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きみが為  作者: 木下秋
3/6

3

「まぁ、飲めよ」



 遊華は男性ライクにペットボトルを差し出す。


 一月は一息吐いて受け取ると、昔のように、と自分自身に言い聞かせるようにして、何気無くを装って一口飲んだ。



 「ま、女なんて星の数ほどいるってぇ」と、遊華はありきたりな言葉を一月に投げかけた。


 彼女も彼がユカリンのファンであったことを、もちろんよく知っている。



「慰めよう、っての?」



「マァ。わたしったら優しい」



 彼女は自らの両手を頬に添え、おどけてみせた。



「後輩のくせに。偉そうに」



「はい、出ましたー」



 「いつものー」。一月(いつき)は一月生まれ。遊華は同じ年の四月生まれで、三ヶ月の違いでも学年は違い、彼女は彼の後輩に当たるのだ。



 遊華は自らの意思で、一月と同じ高校に行くことを決めた。


 本当なら、彼女の偏差値であればもう少し上の高校にも行けたはずだった。彼はそのことを母親から聞き、知っているのだが、そのこと(・・・・)を彼女は知らない。



「……お前に何がわかんのさ」



 一月は言った。



「だって正直、すっげぇすきだったんだぜ。一生懸命バイトしてさぁ。CD買って、グッズ買って。……何万使ったんだろう。あの娘の為にさぁ」



 遊華はあからさまに、ムッとした。



「お為ごかし」



「ン? なんて?」



「“お為ごかし”、って言ったの」



 遊華は不機嫌に言った。



「……なんだよ、それ」



「言葉を知らないねー」



 一月も釣られるように、機嫌を悪くする。



「“誰かの為”、って言っても、結局それは“自分自身の為”なんだよ。イツキのそれはさぁ」



「何が言いたいんだよ」



白鳥しらとりさんにフラれたの、まだ引きずってんでしょ」



 一月の心臓が、バクンと跳ね上がった。



 ……なんでおめぇーがそれ知ってんだよ!



 彼の想定では、それを知っているのは何人かの特に仲の良い友人と、当の白鳥嬢だけのはずであった。



 白鳥(こずえ)は一月の中学時代、一学年下の後輩で、中学卒業間際――まだ前島ユカリのことを知る前に、彼が告白していた相手だった。


 彼女は遊華と同じ学年だったが、クラスは違う。



「白鳥さんにフラれて、すぐでしょ。ユカリンすきになったの」



 一月は、彼女が言わんとしていることがなんとなく掴めた。



「……俺が、現実がダメだったからアイドルに逃げたって?」



「そうじゃない?」



 誰かを愛したくて。愛されたくて。さみしくて。


 だからアイドルを応援することで、必要とされることで自分自身の欲求を満たしていたのだと。遊華はつまりそういうことが言いたいのだと、一月は悟った。



「……ざけんな」



「イツキの為に言ってあげたの。私くらいしか言ってあげれる人、いないでしょ?」



 「何様だよ」。「遊華様」。



 「タメになったでしょぅ?」。そう言って、彼女は意地悪く笑った。



「……お前だってそうじゃん」



 彼は言おうか言うまいか迷いながらも、感情に言葉は押し出された。



「なにが?」



「オタメゴカシ」



 一月は子どもみたいに、さっき学んだ言葉をすぐ使った。



「私が? どういうこと?」



「“俺の為”とか言って、結局“お前の為”なんだよ」



 彼は向こうの道路のその向こう、遠くを見ながら言った。



「お前、俺のことすきだろ」



 ――。



 水色の空は(だいだい)から、紫を経て、また青に戻ろうとしていた。


 紺色の空の下で、遊華の目がみずみずしく光った。



「……はぁ?」



 ようやく絞り出すようにして言った言葉は、かすれていた。



「アイドルとか白鳥さんとかじゃなくって、わたしを見て(・・・・・・)、ってことなんじゃねーの?」



 太陽が落ちると、急に辺りは冷え冷えとした。


 車の走る音も、カラスの鳴き声もどこかよそよそしい。


 一月は寒気を感じて二の腕をさすると、鳥肌が立っていて、遊華の方を見ると、彼女は静かに泣いていた。


 公園内にある、さびしく一本立つ街燈が白く灯っていて、彼女の頬の粒を光らせた。


 彼がドキリとしていると、彼女は遊具を飛び降りて、ひとり、歩いて公園を出た。


 来る時と同じ、遅くもなく、急いでもいない一定のスピードで。



 ――ジャリッ、ジャリッ……。



 一月はしばらく、空が完全に黒くなるまで、そこで動けずにいた。


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