第6話
「馬鹿になんてしてないだろ! 俺は真剣だよ! 君の腕を見込んで任せると言ってるのに、なんで分かってくれない! 君こそ俺のことを……」
テーブルに拳をダンダンと叩きつけながら大声で叫んでいたヴィクトワールは、はっと我に返った。
「エレナ? エレナ? どうした?」
目の前にいるエレナの様子がおかしい。真っ青な顔でぶるぶる震え、目に涙をいっぱい溜めている。
(しまった、つい……)
ヴィクトワールはすぐに思い出した。エレナが大きな音や怒鳴り声を異様に怖がるということを。そして、それがエレナの記憶の底にある戦場での体験に繋がっていることも。
五年前、ヴィクトワールに保護された直後、エレナは一言も口をきかず、目にするもの耳にするもの全てにひどく怯え、毎晩、悪夢にうなされた。そのたびにヴィクトワールはエレナを抱きしめ、声をかけて落ち着かせ続けた。戦争が終わり、王都に来てからは徐々に落ち着き、今ではすっかり明るくなったが、完全に治ったわけではない。花火も爆竹も大嫌いだと言ってお祭りにも行きたがらないし、馬が急に高い声でいななくのを聞くだけで身体をこわばらせることもある。だから気をつけていたのに……。
「ごめんエレナ、怒鳴ったりして。本当にごめん、大丈夫か?」
必死で謝罪するヴィクトワールに、エレナはやっとの思いでうんうんと首を振った。
「すまない、ついカッとなってしまって……悪かった、その……」
「……」
石のように身体を固くして座っているエレナの足元にヴィクトワールは跪き、その手を取ろうとした。だがヴィクトワールの手が触れた瞬間、エレナの肩がビクッと揺れたことに気づいて、慌てて手を引っ込めた。
「エレナ、本当にごめん。そんなつもりじゃ……その……なんと言ったらいいか……俺はただ……」
しばらく気づまりな時間が流れてから、ようやくエレナが口を開いた。
「……もう大丈夫よ、ヴィクトワール。でも……すまないけど、今日はもう帰ってくれる?」
「それは構わないが、一人で大丈夫なのか? もう少し落ち着くまで……」
「大丈夫。大丈夫だから。お願い、一人にして。それに心配しないで、ちゃんとドレスは仕上げるから。仕事ですもの、投げ出したりしないわ。だから……」
まだ何か言いたそうなヴィクトワールを、エレナは静かに拒否した。それでもヴィクトワールはしばらくその場にとどまっていたが、やがてゆっくり立ち上がった。
「分かった。何かあったら連絡をくれ」
そして帽子を深くかぶると、玄関に向かった。部屋を出て行こうとしてふと足を止めると、振り返ってエレナに言った。
「色々混乱させてすまない。でも、俺はどうしてもエレナにこのドレスを仕立ててほしいんだ。丸投げしてるんじゃない、君の腕を信頼してるから、君なら絶対に素晴らしいものを作ってくれると信じてるから、無理を承知でこうして頼んでる。それに……彼女……も君のドレスのことはよく知っていて、全部任せたいと言ってくれている。だから頼む、エレナ……君でなきゃダメなんだ。何も気にせず、君の思うまま自由に、君が着たいと思うドレスを作ってくれることが、俺は一番嬉しい。分かってくれ」
「……」
「じゃあ、帰るよ。戸締りに気をつけて」
静かに扉が閉まり、前庭の小道を歩く足音が遠くなった。やがて鞍に足をかける音が聞こえ、ひづめの音が遠ざかってからしばらくして、エレナは壁にもたれながら大きな溜息をついた。
(やってしまった……)
喧嘩なんてするつもりじゃなかったのに。分かってる、ヴィクトワールが自分の腕を見込んで、信頼して任せてくれているのは分かってる。それはドレスメイカーとしてとても嬉しいし、誇らしいことだ。それに依頼主が好きにしてくれていいと言っているのなら、その通りにすればいいだけのこと。一切ワガママを言わず、好きなようにドレスを作らせてくれるありがたいお客様なんて、そうそういない。まさにドレスメイカーとしての腕の見せ所ではないか。
それなのに、最近ずっと、胸の奥に重石が乗っているように苦しいのはどうしてなのだろう。
(お客様を怒らせるなんて、商売人失格ね……)
エレナは目尻に滲んだ涙を指先で拭うと、気を取り直すように両手で自分の頬をパンパンと叩いてから、騒ぎのはずみで床に落ちてしまっていた二枚のデザイン画を拾い上げた。




