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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
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いつか辿り着く曲線

『いつかたどり着く曲線』



『お兄さんを助けたくありませんか?』

 それは中性的な容貌を称えた妖精のような少年だった。きらきらと光り揺らめく姿がその思いに拍車をかける。そして、もう一度続けた。

『あなたのお兄さんを助けたくはありませんか?』

 理工学科 特殊科学学部の研究室で、他生物合成理論のレポートを打ち込んでいる最中の出来事だった。

 突然、3D投影機が作動し始めたかと思えば、この妖精のような少年が姿を浮かび上がらせたのだ。

「どういうこと? あなた誰?」

『僕の名前はバーニィ・キメラマンティコア。情報学部に所属する情報集合体のデータ生命です』

 戸惑う少女………神無月 左右(さゆ)を見据えながら、バーニィと名乗った虚構の少年は続ける。

『あなたが錬金術学部の禁則事項を無視して作り上げた存在のことを言っているんです』

「っ!」

『知らないとでも思っていたんですか? 例えば僕のような存在は、オンラインであるなら何もかもを知ることが出来るんです』

「わ、私は………」

 慌てふためく左右に落ち着くよう手で制すと、バーニィは微笑む。

『見事だと思いますよ? あなた自身の技術が卓越していることに加え、自分の血液という一番近いものを己の魔力で合成する。誰もが考えそうで誰もが試さなかった方法です。愚か者なら人体を構成する肉や骨などかき集めて合成するような失敗をしてますからね』

「そ、そんなことより、お兄さんて………」

『血を分けた唯一の存在じゃないですか。それに、天才過ぎたあなたの周りには誰も寄らない。寄ったところで上辺だけの存在。あなた自身が理解していることだと思いましたが』

 左右はうつむき、唇を噛む。少なくともバーニィの言っている事は間違っていなかったからだ。

『だからあなたは作った。自分の孤独を和らげてくれる無力で頼れる矛盾した存在を』

「違う! あの人がああなったのは私の力が足りなかっただけだよ!」

 そこでバーニィは大きく頷く。

『だから言ったんです。お兄さんを助けたくはないですか? と』

「そんなこと・・・できるの?」

『あなたが力を貸してくれるなら』

 この時疑っておくべきだったのだ。無償の協力を申し出て微笑む妖精を。

「だったらお願い、私もあの人を助けたい。だから、力を貸してよ、そのためだったら何でもするから!」

 作り出したものが自身だけでは生きることすらままならない。そういう負い目があった隙につけ込まれたのだと、後に理解する。

『まずは名前、彼に名前をあげましょう』

「名前?」

『戸籍も必要ですね。そちらは僕が手配しておくので気にしなくて良いですが、やはり名前は必要です。いつまでもあなたやお前ではかわいそうです』

 確かにそうだと頷いて、左右はバーニィに問い掛ける。

「私の名前も変えられるの?」

『ええ、ですがどうして………』

「兄さん………そう私の兄さん。兄さんには私の名前から一文字とって神無月 (ゆう)。そして、私は一文字なくなり神無月 (ひだり)。これが私の名前で兄さんの名前」

『良いでしょう、わかりました』

 虚構の少年は嬉しげに微笑む。

「突然すぎて信じるとか疑うとかよくわかんないけど、私はあの人……右兄さんの力になりたい。だから、お願い」

『わかっていますよ。信じられないなら一度情報学部の方に足を運んでください。ここ以上の研究室を手配しますし、通過パスも発行しておきます』

 そして、妖精はもとからいなかった者のように、一瞬にして消えてなくなった。


 それから一週間、生まれたての右は培養槽から出され、情報学部の生徒によって空白の脳にあらゆる知識と言語、偽りの記憶を焼きこまれ別の意味での誕生を遂げた。そして、

「ひだり?」

 と呼ばれた時、左右……いや左は泣きそうになった。なんて残酷な命を作り出してしまったのだろうと。

「バーニィ?」

 だから左は願った。

「私の記憶も操作して。生まれた時から兄さんと一緒に生きてきたっていう偽りの記憶を私に頂戴」

 そうして左右は左になった。間違っていると理解しながらひだりになった。


 それから先の事はろくに覚えていなかった。自分から進んでやった気もすれば、無理矢理何かをさせられたようなきもする。

 唯一覚えていたのは虚構の妖精が微笑みながら『これまで行った禁忌の実験の記憶を消させてもらいます』と言ったことだった。その記憶がなんのか知ることは出来ないが、それだけは記憶している。その虚構の妖精の事を忘れて言葉だけが脳の奥に残っている。


 そして、目を覚ました。

 頭の奥で気だるいもやがかかっているようだったが、知らない天井を見上げながら思考する。

「………私、なんで生きてるの?」

 薬品臭い枕にシーツ、嗅ぎ慣れた匂いに見慣れた白。硬いベットに身を横たえている自身の名前を呟いてみる。

「神無月………左右(さゆ)

 その瞬間、理由のない涙が込み上げて左右の両頬を濡らした。

「なんで・・・なんで生きてるの? なんで私、思い出してるの?」

 起き上がろうとするが、胸に引きつるような痛みを覚え無理だということを知る。出来ることなら、窓を開き飛び出したかったのに。

「誰か私を殺してよ!」

 叫ぶ、手を振り回す、叩きつける。

「私はひだりで居たかったんだ、左右になんか戻りたくなかった! 殺して、殺してよぉぉーーー!」

 コンコンと、ノックが鳴らされるが構わず左右は叫び続ける。対して来訪者の方も、叫びなど構いもせずに戸を開けた。

「ちょっ、なにしてるのよ!」

 扉は防音だったのかもしれない。左右の様子を見た長身の美少女が慌てて駆け寄り、暴れる身体を押さえつける。

「離して! 私は死ななきゃならないの!」

「ひだり、落ち着きなさいってば!」

 だが、その言葉に従う素振りも見せず、ただをこねる子供のように四肢を振り回して乱れ、

 ゴン! と頭の中で音がなり、一瞬視界が黒で染まる。

「落ち着きなさいって言ったでしょ!」

 聞き覚えのあるハスキーボイスの怒声。おそらく殴られたのだろうと推測。叩かれたのではなく殴られ、平手ではなくグーで。

 やがて瞳は色を取り戻していくがチカチカ星のようなものが見えたのはグーの後遺症だろう。

「ったく、ようやく落ち着いてくれたわね」

 違う。そう言いたかったが口にしたのは別の言葉だった。

「あ、梓さん」

「美咲でいーわよ」

 先程までの怒声とは一変して、明るく優しげな口調と大輪のような笑顔。

「美咲・・・さん、なんで私生きてるの?」

「さんもなしね。会った時に言わなかった?」

「私が聞きたいのはそういうことじゃなくて・・・」

 まあまあと言って、美咲は乱れたシーツと病人服の居住まいを正し、胸までタオルケットをかけてから口を開いた。

「医者の話しじゃ、骨と骨の隙間、筋肉と臓器の間を一切傷つけることなく銃弾が通ったって言ってたわ。しかも、通常弾じゃなくフルメタルジャケットの鉄鋼弾だったからうまい具合に貫通したって」

 確率でいうなら奇跡みたいなものだ。その奇跡は起こったのか起こされたものなのか。

「あの、私を撃った・・・」

「ああ、あのバカ?」

 左右の言葉を遮って美咲は眉をしかめる。

「今頃三途の川で三文銭でも値切ってるんじゃない?」

「は、ははは」

 冗談に聞こえず冷や汗混じりの乾いた笑い。

「まあ実際は対獣用スタン弾受けて骨の五、六本が折れた程度よ」

 三途の川を渡るまで後一歩といったところだ。というか、実際は命の恩人でもある黒衣にそこまでする美咲も美咲である。

「それより今は、他人のことよりひだりのことよ」

 横たわったまま見上げれば左右の右手を取った美咲が優しく笑う。

「色々話して頂戴。辛かったこと、悲しかったこと、楽しかったこと………」

 握るその手は暖かい。そう、ひだりだった頃に握った兄の手のように。そう思ってしまうと涙がこぼれそうになる。

「それからまた友達になりましょ」

 頷き、まず最初に自己紹介。

「こんにちは、私は神無月。神無月………」

 だから、告げた己の名は


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