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短編ごった煮

神託を信じた少女の物語

作者: 白樺 小人


 全ての始まりはいつの事だったか。




 突然の事だった。


 ある日、私は一つの神託ともいうべきものを授かった。

 それは絶望をはらんだもの。

 希望を一切持たないもの。

 けれどまだ時はあった。


 今すぐではない。


 それが唯一の希望と言えた。

 そのときを迎えないために、今行動を起こさなければいけない。

 行動を起こさなければ何も変わらず、あの神託のままの結末を迎える事となるだろう。

 それは人を絶望に陥れるもの。

 そして私はそんな結末は望んではいない。


 だから行動を起こした。


 けれどそれは簡単な事ではなかった。

 声を高らかに上げても誰一人聞こうとはしない。

 当然の話だ。

 まだ切っ掛けすら現れていないのだから。

 あまりにも突拍子のない話だから。


 誰一人として振り返ることなく、誰一人として信じる事すら無かった。


 けれど私だけが知っている真実。

 これから起こりうるであろう事象。


 誰にも聞き届けられない孤独。


 それでも私は声を上げ続けた。

 まだ私は、この世界に絶望していないから。

 まだ私は、この世界が好きだから。







 ~《◆》~






 呆然とした。

 ただ呆然と、連れてこられた刑場に広がる光景を視界に写していた。

 目の前に広がるのは、ただの刑場という言葉は似つかわしくない。


 そこにあったのは、ただの虐殺の場だった。








 ―――数日前のことだ。


 この国の王が初めて『話を聞こう』という書状を騎士に持たせて遣わしてくれたのだ。

 長年の労苦が報われる。

 目に涙を浮かべその書状を握り締める私を、傍らでずっと支え続けてくれた人が背を優しく撫でてくれた。



 声を上げ続けて数年。

 最初はたった一人で始めた事。

 どれほど声を張り上げようとも、誰一人として耳を傾けるどころか、むしろでたらめな事を言うなと石を投げつけられた。

 はっきり言えば、孤独との戦いだった。


 《このままでいけば、この大陸は沈んでしまう》


 そんな事を突然言われて、そう簡単に信じるバカはいないだろう。

 未だ潤沢な資源に安定した生活。

 何も心配する事が無いような栄華を誇る国に、泥を塗るような事を叫んだのである。

 当然何度か投獄されそうにもなった。

 街や村の住人はこんな恐ろしい事を言う私を、時には遠巻きに見つめ、時には魔女と罵り追い立てたりもした。

 時には命を狙われた事もあった。

 命からがら逃げ出し、深い森の奥で息を潜め相手をやり過ごしたこともあった。

 それでも諦めるわけにはいかなかった。




 王都で、村で、街で。


 《何も不安の無い世界に反する事を叫び続ける魔女を捕らえよ》

 《即刻処刑しろ》


 人々は口々に言う。


 《この不安の無い世界で、何故にそんな事を言う輩を野放しにしておくのか》


 だが王都から遠く離れた地方では、破滅の片鱗は確かに忍び寄って来ていたのである。








 孤独の最中で声を上げ続ける。

 諦めに似た感情に囚われそうになったときもあった。

 それでも、そんな思いを抱いた心を戒めるかのように見せ付けられる光景に、再び足を前に出した。

 寒さに震え、人々の怒りの眼に心が怯え、武器を持って追いたてられ逃げ回る。

 信じていると見せかけ、報奨金目当てに売られそうになる。


 そんな日々の中で、初めて私の言葉に耳を傾けてくれる人が現れた。


 たった一人だけ。

 でも彼は信じてくれた。

 もしかしたら、また裏切られ殺されそうになるかもしれない。

 そんな事を考えながら、私は神より受けた神託の話をした。

 途方も無い話だと言う事は私自身も信じられない思いで話していたから分かる。

 けれど彼は驚きながらもその言葉に耳を傾け聞いてくれた。

 そして行動を起こしてくれた。

 彼もまた、そんな未来を迎えないために何かをしようと思ってくれた。


 それにこの頃、異変は少しずつ、でも確実に目に見え始めていた。


 それが彼が行動を共にしてくれる切っ掛けとなったのである。

 彼と共に行動をしていくうちに、私の言葉に耳を傾けてくれる人が一人、二人と現れるようになった。


 嬉しかった。


 ただ純粋に嬉しかった。

 半信半疑ながらも行動を共にしてくれる人、私たちの言葉に純粋に共感してくれた人。

 興味半分でここにやってきた人たちもいた。

 人々が集まれば、様々な話が挙がる。

 それぞれの人生の面白おかしい話も、苦しく辛い話も。

 けれど、そんなささやかな会話が出来ることが嬉しく、そして楽しかった。

 そんな日々が純粋に続くのだと思っていた。



 きっかけを作った私が、そんな幸せの時間は無いと分かっているはずの私が、そんな事を考えていた。










 ―――ほんの数時間前まで、共にいたはずの仲間たち。


 数時間前まで、初めての王との対面に緊張し、緊張をほぐそうと軽口を叩き合っていた仲間達の姿。

 けれど今は、物言わぬ物体と成り果てたものが辺りに転がっていた。

 呼び出しに応じ、王城へと通された。

 そして仲間達とは別れて通された。

 記憶にあるのはそこまでだった。

 ふと目を開ければ、そこはまったく見覚えの無い場所。

 いつの間にか、別の場所へと連れて来られていたのだ。


 何も無い平地。


 罪人を引っ立てるように連れ出され、目の前に付き付けられたのが、仲間達の息耐えた姿だった。


 《ここが、お前達の処刑場だ》 


 目の前の光景を前に呆然と立ち尽くす彼女に、王はあざ笑うように宣言した。



 ――ああ、やはり。


 彼女の心に広がったのは、納得の感情。


 ――やはり、こうなった。


 次にあったのは、悲しみ。

 視線を仲間達の倒れ伏す場へと廻らせ、そして彼女は見つけてしまった。


 彼女の言葉を初めて信じてくれた人、彼女の言葉を真剣に聞き、そして行動を起こしてくれた大切な人の……首を。


 《愚かな男だ。お前のような戯言を抜かす女にだまされてこんな結末を迎えるとはな。ここでお前も死ねば全ては終わるのだ》


 王の近くに立つ男の存在には気付いていた。どこかおびえたような目をしながらもこちらをじっと見つめてくる視線。

 数日前まで行動を共にしていたはずの……仲間と思っていたはずの存在に。


 裏切り。


 それが彼の行動。

 彼が私達の事を密告し、王が私達を処刑する場を整えた。


 ゆっくりと首のある場所へと歩を向ける。

 悲しいはずなのに涙は一筋も流れる事は無かった。

 ただ、決定してしまった結末を心に刻む。

 愛しい人の首を両の腕に抱え、抱きしめる。

 ごめんなさい、と口の中で呟いた。


 《お前のような恐ろしい戯言に惑わされおって。なかなか尻尾をつかませないことにもいらだっておったがこうして良識あるものが密告してくれたおかげで、お前たちを一網打尽する事が出来たわ》


 血で汚れた顔を指でぬぐう。

 そしてゆっくりと唇を落とした。


 ――ありがとう。


 その一言を口にしたとき、ようやく一筋の涙がこぼれる。







 夢に見た結末を迎えないために必死に走ってきた。


 夢に見た惨劇の場――今この目の前に広がる光景こそが、私が見た未来の終末の始まり。


 残酷とも思えるような未来を見たとき、こんな未来を迎えないために何かをしようと走り続けた。

 そして今。

 仲間達と共に過ごした日々は今日で終わりを告げた。





 最初から、“それ”は与えられていた。


 私は世界を終わらせる力を持っていない。

 “それ”は最初にあの神託を受けたときいつの間にか私の内にあった。

 けれど“それ”を使わないために必死に打開策を探し続けた。

 誰にも明かさなかった秘密。

 これだけは、仲間の誰にも明かすことの出来なかった秘密。

 たとえ私が“それ”を使わず死んだとしても、“それ”は他の誰かに移る。


 “それ”こそが、終わりを迎えるための鍵。


 最初から、終わりを迎えるための鍵は私の内にあった。

 この重責はこの世界が変わるまでめぐり続ける。


 それこそ永遠に。


 全てを終わらせるための力を行使しないためにも、必死になって足掻き続けた。

 その努力も今こうして全てが無駄になった。


 私を信じ、共に歩んでくれた者たち。


 初めて私を信じ、共に歩んで行きたいと思わせてくれた大切な存在。


 全て―――全てが大地に還った。








 《さあ、最後はお前だ。お前さえ死ねば全てが終わる》


 剣を抜き近づいてくる騎士たち。

 何の力も持たない女一人、恐れる必要は無いだろう。

 騎士達は周囲を取り囲むように、下卑た笑みを浮かべながら近づいてくる。



 ―― さ わ る な !!



 そういった瞬間、周りを取り囲んでいた騎士たちは何かの力によって一瞬にして数歩押しのけられていた。


 《何だ!?一体なにをしたのだ!!》


 人智の及ばぬ力の発現に、誰もが驚きの声を上げる。


 《全てはここに潰えた》


 その声に、騎士達は取り囲んでいたはずの魔女の姿を目に映す。


 《この結末を迎えないためにやってきた全ては、今ここで、全て……潰えた》


 ほんの数瞬前までただの無力な女と侮っていたはずの存在の言葉に、理解出来ない言葉の羅列に、誰もが恐怖を覚えていた。


 《ま、まだ戯言を続けるつもりか》


 恐怖心を抑え、一歩前に詰め寄る王に、だが魔女は視線を向けることなく天を仰ぐ。


 《何を信じるかは自由。私はただ、夢を見ただけ。この目の前に広がる光景を、見ただけ》


 言葉を続ける最中、魔女の雰囲気が次第に変化してゆく。


 《与えられた時間は有限。短いその中で出来る事を信じてここまで来た。けれど―――全てが、ここに終わりを告げた》


 《何をまだ言う気か!》


 《私はお前たちも救いたかった。この大地に生きるもの全てを守りたかった。何故私がこんな選択を下す存在に選ばれなければいけなかった。こんな悲しい未来を教えた神を呪いたい事もあった。こんな残酷な選択をさせる神を恨みたかった。同時に救いの道も指し示してくれていた。だから私は選び取ろうとした。破滅の選択をしない未来を。けれどここで道は途切れてしまった。―――終わって、しまった》


 ようやく天へと向けていた視線をおろす。

 視線を向けられた者達は、揃って息を呑んだ。


 魔女の目を彩っている色は――黄金。


 その色は決して人が持ち得ないはずの色だ。


 《は、早くその魔女を殺してしまえ!!》


 恐怖に駆られたように喚き散らす王の命に、だが騎士は誰も動くことが出来ずにいた。

 恐怖で身動きが取れない、というのではない。

 なぜか、自身の意思にそむき足が一歩も動こうとしなかったからだった。


 《最後に、あなた達に滅びの祝福を贈りましょう。そして、等しき滅びを喜びましょう》


 淡々と告げられる言葉に、そこにいた誰もが悲鳴を上げた。


 《私に与えられたのは、全てを等しく滅びへと向かわせるための鍵》


 そこで初めて笑みを浮かべる。


 《それは尊き御方の名。それが滅びのための鍵》


 誰もが見とれるような美しい笑みは、だがそこに居る者達にとっては死神の鎌と同じものだった。



 《さようなら。―――大いなる尊き存在、我らが残酷なる神よ。今ここに、御名をお返ししましょう》











 ~《◇》~








 そして物語はここで終わるのである。




 結果を言えば、国は滅び、一つの大陸は水中へと消え去った。



 だがこの物語にはもう少し続きがあった。


 全てが水中へと没した大陸から遠く離れたある大地。

 何も無い土地に幾人もの男たちが戸惑いながら顔を合わせていた。

 呆然と、だが確実に生きている事を確認しあった。


 何故そんな事をするのか。


 彼らは一度は命を落とした事を知っていたから。

 こことは及びもつかない凄惨な場所で彼らはなぶり殺しの目にあった。

 そして信頼する仲間達の目の前で一人、二人と息絶えた。

 だが今、片足が失われたり片腕が失われていたりと五体満足とは言えないものの、息をしてこの大地に存在している。


 体感時間にして、ほんの瞬きの間に感じられるほどの時間。


 そんな短い時間に、重症といえる傷が癒えるはずが無い。

 ましてや、死んだものが生き返るなんてのはありえない。


 信じられない奇跡は、確かに自分達の身に起こっていた。



 だがいくら周囲に視線を廻らせようとも、魔女と呼ばれた女性と彼女を支えていた男、その二人の姿だけは無かった。



 誰もが悲しみに瞳を曇らせたとき、突然悲鳴のような叫び声があがったのである。


 《な、何でお前達が生きているんだ!!》


 声のした方を振り返ると、そこにいたのは憎んでも憎みきれない存在が。


 裏切り者。


 罵りの言葉が喉元に込み上げるが、相手の半ば錯乱したように喚き続ける言葉に口を噤んだ。


 《あいつも死んだ。なのにどうしてここに居ない?首を刎ねてやったからか?どうして俺は生きているんだ!?あの時、確かに波に呑まれ溺れ死んだはずなのに》


 支離滅裂な喚きに、周囲にいた仲間達は怒りをそがれたのか戸惑ったように首を傾げる。

 だがその喚きの中で、聞き捨てなら無い言葉を聴いた。


 《全てはあの魔女が仕組んだ事では無かったのか?あの魔女の戯言に、皆が踊らされていただけのはずなのに。何だ、あの黄金は。あの魔女は……あの、女のせい、で……あの女は、全て、真実を語っていた、のか……フ、フヒヒィィィ》


 その言葉を最後に、錯乱したように何処かへと走り去る男を、誰も追うものはいなかった。


 《どういう、事だ?》


 首を刎ねられた?黄金とは何の事だ?真実を語っていた?

 疑問ばかりが皆の中で渦を巻くが、自分達の知らない全てを知る知る男はもうここには居ない。

 たとえ捕まえたとしても、あの様子ではまともな返答は期待出来ないだろう。



 視線を改めて周囲に向ける。

 そこには緑豊かな自然が広がっていた。

 遠目に広がるのは、森だろうか?

 かつて自分達の住んでいた大陸では枯渇し始めていた、緑の存在。



 これこそが、彼女が求めていたものだったはず。

 それを見届ける事こそが、再び命を与えられた自分達の使命に違いない。



 あまりにも変わりすぎた状況の変化に戸惑いながらも、居なくなってしまった二人の代わりに新しい大地を一歩踏み出した。







 ふとある物の事を思い出し、視線を手首へと向けた。


 それはあの運命の日の数日前に渡されたもの。

 魔女と罵られた彼女に絶対に手放さないで、と言って渡されたもの。


 ――これが、きっとあなたたちを守ってくれる。


 少しはにかみながら何時になく年相応な感じの彼女の姿に驚きつつ手渡されたものに視線を向けた。

 手渡されたのは、彼女の髪を編みこんだ腕輪。


 視線の先にその腕輪はまだあったが、記憶にある姿とは違っていた。

 渡された当初、面白半分に刃で切ってみたり焼こうとしても決して傷つける事の出来なかったはずの腕輪が、今は黒く炭化していたのである。

 何故、という思いのまま恐る恐る手を触れた瞬間、それは崩れ落ちた。


 役目を果たしたかのように。



 崩れ落ちた灰は、風に溶け消えた。




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