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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
13/86

暴走する病

『初まりましたましたね』

「始まったの間違いじゃねーの?」

 虚構と嘘つきが語り合う。

『心外です。初まりと始まりは別のもの。それは虚構と無意味の同列です』

「意味わかんないし」

 周りは暗く空は明るい。

「で、今回の目的はなんなんだよ? 俺を使うまでのことなのか?」

『当然です。あなたは咲の出来ないことが出来て、咲のできることが出来ない』

「はっきり言おうぜ? 俺は頭が悪いんだってば」

 嘘つきはおどける。

『本当に?』

「知られたらお前殺されるぞ」

『どちらに?』

 虚構もおどける。

「どっちにも。黒衣に白衣、どちらも孤高の死神だ」

『必殺に無敵、どちらも僕は殺せませんよ』

「なら俺は中庸だ」

『だから、あなたを呼んだんですよ。僕の望みのためにね』

 二人は共に沈黙する。だが、嘘つきはすぐに口を開いた。

「場合によって俺はお前を裏切るぞ?」

『ご自由に。ですがその時は………わかっていますね?』

「俺は嘘つきだぜ? 誰もを欺き嘲笑う」

『それがあなたの本質ですからね』

「………さて、ホワイトスノーのお姫様の手伝いにでも行きますか」

 嘘つきの方が立ち上がる。

『もうですか?』

「もちのロンだ」

 軽薄を口に、手には殺意を。

 そして、この二人もそれぞれ一人になった。


「兄さんが合成獣? 馬鹿な事言わないで」

 向かい合う白衣の青年に視線の刃を向ける。

いや、向かいあうというよりは倒れ伏すオラトリオを見下ろしながら。

「君の記憶は君自身によって歪められている。経緯は知らないが結果はある。君の兄の存在という在り得ない結果が」

 周囲で蠢くのは異形の数々。倒れたまま動かない姿も目立つが、それ以上に立つ姿の方が多い。

「資料を見る限り、君は紛れも無い天才だ。だからこそ、並び立つ者が欲しかった。だから作った。禁忌を越えて兄という存在を」

「違う! 私と兄さんは最初から兄妹だよ!」

「真実を見るんだ神無月 左右。だから、私は手伝った。君達が真実を見詰め受け入れるために」

 付け加える。うつむき、悔い入るように。

「咲は受け入れたのだから」

 人とは異なる存在になったことを。

「私達はあんなデザイナーズチャイルド達とは違う! 私は、兄さんは人間だよ!」

「君は人間だ。だが、人間過ぎた。そして、人間に近い人外が君のキメラだ」

 打撃音。

 ひだりが倒れたままのオラトリオを蹴りつけたのだ。

「違う違う違う違う違う!」

 蹴る。蹴り続ける。何度も蹴りつける。その度に低い苦鳴が上がり、次第に静かになっていく。

「………いいよ。あなたが戯言を言っても私は聞かない。聞きやしない」

 荒くなった息を静めながら、空の水槽に視線を移す。

「あなたも、兄さんのために使ってあげるよ」

 その言葉に、オラトリオは悲しげな光を称えたままひだりを見上げる。

「君の兄は自身で立った。君も理解すべきだ」

「嘘だ! 兄さんは私が助ける。私しか兄さんは助けられないの!」

「なんでそこまで思い込む。君達の可能性は無限に広がっていた。なのに閉ざすのは君達自身だ」

「うるさい! あんたなんか兄さんの材料になんかしてやらない。ただの肉塊になれ!」

 振り上げられ賢石がオラトリオに吸い込まれていき、

 銃声。

 手首に生じた衝撃にひだりは悲鳴を上げてうずくまる。そして、その背後で乾いた音を立てて転がる賢石。

「………テメェが神無月か」

 引きずる足音、皮肉じみた造形。見はえる黒衣。そして、手の中には拳銃。

「自己紹介だ。俺は歩く法律違反」

 荒い息を吐く金髪が、形を歪めた笑みを貼り付ける。

「殺しに来たぞクリエイター」


 現状を認識。目の前には馬鹿楽しなるほどの異形等が待ち構え、一人の少女がうずくまり一人の青年が倒れている。

 そして、近くのガラス容器に浮かぶのは見知った二人の裸身。

「クソ女達を返してもらうぜ?」

 何も握らぬ左腕は、指を含めて奇妙な方向に折れ曲がり、赤黒い液体を滴らせている。引きずる左足も同様だ。

「化け者達には苦労したぜ。おかげで満身創痍だ」

 伸びる紫煙。その先には大群の異形と微かな人。

「あなたも邪魔するの? 兄さんのための未来を」

「知ったことか」

 咥えたままのフィルターを噛み千切り嚥下する。

「俺はテメェを殺しに来たんだよ」

「無謀って言葉知ってる? 私の作った合成獣はまだまだいるんだよ?」

 周囲の異形が威嚇の声を上げている。

「知ったことか」

 同じ言葉で否定。

「一も十も関係ねぇ。等しく残さず叩き潰す!」

 それこそ無謀の極みだろう。最良は背を向けること。しかし、十夜は下ろしていた銃口をひだりに向けた。

「私、あなたのこと知ってる」

「そうかい、そいつは光栄だ」

 銃口を欠片も意識していないひだりは、そのまま淡々と続けた。

「戦闘学科の落ちこぼれ。ねぇ、一体何のつもり? そんなボロボロの身体で私を殺すことなんて出来ないよ」

 異形の内の一匹が、ひだりを守るようにして前に出る。

「ほら、例えば彼なんかは近接戦闘学部の技能者なんだけど・・・」

 銃声。

 同時に紅の鱗に被われた異腕が煌き、ひだりに命中するはずだった弾丸を受け止めていた。

「捕らえておいたフレアリザードと合成して『竜人』にしてあげたの」

「・・・・・っ」

 無言で佇んでいた竜人の姿が言葉を終えると同時に掻き消える。

「っ!」

 刹那の時で目の前に迫った竜人が、銃弾を受け止めた時と同様の速さで十夜の手首を打ち払う。銃身はその一撃で形を歪め、銃身を握っていた指は例外なく砕ける。

 まずいと思った時には手遅れだった。

 体勢の泳ぐ視界の中で、拳を腰溜めに構えた竜人と目が合う。

「ね? だめだったでしょう?」

 射出された拳という名の銃弾が十夜の胸に突き刺さり、体の中から鈍い音が漏れて出る。

『四本は逝ったか?』

 続くのは浮遊感。咄嗟に後ろに飛んでいたとはいえ、常識では在り得ない勢いのまま背後のガラス容器に突っ込んでいた。無論、ガラス程度がそのような勢いに耐えられるわけもなく、割れて砕けて大絶叫。

「………言葉の割には呆気なかったね」

 銃弾に弾かれたままだった賢石を拾い上げ、破片の舞い散る一角に向かって言う。

「とどめさして。こんな奴がいたら兄さんに危害が及ぶから」

 竜人は無言で頷き、黒衣の倒れる場所へ歩んでいく。そこで声が上がった。

「おいノッポ!」

 ダメージを感じさせない怒鳴り声に、ひだりは思わず目を見張る。

「これから本気を出す。巻き込まれたくなかったら、クソ女とクソチビ連れて逃げやがれ!」

「早くとどめを刺して!」

 創造主の叫びに竜人は鉤爪の生えた異腕を突き出すことによって答えた。それは確かに突き刺さり、血の花が咲く。

「きかねーよ」

「?!」

 竜人の濁った瞳に驚愕が湧き出る。

 竜人の異腕は十夜の腹部を貫通し、爪は腸と腎臓を抉った。そして、それは今も埋まったまま、内臓の温かさを伝えてきていた。

「走り出したら振り返るな。振り返ればテメェも殺すことになる」

 漆黒の双眸は竜人を見上げていたが声は別の者に向けられていた。察したひだりが、先程まで蹴りつけていた青年の倒れていた場所に視線を移し、

「いいだろう。ここは君に任せる」

液体の満ちた二つの水槽に向けて拳を放つ長身の姿を映した。

「止めっ・・・」

 言いかけたその目の前を、巨躯の異形が残像すら生みながら過ぎ去った。同時にガラスの砕ける破壊音が重なる。

「………くそ、加減がきかねぇ」

 むくりと起き上がるのは全身を血で染めた金髪の少年だった。特に腹部の損傷はひどいの一言では片付けられない。本来なら即死していてもおかしくない。

 なのに少年は立ち上がり、砕けていたはずの拳を開閉していた。

「な、なんなのよあなたは!」

 周りの合成獣に命令を下すことも忘れてひだりは声を震わせる。

「俺か? 俺は俺だ」

 言った瞬間、十夜の体が微かに動く。刹那、吹っ飛ばされたままだった竜人が人外の動きを持って十夜に迫る。

「ったく、殺したと思ったんだけどな」

 咆哮を上げる口内には紅い輝きが生まれ、次の瞬間、火球と化して吐き出された。

「いいか、振り返るんじゃねぇぞ」

 再度警告。そして、迫った火球に歪な左腕を叩きつける。同時に秘められた熱量が爆音となって鳴り響き、周囲の容器をまとめて薙ぎ倒す。そして、その中心めがけて疾走する竜人は、邪魔な黒煙を切り裂き、

「釣りだ。受け取りな」


 吹雪 十夜は体内に病を飼っている。

 それはいつも、どんな時でも体のいたるところに根を広げ、自身の宿主を蝕んでいる。

『暴走する病』

 十夜は己の病をそう呼んだ。


 火球を受け止めた左腕、それはここにたどり着くまでの戦闘でへし折れ砕け歪んでいた。

 だが、竜人の目の前に突き出されるそれには傷らしい傷もなく、鉤爪状に構えられていた。別の意味の変化なら、いつも身につけていた黒手袋は失われ、ロングコートは肘まで失われている。だが、その程度のことであり、

「釣りだ。受け取りな」

 構えられた腕がそのまま振り抜かれる。動きはそれだけだったが、動きを止めた左手には、先程まではなかったものが握られていた。

「今度は強すぎだな」

『!!!!!!!!』

 竜人の絶叫。

 理由は黒衣が握る、紅い鱗を持つ巨躯の異腕。つまり竜人の右腕だった。そして、それはようやく思い出したように紫の血潮を噴出し、十夜はその血色をしていない血飛沫を浴びながら笑んでいた。

「暴走する病………それが俺の持つ借り物の力だ」

 言って、今だに絶叫を上げるだけの竜人を一瞥し、

「うるせぇ黙れ」

 今度は腕でなく叫ぶ頭部に左手を添え、

 壊音。鱗が破られ頭蓋が砕かれ脳が千切られる。圧力に耐え切れなかった眼球が飛び出し、肉片の混じった紫の噴水が宙に舞った。

「見ての通り種も仕掛けもありやしない」

「あ、梓さん達を取り戻して!」

 だが、と十夜は言葉を切り、二人の少女を担いだオラトリオに群がろうとしていた獣の一団を視界に納め、両の足に力を込める。

「そのまま走れぇぇぇーーー!」

 叫ぶ。だが、常識で考えるなら間に合う距離ではないし、前方で待ち構える異形達の姿まである。しかし、十夜は構わなかった。

 静から動へ、一から瞬へ加速する。

 黒衣が動いたと認識した瞬間、まずは立ったままの竜人の死骸が爆発的に四散し、周囲一帯に降り注ぐ。

「!」

 ひだりの驚愕をよそに、黒衣の旋風は向かう者の四肢を引き千切り、逃げる者は巻き込み切り裂き青年の背を追う。そして、突き出されようとしているサソリの尾とその近くで上下する美咲の白い肩を見た瞬間、

「第三深度まで開放」

 皮膚の下に張り巡らされた肉が蠢いた。

 主の命に従い、全身に潜んでいた病達が根を広げ、細胞レベルの変質を促していく。そして、それは蝕むと表現してもおかしくなかった。剥き出しの腕や顔に、禍々しい黒い帯状の紋様が浮かび上がり、脚部腕部がわずかながら膨張。これが病。吹雪 十夜の全身を蝕み暴走する病。

その変質を終えると同時に、十夜は音すらも置き去りにオラトリオ達とサソリ達の間に割り込んだ。

間を置かず全身に衝撃。痛みは感じなかった。しかし、異形達の凶器は十夜の体中を貫き、飛び散った血液は背後のオラトリオの白衣を微かに濡らす。だが、オラトリオは振り返らない。気づかなかったわけではないのだろうに。

「へっ」

 十夜は小さく笑って肩越しに振り返る。目が合った。

「・・・・・・」「・・・・・っ」

 亜麻色の長髪を流す吊り目気味の美貌は驚いたように目を真ん丸くしていた。だが、それも束の間、自動開閉がロックされた金属製のスライドドアを蹴破り、そこを潜った瞬間、

「十夜ぁぁーーー!」

 それは悲痛で物悲しく、

「後で覚えておきなさいよぉぉぉ…………」

 聞いていて目頭が熱くなるような類のものではなかった。むしろ、荷物を抱えて逃げ出したくなる、そんな叫びだった。

「はっ、ははははっはっははっはっ!」

 貫かれたまま、切り裂かれたまま血の泡が混じる口元を歪める。こぼれたのは笑い声だった。

「早く三人を追って!」

「そいつはさせねぇよ」

 言い終えるなり打撃音。蹴り上げられると同時に胴体の半ばまでを抉り取られたサソリの異形が宙を舞う。

「第四深度まで移行」

 身体を被う紋様の濃さが増し、四肢も歪に歪んでいく。膨張する筋肉に体勢が微かに傾き獣じみた前傾姿勢の戦闘態勢。それだけに発せられる威圧感は獣と評してもおかしくはない。

「言ったじゃねぇか、皆殺しだって」

 黒衣の獣が裂けるように唇の端を上げ、無造作に振られた両腕が、自身を貫いたままだった凶器を折り砕いて引き千切る。そして、目の前で立ったままの三体を刹那の時で引き裂いた。使うのは己の四肢だけ。しかし、それだけで異形の者達は解体され、人型からただの肉塊へ。

「あり・・あ、ありえない!」

 叫ぶのはひだり。見やれば顔を蒼白にし、ガタガタと壊れた人形のように震えていた。

「俺は歩く法律違反。どんな法も理も等しく俺を縛れない」

 言いながら、各所に突き刺さった異形の手足を無造作に引き抜き投げ捨てる。そこで気づく。

 一つ一つが致命の傷なのに、周囲の傷が互いに盛り上がり、膨張し、絡み合い、混ざり合う。そして、傷は最初からなかったように、傷のない肌が質感を取り戻す。

「そして、俺を蝕む『暴走する病』は法理を越えて全てを蝕んで行く」

「だ、だけど、その程度で私のキメラを殺せるとでも思って・・・」

「周りを見てみな」

 そして、頭上から迫っていた天道虫型の異形の口蓋を両手で受け止め上下に引き裂き放り捨てる。

「本来ならこれでだって死なねぇんだろ?」

 そう、人狼だって両断されても再生したのだ、同等以上の性能を持つひだりのキメラは………体のいたるところを黒の帯状の紋様に犯され静かに息絶えていた。

「う、嘘、なんで?!」

「致死遺伝子っつーのは知ってるか?」

 科学者でもある錬金術師にする質問ではない。だが、構わず十夜は講義を続ける。

「どんな細胞だって致死遺伝子とやらを持っていて、それらは老化が進み終わりが近づくと活性化させて死に至る」

「そんなのは私だって知ってる………」

「そして、俺の病はその致死遺伝子に似た性質を持っててな」

 剥き出しの左腕を掲げて見せる。

 そして、その腕に浮かぶ帯状の紋様は最初よりも太さと濃さを増して、その下の肉が蠢いていた。そう、この間も根ざす病は主の身体を侵食しているのだ。

「死に近づけば近づくほど全細胞が変質し活性化していく。そして、宿主の体が傷つけば、癌細胞みたいに増殖して元の通り。よっぽど俺を病で殺してぇんだろうな」

「死を原動力にした力? ………狂ってる」

 救うために死地に向かい、殺すために死に近づく。まともな神経だとは思えなかったのだろう、ひだりは嫌悪をあらわに黒衣を見詰める。

「ただし、この狂った力にはおまけがあってよ」

 黒ずみ、痙攣することすらない異形の死骸を指差し、それから怯える少女に向き直る。

「感染するんだよ」

 ひだりの正面に爆発的な勢いで迫り、守るようにして進み出たカマキリの胸板を手刀で貫く。

 黒手袋をはずされた右手の先がひだりに触れるか触れないかの距離で止まり、まとわりついた体液が彼女のほほを濡らす。そして、あまりの驚愕に見開かれた瞳の奥で瞳孔が収縮。

「そ、そんな………」

 声が震えるのはカマキリの身体を貫き目の前に突きつけられた指先のせいではない。貫かれた傷の端から凄まじい勢いで広がっていく紋様のためだった。

 そして、それが全身にまで及んだところで異形の足から力が抜け、石のように砕け散る。

「見ての通り、耐性のねぇ奴は一瞬で致死に至る。まあ、この病を取り込めるのは、学園都市でも二人しかいねぇから、ほぼ必殺だ」

 ひだりを見下ろしていた黒衣の死神は前傾姿勢になり、残り少なくなったキメラを見回した。

「お前は最後だ。狩られる気分を知って死ね」

 そして、獣になった黒衣が飛び出し、ひだりは絶望に塗れながら膝をついた。そして、呟く。

「助けて………兄さん」


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