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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
18/86

備前 奏の方程式1

主人公は変りますが世界観は変りません。

新しい物語をお楽しみください。

それがいつからあったのか知る者はいない。しかし、いつしかそれはそこにあった。誰かが気付く前に、気付かれる前に、悠然とそびえていた。

 一つの大陸にすら匹敵する広大な土地を囲む、巨大というには言葉の足りない灰色の壁。

 だが、その壁には扉らしき物はない。

 しかし、それでも年に一度だけ、いつの間にか作られたのかわからないような、豪奢で巨大な扉が現れ、気付けば開かれる。その時が、中を見ることのできる唯一のチャンス。だが、奥にあるのは一見、平凡な風景だ。

 だが、見る者が見れば気付き、違和感を覚える事だろう。

 町を歩く青年。恋人の手を取る少女。噴水の周りではしゃぐ少年達。店頭で商売にいそしむ少年。買い物カゴを持つ少女。

 ………その世界にいる者達は、誰もが歳若い。皆少年少女と言っていい。しかし、その壁の内側の子供達は、その事実に違和感を覚える様子もなく生活していた。

 だが、ほんの一握りの子供達が皮肉のように漏らしていた。ここは子供達だけが暮らす広大で閉鎖的な都市。

………学園都市と。


 今日も閉じられた扉の向こうで物語が始まる。子供達だけの、子供達のための、

 唯一にして無二の物語が幕を開ける。


『止める者と止まらない者』



「世界はあらゆる公式によって成り立っている」

 時の頃は、昼に差し掛かる一歩手前の授業中。教壇に立つのは教師と呼ぶには、若さの目立つ青年。

「例えば君が白人の容貌に暑苦しい巨躯を形成しているのは人体を構成する公式が刻まれているからだ」

 教室にひしめくのは十代半ばから後半おぼしき少年少女。その誰もが視線を教壇ではなく己の手元に落としている。

「いいかね? 私のように可憐で美しく才色兼備な美少女と、四足歩行面の君は同じ公式の下に成り立っているのだ」

 そして、手元に視線を下ろしているのは教科書を見ているわけでもなく、漫画やファッション雑誌、携帯ゲーム機に夢中になっているだけのことだ。

「公式というのは、本当に残酷なものだ。同じ公式でも私と君のように、これから先に続く人生に置いて決定的な違いがある」

「………で、何が言いたいんだ?」

 ここで初めて口を開いた教師らしき青年が、血管を浮き立たせ、血走る瞳を声の方へ向ける。

「端麗な容姿と獣面。一を聞いて十を知る天才と一でマイナスしか理解できない低能。迅速に授業を終えさせようとする配慮を持つ常識人と、無駄に己の一方的な知識を語り続ける愚か者……の違いをだ。無論、私が前者で、君が後者だ」

 青年の青筋がこれでもかと言わんばかりに膨れ上がるが、教室の中で気にする者など一人もいない。誰もがいつもの事だと諦観(ていかん)している雰囲気すらある。

「……………。」

「まあ気にするな。公式というものは非常に残酷で精密だ。不安しか残らないような未来だが、公式を理解できれば切り開くことだって出来るかもしれない。とはいえ遅すぎる転換期かも知れんが気にする必要はない。後悔先に立たずというし、生まれてきた事を後悔する必要もないのだから」

「………なあ備前(びぜん) (かなで)

「何だ教師よ?」

 教師の青筋が一際太くなったようだが、構わず彼は言葉を続けた。

「お前の貴重な講義には感謝の念ばかりしか生まれない」

 一度言葉を切り、血走った双眸を必要以上に見開く。そして、必要以上に震える両手を教壇の上に叩きつけた。

「だが、今は科学の授業でもないし、お前は教師じゃない! そして、ここは戦闘学科で今は対テロ抗戦術論の授業だ!」

 裂迫の怒声が鳴り響くと同時に授業終了のチャイムが鳴り響いた。

「起立。礼」

 学級委員はすかさず言って、戦闘学科名物の敬礼を送る。と言っても、敬礼をしているのは彼くらいのもので他の生徒達は、立つと同時に昼食を求めて走り出す。扉を蹴破り、窓を破って。ちなみに、ここは三階だ。

「貴様は・・・貴様等は!」

 白人の青年の怒号が数人しか残らなくなった教室に響き渡った。


「奏ちゃん、あれはやりすぎだよ」

 昼食を買い終えた生徒達が教室に戻り、にぎやかになった教室の中で、机を向かい合わせた一組の少年少女が向かい合う。

「ふむ、君の言いたいことがいまいち理解できない私は愚かなのだろうか? それとも君の言葉があまりにも難解なのだろうか?」

「ごめん、常識って言葉知ってる?」

 少女は長身痩躯、つややかな黒髪を背中の半ばまで垂らし、切れ長の双眸と透き通る鼻梁を持った疑いようのない美少女だった。

 細い肢体を包むのは学科指定のブレザー。制服の上からもわかる理想的な胸の膨らみ、体のラインにはまだ硬さは残るが、それでも和服の似合いそうな雰囲気が彼女にはある。

「常識とはつまり私のことだ。私以外に理知的で知能の発達している人間は他にいないだろう」

「そんな奏ちゃんが戦闘学科にいることは、あえて突っ込まないでおくね」

 向かい合うのは中背痩躯の少年。少々長いと思われる黒髪から覗くのは、幼さを残しつつ少女を思わせるような愛らしさを持った容貌。身長だけなら奏に劣り、場合によっては妹としてすら見られるような、そんな少年。

士郎(しろう)、君は時折不思議な事を言う」

 少女の名は備前 奏。少年の名は(ひびき) 士郎。見た目はともかくとして戦闘学科 近接戦闘学部と魔法学科 機械戦闘魔法学部に所属する二重(ダブル)在籍(メジャー)である。

「僕の知ってる常識と奏ちゃんが知ってる常識の溝が、飛び越えられないほど深いって自覚してる?」

 戦闘学科や魔法学科といったように、彼彼女等の生活する学園都市には、ありとあらゆる学科が存在している。そして、このむやみに広大で閉鎖的な世界には大人と呼べる者は存在しない。教師ですら、各学科の教育学部に所属する生徒が教育実習生として教壇に立っているのだ。それを不思議に思う者はいない。なぜなら、ここで生活を始めた時からそうだったのだから。

「私の記憶が確かならば、二年D組に所属している時点で常識とは程遠いはずだが?」

「さっき、自分で言った事覚えてる?」

「当然だとも。私がこのクラスに残された、最後の良心なのだから」

 生徒達自身ではいくつ存在しているのかもわからないような学科や学部の中で、一つだけ共通しているものがある。

 それはクラスだ。

「ごめん、今更だけど思い知らされた気分だよ。別の意味で」

 普通学科を始めに、ありとあらゆるクラスの中でD組というクラスは、デンジャーのDとして恐れられるほど問題児が集中している。そして、自覚こそないものの奏達もその一人だ。

「わかってくれて嬉しい。これで、君も私と同じ常識人の一人だ」

「ごめん、やっぱり別の意味で撤回させて」

「士郎、君は先程から謝ってばかりだ。そんなでは、これからの君の人生が心配でならない」

 学部が別でも学科さえ同じならクラスは同じで構わない。証拠に、教室の後方では機械戦闘学部の金髪黒づくめの少年が拳銃を取り出し、機動騎士学部の少女が彼を殴り飛ばしているのが見えうける。無論、その程度で動じる生徒などいやしない。

「まあ、君の事はともかくとしてだ。私は今日の授業が終わったら、兼ねてから温めていた計画を実行しようと思っている」

「聞きたくないけど参考程度に教えて。今回も場合によっては全力で止めるから」

 どこか諦めたような響きすら交えて士郎が問えば、奏は虚空を見上げながら思い出したように呟く。

「そういえば先週の情報学部襲撃は、校舎が半壊していたな。その内三割ほどが君の仕業だと思ったが」

「奏ちゃんが警備システムの中に無防備に突っ込むからだよ!」

 机から身を乗り出し訴えるが、奏はどこ吹く風。

「機銃如きでは私の体を貫くことは出来ない。なのに、君ときたら危険物でありとあらゆるものを破壊したではないか」

「当たり前でしょ?! 万が一ケガするようなことがあったら大変じゃないか!」

 とここで、身を乗り出すあまり、二人の顔と顔の距離があまりにも近すぎることに気づき、顔を赤らめ慌てて下がる。

「士郎、君は人が良いな」

 対する少女は恥らうわけでもなく、微笑すら浮かべて少年の事を見詰めている。

「微妙に褒められている気がしないのはなんでだろう」

「気にしたら負けだ。人生の半分は諦めと寛容で出来ている。まあ、君の人生という限定条件だが」

「さらりと僕の人生決め付けないで」

 それこそ諦めを漂わせた口調で士郎は呟く。

「まあいい。今回の計画は授業が終わってから私の部屋で説明しよう。幸い、その日の内に終わらなくとも明日から土日は連休だ」

「永遠に授業が終わらないで欲しいと思ったのは僕だけかな?」

 バカな事を、と言って奏はバックにしまっていた弁当箱をようやく取り出し、士郎も溜息混じりでそれに習う。そして、銃声や爆音の響き渡る教室の中で今日もスリリングで変わらぬ日常の中へ溶け込んでいった。


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