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透明人間とシュークリーム

刺青ピアスとアップルパイ

作者: すろ十五

2、刺青ピアスとアップルパイ



日付不明 刺青ピアスとアップルパイ①


夜だ。月のあかりも無い暗いよる。星が見えないのは雲のせいか、それとも俺の目が霞んでしまったせいか。さむいのかあたたかいのか、腹と、脚が、痛いのか、いたくないのか。茂る竹藪、硬い土。

そうか、今はよるなのか。

いままで気にしたことがなかったから知らなかった。よるとはこんなにくらいものなのか

しらないことだらけだ、ぜんぶじぶんのものなのに。

「ちいちゃん」

不安ではない。しらなくてもいい。あいつの声がするから、俺はどこにでもいける。安心して目を閉じた。



2013年12月18日 自転車泥棒と鬼ころし①


千鳥さんの耳にはピアスがいっぱい。こんにちは、今日も透明の僕です。

「そもそも自転車を盗むという行為自体が大変卑劣だ。しかし俺は、鍵のかかっている自転車を盗むのと持ち主が鍵を持っていくのをわすれて鍵がささりっぱなしになっている自転車を盗むのとでは、後者の方がより卑劣だと思うのだ」

隣でその耳を眺める。最近編み出した僕なりの暇のつぶし方です。痛くないのかな。両耳ともびっしり美しい造形の飾りが刺さっている。そういうのが似合っていいなあ。日が当たると千鳥さんの明るい色の髪と一緒にキラキラチラチラ。自分の耳に飾りがついているのを想像してみるけどいまいち、しっくりきません。

「鍵をかけ忘れた俺にも非があるだろうか、いや、ない。自転車窃盗は犯罪だ。なぜ楽をして犯罪を成功させようとする。罪を犯してラクしてズルしているのにさらにラクを。なんて怠惰だ。傲慢。卑しい根性だ。そんなことをするやつはクズ中のクズ。Kuzu of kuzu、そう思わんか」

そしてこれは千鳥さんの暇つぶしです。千鳥さんは暇つぶしを見つけるのが上手だなあ。僕が大学を出て、大学の隣の黒崎ベーカリーにアップルパイを買いに寄ろうとしたときにはすでに始まっていました。黒崎ベーカリーの駐輪場。僕におつかいを頼んだくせに我慢できずに自分で来たんだろうなあ。腕を組みけだるそうに立つ千鳥さんの前には、しゃがみこむ、いや正座させられている、見慣れない男の子、僕と同い年くらいですかね。同じ大学の子かな。かわいそうに。

「謝ったじゃないすか、」

しかしこの子もなかなか。千鳥さんに口応えするとは。

「謝ったじゃないすかとか言うのは謝ったうちに入らんのだゆとり世代」

勝ち目は微塵も無いと思うけど。

「お前なあ。盗んだ自転車に乗ってうっかりトラックにはねられて事故って死んでみろ、親御さんは泣くぞ。犯罪者の親だ。しかもうっかりもの。しかもまともに人に謝ることもできない。ああ泣くな。号泣だわ、」

「トラックって……はねられる確率なんか……」

「確率とか関係ねえよ。俺がトラック運転すんだよ。百発百中だろうが」

ああ、千鳥さんが4トントラック盗んで彼を地の果てまで追いかけるのが想像できるなあ。

「そそそそんなのそれこそ犯罪じゃん!あんたの方こそ犯罪者だ!危険人物!警察捕まれえええ!」

「捕まる覚悟の無いやつが犯罪すなごるあああああ!」

千鳥さんの本気具合に気づいたのか彼はとっても顔色が悪い。本気じゃないんだけど、本気だからなあ。千鳥さん、楽しいスイッチ入ってるなあ。

「安心しろ。死にはしねえよ。意識不明重体でクリスマスを過ごすか、正しく謝罪するか、自分で選べ。特別大出血サービスだろ。男には避けて通れない選択がある。人生は選択の連続だ」

彼の身体が震えるのは、冬の寒さか、悪寒か。かわいそうだなあ。

「ストーカーされてて……気持ち悪くて…我慢できなくて…はやく帰りたくて……」

「そりゃあお前の妄想だ、安心しろ。寒いはやくしろもう飽きたかえりたい」

「ほほほほほほんとうなんですよおおお」

彼は、僕の脚をつかみました。

「まいにちへんなおんなにつけられててえええたすけてくださいいい」

おっと。これはちょっとイレギュラー。

「あなた、僕が見えるんですか?」

「はあああみえますよおおなにいってんすかお兄さんちょっとユーレーっぽいけどギリいきてますよねたぶん、え、なんすか、やっぱりユーレーなんすかうわあああああ」

ふむ。どうしたもんかな、

「なあ、お前のストーカーってあれ?」

千鳥さんが指差す先にはこちらを窺う女の人がいました。あれ、あの人って、

「あ、そうですね。やべえみつかったあああああユーレーこわいいいい」

「いいじゃん、」

千鳥さんがすごく悪そうな顔をしています。これは新しい暇つぶしを見つけた顔です。ほんとに千鳥さんは暇つぶしをみつけるのが得意だなあ。今日は「ドキドキ?!クリスマス直前ユーレイストーカー事件スペシャル」をお送りします。



日付不明 刺青ピアスとアップルパイ②


「おまえ、だれ」

朝の瞼を刺すひかり。

「通りすがりの美しすぎる呪術師」

腹の上に跨るおんな、

「なにしてやがる」

「刺青彫ってル」

「みみがいたい」

「ピアス、ぶっサしたからネ」

「なんで」

「ピアスも、刺青も、アンタの中身トいれものを固定スルの、わかるデショ」

「うん」

「そのからだの元の持ち主も生きてるよタブン」

「うん」

女が身体から降りる。上半身を起こす。重たい。日が差す方を見る。窓にはみなれた姿が映っていた。

みなみ、お前は次会ったときは必ず、殴る。

「ここどこアップルパイたべたい」

さよならなんて言わないしまた会おうなんて言わないし、言うもんじゃないだろそんなもん家族には。



2013年12月18日 自転車泥棒と鬼ころし②


オフィスに着いた途端、凍っていた指先がやわくほぐれた。

「地道な営業努力が実り、新しい客をゲットしてきた。自称幽霊にストーカーされてるゆとり世代だ、よろしくどうぞ」

「千鳥くんったら、はたらきもの~こんにちはあ、ここの所長の日田でえす」

「看板娘のジャスミンちゃんデース」

「……どうも…皿倉ですよろしくおねがいします……」

「あっは、おれのこと見えてんだね!」

「……地縛霊っすか?」

「そうなんだよ~すげえそんなこともわかんのね」

「まあ、一応……」

「ボーイより優秀ネ」

「働き始めて半年、俺が幽霊だって気づいてなかったよね」

「む、むかしのことです。最近はなんとなく見分けられるようになってきている気がしますたぶん」

「タブン」

「学生さん?」

「はい、あの大学の二年です。文学部です」

「じゃあ透明くんの後輩だね」

「そうですね。学年と学部は違いますけど」

「まじすか!何年生すか学部どこすか」

「音楽学部の四年生です」

「音楽!すげーすね!」

「すごくないですよ」

「あの、バイトさん?透明さん?ボーイさん?名前なんてゆーんすか?」

「僕は名前が無いので好きなように呼んでください。ほかの皆さんにもそうしていただいているので」

「なるほど…じゃあちょっと考えますね待ってくださいね……よし!マル先輩で!」

「そのこころは」

「実家で飼ってる柴犬のマルに似てるので!」

「……かわいい名前ですね、僕にはもったいないくらい」

「ちなみに眉毛の形が丸いからマルです」

「最高じゃねえか」

「眉毛剃ル?丸くスル?」

「遠慮させていただきます」

「マル先輩、よろしくです!」

「……よろしくお願いします…」

「ねえねえ、皿倉くんはさ、なんで幽霊みえるの?」

「……そういう家系で」

「へえ~どういうおうち?」

「……答える義務、無いとおもいます」

「義務なんかないよ。俺がききたいだけだもん」

「尋問ネ」

「こわいですね。強制してないのに強制力が。お茶でいいですかね。あ、ジャスミンさんに頼まれてた牛乳買ってくるの忘れちゃいました」

「減給ヨ!」

「そんな!」

「……じ、」

「じ?」

「神社です、うち……山のとこの」

「駅の裏の?めっちゃおっきいとこじゃん」

「あの藪の手前の?」

「ソウソウ。あの藪の手前ノ」

「親父が神主で……」

「親父さんに相談すればいいのに、幽霊ストーカー」

「アソコの神社、憑き物おとしとかお祓いとか上手だって聞いたヨ。それ系でガンガン儲けてるクチだヨ」

「そう言われるのが嫌なんです!実家には頼らず生きていこうって決めてるんです俺は!」

「跡継ぐんじゃないの」

「俺!跡とか!継ぐ気!ありませんから!」

「なんでさ」

「俺は!作家になって!直木賞とか!とるんすよ!」

「おやまあ」

「世の中に作家なんて職業がまかり通ってるのがわるいよな」

「夢見がちな若者が増えるネ」

「俺は本気っすよ!幽霊のことはほんとは一人でなんとかしたいんすけど、除霊?とかやり方とか俺さっぱりで!みなさんのお力借りたいっす!でも俺金無いっす!やり方だけ教えてくれませんか!教えてもらったら自分でやるんで!」

「千鳥く~ん。お金にならない仕事らしいけど」

「この情報社会にタダでなんでも教えてもらえるなんてそんな都合のいいことがあるか。よし、財布を出せ」

「金無いって言ってんじゃないすか!」

「財布をだせ!中身を見せろ!」

「カツアゲだワ」

「貧乏学生が払える料金でやってやんよ。よし、樋口でよかろう」

「俺の一葉が……」

「樋口と別れることによってお前は快適な生活を手に入れることができる、安いもんじゃねえか」

「一葉……好きだったよ……」

「粗茶ですが、どうぞ皿倉くん」

「ありがとうございます……」

「今回の件のベストな解決方法はズバリ『話し合い』だ。ゆとり世代の直木作家よ」

「そんなまだ気がはやいっすよ千鳥さ~ん!いやいやいや無理っす!俺、幽霊こわいし!苦手だし!話し合いとか無理っす!ストーカーなんかする凶悪な幽霊ですよ?話なんか通じませんて!」

「コイツが稼業つぎたくないガチの理由がいまうっかりわかったネ!」

「無理じゃねえ。任せとけって。俺らが両者の間に入って平和な話し合いにしてやらあ。バイトよ、現場いくぞ。まずは俺たちだけでストーカー(仮)と話す」

「了解しました。牛乳ちゃんと買って帰りますね」

「しっかりやれヨ!つぎは無いヨ!」

「直木作家(笑)はここで待ってろ、すぐ戻る」

「いってらっしゃ~い」

「いってら!アイツら帰ってくるまで人生ゲームやるヨ!ゆとりに人生の厳しさ教えてヤルヨ!」

「いってきます」

「よ、よろしくおねがいします?」

「はいはーい」

「わ!さむい!さっきより寒くなってますね!」

「あいつなんだかんだ、お願いしますとありがとうございますは言えるんだよな。躾はしっかりされてんのかな神社の息子は」

「ですね。あ~さむい~」

「俺、腹と背中にカイロ貼ってっから寒くない。無敵」

「なるほど。僕も今度からそれします」

「あ、お前、俺のアップルパイも忘れてんだろ」

「アップルパイは千鳥さんどうせ僕が行く前に黒崎ベーカリーで自分で買って食べたんでしょ。僕もう買いませんよ」

「くそ、そのお見通しですよ感やめろよむかつく」

「あ、千鳥さん、焼き芋食べたくないですか?焼き芋なら僕、買いますよ。買って帰りませんか」

「お前、俺に謝んなくなったよなむかつくわ。焼き芋食う。買え」

「了解しました。あ、皿倉くんって所長さんは平気なんですかね。あの方も幽霊ですけど」

「大丈夫だろ。バカだから」

「なるほど。焼き芋食べるの今年に入ってからは初めてだなあ、たのしみです」

硬い冬の街をいく、もうすぐ日が暮れそうだ。



日付不明 天才美女呪術師とイチゴジャム


たまには夜の散歩もいいものだ。思わぬ良いものが落ちていることがある。それをタイミングよく拾えることがある。たまたま月の無い夜、たまたま神社の下の竹藪の傍を歩いていたら、たまたま藪の中に無性に入りたくなって、衝動のまま藪にわけいってみると、ごろりごろり、若い男が二人、転がっていた。

おやまあ。

手前の方は身体中がぐちゃぐちゃで損傷が激しい。端々がイチゴジャムみたいだ。きっともう死んどる。奥の方はかすり傷はあるものの手前に比べたら断然ましな状態。しかし意識は無い。近づいて更によく見てみると、おやまあ。これはこれは。

どこぞの神様かなにかがきまぐれを起こしたか。こんな馬鹿なこと、神でもないとできんよなあ。『いれもの』と『中身』とがちぐはぐだ。そうか。綺麗な方の青年の『身体』に、隣のぐちゃぐちゃな方の青年の『魂と精神』が無理矢理突っ込まれているのか。

なるほどね。どうしたもんか。放っておくのはちょっとなあ……いれものと中身がズレてしまわないようにもっとかたく固定させなければならない。でなければこのちぐはぐな若者は、意識が回復しても動くのはむずかしいだろうなあ。無傷というわけでもないし、動けず、このまま藪の中で衰弱死なんてこともありうるなあ。う~ん。

どういう経緯でこんなことになってしまったのかはわからない。そもそもこの若者たちとは知り合いでもなんでもない。しかし、誰かの並々ならぬ覚悟を感じる。こんなめちゃくちゃな方法を選んだその「誰か」は、どんな手を使っても何を犠牲にしてもいいから、生かしたかったのだ、この青年を。なんて強い決意だろう。壮絶すぎて想像もできない。

見たところ非凡な若者だ。身体中から染み出す生命力、清廉な気、神通力。どこぞの「名家」のご子息かもしれない。うん、使える人材である。連れて帰れば上司も喜ぶだろう。

「恩を売っておいて損は無いよ。優秀な下僕になるかもしれないしね」

ああ、上司の声が聞こえる……ひどい幻聴……しょうがない。こうして出会ってしまったのだから。連れて帰ろう。大人の男二人をひとりで運ぶのはすがに……と思わなくもなかったのだが、全然だ。わたしもまだまだ若いな。ぐちゃぐちゃなほうはなるべく丁寧に担ぐ。綺麗な方はまあ、ちょっとくらいひきずってもいいだろう。

「悪クない夜だネ」

自分の靴の音と、大きなからだをひきずる音に合わせて、好きなうたを歌いながらオフィスへ歩いた。



2013年12月18日 自転車泥棒と鬼ころし③


買って来た牛乳を冷蔵庫にしまう。まだ、指先が冷えている。

「厳正なる事情聴取の結果だが、お前あの幽霊娘と一緒に住め、ゆとり倉」

「帰るの早いヨ!まだコイツに借金背負わせてないヨ!」

「皿倉くんすっごく子だくさんなんだよ~」

「いやあ、それほどでも~あるんですけど~」

「黙れ照れるなきもい現実のお前のお前は未使用だろ」

「やだ!ひどい!ばれた!はれんち!でもなんだかんだ言って千鳥さんって俺のこと好きですよね」

「お前ほんと自意識過剰だよなそういうとこ作家に向いてるむかつく殴りたい」

「やばい褒められた超うれしい!っていやいやいやいや一緒に住むってどーゆーことすかあ!」

「おそいし」

「ポジティブこわいし」

「男女が一緒に住むっつったら、おまえそりゃ同棲だろ」

「え、あの、は?なんで幽霊とどうせい?むりむりむりむりむり」

「ずばり言うと熊谷さん、あ、件の幽霊さんは熊谷さんというお名前で、熊谷さんは皿倉くんと一緒に住みたいのだそうです」

「おやまあ」

「今までずっと言いたかったんだがお前があまりに怖がるから言うタイミングを逃して陰から見ていたんだと」

「love?」

「love」

「すごいじゃない皿倉くん、チェリーに春がきたよ~」

「真冬に開花ヨ!」

「え、でも幽霊だし、無いですむりむりむりむりむり」

「熊谷さんすごく良い方ですよ」

「奥ゆかしくてなあ」

「生前、男性とお付き合いしたことがなかったことをとても悔やんでらっしゃるんです。だから成仏できていないのではないかと千鳥さんと僕は考えています」

「あわれな魂を救いたいとは思わんかね、青年よ」

「千鳥くんがなんかやる気だね」

「千鳥さんは、熊谷さんに協力したら熊谷さんが生前OLをなさっていたときに誰にも言わずにコツコツ貯めていた隠し財産を報酬として僕らにくださる約束をとりつけてらっしゃいました」

「最近のOLは貯めこんでるよネ」

「その報酬はみんなのボーナスに充てようかな」

「ユトリ!お前、男ダロ!腹くクりな!」

「とりあえず会って話したらいいじゃない」

「決めるのは皿倉くんですからね」

「俺たちは何も無理強いなんてしない」

「世の中に女子からストーカーされるほど愛される男が何人いるのかって話ヨ」

「ちょ、そんな、でも……」

「ぐらついてる」

「単純」

「よし。そうと決まればお前も交えて改めてディスカッションだ。行くぞ、腹を割って話そう」

「きちんと顔を合わせて話せば印象も変わるかもしれませんからね」

「お前の家でパーティだ!皿倉!」

「お見合いパーティネ!今流行りのヤツネ!」

「おおおおおみあい」

「そうだ。見合いだ、戦争だ、パーティだ」

「気合い入れテケヨ!」

「ちょまだこころのじゅんびがああああああ」

「さっき戻ってきたばかりなのに」

「忙しいネ」

「透明くんたち、今日はもう直帰していいよ」

「ありがとうございます。話し合いが落ち着いたら連絡します」

「はいはーい。じゃがんばって」

「ボーナスチャンス逃すナヨ!」

「はーい。行ってきます」

「酒買って行くぞ」

「飲むんですか?」

「俺じゃなくて皿倉がな。ガンガン呑ませて前後不覚作戦よ。鬼ころしだ、鬼ころしを買うぞ」

「了解しました」

最近は日の落ちる時間が早いですね。あれ、どうなるんだろ、これはサービス残業ってやつなのかな、あとで電話したときに所長さんに確認しときます一応。お酒の神様、どうか良い結果に導いてください。今日の千鳥さんの暇つぶしはすこぶる順調です。きっとうまくいくでしょう。マフラーを巻きながら祈りました。クリスマス向けの電飾が点っています。

まだ、気がはやいなあ。そうは思いませんか、こんばんは独り身です。行ってきます。みなさん、おやすみなさい。



日付不明 愛され男子とアップルパイ


ちいちゃんが喰われた。

神社の下の藪に棲む霊獣たちが俺らを藪を荒らす危険な生き物だと判断したらしい。仕事帰りだし、嫌なにおいがついたそのままにしてたのがよくなかったのかな。さっき三匹くらいキツネみたいなのが急にとび出してきて、ちいちゃんの腕やら腹やら脚やら喰っていった。やつらが近づいてきたのに全然気づかなかった。鼻が利かなくなってたのかも。花粉症?嫌なにおいで鼻がやられてたのかな?ふつうに「藪ん中通って行こうぜ」ていう小学生男子的なノリだったんだけどな……おれは喰われてない。喰われない代わりに変な呪いをかけられて動けなくなった。おれもちょっと噛まれたけど、不味かったのかなおれは。食べちゃだめなものって思われたのかな。お菓子についてるシリカゲルみたいな?よいこは口に入れちゃいけませんよ、みたいな?ちいちゃん喰われてむかついたし、噛まれてむかついたし、ちょっと意地悪したら、あいつら逃げてった。呪い逃げ。当て逃げみたいな?やっぱりむかつく。殺せばよかった。

あー!どうしよーかな。なんにしてもやばいな、ちいちゃんが。ちいちゃんが死んじゃうよ。だれか、たすけてくんないかな。霞む目で天を仰いでいたら、ふわりと誰かの気配を感じた。その人はおれの顔を見下ろした。女の子?

「おぬし、わらわが見えるか?」

あ、この人、『人』じゃない。

「ほらみてみよ、かすみ。最上級品じゃろ」

「姫様」

もうひとり大きな人影が増えた。こっちも『人』とは違う。

「のう、おぬし。わしのめは、何色じゃ」

つきの、いろ、ですね。

「そう、月、じゃ。うん。やはり気に入った。連れて帰る、かすみ」

「姫様……」

「おぬしと、あとあっちのおぬしの兄か。いまにも死にそうじゃろ。あっちの方はもうほとんど死んどるし」

それがなにか。

「たすけてやろうか、ふたりとも」

どうやって?

「そうさな……おぬしの精神と魂をツルっとおぬしの身体から抜いて空になったその身体に兄の精神と魂を据え置くというのはどうじゃ。ナイスアイディアじゃろ」

おれは身体を離れたらどうなるんですか?

「わらわのお供として仕えよ」

いつまで。

「わらわが飽きるまで。なにごとにも対価は必要じゃろ。どうじゃ」

いいですね、それ。

「ちょっと、姫様お待ちください……おいお前、いいのか?よく考えろ。人間としての生活を捨てることになるんだぞ」

ちょうど捨てようと思ってたとこです。いつか捨てることになるって思ってたし、こうやって捨てるならとうさんとかあさんもきっと許してくれる……

「契約成立、ほいっとな」

案外するりと抜けた。

「ほい、こちらも」

ちいちゃんがおれの身体に重なって溶けてくみたいに定着した。全然いたくない。

「そうじゃろ。わらわはこういうの上手じゃからな。よろこべ。わらわはとっておき高貴な神様、お供のおぬしも神の末席にデビューじゃ」

そりゃうれしい…ありがとうございます。……あ~安心したら…ねむくなってきた……

「おう、寝ておれ。かすみが担いで運んでくれるぞ」

「この状況で寝るとは、豪胆ですね……」

「おう。そういうところもかわいい。ああ寝る前に、おぬし名は」

みなみ、です。

「みなみ、良い響きだな。よろしく、みなみ」

よろしくどうぞ……

「こうして良い出会いがあるから新月のお散歩はやめられんなあ、かすみよ」

「わたしは疲れます」

「わらわはわらわのわがままをきいてくれるかすみが大好きじゃ」

「やれやれ……」

ねえ、今から行くとこにはアップルパイはあるのかな。

てんで趣味の合わないちいちゃんとおれの、数少ない一緒に好きなものなんだ。料理上手なとうさんがあまいものが好きなかあさんの誕生日に作っていて、おれたちはそれが大好きで、いつからかおれたちの誕生日もアップルパイになって、もっと好きになったのはいつかのとうさんの誕生日におれたち二人で作ろうって作って、とうさんが「うまい」ってほめてくれたんだ、ぶっきらぼうなとうさんがほめてくれたのうれしかったなあ、きっととうさんは喧嘩ばかりのおれたちが二人で力を合わせてがんばったのがうれしかったんだ、あのときのアップルパイまずかった、まあ、なんでもないことをいつも喧嘩にするのはちいちゃんなんだけど。

おれたち今でも力を合わせてがんばってる、ちいちゃんはバカだからおれをまもるのに平気でいのちをかけたりするからこんなになっちゃったけど、おれたちふたりとも生きてる。ほめてはもらえないだろうけど、まあ、いいでしょ、ジョーデキでしょ。

目がさめたら姫様にアップルパイ、作ってあげようかな。むかしより、おいしくつくれる。だっていっぱい練習したもの。

とうさんかあさんおやふこうでごめんなさい。

ちいちゃん、ちいちゃんはバカだけど、おれもおんなじくらいバカだね。

ごめんね、ゆるしてね、でもおれのからだになって背がたかくなったでしょ。

それで、ゆるしてね、

「ちいちゃん」

ちいちゃんが生きてるなら、おれはどこにでもいけるよ。



2013年12月25日 自転車泥棒と鬼ころし④


クリスマスもバイトを入れている、という人は少なくないと思う。僕もその内のひとりである。

「今日、大学でたまたま皿倉くんと会いましたよ。すごく元気でした」

「殴りたい」

「なんだかんだで熊谷さんと仲良く暮らしてるみたいです」

「殴りたい」

「女の子とクリスマスを過ごすのは初めてだって言って楽しそうでした」

「幽霊だけどな」

「熊谷さん、料理上手だし他の家事も得意だからかなんでもしてくれてすごく助かってるみたいですよ」

「幽霊だけどな」

「二人の仲が円満ならめでたしめでたしですよね」

「鬼ころし効果だね」

「殴りたい」

「モテない男のひがみネ」

「千鳥さんはどうしてモテないんですかね」

「チドリだからヨ」

「よしお前ら殴る。ちょっと待ってろ、バットとってくる」

「逃げるヨ、ボーイ」

「はい。あ、千鳥さん、アップルパイ買ってきたやつ台所に置いてます」

「了解サンキューあとで食う、さきに殴る」

「作戦失敗だ」

「きゃー」

「皿倉くんいいなあ。リア充だなあ。クリスマスってさあ宗教的なものとか関係なくなんでか楽しくて、終わったあとすごく疲れるよねえ。それがイイんだよねえ。よーし準備ができたぞー今から、俺からのクリスマスプレゼント、臨時ボーナスを配りまーす。みんな、メリークリスマース。ふぉふぉふぉ」

「メリークリスマース!」

「ふぉふぉふぉ」

サンタクロースの衣装をきた所長さんから中身のぶ厚い茶封筒をもらって僕のクリスマスは終わった。

くたばれクリスマス。by 千鳥さん

さよならクリスマス。by 僕

今日のアップルパイにはお店の方のご厚意で無理矢理サンタさんとトナカイさんの人形が乗っています。千鳥さん、いやがるだろうなあ。


ごちそうさまでした。


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