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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
17/86

終焉

 時同じくして戦闘学科学生食堂。

 昼を二時間ほど回った空席が目立つその端で、黒衣をまとった金髪ピアスの少年が煙草をふかしながら缶ビールを美味そうにあおっている。

「………平和だ」

 天井に向かって紫煙を吐き出し、視線を正面に戻した時、

「確かに平和ね」

「うぉっ!」

 音もなく正面に現れていたプラチナブロンドの美貌に十夜は仰け反る。

「不愉快な反応ね」

その時彼女が身に付けていたのはあの拘束ドレスではなく指定の制服に伊達メガネ。つまり日常の上で成り立つ姿だ。

「テメェこそ心臓に悪い奴だ。一体何の用だ」

「食事を取りに来たのよ」

「ここに来るな。クソガキの弁当食ってろ」

「今日はないわ」

 そう言って手元で湯気を上げるラーメンに割り箸を落とす。ちなみにそれは、この学生食堂でワースト人気ナンバーワンを誇る。薄味すぎる醤油スープにチャーシュー代わりのハムを投入しており、これを食べるくらいならカップメンを食べた方がましだと誰もが言う。

「俺は久々に至福の時を楽しんでる。クソ女の邪魔もはいらねぇし、ビールは美味いし。ここで人形みてぇに無表情面の味覚音痴が消えたら最高なんだけどな」

「まるで私に向かって言っているように聞こえるから不思議ね」

「皮肉に気づけ!」

 関係ないわと一言で切り捨て、備え付けのこしょうをこれでもかと言わんばかりに振り注ぐ。

「もういい、俺が去る」

「神無月 左右を生かしたそうね」

 言って席を立とうとした瞬間、絶妙のタイミングで口を挟まれ、その動きを止める。

「………たまたまだろ」

「疑っているんでしょう?」

 その言葉に十夜の瞳が険を帯びる。だからこそ、咲の方も冷ややかさが増していく。

「裏の裏の裏があるんじゃないかと」

「裏の裏の裏は結局裏だ」

 意味のない言葉。だからこそ意味のある言葉。

「情報学部に襲撃をかけたクラスメイト達が色々面白いものを見つけてきたそうよ」

「最初から裏しかない硬貨だったって事だ」

 新しく咥えた煙草に火がともり、紫煙が天井に向かって伸びる。

「私は気がついたら自分の部屋で眠っていたし、詳しいことはわからない。でも、ほぼ全壊した情報学部校舎の中にいたあなたは知っているんじゃないの?」

「襲撃首謀者のルガーとニスネクの奴に聞けよ」

 残ったビールを一息に飲み干し、その缶を握り潰す。

「その反応だと神無月 左右も被害者の一人だったようね」

「そうとは限らねぇ。まあ、神無月に協力していた情報学部の生徒の名前はわからなかったけどな」

「チップ強奪の協力者はオラトリオとアレフの二人。だけど、証拠は残っていないし、あの二人は情報学部じゃないわ。一番怪しい奴は昨日から姿も見せずに逃げ隠れているし、こんなことなら最初からディスクに押し込めて拘束しとくべきだった」

 短く吐息をつき、咲は伊達メガネを取って十夜を見詰める。

「探る気はない?」

「探る気はねぇよ」

 咲は訝しがり、十夜は苦笑。

「クソ女が怒り狂ってたからな。いるかもわからねぇ黒幕見つけて生まれてきてごめんなさいというまで殴るって息巻いてやがった」

「………なるほど。梓が動けばあなたも動く、そういうことね」

 言われて違うと反論し、

「テメェ等が動けば結局フォローしなきゃならねぇってことだ」

「テメェ等……ね」

「勘違いするんじゃねぇぞ。馴れ合うつもりなんぞサラサラねぇからな」

「当然よ」

 そして、十夜は席を立ち、今度は咲も止めなかった。

「おい白雪?」

「なに吹雪?」

 短く言って短く答える。

「なんでナイフなんか持ってんだ?」

 言われて思い出したように、スカートのふくらみに手を添える。

「寄るところがあるのよ」

「結果は?」

「全ては役割を果たすために存在してるわ」

「へっ、どちらに転ぼうが俺は止めねぇ。まあ、予想はつくけどな」

 そう、と呟き箸に手をつける。

「ついでに言っとくがテメェは無表情過ぎる。勘違いしそうになるから、クソ女とまでは言わねぇから少しは笑え」

 そして、背を向けた黒衣は煙草を咥えたまま歩き出す。その背を見詰めながら咲は苦笑し、その後に怜悧を称えながらも少しだけおかしそうに、咲らしくなく笑った。見ていないからこそ笑う。

 その間に十夜の姿も完全に消えて、それからどんぶりに向き直る。そして、箸で掴んだままだったメンを口に運び、

「マズっ」

 咲らしく眉をしかめた。


「責任取りなさいよ!」

「私はお前達を助けに行ったんだぞ」

 理工大学研究室でエリスが真っ赤になって叫び、オラトリオが疲れたように肩を落とす。

「いいじゃん、貧相な裸見られたくらいで」

 打撃音。

 念動力によって投げつけられた薬缶がアレフの頭を直撃し悲鳴が重なる。

「お姉様にさえ見せたことなかったのに……しかも乙女の柔肌に直接触れるなんて!」

 今度はオラトリオ目掛けて薬缶は飛来し、直撃する寸前で受け止められる。

「もう一人の方はそこまで暴れなかったぞ。まあ、一発殴られ気がついたら白衣が奪い取られていたが」

 枯葉色の髪をいじりながら溜息一つ。

「少しは感謝くらいして欲しいものだ。私が事後処理のためにどれだけ奮闘したと思ってる」

「バーニィの奴とんずらしたしな」

 復活したアレフがテーブルもどきの前のソファーに腰を下ろす。その正面には激昂するエリス。

「そうよ! バーニィに言われてひだりの手伝いに行ったら結果はこれよ?! お姉様の助けどころか完全な足手まといじゃない! 出てきなさいバーニィ、原子レベルまで分解してあげるから!」

「落ち着けエリス」

「触んないで訴えるわよ!」

 肩を叩こうとしたオラトリオの手を振り払って細い肩を怒らせる。

「どうしたら、この我侭なお姫様を落ち着けられるのかねぇ」

「アレフ、空のダイブを楽しみたいの?」

「お前、物言いがサキに似てきたぞ」

 微妙に表情を引きつらせながら両手を挙げる。

「それよりお姉様はどこに行ったのよ!」

「黒づくめと逢引してるんじゃないのか?」

 どこかで聞いたニュアンスにエリスは顔をしかめ、アレフはしまったと慌てて口を塞ぐが手遅れだった。

「……あのメール、あんたの仕業だったのね」

 ガラッ! と触れてもいない窓が開け放たれ、額に青筋を浮かべた少女がにっこり笑う。

「ま、待て、情状酌量の余地があるはずだ!」

「問答無用」

 ソファーにしがみついて逃れようとするものの、エリスはソファーごとアレフを持ち上げて窓の外を指差した。

「星になりなさい」

 その言葉を証明するように、アレフを乗せたソファーは窓枠をぶち破って飛ばされていった。そう、彼方へ。


 開かれた窓の外が騒がしかった。

 起き上がれなかったのでいまいち様子はわからなかったが、叫ばれる声はソファーが飛んできて人が下敷きにされているという意味不明なものだった。

 春だからそんな奇妙な人もいるのだろうと、間違った納得の仕方をしながら左右はベットのボタンを操作し上体を起こしていく。

 美咲はいない。ジュースを買いに行くといっていたからそうはかからないだろうが、その間だけは一人。偽りと認めざるをえない兄もそうだったのだと思い、精神的な圧迫に胸が詰まる。

「・・・兄さん」

 そう呼んでいた者が、この学園都市からいなくなってしまったことは一応知っている。そして、それは殺されたのだということを理解している。

 だが、不思議と涙は流れなかった。不思議と復讐したいとも思えなかった。

悪魔(ディアボロス)』……白雪 咲。彼女に兄は殺された。

 兄と同じ力と運命を背負った少女。

『歩く法律違反(アンチロウウォーカー)』……吹雪 十夜。

 この二人さえいなければ兄は死ななかった。

 しかし、それでも彼女等に何らかの感情を抱くことは出来なかった。まあ、なんらかの行動を起こせたとしても、今度は兄と同じ所に送られるのが落ちだ。

「これから、どうすればいいんだろ」

 やりたいことなど何もない。兄のためにとがむしゃらになっていただけに、他の目的というものがないのだ。趣味らしい趣味のない左右にとっては生き延びた喜びよりも先に待つ不安定な未来の方が不安で仕方がなかった。

 思考のループに陥っていく。だが、その直前に軽いノック音が響き、同時に開け放たれた。ノックの意味がまるでない。

「美咲?」

「違うわ」

 響いたのは感情の色など感じさせない怜悧な声色だった。そして、その声の主は静かに扉を閉めて左右の前にまで進む。

「こんにちは」

「こ、こんにちは」

 美咲を陽の美貌ならば、彼女は完全に陰の美貌だった。怜悧な声に零下の双眸は、静かに左右を見下ろしている。

「え、ええと、あなたは・・・」

「あなたのお兄さんを殺した女よ」

 

「えっ?」


 一瞬、何を言われたのか理解することが出来なかった。口を開いても言葉は出ず、代わりに流れるような動きで右腕が動き、枕の下に隠していた賢石を突き出していた。

「無駄よ」

 短い言葉と共に放たれた銀の刃が、左右の賢石を弾き飛ばし、返す刃が眼前に突きつけられるところで止まった。

「・・・・・っ」

 気づけば死が目の前に迫っていた。思わず息を呑む。行動を起こした瞬間に、刹那で結果がでたのだから。

「次はないわ」

 襲い掛かられたことなど歯牙にもかけていない口調で、突きつけたままだったナイフの切っ先を下ろす。

「白雪よ。神無月 左右」

 何も感じていないと思っていた。しかし、それは間違いだった。目の前の存在が憎らしくて堪らない。だが、それでも平静を装って口を開く。

「私を殺しに来たの?」

「どうかしら」

 切っ先こそ下ろしているが依然抜き身のままで、言葉の通り次はないのだろう。

「殺したければ殺せばいいじゃない。私はもう、やりたいことなんて何もないし」

 そういう左右の目の高さに、握ったままのナイフを持ち上げる。

「このナイフであなたの兄さんを刺したわ」

「私を嬲りに来たの?!」

 咲は答えずホルダーに刃を収める。そして、代わりに取り出したのはビニールに包まれた灰色の金属片だった。それを左右に向けて放る。

「・・・なにこれ」

 投げられたビニールは左右の胸元に当たって手元に落ちる。

「あなたは天才なんでしょう?」

「皮肉のつもり?」

 上目遣いで睨みつけるが咲の表情は人形のように動かない。そして、透き通るような冷たい口調で淡々と呟く。

「昨日、私のナイフを検査したところ、その金属片が付着していたわ。それで検査機にかけてみたら、その金属片はただの金属ではなく、人体とナノマシンの合成体組織だったわ」

「………え?」

「あなた、治療のために、神無月 右の組織構成図はとってあるのよね?」

 一瞬の間。しかし、全てを理解し首が折れんばかりに何度も頷く。

「DNAの螺旋構造制御プログラムは?」

「そ、それはまだ・・・」

 左右の言葉に咲はしばし黙考し、かすかにうつむいていた顔を上げた時には、携帯電話を握って操作していた。マナーというものを知らないらしい。

「・・・そう、お願いするわ」

 しばらく誰かと話していたかと思えば、通話を切ってポケットにしまう。

「私のクラスメイトが襲撃のどさくさにまぎれて色々吸い出した中に入ってたわ」

「それって・・・」

「私達とは別口の事件があったのよ。現在進行形で」

 関係ないと言って話しを戻す。

「あと必要なのは身体の材料。それさえ集め終われば、あなたの兄さんを生き返らせることが出来る」


「ほ、本当に?」

 白磁の冷たい美貌は死神ではなかった。

 すがりつくような左右の言葉に小さく頷く。

「DNAの破損もないしナノマシンに身体情報と記憶領域素子が確認されたわ。だから、記憶もほとんど再構成できる」

 記憶・・・その言葉に、一瞬表情が固まった。そして、咲はそれを見逃さなかった。

「あなたが記憶のほとんどを取り戻したように、神無月右の罪の記憶もそのまま残るわ。だけど、それくらい受け入れなさい」

 そうすれば、あなたの兄は生き返る。そう言っているのだ。

「だけど、問題があるわ」

 思わず見上げれば変わらない表情が見下ろしている。

「そのナノマシンには私の右腕や右目と違って抑制制御プログラムが組み込まれていないわ。その上限界深度まで開放したから操作も出来ない。つまり、そのまま人体を構成しても、ナノマシンの増殖に肉体の方が耐えられない。とはいえ、そのために使われていた情報チップも行方知れずの上に、それ自体が欠陥品だった」

 息継ぎもせずに一息で言い切ると、ビニールをしまっていた内ポケットに再び手を入れ、取り出したのは一枚のフロッピーディスクだった。

「神無月 右の研究していた制御プログラム理論。病室から拝借してきたわ」

 今度は投げるわけでもなく、直接手渡す。

「今回はこれが間に合わなかった。だから、今度こそはあなたが間に合わせなさい」

「わたしが?」

「あなた以外に適任なんかいないでしょう? わからないことがあればオラトリオにでも聞けばいいわ。そういうことだったら喜んで手伝うでしょうし」

 言うなり背を向け歩き出す。突然のことに、左右は慌てて呼び止めるが、咲はそのまま歩を進めた。だから、代わりに言葉を置き去り、

「全ての罪も気持ちもあなただけのもの。私が出来るのはきっかけを与えることだけよ。やることがないなら見つけなさい。見つけたなら打ち込みなさい。脇見をしたっていいし前だけを見るのだっていい」

 淡々とただ呟く。それだけに左右の心に直接染み入る。ついさっきまで殺してやりたいとまで思っていたのにも関わらず、染み込んでいく。

「あなたのお兄さんが帰ってきたら、あなたは左右になるのか左なのかひだりに戻るのか知らないけれど、その時は………」

 一瞬、歩みを止めて首を振る。

「………なんでもないわ」

 そして、白い手がノブを掴む。

「白雪さん!」

 肩越しだけで振り返り、

「咲………でいいわ」

 人形のようだった少女の顔に、初めて笑みが浮かんでいた。薄くて浅く、だからこそ優しい微笑。

「咲さん………あ、ありがとう」

「そのセリフは梓に言って上げなさい」

 言葉を境に、少女は前に向き直りノブをひねって開け放つ。そして、その隙間から身を乗り出していき、残す言葉もなく静かに閉じられた。


「・・・・・。」

 再び一人になって、左右はしばらく沈黙する。そして、考えてみる。今までそこにいた少女のことを。

 それは、兄を殺した少女。

そして、救いの手を差し伸べた少女。

 矛盾した少女。

 しかし、左右は感謝を口にし、微笑を向けられた。

「・・・兄さん」

 手の中に握り締められた兄の可能性を胸に抱き、左右は目を閉じ俯いた。

「ごめんね兄さん。しばらく待っていてね」

 閉じられた瞼の端に透明な雫が浮かぶ。

「兄さんのために笑っていたいけど、今だけは泣いていいよね?」

 兄のために笑いながら、兄を胸に抱きしめ、それから左右(さゆ)は少しだけ泣いた。


愚者の賛歌はこれで終わりです。

今まで見ていただいてありがとうございました。


次回からは主人公が変ります。

一部キャラクターは変りますがかなりファンキーなキャラが出てきます。

よろしければご覧になってください。

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