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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
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それぞれの邂逅

「邪魔すんじゃねぇよ」

 やけに人気が少ない広い通路。おそらくクラスメイト達の成した結果であろうことを予測し内心で笑う。だが、目の前に立ちはだから異形に対しては殺意。

「カマキリ、クモに知り合いはいねぇ。脳味噌に銃弾の挨拶受けたくなかったら去れ」

 無益。意味のない行為。知っていながら口にする。

 前に立つのは人間大のカマキリとクモ。だが、人狼との違いは、人の情報を持たせたナノマシンと動物の合成体でなく、人と別生命体の合成獣ということ。前者は獣で、後者は元人間。

 それだけであり、それ以上の違い。

 獣を殺せば愛護団体に注意を受ける。人を殺せば人殺し。

「最後通告だ。下がれ」

 望むように、祈るように言って答えを待つ。

 そして、目の前を緑の刃が過ぎ去った。

「………そうかよ」

 銃声。銃声。銃声。

 同時に放たれた三発の銃弾が、目の前に迫っていたカマキリの頭部に例外なく直撃。同色の双眸を貫き体液を撒き散らさせる。

 その背後から忍び寄り、糸を吐きかけようとしていた異形には、回避を選ばず突進。同時に左腕が翻り、黒手袋の中にショットガンが握られる。それを牙の生え揃う口蓋に突っ込み、

 銃声、破裂。

 複眼が赤黒い脳漿と共に弾け散る。

「・・・・・。」

 どちらに対しても容赦の無い必殺。だが、背後から襲い掛かる斬撃に驚いた様子も無く、ショットガンの銃身で受け止め、突き出されてくるクモの前足は鋼鉄の靴裏で受け止めた。

「どうせ、全身情報仕込んだナノマシンも混ぜてんだろ? 制御チップ破壊するか五割を消滅させない限り死なないってことは聞いてんだよ」

 右手の拳銃をそのまま落とし、一挙動で抜き放ったスタンウィップを後ろのカマキリに放ち腕を絡めとる。

「聞くだけなら最強だが、弱点だってあるんだぜ?」

 残るショットガンも投げ出し、絡めたままの腕を取って一本背負い。ほほに触れる触角が不快だったが構いもせず、そのままクモに叩きつけた。再生中だった傷の中に頭から突っ込み、異形の悲鳴が上がる。だが、そこで容赦する気も無い。握ったままだったスタンウィップを力の限りひねり、

 閃光。

『!!!!!!!!!!』

 最近では聞き慣れてしまった異形の絶叫。

 内臓電力を失うまで続けられる光の乱舞は、緑の表皮を破裂させ中身が湯気を上げて痙攣する。もう一方はあらわな傷口を沸騰させて生物的な地獄絵図を表現していた。

「ナノマシンつっても所詮は機械。制御チップを含めて過剰な電圧電流を流されればぶっ壊れる。そして」

 光は止み、残されたのは肉の焼ける不快な臭いと、異形と異形が痙攣しながら混ざり合う奇怪なオブジェだった。

「象すらも即死させる三十万ボルト。これを受けて生きられる生き物なんていねぇよ」

 生物という意味では最強かもしれない。だが、決して無敵ではない。十夜がついたのはそんな隙だ。唯一であり致命であり決定的な隙。

「俺を呪いたけりゃ呪え。それでも俺は進むがね」

 そう言い捨てて異形等の横を過ぎ去ってゆく。そして、気づいた。

「・・・・」「・・・」「・・・・・」「・・・」

 いつの間にやら無言で立ち並ぶ異形の数々。気づいた十夜は反応らしい反応も見せず、そのまま凝視する。

「お前等もあの世行きが希望か?」

 床に落とした拳銃とショットガンを拾い直し両手に構える。そして、異なる二つの銃口を正面へと向け、

「さあ踊ろうか、地獄へ一直線の送葬曲で!」

 轟音。


 吹き付ける風は冷たく、周期を無視して輝く満月は別の意味で作為的な印象を受け、見つめる瞳も自然と細くなっていく。

 そんな空の下を一人の少女が歩いている。

 拘束衣にも似た白のドレスに全身を包み、抜き身のナイフを左腕に下げていた。

『固体名、神無月 右。学園都市内、連続通り魔事件首謀者』

 内心の呟きの示す通り、咲は一人で目指している。ひだりの兄、神無月 右のいると思しき病院に向かって。

『ただし、学園都市にその固体の存在を証明するものは無く、むしろ虚構の存在であることが推測される』

 そして、

「バカバカしい」

 突きつけられた真実というのは実にそういう類のものであった。信じるには馬鹿らしく、疑うにははっきりしすぎている。

『けれどそれが事実。神無月 右なんて人間はこの世に存在していない。全てが隠蔽されて全てが歪まされている』

 いるはずがないのにいる少年。それが咲の相対する敵であり似通った存在でもある。

『作り出す(クリエイター)に作られし、作り出された(クリーチャー)

 オラトリオは咲同様彼を助けたいと言っていた。その為にアレフと協力し情報学部の制御チップを奪い彼に渡していたのだ。

 あまりにも馬鹿らしい答え。その場で理性を総動員し、ナイフを抜くのは堪えた。そんな、明らかな偽りを信じられるほど子供ではないのだ。そして、事実だとしても見逃してやれるほど老練してもいない。

「あそこね」

 医療学部校舎近くに乱立する大小様々な白の建築物。それらは全て生徒のみに運営される医療施設の数々。そして、そこへ続く一本の道の真ん中で、細いシルエットが一人立ち尽くしていた。

「・・・・・」

 距離にしたら十メートル前後。最初からこちらに向かって歩いて来るシルエットに気づいていなかったわけではない。正確に言うなら、こちらの背後に向かっている・・・だが。

「・・・・・」「・・・・・。」

 相対しあえば知らざるを得なかったから、最後まで気づこうとしなかった。

「神無月 右ね」

「・・・・・・」

 互いにそれが、存在してはならないモノということを理解しあってしまうから。

「ろくに姿をあらわさないバーニィの話しでは、あなたと私は似通った存在らしいわ」

 咲は立ち止まり、右と呼ばれたパジャマ姿のシルエットも彼女に習う。うつむいているため意志も表情も感じ取れないが、それでいいとも思っている。

「それがどうしたって言われたらそれまでね。だけど、結果は変えられない」

 左手の中の刃を正面に向ける。

「なぜならあなたは、関係ない人間を巻き込んでまで望みを果たそうとしたから。そして、そこまでやった結果を無視して、そんな結末を受け入れたあなたを私は許さない」

 淡々と言うがまま。少年は淡々と聞くがまま。しかし、変化は訪れる。

「私は、あなたを殺そうと思う」

 薄暗い街頭の下、咲が爆発的に加速した。

 やや離れて見えた少年との距離が、瞬き一回でゼロになる。

 そして、突き出したままだったナイフを浅く引き、首筋めがけて一閃した。


 よたよたと、よたよたと。

「・・・・・。」

 叩き壊されたノートパソコン。元の形状を残さぬベットの残骸。陥没した床に例外なく砕け散った蛍光灯。

 室内はさながら獣が暴れ回った様相を呈している。

「・・・・・。」

 よたよたと、よたよたと。

 黒髪の少年が揺れている。前後へ、左右へ。

 つややかな黒髪、秀麗な眉目は開かれたまま虚ろで、意志の光は覗いていない。

「ぁぁ・・ぁああぁ」

 歩くという行為を今の今まで知らなかった。

 手足と言う概念がろくに無かった。

 開いた瞳に映る物が認識できていなかった。

「・・・あぁ」

 色というものを初めて知った。

 文字・・・脳内で思い浮かべる文字以外の一切を知らないがゆえに、どれが赤で、どれが青なのかもわからないが、初めて映す何もが鮮烈に思え、過剰な情報に沸騰する脳でも感銘を覚えることは出来た。

 少年の名は右。最初から全てを失っていて、最後まで失い続ける運命を背負った少年だった。生まれて出でた時から失っていて、血を分けた妹以外に頼れる者はいなかった。

「ひ・・・ひひひひひだり」

 最愛で最哀の存在。いつだって彼女が離れることを恐れていた。だから、自由を求めた。

 結果は、他人を犠牲にしてまで研究を重ね、その研究の結果を放り捨て、禁忌と呼ばれる存在を己の身体に埋め込んだ。

 もっとも、生み出した人狼はナノマシンの制御パターンを解析する程度には役立った。

「ひひひひひひひひひひひひひひ・・・ひひひひひひひひひひひひひだりだりだり」

 そんな認識を抱きながらも脳と行動の齟齬(そご)に意識の統一が出来ていない。揺らぐ意識もそのせいである。

「あは・・あはははははははは!」

 とにかく目指そうと思った。

 協力者代理とやらの言葉が真実ならば情報学部にひだり・・・最愛の妹がいるのだ。

 とはいえ、情報学部がどんな場所にあり、どんな色をしているのかも知らなかったが、それでも右は歩き始めた。

 よたよたと、ゆらゆらと。


 何かに導かれるようにして歩く。

 実際、導かれているのかもしれない。

 そう思って歩いていく先に、誰かが一人で立っていた。気づくまで気づけなかった。矛盾した思考を楽しみながらよたよたと、ゆらゆらと。

「・・・・・」

 視覚というものを初めて知った右には、それが大人なのか子供なのか老若男女の区別がつかない。

 だが、綺麗だと思った。

 空とやらに浮かぶ不思議なモノの光に照らされたそれは、ひどく美しく感じられた。

 その誰かが自分に向かって話し掛けてきている。しかし、唇は返事を返せない。

「・・・・・」

 それはひだりではない。ひだりだったら、こんな怜悧な声は出さない。

 だが、怜悧という印象を受けても綺麗な存在はそれだけで綺麗だった。右は初めて見る初めての綺麗な者に見惚れた。

 そして、綺麗な者が気づいた時には目の前にいた。左手に何かを握っている。


 一閃。


 首が異常に熱くなった。

 そして、知る。

「あ、あぁぁああぁぁあああぁぁぁ!」

 それが己にとっての死神という事を。


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