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喫茶店の水島さん  作者: もみあげ
第一章
1/1

貸金屋の佐々木

「あ、しほりちゃん。今日もうまいやつ頼むよ。」

 佐々木は右手を上げ、いつものようにゆっくりした歩調で店に入った。

「あ、いつものやつ。熱いのね。でかいのでちょうだい。」

「アメリカンのラージサイズでよろしいですか。かしこまりました。」

「うん、田中さんはどうする。選びなよ。しほりちゃんのコーヒーうまいからさ。」

 佐々木は一歩、左に寄り、男を招きよせた。いかめしい佐々木に不釣合いな男がメニューを恐る恐る覗き込む。くたびれた厚手のシャツからは防虫剤の香りがした。

「これ、お願いします。はい、ブレンドのエスで。」

 弱々しい声で、田中と呼ばれた男は注文した。

「え、田中さん、小さいのでいいの、コーヒー。大きいやつじゃなくて。うん、遠慮しなくていいんだよ。」

田中はうつむいたまま首を振る。

「あ、そう。――あ、しほりちゃん、このケーキ何?あたらしいやつ?どんな味するの。」

「こちらは、今月からのデザートでサクラのクリームがはいったロールケーキになります。」

「あ、いいね、それ。うん、それちょうだい。おいしそうじゃん。しほりちゃんも食べたのこれ。おいしかったでしょ、うん。田中さんも食べるこれ。―え、いらない。遠慮しなくていいんだよ。」

田中はうつむいたままだ。

「あ、そう。じゃあ、しほりちゃん。お会計。」

「ご注文確認いたします。アメリカンのラージサイズがおひとつ。ブレンドのスモールサイズがおひとつ。季節のロールケーキがおひとつ。以上でよろしかったでしょうか。はい、お会計は――」

金額を言いかけたところだった。

「ああっ、お会計は私のほうで払います。」

田中は勢い良く財布を握りしめた。

「何、田中さんどうしたの。いいんだよ気を使わなくたって。私の分は私のところできっちり払うんだからさ。――え、何。え、いいの。え、ほんとに。いやあ、悪いねえ田中さん。」

 田中は身をよじらせ、大丈夫です、私の方で払います、と佐々木に何度も繰り返し応えていた。

「しほりちゃん、田中さんいい人だねえ。うん。いい人だよ。田中さん、今度は私の方でごちそうするから、うん。ね、しほりちゃん覚えておいてよ。今度は俺の方で田中さんにごちそうするからさ。」

 どう応えるべきか。そう考え始めたところでタイミングよくバイトの萩田がコーヒーふたつをカウンターに上げてくれた。

「お待たせいたしました。ロールケーキは後ほどお席の方までお持ちいたします。――次の方どうぞ。」

 佐々木はカウンターのトレーを持ち上げた。それを見た田中は焦った表情で、佐々木の持ったそれを奪い取ろうかどうか悩んでいるようすだった。佐々木は去り際、しほりちゃん、早くケーキ持ってきてね、うん。おいしそうだからね、と言葉を残して奥の喫煙席の方に向かっていった。


「店長、アレなんなんですか?あれじゃ、タカリじゃないですか。」

ケーキを運びにいった萩田がむっとした表情で戻ってきた。

「佐々木さんのところははちょっと複雑なのよ。萩田くんは佐々木さん見るのは初めてだっけ。」

「持って行ったら嫌味言われちゃいましたよ。しほりちゃんじゃないのって。あの人なんなんですか?」

「あの人はね、町金さんなのよ。貸金屋さん。」

「え……。あぁ。そういうことなんですか。」

 佐々木はこの近くの「丸山ファイナンス」というサラ金の構成員の一人だ。"タカリ"で済めばいいんだけどね。小さな声で萩田にささやいた。


「お話はよくわかった。ね、田中さん。でもね、田中さん。約束やぶっちゃだめなんだよ約束。債務不履行っていうのそれ。これ、田中さんの証文の写しね。ほら書いてあるよ、今日の日付。一回目の返済予定日って書いてあるでしょ。これ今日だね。それでどうするの、今日初回の返済日だよ。」

落ち着いたなテンポで佐々木は田中に慫慂していた。右手にもつタバコからは灰が落ちそうになっている。

「佐々木さん、すみません。でも、お金がないんです。申し訳ございません。昨日、昨日、得意先から入金があるはずだったのですが、先方がどうしてもどうしてもだめだということだったので。」

田中は顔をくしゃくしゃにしながら、佐々木に弁明をしていた。

「ね、田中さん。その話、これでニ度目。これで二度目だよその話。そうしたらさ、ね、田中さん。私が田中さんの代わりにその掛金、受け取りに行ってあげようか。ね、田中さん。そうしたら田中さんもうれしい。私もうれしい。それでいいんじゃないかな。ね、田中さん。」

「それだけは、それだけはやめてください。そんなことされたら、取引が全部だめになっちゃいます。」

「そうは言ってもさ、ね、田中さん。私は田中さんを困らせたいわけじゃないんだよ。約束通りに返済してくれればそれでいいの。ね、分かる、田中さん。田中さんはその得意先の入金をあてにしてたんでしょ。そしたらさ、ね、田中さん。その入金をきっちりしてもらう、そうするのが筋でしょ。ね、田中さん。」

「えーっと、んーっと。――佐々木さん、すみません、少し電話をしてきてもよろしいですか。」

田中はそういうとポケットから携帯を取り出し、身を縮こませながら足早に店先に出て行った。佐々木は田中が電話をかけ始めるのを見届けると、視線を目の前の灰皿に移してタバコをゆっくりとふかしはじめた。ケーキは半分、残されている。

「――佐々木さん、すみません。お金工面できそうです。今から親戚のところまで借りに行きますので明日、明日返済するということで許してもらえませんでしょうか。」

「田中さん。これ見てよ、ね、田中さん。返済するのは今日だよ。そう約束したんだよ。今日返さないとダメなんだよ。ね、田中さん。得意先とさ、親戚とでどっちが近いの。田中さんがお金を受け取りに行くと明日まで時間がかかるってことなら私が代わりにいってあげてもいいんだよ。そうしたらさ、田中さんもうれしい。私もうれしい。どっちが近いのかな、ね、田中さん。」

「そんなことは言わないでください佐々木さん。勘弁して下さい佐々木さん。――そうしましたら、今日中、今日中に佐々木さんのところに返済しに行きますんで、今日中、今日まで待ってください。お願い致します。」

「うん、そうだよね、田中さん。約束ってそういうもんだよ、ね、田中さん。そうしたらさ、私も鬼ってわけじゃないからさ。今日一日事務所で田中さん待ってるよ、ね、田中さん。待ってるからちゃんと来てくださいね、田中さん。」

ありがとうございます、はい、それでは私はと、田中は固く握った拳を解かずに足早に店を出て行った。佐々木は出て行く田中が見えなくなるまで手を振っていた。振っていた手を下ろすと佐々木は深く一服し、ゆっくりと残りのケーキを食べていった。


「あ、しほりちゃん。今日もコーヒーおいしかったよ。それとあのケーキうまかったね。また頼もうかな。それじゃあね、しほりちゃん。ごちそうさま。」

佐々木はそう言い、食器を片付けないまま、店を出て行った。

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