第18話
「カルデローニ伯爵夫人、これはいったい……?」
「ああ、ごめんなさいねエレナ、勝手にしゃしゃり出てしまって。わたくしと王妃殿下は、子供の頃からのお友達なのよ。ね、ジョルジーナ?」
「そうなの。それでアレッサンドラからあなたの話をよく聞いていたものだから。それにしても素敵なドレス、もちろんあなたご自身が仕立てたのよね?」
王妃殿下と伯爵夫人は親しげにファーストネームで呼び合うと、エレナを軸にして国王陛下のほうへ向き直った。
「国王陛下、まずはこのドレスをご覧になって下さいまし。素晴らしい出来栄えでございましょう?」
「あー、私にはご婦人のドレスはよく分からんが、目を惹くのは確かだな」
男性の、しかも国王などという地位にある方に、女性の衣装の良し悪しなど分かるはずもない。国王陛下が曖昧にうなずくと、伯爵夫人は計画通りというばかりににこやかに畳みかけた。
「さすが、陛下は見る眼をお持ちでございますこと。こういうものは、知識を学んだだけで身に着くわけではないのです。ましては生まれや家柄など些事にも値しないもの。これはもう天から与えられた才能ですの。爵位云々など、お訊きになるだけ野暮でございますわよ」
「そ、そうか、うん、確かにそうだな。だが私としても国防の要であるレジェ将軍の婚約者ともなれば、やはり気になる部分もあったものでな、それでつい」
エレナはもう一刻も早くこの場から立ち去りたかった。カルデローニ伯爵夫人の言葉は嬉しいがいくらなんでも誉め過ぎだし、国王陛下の仰ることも理解できる。ヴィクトワールはそういう立場の人間なのだ。彼は当たり前のように日々国家機密に触れている。そんな重要人物の妻ともなれば、王室から警戒されるのも無理はない。だがカルデローニ伯爵夫人は朗らかに笑うと、またしてもエレナがぶっ飛ぶようなことを口にした。
「もちろん、陛下の国を思われるお志には常々感服しております。でもどうかご安心なさいませ。このエレナ嬢の身元は我がカルデローニ伯爵家が責任を持って保証いたします。もしレジェ将軍の妻として、どうしても何がしかの肩書が必要と仰るのであれば、わたくしの実家に養女に入れて、子爵令嬢として嫁に出させて頂くつもりでおりますの。であれば問題ございませんでしょう? ……陛下、ここだけの話でございますけれど、あまり体面にばかりお拘りになると、貴重な人材の流出にもつながりかねますことよ? エレナ嬢の才能をもってすれば、我が国のファッション業界を大陸の流行の一大拠点に育て上げることも夢ではございませんのに。そうなったらどれほどの経済効果が得られますことか」
「アレッサンドラの言う通りですわ。全くあなたときたら、いつまでも身分だとか爵位だとか。今はもうそんな時代ではありませんのよ。優れた才能を庇護し、さらに伸ばして育てるのは政に携わる者の務めです。それにヴィクトワールが選んだ女性なら、間違いなど万に一つもございませんでしょう?」
「分かった分かった、そなた達の言う通りだな。いや失礼した、伯爵夫人の後ろ盾があるならば、私も安心だ、うん」
二人のやんごとない女性に両側から攻められたら、国王陛下と言えどもお手上げだ。それに、国内屈指の名門カルデローニ伯爵家の女主人が、居並ぶ貴族を前にしてここまで言い切るのなら、皆も納得せざるを得ないだろう。たとえエレナ自身が完全に蚊帳の外に置かれていたとしても、だ。
(は!? 伯爵夫人、何をお考えなの? そんな、流行の一大拠点なんて無理無理。それに子爵家に養女に入るとか、一度も聞いたことないんですけど。いったいどうなってるの?)
明らかに自分を飛び越して盛り上がる王妃殿下と伯爵夫人にもついていけなかったが、それ以上にエレナはヴィクトワールがどう思っているのかが気になった。子爵家に養女に入ることも含めて、ヴィクトワールは事前に知っていたのだろうか。やはり彼も貴族の一員として、エレナが平民であることを気にしているのだとしたら、このまま黙って伯爵夫人の言うことに従うべきなのだろうか。でも……。
だが、エレナの心配は杞憂だった。それまで黙っていたヴィクトワールはもう一度エレナの手を取ると、おもむろに口を開いた。
「国王陛下、王妃殿下、それにカルデローニ伯爵夫人。お心遣いに感謝申し上げます。なれど、私はありのままのエレナを愛しています。私とエレナの馴れ初めはここでは申し上げるのを控えさせて頂きますが、この五年間、エレナ以外の女性に目を向けたことはございません。この度ようやく婚約が整いましたこと、私は心の底から嬉しく思うとともに、良き伴侶を得て、改めて国の守り人の端くれとしての思いを強くしております。どうかご心配なされませんよう、お願い申し上げます」
「それでこそレジェ将軍だ。いやあ、めでたい。エレナ嬢、失礼した。末永く幸せにな」
興味津々で遠巻きに成り行きを見守っていた貴族たちから、ほうっという声が上がった。ヴィクトワールの力強い言葉を聞いた国王陛下は、助かったとばかりに朗らかに笑って、うまくその場をお収めになった。伯爵夫人の顔にもしてやったりの表情が浮かんでいる。エレナはようやくほっと胸を撫で下ろした。すると侍従らしき男性が国王陛下に近寄って、何か囁いた。たぶん、そろそろ会話を切り上げて次に移れということなのだろう。ヴィクトワールが一礼したのに合わせてエレナもお辞儀をすると、さりげなく国王ご夫妻と伯爵夫人はその場を離れ、自然に人々の流れもそれに付き従う形になって、その場にはヴィクトワールとエレナ二人が残された。緊張から解き放たれたエレナは、ヴィクトワールの腕によりかかって大きな溜息をついた。ふと見上げるとヴィクトワールが心配そうな目で見つめていたので、エレナは笑いながら軽くヴィクトワールを睨んで、二の腕のあたりをきゅっと抓り上げた。
「いてっ! 何するんだよエレナ!」
「もう、国王陛下にご挨拶しなきゃいけないんだったら、ちゃんと事前に言っておいてよ! あんな大事になって、寿命が十年は縮んだわ」
「すまんすまん、バタバタしてて、つい忘れてた」
「もう、ヴィクトワールのお馬鹿さん。……でも」
「でも?」
エレナは背伸びをしてヴィクトワールの耳に顔を近づけた。
「さっきの言葉、嬉しかったわ。信じていいのね?」
その瞬間、ヴィクトワールの顔が真っ赤になった。
「当たり前だろ、エレナ。愛してるよ、誰よりも」




