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松田一月はひとり、公園の遊具の上に座っていた。
黄色と青のプラスチックでできたそれは、所々が割れていたり、なぜか焦げたりしていて、かなり劣化が進んでいるように見えた。
十年以上前、一月がまだ将来や人間関係、生きる意味などについて、なんの悩みも抱いていなかった頃。彼は毎日のようにこの公園にやってきては、名前も知らない同じ年頃の子達と一緒になって笑顔で遊び――汗だくになっても、泥まみれになっても。少しの不快感も知らずに、はしゃぎ回ったものだった。一月が今座るこの遊具もまだピカピカの下ろし立てで、ブランコに乗っても手は鉄臭くならなかったし、滑り台はつるつるで滑り終えた子ども達によく尻餅をつかせたし、半球型の透明の窓からは向こうが良く見えた。……今やひび割れ、黄ばんでしまっている。
梅雨の晴れ間の水色の空が、爽やかな風を吹かす日暮れ時だというのに、園内に子どもの姿は一つも無かった。
……俺なんてしょっちゅうここで真っ暗になるまで遊んで、怒られたもんだけどなぁ。
子どもたちはどこへ行ってしまったのだろうと、一月はふと思った。
『……イツキぃ。ユカリン、沼田と付き合ってるんだってぇ?』
一月はイヤなことがあると、無意識の内にこの公園に来てしまう癖があった。
足元にある、タバコを押し付けたような茶色く溶けた部分を人差し指でカリカリやりながら、向こうの道路を横切るクルマをぼうっと見ていると、歩道から、右手に曲がってこっちにやってくる人影が見えた。
見慣れた、彼自身が通う高校の夏服。長く、濃いブラウンヘアーをなびかせて、やってくる姿を一目見れば、彼はそれが誰であるのか、すぐにわかるのだった。
彼と彼女は遠く、それこそ数百メートルは離れていた距離から目が合っていた。彼女は彼をジッと見つめながら、一定の、遅くもなく、急いでもいないスピードで近づいてくる。彼も彼女をジッと見つめた。そして、ハァと、ため息をついた。
『お前、ユカリンにいくら貢いだんだよ?』
彼女は公園の敷居をまたぐと、入り口にあるいくつかの柵をスルリと流れるように避け、ジャリッ、ジャリッと一歩づつ、彼の方へ歩いた。
「なんだよ」
一月がほどほどに大きな声で言った。
彼女は黙って、遊具の裏手にまわる。
――トン、トン、トン。
彼が振り返ると、階段を昇ってくる彼女の頭が見えた。
健康そうな白い足が、眼前に迫る。
一月のすぐ隣に、彼女は座った。
「何しに来たんだ、って」
「たまたま通りがかっただけ」
彼女は右肩にかけていたスポーツバッグをごそごそとやると、ペットボトルのコーラを出した。
……炭酸飲めねぇくせに。
蓋をひねると、シュッ、と小さな音がした。
彼女は一口飲んで、「飲む?」と彼に差し出す。
「遊華」
一月は語気を強めて言った。
遊華はプッ、と吹き出す。
「傷心」
――チッ。
一月は前に向き直ると、不機嫌な表情のまま再び向こうの道路に目をやった。
『まぁ、落ち込むなって――』
忘れたい――意識したくないことほど、頭の中で響くものだ。
「どうしたの?」
遊華は言った。
「別に」
一月は平静を装ってそう返したが、自分がどうしようもなく動揺し、顔が強張ってしまっていることを自覚していた。
『お前には――』
「ユカリンのことでしょ」
『遊華ちゃんがいるだろ』
……。
「……知っててイヤな聞き方するな、お前」
――フフッ。
彼女は軽く笑うと、一月の顔を覗き込むようにして言った。
遊華の大きな目が、彼を捉えていた。
「ごめん」