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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
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遭遇

『遭遇・戦闘・破壊』



 被害者の総数は現在で七人。多くも無いが、むしろ生々しい数字である。その被害者達の誰もが十代の女生徒で、所属学科はばらばら。ただし、

「身長百六十センチ以上の痩せ型」

 被害者は共通の特徴を持ち、その特徴は出力されたレポート用紙を持つ咲にもあてはまる。

「バーニィ、やってくれたわね」

 つまり、最初からおとり捜査の要員として考えていたのだ。嘘は言っていないが全てを話さない彼の性格を、改めて実感する。

 とはいえ、今更断るわけにもいかず、仕方なしに続きに目を通していく。

「複数の裂傷から凶器は鋭利な刃物と推測される。意識を失った被害者に暴行の跡は無し」

 共通の容姿をした少女を狙った性的犯罪者の可能性も考えたが、違うと即座に否定。

 そういう性犯罪者の場合、暴行または対象の何らかの物を目的としている。例としては少女の髪の毛や手足、はたまた頭部そのもの。中には着ている衣服といった例もあるが当時彼女達は下校途中だったためほとんどが制服を着用していたので、この場合はあり得ない。

「被害者達は怪我こそ負っているものの、物を奪われたわけでもなく、荷物もそのまま」

 次の可能性は無差別殺人。だが、これも即座に否定。自身の好みの女性を見つけては殺害するという事件があったらしいが、今回は重傷者は出ても死者は出ていない。犯人が傷害による快楽と興奮を覚えるメリットに対し、顔が割れるデメリットの方がウェイトを占める。

 結果、

「現行犯で捕まえて口を割らせるしかないわね」

 幸い……と言っていいのだろうか? 咲は被害者達と容姿が酷似しているため、おとりとして犯人と遭遇する可能性が高い。しかし、それだけ危険にさらされるデメリット。

「だけど、似たような人間を狙うという事は何らかの理由と知性がある」

 情報学部の考えた可能性の中に、害獣と呼ばれる殲滅指定(ターニメイト)の異形達が上がっていたが、それらには獲物の強弱を見分ける知性はあっても、容姿の違いを見分けるような賢さはない。・・・これも違う。

「問題は犯行が深夜のため、被害者達が犯人の詳しい姿を見ていないこと。身長は百八十センチから二メートル以下。声の代わりに唸り声・・・だから勘違いしたのね」

 ここで腰かけたベット脇にレポート用紙を放り投げる。そう、そこは咲の自室だった。

 学園都市では高等部になってからは、自主性を尊重するという理由で、希望者に対してワンルームを貸与する仕組みになっていた。

 ただし、自主性を尊重するという言葉通り、炊事・洗濯は自身で行なわねばならない。それが出来ない者は学部指定の寮に入り、そこで振舞われる食事にありつけばいい。

 ちなみにアレフとバーニィを除いた三人は、それぞれ一人暮らしである。バーニィはともかくアレフが寮暮らしなのは、生活力は勿論計画性が皆無だからである。

「まいったわ」

 引かれたシーツも枕カバーも白の、シンプルなベッドに身を投げ出す。そして、見上げる天井もコンクリート剥き出しのシンプルなものだ。後付で固定された手作りの蛍光機がどこか寒々しい。

「・・・・・。」

 背の低いタンスに小型の冷蔵庫。家具らしい家具はそれだけだった。代わりに、部屋の中心を陣取るのは、大きな木材を合わせただけで作った作業机。その上は部屋の内装と反して雑多としたイメージ。薬品染みのついた教科書にアルコールランプ。緑の液体が入ったビーカーに、ヒビの入った試験管。

 女らしさとは無縁な独特の雰囲気。壁に打ち込まれた武装用のハードポイントがそれに拍車をかけている。

「………そろそろかしら」

 そのハードポイントにかけられる壁時計の針が指すのは深夜の十二時。時間を確認してから身を起こし、部屋着代わりの制服を脱ぎ捨てる。

 そして、現れるのはほっそりとした肢体。ほくろ一つ無い白い肌、無駄な贅肉など一切見られない引き締まった身体。

「狩りの……時間」

 タンスの引き出しを引いて手に取ったのは、白と黒の拘束衣。いや、拘束衣ではない。白と黒を基調とした一体型ドレスの全身を被うのは拘束器具に酷似したベルトの群。袖には切り離せるようにジッパーまで入っている。そして、大きくジッパースリットの入ったロングスカートの裾も、奇怪な形状の金属片がいくつも下げられていた。

 見た目や機能性を無視した矛盾した衣装。

しかし、銀糸の少女はその矛盾など構わずに、ダテでつけていたメガネを外し、スリットから覗く太ももにナイフホルダーを装着する。

「・・・時間ね」

 作業机を横切り、出入り口の扉へ一直線に向かう。そして、そのままドアノブを捻って開け放つ。

 その先にあったのは闇を映すガラス窓と、散らかりの目立つ灰色の廊下。金色の空薬莢や錆びた刀剣が転がるのは戦闘学科宿舎のいつもの光景。 

「・・・・・。」

 鋼鉄を仕込んだ膝までのロングブーツが、あえて乾いた靴音を立てる。

「あら咲じゃない」

 とここで後ろからの声に気付き、肩越しに振り返った。

「・・・(あずさ)、なんでそんなことしてるの?」

「ちょっとね」

 冷ややかな声に苦笑したのは、窓枠から半身を乗り出している長身の美少女の姿だった。

 腰まで伸ばした栗色の髪に吊り気味の双眸。それはいつも目にしているクラスメートの姿だ。名前は梓 美咲、機動騎士学部の実力者である。

「あたしはともかく、あんたこそ奇怪な格好してどこ行くつもりよ?」

 窓枠から降りて手足についた汚れを払っているが、ここは二階であった。おそらく木をよじ登って入ってきたのだろうが、彼女もまた無理をするものだと内心あきれる。

「別に、散歩のつもりよ」

「よく言うわよ。まっ、最近出没する変質者に気をつけなさいよ?」

 前に向き直り歩を進めようとした所で、無視できない言葉に立ち止まった。

「………知ってるの?」

「情報学部が隠してるみたいだけど、戦闘学科の被害者ってあたしの友達だったのよ。だから、連中の一人締め上げたらあっさりゲロッたわ」

 女性らしからぬ言動に嘘の響きはない。ならば尋ねようと、背中越しのまま問いを投げかける。

「それで、無視できないような情報はある?」

「狼男よ」

「そう、ありがと」

 短く礼を言って歩を再開。その背に忠告を込めたハスキーボイスが飛ぶ。

「何するつもりかなんて聞かないけど、やばいようだったらあたし達を呼びなさいよ? ルガーや十夜(とおや)達も探ってるから」

「そうさせてもらうわ」

『バーニィの秘密主義もこの程度ね』

 内心だけで嘲りながら、改めてクラスメート達の抜け目の無さに感心する。情報学部のブロックした情報を知りえる好奇心と猜疑心。全員が容疑者足りえるのも無理はない。

 珍しく口元に笑みを浮かべて、目的の場所に向かって行った。


 月は丸く、雲ひとつない夜空は満天の星々で輝いている。

「・・・・・。」

 見るものが見れば感動や感情の潤いを感じるのだろうが、咲はしばしの間見上げるだけで視線を下ろした。

 場所は、商業学科の管理する地域の表通り。ただし、時間が深夜ということと、バーニィが手を回していたこともあって静かなものだ。ただ、その手段が如何なるものなのかは想像もつかないが。

咲は静寂を友に、街灯に身を預けて息をつく。吐く息は季節外れの白。

「・・・・・」

 コートを羽織ってくればよかっただろうか? 内心一人ごち即座に否定。先程遭遇した梓から毎日のように殴り飛ばされている黒コートのクラスメートを思い出したからだ。

「ゲンを担ぐには越したことないもの」

 咲がこの場所で立っているのには理由がある。理由の無い時間の消費は愚者の行いであり、そうでない者は一見無益でもその実は価値がある。

「………早く来なさい」

 被害者が襲われているのは下校時刻であるものの、人気の少ない路地裏近く。反面、咲が立つのは見通しの広い街灯の下。それに時間もずれている。

 しかし、だからこそ意味があると思っていた。咲はそう思う。

『梓の言った狼男。それが真実にしても嘘にしても、被害者とその言葉に結びつくのは………狩猟。奥底に別の意味が眠っているにしろ外れてはいないはず』

 同種の直感。そう、同種だ。狩るべき者と狩られるべき者がいるなら咲は前者だ。科学者でありながら、科学的思考をしない咲は己の直感をベースに置く。それゆえに、科学者としての才能が芽吹かないのかもしれないが。

『時間と場所が共通していたのはたまたま獲物が通りかかっただけ。なら、理想の環境、理想の時間、理想の獲物が揃うなら?』

 ガラスの美貌に半月の笑みが宿り、左の太ももから銀の刃を引き抜く。

「・・・来なさい」

 声に出してから、その刃を目元に近づける。

 それは月の輝きを浴びて妖しく輝いていた。そこに映るのは虚ろな美貌。そして、理想の獲物。

「来い」


『るぅおぉぉぉーーーー!』


 空気すらも振動させ、窓ガラスが音を立てて軋む、そんな咆哮。笑みで迎えていた咲は、その笑みを更に深める。望むべき時が来たのだから。

「せいぜい私を楽しませて頂戴」

 呟くと同時に跳躍。

 刹那、上空からの風切り音を感じるなり、身を寄せていた街灯が圧壊。火花と破片を散らして無残に砕ける。そして、明かりが消えた。

「・・・・・そう」

 舞い散る粉塵の中、咲だけが笑む。

「その程度の頭はあるのね」

 灯りが遠のき、灯りに慣れていた瞳孔は周囲の状況を満足に映さない。そこに迫り来る疾風。

「でも、私には届かない」

 わずかに引いた目の前を、五つの凶器が薙いで過ぎる。そこに左手の刃を一閃。確かな手応えと舞う血飛沫。

「っ!」

 今までの獲物とは違う事に、闇の中の異形はようやく気付いたようだ。

 喉の奥の苦笑を噛み殺し、闇の中の異形を確かに見る。

「狼男……ね」

 確かに異形は人ではなかった。尖った耳に生え揃う牙。そして、突き出した鼻に黄金色に輝く双眸。

 梓の言った通り、狼男そのままであった。

 二メートル近い巨躯も、両手の指先に伸びた刃の如き爪も報告書の言葉を裏付けている。

「話し通り過ぎて拍子抜けね」

 刹那、巨躯の姿がかすみ、咲の真右に現れ血の滴る左腕を振り上げる。

「あいにくと、こっちは特別製よ」

 右目の動きと右腕が連動する。そして、振り下ろされた銀の刃が咲の頭部に迫り、その白い手の平に受け止められた。

 衝撃。

 靴裏が火花を散らして微かな移動。だが、それだけだ。身体を切り裂く銀の凶器も、人を超えた膂力も少女の細腕が受け止める。

「うちのクラスに薬物で限界を無視するのがいるけれど、私は違う」

 右手がそのまま握りこまれた。

「!!!!!」

 人の限界など無視して、強固な銀の輝きを握り潰す。上がる悲鳴も当然だ。

「私の右腕と右目は作り物」

 巨躯の翻った右腕は、慣れた闇の中でも空を切る。それを見詰めるのは銀の右目だ。

 神は左に宿り、右には悪魔が宿る。

 ならば、彼女が持つのは悪魔の力だ。現代科学という悪魔を宿す右の力。その右腕が眼前の凶器を掴み取る。

「私の字は『悪魔(ディアボロス)』その名を魂に刻みなさい」

 戦闘学科 機械戦闘学部の少女が笑う。

 悪魔の名を持つ少女が笑う。

 刹那の時、少女の右腕が輪郭を失って揺らめいた。

「堕ちなさい」

 そして、咲は


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