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第2話

「いらっしゃい、ヴィクトワール。今回の遠征でも大活躍だったんですってね。さすがは常勝将軍だわ。どうぞ、座って?」

「……ああ」


 黒い軍服に身を包んだ大柄な男が、首をすくめるようにして入口のドアを通り抜けて、工房に入ってきた。黒髪に紫がかった紅い瞳の彼の名前は、ヴィクトワール・レジェ。王国の国防を担うジョルジオ第二王子直属の部下で、将軍職を務めている。その戦いぶりは勇猛果敢かつ豪胆にして緻密、立てた武功は数知れずとあって、世間からは常勝将軍と呼ばれていた。


 ヴィクトワールは目を細めて工房をぐるりと見渡すと、エレナの向かいに腰を下ろして、テーブルの上に小さな鉢植えの花を置いた。お茶の支度をしていたエレナがそれに気づくと、ヴィクトワールは顔を横に向けてぼそぼそと言った。


「土産だ。北部にしか咲いていない花だから、こっちの気候に合うかどうかは分からんが……」

「わぁ、嬉しいわ! ありがとうヴィクトワール」


 エレナがぱっと顔を輝かせて礼を言うと、ヴィクトワールは小さく頷いてティーカップを受け取った。エレナの胸にほんのりと温かいものが広がった。


 本来ならば、国防軍の重鎮であるヴィクトワールとエレナは、このように親しく会話を交わせるような間柄ではない。だが二人の間には浅からぬ因縁があった。他でもない、五年前、戦場で怪我をして息も絶え絶えだったエレナは、王国軍の司令官だったヴィクトワールに助けられたのだ。彼はエレナの傷の手当てをし、恐怖に怯えて毎夜悪夢にうなされるエレナを、黙って王都に連れてきてくれた。エレナという名前と、十六歳であったことを教えてくれたのも、ドレスメイキングの才能があることにいち早く気づいたのもヴィクトワールである。そのおかげでエレナは右も左も分からない王都でもなんとか生活していくことができた。それにこの工房を持てたのだって、ヴィクトワールが見えないところで相当に便宜を図ってくれたことぐらい、大人の常識としてちゃんと分かっている。それ以来ずっと、ヴィクトワールは折に触れてはこうしてエレナを訪ねてきて、困っていることはないか、さりげなく気にかけてくれていたのだった。


(ヴィクトワールがいてくれなければ、私はあの戦場で死んでいたか、今頃は娼館にでも売られていたでしょうね……)


「仕事はどうだ? 順調か?」


 ヴィクトワールに話しかけられて、エレナは我に返った。


「え? あ、ええ、おかげさまで。そろそろ忙しくなる頃だけど、今のところはまだ余裕があるわ」

「そうか……」

「?」


 それきり黙り込んでしまったヴィクトワールの姿に、エレナは首を傾げた。元々ヴィクトワールはかなり口数が少ないほうだけれど、今日はなんだか様子がおかしい。エレナと目を合わせようとしないし、落ち着かない様子で足を組み替えたり、拳を握ったり開いたりしている。


 どうしたの、今日は様子が変よとエレナが口を開きかけたのと同時に、ヴィクトワールが思い切ったように顔を上げて言った。


「エレナ。君に仕事を頼みたい」

「仕事? ええ、いいわよ。何かしら、新しい礼服とか?」

「いや……舞踏会のドレスを……仕立ててもらえないだろうか」


「え? え?……ええーーーーーーっ!?」


 予想を遥か斜め上に超えるヴィクトワールの依頼に、エレナは思わず大声で叫び、あやうく手にしていたティーカップの中身を机の上のデザイン画にぶちまけてしまうところだった。


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