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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
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大切なモノ

『大切なモノ』



 人狼との戦闘終えた翌日、戦闘学科内は騒然となっていた。

 最初に情報学部が謎の襲撃を受けたという事件と、その中で巡回待機していた機械甲冑乗りと管制室の生徒達が例外なく意識を失わされていたこと。

 そして、最大の事件は、禁忌指定されていた情報制御チップが盗難されたという事実だった。たかが情報制御チップと鼻で笑う者も多かったが、もしそれが量産され知るべき者が知り使用した時、学園都市が地獄と化す可能性を秘めていたのだ。

 それを知らない少年少女は、いつも通りの学校生活を送り、友人達と語り合う。

 それを知る者達は慌てふためき、逃げ出そうにも学園都市全体にそびえ立つ巨壁の前に絶望する。

「クソ女知らねぇか?」

 そして、十夜の所属するD組の生徒達は、第三者の立場で行動していた。

「わからない。昨日は反対に十夜を探していたよ」

「知ってる。だから聞いたんだけど知らねぇならいい」

 ルガーの言葉に短く息をついて、足を引きずりながら背を向ける。

「………予想以上に大事になったみたいで、珍しくクラス総出で事態に当たっているみたいだ」

 そう、普段から少ないクラスメイトの姿が、今日に限ってはルガーを除いて一切ない。

「そういうてめぇは?」

「自分は動くべき時に動く」

 そうかと言って十夜は歩みを再開した。

「吹雪、君はどうするつもりだい?」

「引き金を引くだけさ」

 そして、黒衣は去っていく。


「エリスの姿が見えないけど?」

 オラトリオの研究室を訪れた咲は、開口一番問い掛ける。

「………私もバーニィを通して探しているところだ」

「昨日の騒ぎと無関係とは思えないわ。それに、私のクラスに行ったらもぬけの殻だった」

 アレフは昨晩から音信不通のまま。聞いてもいないのに教えられた携帯ナンバーにかけたところ、そんな番号は存在しないと感情のない電子音声に告げられた。

「咲、お前はどこまで知って、どこまで進んだ?」

「私の身体が禁忌を秘めてることくらいよ」

 変わらぬ拘束ドレスの右袖を軽く振って示した。だが、テーブルもどきの前で腰を下ろすオラトリオの表情は変わらない。

「多かれ少なかれ、この学園都市に絶望した者達は、あの壁を砕くための手段を探している」

「それが私? 話しが見えないわ」

 身体の負担と不調のため、昨夜は情報学部への進入は断念した咲だ。それだけに苛立ちの色は濃い。

「今回の事件は、そうした者達の一端が起こしたものだと私は推測する」

「卒業まで待ちなさい」

 当たり前でありながら、そうでない言葉にオラトリオは苦笑する。

「話しを聞くんだ咲。そうでなければフォローも出来ない」

「してもらうつもりはないわ。ただ、情報だけを教えなさい」

 刃のように怜悧な口調と表情に、青年は肩をすくめて苦笑を濃くする。

「例えば?」

「獣とナノマシンを合成したキメラ。それを作った人の名前」

「それだけでいいのか?」

 咲は頷く。そして、二人はそのまま見つめあい、やがて、オラトリオの方から視線を逸らす。

「わかった。これ以上首は突っ込まないことにする」

「賢明ね。それで、科学錬金術師の名前は?」

 その言葉に、オラトリオはあきらめたように息をつき、そのまま老練した声で呟いた。

「神無月、それが情報学部に隠蔽されるまでの技術力と魔力を持ち、存在自体が禁忌指定された魔法士だ」


「………ひだり」

 待つ者の呟きは想う者への哀愁に染まり、そのまま闇に包まれた世界で消え行く。

「どうして、来てくれないんだい?」

 いつもの時間に訪れるはずの己の半身。

 否、半身どころではない。

 右にとって、ひだりは己以上の存在だった。彼女のためであったら何だってできるだろうことを自覚している。

「だけど、どうしてこないんだい?」

 こんなことは初めてだ。どんなに忙しくとも双子の妹は朝の挨拶を欠かしたことはない。これない場合は音声メールをよこすのだが、それすらも皆無というのは初めてのことだった。

 内心に生まれた動揺に対抗しようとしたところで、自身ではなにも出来ない事実に愕然とする。

「僕は………僕はいつだってなにも出来ない無力な無能だ」

 とここで、扉をノックする乾いた音が鳴り、慌てて見えぬ瞳を扉への方向へ向ける。続く開閉音。

「ひだり?」

「残念無念」

 薄ら笑いを感じさせる軽い調子の声。

「誰だお前は?」

 声のトーンは落ち、口調に凄みが増して威嚇する。

「俺? 俺は協力者さ。つっても代理なんだけど」

 軽薄な口調に軽薄な声。それは足音も感じさせずに近づいてくるのがわかる。

「代理? 虚構からそんな話しは聞いていない」

「俺としては帰ったっていいんだぜ? 昨日無理してまで手に入れたチップを持って帰って」

 胸の奥の鼓動が一瞬だけ高鳴り、沈静化していく。

「いいだろう。少なくともこの場だけは信用してやる」

 妹の前では決して使うことのない冷気に満ちた口調に、見えぬ協力者代理は笑ったようだ。そして、眼前のノートパソコンの上に乾いた音が鳴り、チップが置かれたことを知る。

「言っとくけど扱いは注意しろよ? こいつは情報制御理論を納めた一種の兵器だ。というか、魔法と科学の合成融合生命体? このちっぽけな金属の欠片は生きてるんだとよ」

「何を今更」

「知ってて使うのか? 俺だったらごめんなんだけどなぁ」

 協力者代理はおどけたように言って、右の神経を逆なでる。

「僕を見て笑うような立場の人間にはわからない」

「なにそれ? あんた被害妄想強すぎ」

 その言葉に、思わずカッとなって叫びそうになるが何とかこらえ、待機中だったノートパソコンを起動し目的のファイルを開く。

「もういい。約束の情報を持って消えろ」

 同時に排出されるフロッピーディスク。代理はそれを引き抜き、音もなく気配を遠のかせていく。

「そうそう言い忘れてた」

「なんだ? 偽りの情報を渡したつもりはない」

 そうじゃないと言って続ける。

「そういやあんたが囮に使った狼男、情報学部内で反応消したの知ってるよな?」

「知ってる。必要最低限のデーターは取れた」

「違うって。誰があれを破壊したのか知らないわけ?」

「どうせ機動騎士学部の梓が………」

「あんた馬鹿?」

 余りにも直球な侮辱に右は紡ぐべき言葉を思い浮かべることも出来ない。

「あの化け物は、それ以上の化け物に滅ぼされたんだよ。あんた以上の天才によって生み出された化け物によって」

「どういう意味だ!」

「それがわからないから馬鹿なんだよ。まあいいか」

 そして、ドアが開く。

「最後に、あんたの大事な妹と梓にエリスの三人が、その化け物どものとこにいるらしい」

「貴様が?!」

 違うと漏らし付け加える。

「あんたが動かなくたって俺も動くし。あんた以上の天才とやらがあんたでない保障もないし」

「お前は何がいいたいんだ!」

「俺の周りには嘘つきが多すぎるってことさ」

 そして、扉は閉じられる。あえて鳴らされる足音は、右にとって嘲りとして響く。だが、それ以上に、

「………ひだり」

 協力者代理の言葉が正しいのならばすぐにでも手を打つ必要がある。だが、そのためには自身が動かねばならない。

「・・・とにかく今は情報だ」

 手は一つしか残されていない。右は、

「虚構へ音声メール」

 自嘲すら込めた口調で、

「初めての人体実験は自身になるようだ。これもお前の思惑か?」


最初であって最後の手段。それを選ぶのは愚者であり、愚者ゆえの賢さだ。愚者の賢さは天才の気紛れにも似ているだろう。だが、両者の違いは余りにも致命的で決定的である。

 だから右は、愚者の賢しさを選んだ。

 後先を考えることのない愚者の知恵を。

「代理の言葉が嘘だとしても、それでも結局は避けて通れない道」

 身体制御の実験として体内へのナノマシン投与は終わっている。ただし、右の作った人狼のように構成制御用チップを体内へ埋め込んでいないだけの違い。

「ひだりのために、僕のために」

 手の平に乗せられた硬く薄いそれは、金属の感触を残しながらも、なぜか不思議な温もりを残している。それは在り得るはずのない生物としての温もり。それを手に乗せながら思う。

「これで僕も化け物の仲間入り」

 ろくに力の入らない拳を力一杯握りこむ。

 肉に異物が突き刺さり、半ばまで埋まったそれは、引き込まれるようにして潜り込んで行く。

「うっ・・・くぅぅ」

 自身の形状を変え、肉の中を蠢き、血管を駆け抜け一点を目指す。

「あぁあぁぁぁ・・・」

 全てを司り、全てを支配する脳へ向けて。

「ああぁぁああぁぁぁぁぁーーー!」

 そして、終末へ向けて。


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