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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
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どこにも辿り着けない直線

『どこにもたどり着けない直線』



 確かに急所は切り裂いた。手に伝わる刃の感触も、その事実を裏付けている。しかし、噴出すべき液体が噴出さず、倒れるべきなのに倒れない。

『つまりはそういう存在ということね』

 口の中で呟き一度退く。

 そして、プラチナの双眸が映すのは頼りなげに揺れるパジャマ姿の少年、神無月 右。存在しながらも存在が否定される矛盾の存在。

『そして、私と似た存在』

 認められているのと認められていない。それだけの違いであり、その間に広がる溝は無限に等しい。

「だから、あなたはいてはいけない」

 人を殺したことはない。だが、彼は殺したことがある。己という名の人間を。

 死人を墓に叩き込むことに迷いはない。手の中の刃が鋭さを失わないように。

「だから、私が引導を渡す」

 殺人者に向けて非殺者の少女が回りこみながら接近し今度は頚部を狙って一閃。うな垂れているため吸い込まれるようにして銀の刃は迫り、確かな手ごたえを残して振り抜かれた。

 だが、感触とは裏腹に、髪の合間から覗くうなじは綺麗なものだった。ただし、血管が透き通るような白い肌の下で何かが蠢いたのを別にすれば。

「どういうこと? 血流制御まで行ってるなら他の身体制御がおろそかになるのはわかるけどダメージがないのは………」

 一度や二度で怯まないのならば三度四度と切りつければいい。それでだめなら続けるだけ。そう思い直してダメージの見受けられない右に今度は刺突で挑む。狙うのは心臓、刃を寝かせて骨の間から心臓を狙う。

 ドッと鈍い音を立てて、咲の刃は根元まで突き立った。そして、知る。鼓動しているべきの臓器がその動きをとっくに止めていたことを。

「ああぁぁぁぁあああぁぁぁ!」

「どういうことなの?」

 声だけは冷静を装いながら下がろうとして、突き立てたナイフががっちり固められたことに舌打ち。即座に手放し真後ろに飛ぶ。

「ああぁ?」

 ゴキリと骨の砕ける音が鳴り、右の体が二つに折れる。前でなく後ろへ。

「随分奇抜なことが出来るのね」

 地面に向かって逆立つ髪、見上げる虚ろの双眸。その姿は人型らしき形状をした幽鬼。

「そう、あなたは完全に同調してるのね」

「あぁああ」

 答えたわけではないのだろう。しかし、返事代わりの行動は明確だった。投げ出されたままの両腕が、パジャマを内側から引き裂いて異腕と化して行く。

「だけど、そんな姿になってどうするつもりなの。潜り過ぎたら帰ってこられないのよ?」

 知っているからこその言葉であり、それが届かないことも知っている。その変化の下、埋まったままのナイフが乾いた音を立てて地面に落ちる。見た目ではわからないが衣服の下でも変化が進んでいることを推測する。

「ひひひひひひひひひひだりだりただり」

 思い込まされた血を分けて妹の名。初めての言葉らしい言葉に、形のいい眉が一瞬傾く。しかし、それをすぐに修正して、右袖のジッパーを咲は引いた。

「毒は毒をもって制すというけど、大した皮肉よね」

 外気にさらされるほっそりとした腕。しかし、咲の右腕も蟲の羽音のような鳴動を鳴らし魔女の剣を形成していく。

「ひひひひだりだりああいあいにいくくく」

「不可能よ、あきらめなさい」

 こちらは経験があるのに対し、向こうは生まれたて。それだけに咲の右腕が変化を終えるのは一瞬だ。そして、少女の美貌には似合わぬ鉛色の魔女の剣は、変化中の右を目掛けて一直線に走った。

「ぁぁあぁ」

 直後に手応え。刃と刃を重ね合わせた奇妙な刀身は半ばまでを右の身体に埋めた。そして、鉛色の腕に出力を最大まで上げるように命令を下す。

 ヴゥン

 と虫の羽音のように魔女の剣は静かに咆哮。同時に超振動の共振作用によって右の全身に亀裂が走っていき………

「ぁぁああぁあああ!」

 元人間の咆哮に合わせて異形と化して行く身体も揃って鳴動する。そして、その鳴動は咲の右目、魔女の秘眼の中で高まっていき、ついには全てを破壊する超振動と化した。

「私と同じ能力?!」

 音に同じ高さの音をぶつけ合うと聞こえなくなるように、振動に同じ振動をぶつけてやれば消えてなくなる。それは超音波も超振動同様で、今目の前で起こったのはそういうことなのだと脳の奥で理解する。だが、体の方が追いついてこれなかった。魔女の秘眼に映し出されていく情報の数々に愕然とするだけ。

「全細胞レベルでの超振動に、肉体の95%がナノマシン化しているなんて」

 在り得ない。

 今日誰もが言ったその言葉を咲も思わず呟いていた。

「だりだりひだりにあいにあいにいく」

 鉤爪状の腕で魔女の剣を引き抜き、残った腕が固まったままの咲を直撃。おかしな体勢からの一撃ということと、その打撃に超振動を与えられなかったことが幸いし、咲は受身を取って着地。

「どういうこと? 同じ能力ということは、私もあんな化け物の仲間ということ?」

 そんなことはとっくの昔に受け入れていた。しかし、奇怪な姿勢から身体を起こし、首と胴体を逆方向に回転させている元人間の姿を目にし、歯の根が噛み合わさらなくなってしまう。

「悪魔と呼ばれるのは慣れているわ。でもね」

 初めて魔女の腕が顕現した時、誰もが咲を指差した。誰もが恐怖を瞳に浮かべた。誰もが怯えて石を投げた。誰もが、誰もが、誰もが誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが、誰もが

「少なくともあんたみたいなのとは一緒にされたくなんかない!」

 叫び、飛び出す。

「第六深度まで強制開放!」

 咲の持つ悪魔の力は、本来右腕と右目に置いてのみに作用する。それ以外はあくまで生身の人間と変わらない。

 だが、右腕から供給されるナノマシンを血管に流すことによって酸素・カルシウムと結合し心肺、筋肉、骨格と同化する。その行為によってもたらされるのは全細胞の擬似的なナノマシン化。つまり、眼前に迫った異形とほぼ変わらぬ存在になるということだった。

 しかし、それだけでは終わらない。魔女の秘眼が持つ本来の能力まで開放。


『重力子感知、限定空間内での操作領域確保』


 世界はあらゆる粒子によって構成されている。例えば電子や光子、原子といったように、あらゆる事象には理由がある。この時咲が行ったのは、未だ発見されていないとされる重力子の操作。

 世界では見つけられていなくとも、魔女の秘眼を通した世界には当たり前のものとして映っている。そして、魔女の秘眼はその未知の粒子の分子運動を制御することが出来る。

 その行為が起こすのは自身の周りという限定空間内での重力制御。つまり、重力に縛られない移動手段と攻撃防御手段を手に入れる。

「あなたみたいな存在がいるから私は誰もに指を指される! あなたがいるから私の身体は普通でないことを思い知らされる!」

 ほとんど倒れるような前傾姿勢の特殊な歩法。こうしないと人間外と化した咲の身体能力では、踏み出した途端に月へ向かうことになる。だからこその技術で音の壁を突き破る。

「だから、堕ちなさい!」

 音速から繰り出される刃。この瞬間重力子のプラス制御。魔女の剣の周囲のみ十倍の重力が付加され、硬質化した右の肩口に食い込む。そして、通常以上の超振動が切り裂く端から引き裂いていき、股下を抜け地面を粉砕した時には、肉片となって四散した。

「………重力子制御解除、通常状態で待機」

 重い息が口から漏れ、思わずへたり込みそうになってしまう。だが、気力で持ちこたえて上体を起こす。

「ここまで力を使ったのは久しぶりね」

 徐々に反作用が起こり始めているようで、白い肌には汗の玉が浮かんでいる。だが、咲は魔女の剣を解除しない。その理由は彼女の眼下にあった。

 ミチ…ミチと肉の混ざり合う生々しい悪夢の光景を透き通る双眸が見詰めている。

「そうまでして偽りの妹のところに行きたいの?」

 答えられるわけがない。だから、咲はそこから離れてその光景を静かに見詰める。そして、その間に飛び散ったはずの全ての肉片が集まり、元の形状を取り戻そうと蠢いていた。

「だけど私は見逃さない」

 魔女の剣の切っ先を肉隗へと向ける。

「第七深度まで開放」

 呟くなり、右腕を構成していたナノマシンの情報が急速に書き換えられていく。

「吹雪 十夜が言っていたわ。どんな化け物の姿をしていようと結局は機械。過剰な電流、電圧を流されればナノマシンであろうと何であろうと破壊されると」

 バチッと、魔女の腕が火花を散らし、触れた落ち葉を燃え上がらせる。

「それは事実。私の魔女の剣だって数十万ボルトの電撃が限界だもの」

 分子構造を改変し、二十万ボルトの生体電流が変化した肘から先で迸り、咲はそのまま肉隗へと語り続けた。

「それは同種のあなただって同様。こんな電撃ではあなたを滅ぼすことなんか出来ない」

 だけど、と言って、

『電子・情報制御開始』

 魔女の秘眼が起動するのを確認して、魔女の剣を地面にそのまま突き立てた。そして、刃を通して変換された大量の静電気が流れ込み帯電する。それらは咲を襲うはずなのだが魔女の秘眼に制御された電子は彼女を襲うことなく避けて通る。

「自然に人は勝てないものなの」

 雲が出ているわけではない。しかし、一帯の空気が騒ぎ始める。それは予兆だった。

「堕ちなさい。そして、落ちなさい」

 言葉を終えると同時に巨大な閃光が降り注いだ。尋常ではない轟音と振動が大地を揺らし炸裂。あまりの衝撃に辺りを照らす街灯たちは薙ぎ倒され、包むガラスが悲鳴を上げて砕け散る。

「見ての通り」

 それは雷だった。気紛れに落ちては被害を起こす天からの来訪者。

「上空に帯電した負の電気と、私が地面に流した正の電気。それらは互いに呼び合い結び合おうとする。そして、生まれるのは天からの来訪者。億単位の電撃の前には、ナノマシンであろうとオーバーテクノロジーであろうと有象無象の関係なく滅びの結末を与えられる。これが………」

 言葉の途中で、咲の細い体が傾く。

「これが・・・私の・・切り札よ」

 そして、薄れ行く視界の中で、肉隗が集まっていた場所が跡形もなくなっていたことを視界に納め、咲はそこで意識を失った。


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