白と黒の邂逅
鈍く響く装填音。
「あなた、どこに行くつもり?」
「知るか」
そこは十夜の私室。
散らかりの目立つ床の上でロングコートを羽織ったまま、家主は闖入者に視線を向けるわけでもなく、そのままショットガンの分解整備に入る。
「情報学部校舎に行くつもり?」
「テメェに答える義務はねぇよ」
手馴れた手つきで部品の金属疲労を確認し、グリスを塗りこみ作動チェック。フルオート機能のついていない旧式のため、その分単純な機構が排莢ミスを起こしにくい。柄を短く切って携帯性を向上させているのが愛用している理由。
「エリスが行方不明なの」
「奇遇だ。クソ女も行方不明だ」
その二人が、ここの二人の知らない第三者と行動を共にしていたのは互いに知っている。
「だからって情報学部校舎に行くのは短絡過ぎない?」
「だったらテメェはどうする?」
質問を質問で返しながら、ショットガンをコートの裏に隠し、各種銃器と弾薬類を身につけていく。
「根元から断つわ」
「知ったわけかよ」
苦笑。
「ええ、最悪の理由を、最良の現実をね」
「だったらテメェはどちらをやるんだ?」
対する咲は戸口で黒づくめを見下ろしたまま短く息をついた。
「どちらも私が相対する。足手まといはここで寝てなさい」
見つめる先は昨夜負傷した足に、全身に色濃く残された痣や裂傷。組織変換をせずとも、魔女の瞳は十夜の容態を見抜く。
「手遅れになってからじゃ遅ぇんだよ!」
「そうならないために私が………」
「白雪、テメェが知ってるのか知らねぇのか知らねぇが、情報学部の最下層の連中が流している偽情報じゃ被害者は八名。そして、全て女」
「偽情報?」
「だがなぁ、それは見つかった上での八名だろうが」
十夜の言いたいことを理解する。だからこそ、一瞬だけ鼓動が跳ね上がった。
「ルガーの調べた結果、ここ一、二ヶ月で行方不明になった生徒数は三十七人」
「それが本当の情報?」
「こっちは男女混合。人種、体格、性別もバラバラ。最低ランクの技能者から研究室レベルの算術師まで幅広く。ただ、その中には異能者と」
「最高レベルの戦闘技能者である女性がいないというわけね」
考え過ぎという可能性もあった。しかし、否定するのは簡単だし、もしかしたら・・・という思いもあった。
「ならわかるだろうが、一分一秒のロスがろくでもない結果になる」
立ち上がり、両足にベルト型のスタンウィップを通して固定する。そして、そのまま足を引きずりながら咲の立つ戸口の前で立ち止まる。
「だから、テメェの知ってる真相なんぞ知らなくても、俺は知ったアイツ……アイツ等を助けに行く」
「………いいわ」
言いつつも引かない。そのためにたいして違わない背丈のシルエットが触れ合わんばかりに接近した。
「あなたはあの娘達を助けなさい。だけど」
白の少女が道を譲る。
「しくじったら殺す………って言うんだろ」
黒の少年が道を通る。
「わかってるわね?」
「けっ、テメェもな」
二人はすれ違い、再び二人から一人に別れて終わる。
何もかもが正反対である彼、彼女に協歩は在り得ない。知っているからこそ、理解しあっているからこそ背を向け合う。
「死なない程度にがんばれや」
「死んでもあなたは守りなさい」
互いに苦笑。そして、背を向け合う二人は、それぞれ目的に向かって歩き出した。
「お前はどちらにつくつもりだ?」
黒の少年と白の少女が背を向け合うのを見詰めながら、オラトリオ・エレクトラ・サイフォンフィルターは、グローブに包まれた指先で髪先を玩ぶ。
「白にも黒にも染まらない。それが俺の生き様さ」
軽薄に笑うのはアレフ・マステマ。
名に裏切りを持つ『嘘つき』である。
「………とはいえ、個人的にはホワイトスノーを絶妙のタイミングで助けたいねぇ」
「なら、俺はエリス達を迎えに行く」
時は暗闇、場所は無人の校舎前。少年と青年は向かい合う。
「荷が重くない?」
「なら咲の助けになってやっても良い」
生憎、と言葉を切って両手を皮ジャンのポケットに突っ込む。
「俺はこのまま帰りたいね」
笑う。一歩下がって嘲り笑う。
「あんたの責任はあんたが取れよ。情報学部を無力化したためにあいつ等が帰ってこなかった。だから、死体だろうが瀕死だろうが肉片だろうがあんたが……協力者のあんたが取り戻してこいよ」
「そうだな、協力者代理」
白衣の青年と軽薄の少年が、咲達にならって背を向け合う。それがらしいと思いながら。
「もしもミスったら」
「殺すというのか?」
アレフは首を横に振る。
「サキと十夜に殺される。あんただけじゃなくて、俺もおまけで」
互いの足音が遠のいていく。しかし、静まり返る闇時ゆえに声だけは明瞭に響いた。
「互いに難儀だな」
「死んでなかったら明日会おうな。五人でさ」
その時だけは、口元から軽薄を消して笑う。だが、背を向けるオラトリオは気づかない。気づかないからアレフは消したのだ。
せめて、空にだけは向けてみよう。そう思って見上げた先にあったのは、またもや真球を描く満月であった。
最初にぶつかるのは美咲達を捕らえた思しき何者かが潜む、情報学部校舎の警備隊。昨夜起こった進入騒ぎのため、ただでさえ厳しい警護が目に見えて増していた。
「おいおい勘弁してくれよ。こっちは怪我人だぜ?」
やや離れた茂みの中、双眼鏡を片手に十夜がぼやく。とはいえ自動小銃を構えて巡回しているダース単位の機械戦闘学部生徒に向かって突入するような無謀なことはしない。
ただし、しないだけであって出来ないわけではない。手持ちの武装を使い、肉体の限界を超えて全力を尽くせば、目の前にいる全ての者達と、中に潜む生徒達までは皆殺しに出来る。だが、それだけだ。それ以上は出来ないだろう。いざという時に無力と化し、美咲達を前になにも出来なくなってしまう。
「くそ、どうする?」
誰にも隠した切り札を使うか否か迷う。
そして、結論は否。こちらも結局は必殺。無関係な人間を皆殺しにするほど十夜の心は壊れていない。
『結局、突撃しかねぇか』
「相変わらず馬鹿な考えだね」
口の中だけで呟いたところ、後ろからかかる声。
「ルガー?」
音もなく姿をあらわしたのは、見知った学級委員の姿。ただし、制服姿ではなく隠密行動用の暗色迷彩服。
「なんでテメェがここにいる?」
「自分が黒幕だと思っているんだね。でも、残念。自分がここにいるのは君達とは無関係な思惑のためだよ」
十夜の表情に浮かぶ疑念をよそに、普段と変わらぬ調子で続ける。
「自分はイシスの手伝いできた。と言っても、今日ここにはうちのクラスの連中がほとんど来ているはずだ」
「なぜ?」
「決まっているだろう? 自分がでたらめの情報と真実の情報を同時に流した。有益であり、同時に無益な情報をね」
情報学部の生徒がそんな真似をして良いのかと迷っていれば、察したルガーは薄く笑う。
「単純な者は有益を求めて、疑り深い強欲者は無益の裏の裏を探って蠢いている。それと」
表情から笑みを消して、
「最新情報。梓さんは確かに情報学部校舎内にいる。全ての回線から独立させたアナログの監視カメラが彼女達の姿を捉えている。そして、入る姿は捉えても、出て行く姿は捉えていない」
「他に誰かいなかったか?」
「特殊魔法学部のエリス・エアリス・アリスアビスと科学連金魔法士の神無月」
最初の名の方は知っていた。いつも咲と話している西洋人形のような少女のことだ。アレフに対する念動力に巻き込まれ、校舎の三階から落とされた記憶がある。五度ほど。
「神無月ってのはなんで一緒に居やがる」
「神無月 左右。彼女は情報学部内でさえ秘匿化された最悪の科学連金術師」
「魔法士だろうが魔術師だろうが関係ねぇ」
「詳しい話しは彼女から聞いた方が早い」
その言葉を期に、離れた場所から空に向かって照明弾が飛ぶ。
「合図だ。自分は直接手伝うことは出来ないけれど、総合的には助けになると思っている」
「助かる」
もう我慢する必要はない。そう思い煙草を咥えて火を灯す。そして、前方から悲鳴が上がったのを知り、改めて自分以上に非常識なクラスメイトに感謝と呆れ。
「さて、出撃だ」
同時刻、情報学部校舎内 秘匿研究室。
触手という名の賢石を一体化させた知覚領域で、外の騒ぎを感知。内心の望みと良心の狭間で生まれるのは安堵と舌打ち。だから、閉じていた瞼を開き、現状を再確認。
無意味に広大で、狭苦しい空間。天井それほどまでではないが並び立つ身長大のガラス容器のようなものには二人の少女の裸身が浮かんでいた。
長髪長身の少女が梓 美咲。人形のように愛くるしい少女の方がエリス・エアリス・アリスアビス。前者は肩から腰にかけて重傷を負ったのだが、代返細胞を構成し埋め込んだため、変わらぬ肌をさらしている。
「やっと手に入れられた」
最高レベルの肉体と、人の理を越えた異能。
今まで行ってきた実験の研究素材の中でも一、二を争う素体である。そう、素体。
禁じられた人体構成理論実験の素体。
兄の作った人狼すらも滅ぼし、自身が生み出した異形と戦い生き残る生命力。それは兄のために作る新しい身体の元になるにふさわしいと思えた。
「そう、あなた達は本当にすごいよ」
あの異形に囲まれるまで、情報学部によってプロテクトされていた記憶は閉じられたままだった。だが、人狼の事を知り、そこから閉じられた防壁は一枚一枚乖離していき、深層心理で強者を求め始めた。
それが目の前の梓であり、エリスというおまけまでついてきた。そして、行動を共にするうち、人狼が目の前で攻撃動作を中断した瞬間、閉じられた記憶は加速的に浮かび始めた。
結果、目の前で梓が血の海に沈んだ瞬間、兄のため・・・その言葉が全てを思い出させた。命令し、退かせ、彼女を助け、少女を捕らえる。
そして、今に至る。
「でも、時間が無い」
記憶が閉じていた分実験は遅れている。取り戻すにはすぐにでも取り掛からねばならない。そして、ひだりは賢石を握り、微笑みかける。
「さぁ、あなたも兄さんのための犠牲になって」
「それは困る」
聞いた覚えの無い声。というよりも、この秘匿研究室に自分以外の声が響くことは在り得ない。あってはならないはずだった。
「誰あなた?」
声だけは平静を装って、ひだりは声の方へ向き直った。そこに立っていたのは枯葉色の髪を指先で玩ぶ白衣の長身であった。
「エリスの保護者だ」
それがどうしたと言いかけたところで突如現れた長身、オラトリオが口を挟む。
「神無月 左右。君の目的は達成されている。そこの二人を解放するんだ」
「左右? 目的は達成されている? 何を言ってるの?」
裸身をさらす少女等を一瞥し、視線をひだりに戻す。
「最初の質問、それは君の本名だ。二つ目、君の兄は自身の足で歩き始めている。最後に」
穏やかな目元に哀れみが混じる。
「作り出すもの(クリエイター)、君の兄は君の兄ではない。君によって作り出された肉と機械の合成獣だ」