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チートしかいない二年D組  作者: 神谷 秀一
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始まり

 それがいつからあったのか知る者はいない。しかし、いつしかそれはそこにあった。誰かが気付く前に、気付かれる前に、悠然とそびえていた。

 一つの大陸にすら匹敵する広大な土地を囲む、巨大というには言葉の足りない灰色の壁。

 だが、その壁には扉らしき物はない。

 しかし、それでも年に一度だけ、いつの間にか作られたのかわからないような、豪奢で巨大な扉が現れ、気付けば開かれる。その時が、中を見ることのできる唯一のチャンス。だが、奥にあるのは一見、平凡な風景だ。

 しかし、見る者が見れば気付き、違和感を覚える事だろう。

 町を歩く青年。恋人の手を取る少女。噴水の周りではしゃぐ少年達。店頭で商売にいそしむ少年。買い物カゴを持つ少女。

 ………その世界にいる者達は、誰もが歳若い。皆少年少女と言っていい。だが、その壁の内側の子供達は、その事実に違和感を覚える様子もなく生活していた。

 だが、ほんの一握りの子供達が皮肉のように漏らしていた。ここは子供達だけが暮らす広大で閉鎖的な都市。

………学園都市と。


 今日も閉じられた扉の向こうで物語が始まる。子供達だけの、子供達のための、

 唯一にして無二の物語が幕を開ける。


『異端者』



 この場合必要だったのは、行為の正確さと、それを支える集中力だった。正確さを欠けば目の前の物体は閃光と共に弾け、自身の破壊力を解き放つだろう。

 飛ばない鳥はいない。物を切らない刃物はない。そして、爆発を知らない危険物はない。

「・・・・・。」

 そこは、薄暗い闇に満ちた、広さも天井の高さもわからないような、そんな世界。唯一目に出来るのは、時折揺らめくアルコールランプの微かな赤と、その前でゆっくりと一定間隔にビーカーを混ぜる黒マントの影だけだ。

 影は小柄だった。フードから覗く髪が長い所を見ると、女性なのかも知れない。

 ピッと。

「あっ」

 ビーカーがヒビを走らせるのと、ソプラノが短く声を上げるのは同時。刹那、室内に閃光と破壊力が解き放たれた。


「………で実験へまって、科学研究室ふっ飛ばしたわけ?」

 そこは教室。SHR前特有の騒がしさで満ちている。見れば長身の少女が黒づくめを殴り飛ばし、小猿のような小柄な影がはしゃいでいた。

「深夜に作業してたから証拠は残してないわ。アリバイ工作も完璧」

「余計タチ悪いって」

 そんな騒がしさとは無縁な左斜め前方の席で言葉を交わしている一組の少年少女。少女が席に座りながら頬杖をつき、少年は窓際の縁に尻を乗せてあきれていた。

「新型ナノマシン・・・完成すれば科学戦闘魔法士の革命が起こったかもしれないわ」

「確かレポート、エレなんとかの新理論?」

 頷く少女は短く切り揃えたプラチナブロンド。本来は肩口まで伸ばされていたのだが、昨夜の実験によって焼け焦げてしまったため今の髪形に落ち着いている。

「それに体質上の資格判定が降りなかった生徒でも擬似脳の構築が可能になるため……」

 鋭い刃物のような眼差し、通る鼻梁には縁なしのメガネ。紅を塗らなくとも鮮やかな唇。

 現実感のないガラス細工のような少女だった。女性にしては高めの身長と中性的な肢体が、その印象に拍車をかける。

「サキ、お前の話しは長い。しかも趣味になると」

 彼女の名前は白雪(しらゆき) (さき)。今年の春に十七となった学園都市 二学年の少女。

「アレフ、あなたは人に合わせる事を知りなさい」

 対するは脱色した長い茶髪を後ろでまとめた長身気味の少年だ。整った容姿は咲と共通する部分があるが、豊富な表情がそれを補っている。しかし、その表情が消えればひどく冷たい横顔が覗く事を咲は知っている。

 彼の名前はアレフ・マステマ。「嘘つき(ライアー)」の名で有名な生徒である。性格の悪さと狡賢さでは、同クラスの黒づくめに匹敵するとも言われていた。

「ったく、口の減らない女だな」

「あんたにだけは言われたくないわ」

 この二人が所属するのは戦闘学科。ただし、正式に所属しているのはアレフだけで、咲は本籍を理工学科の特殊科学学部に置くダブルメジャーだ。

 とはいえ、彼女の資質は科学者よりも戦闘者に向いていたようで、実験に失敗し校舎を半壊させた後、先輩の男性の進めもあり、二年に進級してから戦闘学科の機械戦闘学部にも所属する事になった。

 ただし、資格認定試験の時にやりすぎてしまったようで、デンジャーのDとまで呼ばれる問題児の収容施設、二年D組に所属させられる事になった。

 そして、知る。

「このクソ女、いい加減にしやがれ!」

「うっさいわね、人の陰口は聞こえないとこでやりなさいよ!」

 銃声。打撃音。

 進められたというのは形だけで、ようは(てい)のいい厄介払いだったことを。

『覚えておきなさいオラトリオ』

 目を細めて唇を噛む。

「どうした可愛い顔が台無しだぞ?」

「あなたの人生を台無しにしたくなかったら席に戻って黙ってなさい」

 ここでアレフがへらっと笑い、咲が冷笑を浮かべる。

「オマエはもう少し可愛げがあればもてる」

「あなたはもう少し黙ってればもてるわよ」

 問題児の集まる教室の中の二人、アレフと咲は、そんな少年少女だった。


「突発的テロの鎮圧の際に必要な兵装は、突入時のサブマシンガンと遠距離狙撃のためのライフルが一般的で、人質がいる場合はスタングレネードの使用も効果的とも言われている。ただし、注意しなければならないのが心臓の弱い傷病者がいる場合は衝撃に心停止の可能性があるので細心の注意を払わねばならない」

 昼休憩前の最後の授業。教壇に立つ「教育実習生」が真剣な様子で実戦戦闘理論について語っていた。

 教師でなく教育実習生なのは、この学園都市に大人と呼ばれる者達が皆無だからである。

だからこそ、各学科の教育学部生徒が特定の任期に渡って教鞭をとる。その際のスキル不足は、あらかじめ用意されている教育プログラムが補ってくれるので問題はない。

「だが、テロというものには絶対と言っていいほど後手に回らざるを得ない。学園都市でも過激派が事件を起こす場合には少なからず犠牲が出ていることを忘れてはならない」

 結局は教壇に立つ首がすげ変わるだけで変化のない日常。その事実に気付いている生徒は極少数だ。そして、咲はそれに気づく少ない生徒の一人だ。

「必要なのは冷静さであり、例え隣人が炎の中で失われようとも、激昂せずに立ち向かう心構えが必要だ」

 壁と呼ぶにはおこがましい壁の中で囲われて育った少年少女は、物心つく前から閉じ込められているために気付かない。気づく事が出来ないように教育・・・洗脳されている。

「聞くだけなら冷静でいられると勘違いしている者達もいるだろうが・・・」

 とここで授業終了のチャイムが鳴り響く。白人の教育実習生は、天井のスピーカーを見上げて息をつく。

「よし、今日の授業はこれで終りだ。各自教科書の続きを読んで置くように」

「起立、礼」

 学級委員であるルガー・サイレントの声に、戦闘学科名物の敬礼が送られる。ただし、この問題児収容所ではその数もまばらで中には眠ったままの生徒すらいた。

 一瞬、白人教育実習生の顔が引き歪むが、注意した所で治らないことを知っていたので、そのまま無言で教室を後にした。

途端に賑わう二年D組。昼食を買いに走り出す生徒の姿も少なくない。

「やられる前にやれ。奪われる前に奪え」

 これがクラスのスローガンだ。教育委員会で問題にまでなった彼等は、標語の証明といわんばかりに、気に入りのパンを買うために生徒達を銃で撃ち、近道のためにと言ってC4で壁を爆破する暴挙に出る始末。

 そんな連中の中で咲は慌てず騒がずの少数派であった。それに、今日は手製の弁当を用意している。ただし、咲による手製ではないが。

「おっ、うまそう。俺にも分けてくんない?」

「嫌よ」

 あっさりと断言、取り付く島もない。

「今から購買部に行きなさい」

「今頃はジュダルが買い占めやって、ニスネクが割高で販売してる頃だ」

 彼等が教室を出て一分も経っていないのだがそういうことらしい。ちなみに購買部は普通に走って五分ほどのやや離れた場所にある。

「じゃあ飢えなさい。それと視界に入らないで、鬱陶(うっとう)しいから」

 物欲しそうな顔で手元の弁当を覗き込むアレフに冷たく言って箸を取る。今日の中身は炊いた白米に柴漬け、笹切りきんぴらと鰯のハンバーグに三色そぼろ。意外に手の込んだ物だった。

「いいよなぁ、弁当作ってくれるような可愛い彼女がいて」

「彼女ってなに? あぁ、ようはひがみね」

 去るつもりのないらしいアレフの皮肉に皮肉で返し、きんぴらを口に運び咀嚼。

「ほんとに分けてくんないのか?」

「エリスがあなただけには食べさせないでって。あんな奴ドックフードが似合いだわとも言っていたわ」

「あの発育不良チビ!」

 聞かれたら殺されるわね、と内心呟きながら、白米とおかずを均等に食べていく。作った本人が、咲の小食を知っているため、食べ終わるまでも早い。そして、弁当箱の中身は、あっという間に空になった。

「ご馳走様」

 言って両手を合わせる。どこで覚えたのかはわからないが、気付いた時にはしていた習慣だった。

「ひ、ひでぇよサキ! 愛する俺の為に米の一粒を残すような優しさはないのか?!」

「米一粒で空腹が紛れるわけがないでしょ」

「比喩だ比喩!」

「大体愛するってなに? 私とあなたの間では決して起り得ない感情よ」

 言いながら閉じた弁当箱を赤のハンカチーフで包んで結ぶ。

「さあ、どきなさい。私はこれをオラトリオとエリスの所に届けに行くから」

 その弁当箱を手にとり咲は席を立つ。

「俺も行く。ひょっとしたらオラトリオがなんか奢ってくれるかもしんないし」

 歩き出す咲の横にアレフが並ぶ。

「迷惑よ」

「恥ずかしがるなよ」

 肩に手を回そうとするアレフ。その顔面向かってつま先がかすめて過ぎる。

「………今、本気で顎砕こうとしただろ」

「よくわかったわね」

 事もなげに言って歩みを再開。アレフは先程より少しだけ離れて横に並ぶ。そうして二人は教室を後にした。


『子供と保護者』



 白い壁に囲まれた研究室。ただしそこは、個人用に割り当てられたスペースのため十帖ほどの広さしかない。

 十帖と言ったら広く感じられるかもしれないが各種機器が所狭しと並べられ、生活スペースの共用を強いられたとしたら話しは違ってくる。ここは、そういう部屋だった。

 室内の端に向かい合うよう設置された二台のソファー。その間にあるのは適当な長さに切った支柱の上に載せられた鉄板。テーブル代わりという事だろう。古びてはいるが錆びていないのが唯一の救いだ。

 そして、そのソファーには二つの人影があり、そのテーブルもどきには二つのマグカップが置かれている。

「お姉様こないね~~~」

 手前に座っていたのは小さな少女だ。幼い愛らしさを宿したスカイブルーの瞳と容姿。蜂蜜色の長髪は滑らかなウェーブがかかり、アンティークの衣装とあいまって人形のような印象が微笑ましい。ただし、この少女。外見は十二歳ほどの小学生にしか見えないのだが、その実は高等部一年に昇級したばかりの十五歳である。名はエリス・エアリス・アリスアビス。

 外見上のコンプレックスを抱えているため、事実であっても小さいや、愛らしいといった言葉に過敏なまでに反応し、過激なまでに暴れ、周囲に過剰な破壊を撒き散らす。

「まあ、昼休憩は長いから気長に待てば良い」

 なだめるように言ったのは向かいの窓際側に座る長身。眼差しは穏やかで優しげな風貌。枯葉色の髪はクシを通しており、肩に引っ掛けた白衣と合わさり清潔感があった。

「ふんだ。オラトリオは頼まなくたって会いに来てもらえるんだから良いわよね」

「咲だってエリスに会いたくなかったらここにも来ないさ。だから、そんな風に拗ねないで欲しい」

 彼の名はオラトリオ・エレクトラ・サイフォンフィルター。学園都市 理工大学 特殊化学学部研究室員の肩書きを持つ二十歳を迎えたばかりの青年だった。

 咲を戦闘学科へ行くよう進めた人物であり、二回生にして彼女等の保護者の肩書きを持つ研究生である。それだけに日頃からの気苦労が絶えないはずなのだが、その目元から微笑みが消える事はない。

「おや、そろそろきたみたいだ」

 言われた背後の扉に耳を向けると、静かに切って捨てる少女の声に、無闇に騒ぎ立てる少年の声が空気を通じて少女の鼓膜に届いた。

「げっ、あいつはこなくていいんですけれど」

「エリス、そんなこと言ってはいけない」

 言い終えた瞬間を狙ったように、出入り口のドアが開かれる。

「おぃーっす、来たぞオラトリオ」

「余計なの連れてきてしまったわ」

 無闇に元気なアレフと、溜め息混じりの咲がドアをくぐる。

「二人とも。お茶を入れるからソファーでくつろいでいてくれ」

 言ってオラトリオが席を立つ。

「アレフなんかに淹れなくたっていいのに」

「なんか言ったか人形幼児」

「吹っ飛ばすわよ?」

 テーブルの上のカップが音を立てて振動し、中身の紅茶が渦を巻き始めるのを見て咲が割って入る。

「エリス。お弁当美味しかったわ」

 さりげなく彼女の肩を抱いてソファーに腰を落ち着けると、隣の表情がとろけるような満面の笑みに一変した。

 内心の溜め息を隠しながら、持っていた弁当包みをテーブルの端に置く。

「お姉様が好きなおかず全部知ってるから」

「俺の好きなオカズは知ってるか?」

「下ネタに走るのやめてくれないかしら? 余計にアホっぽく見えるから」

 咲とは反して百八十度旋回した嘲りの軽蔑顔で、見た目は小学生の少女が笑う。

「あなた達は顔を合わせる度にそうね」

「大丈夫。お姉様の前ではいつものあたしだから」

「この多重人格女め」

 アレフが言って咲の隣に立った所で、当の咲が向かいのソファーを指差す。

「このソファーは二人用よ」

「だからこそ、肌と肌が触れ合えるのさ」

 とここで、突然アレフの体が浮き上がった。

「エリスてめぇ!」

 飛び跳ねたのなら勢い良く浮き上がるはずだし、そのまま重力に引かれて床に着地するはずである。しかし、アレフの身体は風船のように浮き上がり、天井すれすれのところで止まっていた。

「下ろせ、この野郎!」

「野郎だなんて、あたしは華麗な美少女よ」

 アレフが宙で手足をじたばた動かしているが何の効果も得られないようで、コンクリート剥き出しの天井を蹴っても、足が痺れるだけでピクリとも動かない。

「エリス、そろそろ下ろしてやったらどうだ?」

 なだめるように言ったのはお盆を手にしたオラトリオだった。手のお盆の上には湯気を上げる二つのカップが置かれている。

「嫌よ、この馬鹿がお姉様に汚らわしい行為を行なおうと企んでいるのだもの」

「エリス」

 咎めるような青年の声に、小柄な少女は悲しそうに目を伏せ、自分の正面を指差した。そして、その何もない空間に向かってアレフの身体が移動していく。そして、ソファーの真上までたどり着いたところで、

「うぉっ!」

 突然重力に引かれて落ちた。

「もうちょっと静かに下ろせよ!」

 ぼやきながら腰をさするアレフの隣に、オラトリオが座って紅茶を配る。

「アレフも年上なんだから落ち着きを持て」

「無茶言うな」

 苛立たしげにカップを掴むと、あおるように紅茶を飲む。一方咲は香りを楽しむようにゆっくりと口をつけている。微かに漂うブランデーの香りが、何気ないセンスを感じさせた。

「次、お姉様にちょっかい出そうとしたら、そこの窓から放り出すからね」

 彼女の言葉が意味するのは、彼女の持つ能力だ。

「一応言っておくが、ここは四階だ」

異常現象(ポルターガイスト)』のエリス。それが彼女の呼び名だ。

 物理的に働くサイキッカー。所属こそ魔法学科であるが、学部は様々な異能者ばかりを集めた特殊魔法学部。ただ、クラス編成するにはその人数があまりにも少ない上に年齢もバラバラ。それゆえに普通は他学科を兼任し年齢にあったクラスに身を置く。

「前やった時は死ななかったもの」

「今度は死んだらどうするんだよ」

「手を組んで祈るわ。アレフの魂が冥界に落ちることを」

 エリスが兼任していたのは普通学科。普通に勉強して普通に進学するためのオールマイティーな学科である。だから、彼女の異常現象(ポルターガイスト)が発生した。

「せめて、天国にしてやってくれ」

「突っ込む所が違うぞオラトリオ」

 転入を果たすなり「可愛い」だの「ちっちゃい」「お人形みたい」「小学生?」など言われて揉みくちゃにされた瞬間、彼女はあっさり爆発した。

 群がっていた生徒達は例外なく吹っ飛ばされ、突然の雷鳴と嵐に蛍光灯が弾け、全てのガラス窓がガタガタ震動しながら砕け散る。

 次に教室中の机やイスが一斉に浮き上がり、中身を吐き出しながら乱舞した。その中で人形のような少女は目を爛々と輝かせて哄笑していたのだという。

 結果、全ての少年少女が恐怖に泡を吹いて失神し、エリスは即日退学処分を受けた。そして、その時の悪名が災いし、他の学科も彼女の転入を拒むようになった。だから、現在の彼女は特殊魔法学部だけに在籍し、普段はとある生徒に個人指導を受けて勉強している。

「まあ、あんたがお姉様に手を出さなければいい話しだし」

「女同士が認められるのはビデオの中だけだ。それ以外は断じて認めんぞ!」

「やっていいわよエリス」

 さらりと漏らす咲の許可に、触れてもいないのに窓のロックが外され、そのまま横に開かれる。覗くのは青い空だ。

「ま、待………」

「死ね、下劣男」

 小さな唇が呟く小さな声に、アレフの身体が浮び上がり、そのまま勢い良く窓の外へと放り出されて見えなくなった。

「・・・二人共」

 眉間に指先を当てて考え込むような仕草を見せるオラトリオ。

「同性愛は摂理に反している」

「つっこむのはそっちなの?」

 ちなみに咲は同性愛者ではない。エリスの方が勝手に引っ付いてくるだけだ。

「同性愛のどこがいけないの? あたしとお姉様の愛はいつだって年中無休の永遠よ!」

『永く遠い未来。その永遠を、年中無休と表すとはね』

 どこからともなく、面白がるような声が響いてきたかと思えば、天井に設置されていた3D投影機が音を立てて作動し始める。

「バーニィ、別の意見はないの?」

『被害は被りたくないですからね』

 現れたのは三人のすぐ近く。テーブルもどきの横に一人の少年の姿が浮かび上がる。

『右目と右手の調子はどうですか?』

「問題ないわ」

 痩身中背、髪は透けるような銀髪。全てが計算された目鼻立ちは、男物の学生服を着ていても妖精のように可憐で美しい。

「あらバーニィ、ネットサーフィンは終り?」

『常連のサイトが閉鎖していましてね』

 エリスは虚空から現れた美少年に驚きもしない。なぜなら彼は、今やどこかに飛んでいってしまったアレフを含めた四人の知己だったからだ。

 バーニィ・キメラマンティコア。

 生身の体を持たず、コンピューターの中だけで生きるデーター生命。それが彼だ。こうやって姿を現せるのは、専用の投影機を設置した室内のみで、音声は壁に埋め込まれたスピーカーを通して発している。

『ひどい話しでしてね』

 普段は豊富な知識を生かしてエリスの教師役。他には多忙なオラトリオの研究を補佐し、問題児である三人のフォローに回り情報の改竄(かいざん)を行なっている。

『聞いたところによると、昨夜の化学研究室爆破事件によって、作成中のレポートが全滅。ネットの更新どころじゃないらしいですね』

「むごいわね」

 爆破犯人が涼しい顔でコップの中身を飲み干す。

『情報学部が依頼されて調査したんですが、証拠どころか指紋一つ残っていなかったようです』

「プロの仕業ね」

 空になったコップを置くと、オラトリオがポットを取っておかわり注いでくれる。ブランデーを一滴垂らすのも忘れない。

「昨夜の揺れはそれか」

 オラトリオとバーニィ、それにエリスの視線が一箇所に集まる。

「・・・・・なに?」

『ボクとオルダーに依頼が来ましてね。引き受けようか引き受けまいか迷っているんですよ。参考程度に意見を聞いておこうかと』

 にっこりと極上の笑みで問い掛けるバーニィ。男女問わずに魅了する電子の妖精の笑顔は、場合によって鎌を掲げる死神の宣告のように映る。

『今の内なら握り潰せるんですけどね』

「・・・次からは気をつけるわ」

 観念したように息をつくとバーニィは満足げに頷く。

『貸し一つですからね』

「ちょっとぉ、お姉様におかしなことさせようとしたらひどいんだから」

「落ち着くんだエリス」

 鳴動し始めた室内を見回し、オラトリオが短く息をつく。

『そうですよ。ボクがアレフと同じなんて思われたら迷惑です』

「誰が迷惑だって?」

 声と共に姿を現したのは全身ズタボロのアレフだった。そのままソファーまで歩き、オラトリオを奥に押しやって倒れるように腰かける。

「樹がなかったら死ぬとこだった」

「運が良かったわね」「死ねば良かったのに」

 声色に安心の響きはない。むしろ、言葉通りだ。

「少しは俺をいたわれよ」

「………で今度は何を頼むつもり?」

 諦めの混じった口調で問い掛ける。ちなみに、前回は違法プログラムの入手のため、情報学科の押収物倉庫に侵入させられた。オラトリオを除いた三人で。

「あの時は死ぬかと思ったわ」

 特製の防火金庫をエリスの念動力で左右に引き裂き、最新式の電子トラップはアレフが無効化。最後の咲が目標のデータディスクを回収。しかし、脱出の際にエリスがセンサーに引っかかり大騒ぎになった。

「機械甲冑二十機に追い立てられて、仕方ないから殺さない程度に全滅させたわね」

「俺、死にかけたんスけど」

「あたしは余裕だったわよ」

「お前達なぁ・・・」

 学園都市で、最強の兵器の一つとして数えられる機械甲冑が一夜にして全滅させられるという事件。戦闘学科 情報学部の生徒達は、その事実に騒然とした。

人の十倍以上の戦闘力を持つ陸戦兵器を破壊できる者達。そんなまねができるのは常識を無視した異端児のみ。真っ先に疑われたのは咲達だけでなく、咲のクラスだった。

「だけどさ、戦うのよりも事情聴取の方がきつかったよな」

 その日、バーニィの情報操作以前に、二年D組はアリバイなしの生徒たちが続出していた。無論、他クラスにもそういう生徒はいたが、九割近い生徒の動向が不明だったのはD組だけだったのである。

 結果、データディスク盗難事件および機械甲冑破壊事件の最有力容疑者として、例外なく事情聴取を受けることとなった。

『あの時は、ボクでも手が回しきれなかったです』

 しかし、情報学部の思惑通りに進んだのはそこまでだった。

 アリバイのない生徒を集めたのは良い。だが、どの生徒も怪しすぎて特定できなかったのだ。ある生徒は食い物がなくなったから森に入って狩りをしていたと言い、もう一人の生徒は森で寝てたら夜になってたと言う始末。

 全員を集めて『お前達が全員揃って犯行を行なったんじゃないのか?』と問い詰めたところ、

『こいつだ、こいつがやったに決まってる!』『何言ってやがる俺だったら皆殺しだ』『そういう問題じゃないわよ!』『っていうか俺はロンリーだ。こんな奴等と一緒にするな!』と全員が揃って騒ぎ暴れ出す。

 結局、その騒動で情報学部の校舎が半壊し、これ以上の被害を押さえるためと、その夜に起こった情報学部の中枢とも言えるスーパーコンピューターが謎のシステムダウンを起こしたことも手伝って捜査は打ち切られた。

「またあんな事件を起こす気か?」

 オラトリオの視線が四人の少年少女達を疑わしく映す。

『そんなに睨まないで下さいオラトリオ。ボクだって咲達に頼むのは心苦しいんです』

「嘘つけ」「同感よ」

 こういう時だけは調子をあわせるアレフとエリス。

「なんでも良いから、さっさと言って欲しいわね。最悪なら最悪、最良なら最良を知っておきたいわ」

「咲、お前を戦闘学科にやったのは間違いだったと思っているよ」

 諦めすら混じらせながら頭を振る。そんなオラトリオに対して咲は、

「朱に交われば赤くなるものよ」

『自分に使う用法じゃないですよ』

「いいから言いなさい」

 ホログラムの美少年は肩をすくめ、おもむろに片手を上げる。続いてその上の空間が揺らぎ、一枚のボードが浮かび上がった。

「なにこれ?」

「静かにエリス」

 色は白、大きさは新聞紙を半分に畳んだくらい。そして、その白いボードを染めるのは異常なまでに細かく書き込まれた文字の黒。

「通り魔事件? そんな話し、聴いたことも無いわ」

 文字のサイズは真近で見ても分かりづらい細かさ。しかし、彼女の細まった右目は文字の列を追っている。

『当然です。ボク達情報学部が操作していますから』

「被害者は普通学科の生徒? 意識不明の重体で目撃者は無し、他にも女性ばかりが狙われ………」

 一通り目を通すなり、息をついてバーニィを見る。

「それで、私に何をさせたいの?」

『見ての通り、被害者は複数。女性ばかりを狙い、それも相当な数になっています』

「中には戦闘学科の生徒もいるわね。そんなのをどうしろと?」

 バーニィの言いたいことは分かっていた。しかし、なぜ? という疑問が残る。

「もし、私にこの事件の容疑者を捕まえさせたいのなら、それこそ情報学部の仕事じゃない。マンハントを頼むならオルダーかニスネクが適任だわ」

『人手が不足しているんですよ』

 嘘だ。と即座に確信した。真意を測るように虚構の双眸を覗き込むが、その奥から何かを見つけることは出来なかった。

『押さえつけて置くのがそろそろ限界です。だから、優秀で戦闘能力を保持したあなたに依頼したいわけです』

「あたしは反対。お姉様が怪我したら嫌よ」

「俺も反対だ。女しか狙わないんじゃ俺の見せ場がねぇ」

『二人はこう言っていますが咲、あなたの意見は?』

 咲はしばし沈黙。しかし、口を開き呟く言葉は短かった。

「いいわ」

「サキ?」「お姉様?」

 せいぜい嫌そうな表情を浮かべて続ける。

「割に合わない気がしないでもないけど、あなたが私に頼むって事は、私にしか出来ない」

『そう言ってくれると思っていましたよ』

 計算され尽くした完璧な笑み。だが、咲は魅了されず続きを促す。

「さっさと情報を明かしなさい。さっきの報告書は伏字で隠されている箇所が多々あったわ」

「咲、待つんだ」

 言葉を挟んだのはオラトリオ。目元の微笑を消し去り、その眼差しは険しさを帯びている。

「バーニィ、いくら咲でもできる事と出来ない事がある。その上、聞いた限りではいつに無く危険な雰囲気だ」

『オラトリオ、そんな勘繰らないで下さい。確かに危険ではありますが、状況を考える限り、彼女が一番適したスキルを持っています。これ以上の被害を出さないためにも、ボクは咲の力を必要としているんです』

「しかし………」

「構わないわオラトリオ」

 冷利な声に長身の青年が押し黙る。

「………で?」


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