持つ悪魔の力だ。もっとも、与えられた力でもあるが。

「でも、私以外、一人じゃ対抗できなかった」

 幼い頃、実験場の事故に巻き込まれて右目と右腕を失った咲に、救いの手を差し伸べたのが、当時から特殊科学学部に在籍していたオラトリオと、バーニィの二人だった。

 その時研究していたナノテクノロジーと情報学部秘蔵の特殊技術を併用して、失った肉体を癒したのだ。

 聞くだけなら万能の医療技術なのだが、この場合、適正というものが問題になってくる。

 ようは、人体を構成するナノマシンを異物と判断しない体。そして、ナノマシンを制御する脳内チップに適合できる可能性。この二つをかね揃えた確率は驚くほど低い。そして、咲は、その数少ない成功例の一人だった。

「戻らないと・・・ね」

 吐く息は相変わらず荒い。理由は暴れまわった右腕だ。

腕力自体は人を超えた動きを可能としていても、それ以外の身体は元のまま。人を超えた動きを押さえつけるには彼女は脆弱すぎる。全身の筋肉が反動にきしみ悲鳴を上げるが、それでも彼女は立ち上がった。


「……で、どういう事か説明してほしいわね」

 冷ややかな声が問い詰めるのは、オラトリオの研究室中央。3D投影機の真下である。

 そして、その投影機に映し出されている虚像の少年は、困ったように微笑み頬を掻いていた。

『どういう・・・と言われましても』

「バーニィ、さすがの私でも庇わんぞ」

 キーボードを叩いていたオラトリオが、一時その作業を中断して口を挟む。

『参りましたねオラトリオまで』

「俺達もだぜ?」「あんたの頼み事っていつもこう。やんなっちゃう」

ソファーに腰掛けた二人がオラトリオの意見に追従し、疑わしげな視線をバーニィに向ける。

「言っとくけど、回線通じて逃げようとしても無駄よ。オラトリオに頼んでブロックしてもらっているから」

「キーボード一つでディスク行きだ」

 ちらりと視線を向ければ、オラトリオの覗き込むディスプレイには、複雑な数式の羅列がDNAの螺旋構図と共に表示されている。

『どうすれば誤解が解けるでしょうか?』

 冷や汗を流している辺り、言葉と反して余裕があるようだ。元々3D、作り物の身体で汗を流す必要はないのだから。

「被害者うんぬんはともかく、あの狼男は何? 表向きの言い訳があるなら今の内に聞いておくわ」

『我々の知らないクリーチャーというのはどうです?』

「オラトリオ?」

 咲の声に、オラトリオがエンターキーを叩いて向き直る。

「咲と同じだ」

 短い言葉に、アレフとエリスが顔を見合わせる。

「俺のサキとあんな化物一緒にすんな!」

「お姉様は襲うならあたしだけを襲うわ」

「・・・・・」

 とりあえず、手近の棚に置いてあったアルミ灰皿を手に取り、アレフにだけ投げつける。

 直撃。

「あなた達は黙ってなさい」

 頭を抱えてうずくまるアレフを冷ややかな目で見下ろしながら小さく息をつく。

「ともかく、咲と同じと言ったのは、見た目やそういうことではなく、一部の限定細胞やDNAが同一という意味で言ったんだ」

「人語に翻訳してくれ」「意味わかんない」

『あんた達、素で聞いてるんですか?』

 思わずバーニィの方がつっこむ。

「ようは、咲の義眼と義手と同じナノテクノロジーによって肉体が構成されているんだ」

「それが全身に及んだタイプといえば分かりやすいかしら?」

「何とか」「多分」

「続けるぞ」

 とオラトリオ。

「咲の回収して来た細胞を分析器にかけたところ、素体は人間でなく狼のものを使用している事が分かった。ただし、この時使用されたナノマシンの設定は人体を構成する物で、脳内に埋め込まれた情報制御チップも同様」

 ここまできて、ようやくアレフの表情が真剣なものを帯びる。一方エリスは疑問符を頭の上に浮かべたままだ。

「待てよ、咲の義手制御している情報チップって、管理しているの情報学部じゃなかったのか?」

「それじゃあ、あの狼男作ったのって情報学部の連中なわけ?」

 エリスの周りで微細な振動が広がり始める。ポルターガイストの前兆だ。

『待って下さい、管理しているのは情報学部でも、情報学部がそんなものを作れるわけがないでしょう? 大体、作るメリットがありません』

「それを決めるのはあなたじゃないわ」

「出元の想像はつく」

 オラトリオは目元を指でもみながら、

「まず、制御チップにプロテクトがかけられていない事から、情報学部の生徒が持ち出したことは疑いようもない」

『少しは疑って欲しいのですが』

 苦笑するバーニィに取り合わず続ける。

「それに、素体は狼と言ったが、狼にだってナノマシンの適正というものがあり、人間用のプログラムを積んだナノマシンとの場合の適合確率は限りなくゼロに近い」

「なんでなの?」

「エリス、あなたは自分の腕がイヌの前足に付け替えられたらどうなると思う?」

 咲の言葉に考え込むエリスを無視して、オラトリオが答えを告げる。

「間違いなく腐って落ちる。その逆もまた然り」

 とここで、手元のキーボードを叩いて画面を変える。

「これは、今年発表された科学錬金術師の論文だ」

 題名は「生体と機械の融合、その可能性」

「人体と義体の神経接続や咲のような成功例があるが、この論文の中身は別物だ」

 再びキーボードを叩く。現れたのはイヌと別の生物が混ざり合った、奇怪な生物の静止画であった。

「イヌとワニの合成体・・・キメラだ。これは、論文を発表した生徒の研究成果の一つだ。ただし、一年前の」

 そして、画面を論文のものへと戻す。

「そして、今回の発表内容は見ての通り」

「錬金術で人の情報を持ったナノマシンと狼のキメラを合成したってこと?」

 少女の問いにオラトリオが頷く。

「そうだ。この論文の発表者は生体練成のエキスパート。論文の中で彼は、生物と生物を掛け合わせるのではなく、特定の情報を持たせたナノマシンと合成することによって生物というものの可能性を広げる事が出来ると書いている」

『その情報、我々が隠蔽したはずですけど?』

「咲のクラスメートに優秀なハッカーがいてね。以前スーパーコンピューターをシステムダウンさせた時に根こそぎ吸い取っておいたらしい。とはいえ」

「自白したも同然ね」

 しまったと慌てて口を押さえる仕草は嘘臭いが、それでも冷ややかな銀の双眸が虚構の瞳を射抜く。

「最初から最後まで、色々と話してもらいましょうか」


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