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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
23/86

備前 奏の方程式6

 閉じていた瞳を再び開いた時、最初に映ったのは白煙を上げる紅の機械甲冑と、うな垂れるように座り込んだ金髪黒づくめの姿だった。その瞬間に事態を理解。即座に振り返る。

「・・・・・。」

 そこには少年がいた。

 たった一人で何体もの守護者と切り結び、後ろに控える仲間に迫る火矢を切り飛ばすという孤独な闘争。

 ならば、と思った。

 ゆっくりと歩いて士郎に後ろに立つ。そして、声をかけようとしたところで、

「だけど、それでも僕は奏ちゃんを守る!」

「ならば私が君を守ろう」

 驚きに満ちた表情で振り返る士郎に苦笑する。戦闘中に振り返るの自殺行為のようなものなのに。

 だから、奏は情報の世界に潜っていく。

 だが、今回の潜行は一瞬、その一瞬で己の身体を構成する「公式」を強制的に書き換える。そして、その結果なされるのは、人外の速度で行動する物達を捉えるための視覚神経の加速と運動能力の上昇、己の動きに耐えるために身体の強度を上昇させる。そして、

「これはクラスメイトの能力を拝見してコピーしたものだ」

 刹那、目を被わんばかりの閃光が轟音を鳴らして炸裂した。

 そして、思わず閉じてしまった瞼を開け、奏が行った結果を視界に収める。

「ななななななななななな!」

 士郎が「な」を連発するのには理由があった。なぜなら、目の前の景色が一変していたからだ。

「ふむ、オリジナルまでは遠いか」

 不満足顔の奏の先に広がるのは、あれほど深かった緑が一定範囲に渡って、焦土と化し例外なく裂断されていたからだ。無論、その中に潜んでいただろう守護者達を含めて。

「ななななんてことをするんだよ!」

「これで帰る時は一直線に歩いて帰られる」

 見当はずれな返事に士郎はがくりと膝をつく。

「環境破壊って言葉知ってる? それと聞きたくないけど何したの?」

「無論だ、自然は大事なものだ。それから私が行ったのは他者の能力を私の公式の中に組み込んだだけだ。その能力は電磁力を発生させるものなのだが、その電磁力を使って拾っておいた石をレールガンの理論で発射させただけのこと」

「石投げただけで何でこんな事になるの?」

「この能力を持っているクラスメイトはエレキテル健康法といって重宝していたが、攻撃に使えばこの通り。確かに気分は爽快だね?」

 生き残った守護者がいたのだろう、百聞は一見にしかずと言わんばかりに、足元の石を拾うなり、白い影の見え隠れする木々に手を向けた。

「あっ、ダメだって・・・」

 士郎の言葉など聞かず再び閃光が走った。

 そして、今度はまばゆい閃光の中でもはっきりと見えた。奏の放った石が音すらも置き去りに一直線に走ったかと思えば、その直後にありとあらゆるものが強度の関係無しに切裂かれ、瞬時に何もかもが灰塵と化した。

「飛ばしたのはただの石だが速度がマッハ十五を越えている。その際にソニックブームと無数の真空衝撃波を放ち、空気抵抗の際に発生する摩擦熱が一定範囲に渡って炎の無い灼熱空間を生み出し焼き尽くす。つまりはそういうことだ」

「ごめん、そんな危険な事をしたのはわかったけど、飛んで行った石は?」

 森の中に二本の直線が生まれ、その先に住居があったらと思うとぞっとした。

「その内燃え尽きるとは思うが、最初の一撃の先には昨晩枕を共にした愛ホテルと……」

「僕が寝たら、勝手に奏ちゃんが隣にいたんじゃない。それでもう一つは?」

「愛ホテルの方は空き部屋だけしかなかったので安心として、もう一方は戦闘学科 情報学部校舎だ。これで今夜の行動の形跡は闇の中………」

「って、どう考えたって確信犯じゃないの?! 人がいたらどうするつもり?!」

 士郎の言葉に小さく肩をすくめ、呆れたように息をつく。

「士郎、この件が露呈したならば、私達の未来は閉ざされる。そのための積極的防衛力の結果だと思えば罪悪感は無いだろう?」

「ただの証拠隠滅じゃないか!」

 怒鳴りながら天を仰ぐ。

 何で最初から止めなかったのだろう? 何でこの結果を予想できなかったのだろうと深い後悔を自覚する。

「………おい、漫才は良いから移動しねぇか?」

 三人目の声に首を傾ければ、倒れていたはずの十夜がよろめきながらも立ち上がっていた。

「おや、吹雪、最弱の割にはしぶといね?」

「奏ちゃん、建前だけでも心配しなよ」

 相変わらずの二人に十夜が忌々しそうにつばを吐く。

「備前、テメェなら、そこのクソ女かついで逃げられるだろ? 俺はここで証拠の隠滅するから先に行け」

「残るつもり?」

 士郎の問いに頷くと、煙草を咥えて火をともす。

「薬莢の回収や足跡の誤魔化し、あらゆる証拠を始末してから俺は消える。だから、テメェ等はクソ女連れて逃げろ。守護者が来るようだったら時間稼いでから逃げる」

「で、でも、吹雪じゃ・・・」

 敵を止めることなど出来ない。そう続けようとしたが黒づくめの眼光がそれを許さなかった。そして、奏の方が頷く。

「良いだろう。私が梓 美咲の安全を保障しよう」

「奏ちゃん?!」

 士郎の言葉に構わず奏が紅の巨人に歩み寄ったかと思えば、その細腕がなんの苦も無く鉄の巨体を持ち上げた。

「任せる代わりに、私達の痕跡を完全に消してもらおう」

「任せた代わりに、クソ女を死なせて見ろ? テメェ等揃って地獄の底に堕としてやる」

 十夜の言葉に奏は苦笑。

「正直になったらどうだ?」

「そいつが死ぬと息吹と宮下に殺される」

 その言葉に更なる苦笑。だが、言葉の代わりに背を向け歩き出すことで応える。

「ちょっと、奏ちゃん!」

 慌てて追いすがる士郎に十夜の方も苦笑する。

「任せろ。俺は最弱だが最凶だ」

 静止する声と深くたなびく紫煙が交差し、浅く深く物語が流転する。


『死にたがる物と死ねぬ者』



 闘争の際必要なのは、技術でなく「殺しても良いし、殺されても良い」という心の持ち様にある。

 例えば殺すのは嫌だと言って引き金を引けぬ者は撃ち殺されて、殺されるのは嫌だと言って引き金を引く者は、者を物に変えられる。代わりに良心を持つ者なら心が壊れる。

 ようは殺す覚悟と殺される覚悟を持てば、どちらにしても心の動揺は少なく、どんな状況に対しても、対処ではなく受け入れることが出来るのだ。

「早くきやがれ」

 吹雪(ふぶき) 十夜(とおや)はそれらに対して第三者的な立場であった。

「ナイトクラスがきたら最悪じゃねぇか」

 カツカツ、

 コツコツ、

 と、乾いた音が鳴り始める。

「足音の数から奴等は三体。つーか、この人数って事はナイトじゃねーか」

 何を思ったか、紫煙を吐いた直後にフィルターを噛み千切って嚥下する。

「距離は二十、残り二体はポーン。接近用一に中距離二。切り札使えば俺が勝つ」

 呟く間に二十の距離は十になり、十の距離が五になる。やがて、それらは十夜の視界に映りこんだ。

「やりあうのは二回目。一回目は惨敗」

 白を基本色にした装甲は変わらない。しかし、ポーンと呼んだ守護者は丸みを帯びたフォルムに対して騎士の名を持つ守護者は鋭角的な流線型のボディー。持つのは大剣ではなく二刀の長剣だった。

「二回目は……まあいいか、俺は「歩く法律違反」もう一つの名は必要ねぇよな?」

 再装填の終えた拳銃を持ち上げ、十夜は戦闘に立つナイトの眉間に照準した。そして、

 銃声。


「ねぇ、奏ちゃん、本当に吹雪を置いてきてよかったの?」

 声に含まれるのは不審でなく心配の方だった。奏は紅の巨体を肩で担ぎながら短く息をつく。

「君は彼の事を知っているのか?」

「え?」

 歩く度に持つ重量のあまり地面に足がめり込むが、身体能力を増強した奏は構わず歩く。

「私が見た公式の中では吹雪 十夜の能力はあらゆる基準で平均以下だ」

「それって心配以外の何者でもないのでは?」

 奏は黙って首を振る。

「彼は自身の能力をわきまえている。その上で守護者と戦い、敗北しても生き延びた」

「でも、イコール任せられるとは繋がらないよね?」

 焦土と化した森の道をしばらく進んだ後に木々の中に入った三人は、極力痕跡を残さぬよう進んでいる。目指しているのは戦闘学科ではなく、魔法学科の宿舎の方だ。そちらには士郎の借り受ける魔法学科用の部屋が用意されているのだ。

「間違いなく彼は最弱だ。だが、彼は自身の能力を理解した上で全力を尽くす」

「でも、最弱なんでしょ?」

「最弱の反語は最強だ。いや、この場合は最凶か」

 矛盾した言葉に士郎は首を傾げる。

「つまり、己の無事という項目を無視すれば、最弱は最強に化ける。吹雪はその傾向が強い」

「梓さんともう一人の仲間のために肋骨折られて肺が破れたってアレ?」

「相対した魔獣は死んでいる」

 戦闘学科名物の戦闘演習で、油断を突いて現れた魔獣の体当たりを、十夜が仲間二人を突き飛ばした時の話しだ。

 結果、十夜は二週間以上の入院をする羽目になったが、その際は、ダメージなど構わず魔獣の口蓋にショットガンを押し入れ撃ち放ったのだ。

「あれは、最強というよりも必殺」

 言葉を切り、奏は士郎を見る。

「実力を比べるなら君と吹雪の場合君の方が強いだろう。しかし、殺しあったら死ぬのは君だ」

 奏はこのような場合に虚偽はいわない。だからこそ、その言葉は真実なのだろうと士郎は思う。

「そして、彼は何かを隠している素振りはあるが、そんなものは無くとも、彼に立ちはだかるモノは等しく死を与えられるだろう」

「………じゃあ、心配しなくていいって事?」

 奏は首を振る。当然縦に。

「死ぬかもしれない」


 目の前に迫ったのは通常の認識能力では反応すらできない神速の斬撃だった。

「速いな、避けきれねぇ」

 言葉の示す通り、防塵繊維コートの袖が切裂かれて血がしぶく。

「薬物使ってもこの程度か」

 十夜の常煙する煙草は煙草であって煙草ではない。

 フィルターに仕込まれているのは、痛みを無視する興奮物質と、人間の持つ本来の力を抑制するリミッタ―解除のための薬物。

 本来五十パーセント以上の力を引き出すことの出来ない人体において、十夜は限界以上の力を一時的に引き出すことができる。

 だが、五十パーセント以上引き出さないのは、本来の力のままでは自身の身体を力のあまり破壊してしまうからだ。だからこその切り札。

 そして、葉に含まれている成分は、体に残った薬物の解毒を促す抗生物質。

「だが、おもしれぇ!」

 ナイトの双刃をかわしても続くのはポーンの大剣と火矢。

「遅ぇよ!」

 限界以上に引き伸ばされた反射神経が、頭上から迫る刃をかわし、撃ち放たれた火矢をかいくぐる。

「本当の切り札さえ出していないのにこれか? もっと楽しませろ!」

 銃声。銃声。

「できることなら俺を殺して見せろよ!」

 放たれた弾丸は先頭のナイトに直撃し、

『・・・排除』

 機械的な擬似音声が響いた瞬間、接近したナイトが十夜の胸元を切裂く。

「っ!」

 しかし、血飛沫が舞いながらも、十夜は口元の笑みを深めて、銃口をナイトの胸に押し当てた。

 ガガガガ!

 マグナムとは思えない連射音を響かせて、騎士の装甲を歪ませる。

 そして、弾切れになった拳銃を放り捨てて黒衣が笑う。

「堕ちろ」

 無数の指輪をつけた拳を一閃。

 そして、生み出された結果は銃弾以上。

「俺を殺して見せろよ!」


 グシャッ


 と、肉の潰れる生々しい音。

 しかし、血の跡を残す白の巨体は一直線に飛んだ。

「テメェ等は一匹残さず生かしておかねぇ」

 飛んだ巨体は細い木々をへし折り、大のそれに当たったところで停止した。しかし、胸に生まれた火花と陥没は生まれ出た現実の一つであった。

「もっと反撃しろ! もっと切裂け! もっと俺を破壊しろ!!」

 巨体を吹き飛ばしたのは十夜の拳だ。そして、その拳は大きく形を歪めて折れ曲がっていた。

 それは、肉としての限界。人間としての限界。だが、どちらとも形を歪めながらも指輪を下げる指先は、血を滴らせながらも握られ「俺と戦えば死ぬ。だが、あいつ等を追うなら死ぬ。結果は必殺。残された選択は逃亡。だが、俺はテメェ等を逃がさねぇ」

 矛盾した言葉。

 だか、それでもいいと十夜は思う。

 いつだって知った者のために命を張る生き方を選んでいるのだから。

「今度は本気でやってやる。来いよナイト!」


 第二深度まで開放


 再び迫った双刃を今度は素手(・・)で受け止めた。

「堕ちろ!」

 一瞬、十夜の腕の輪郭が形を失い揺らめいた。そして、十夜は、


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