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コード・オブ・ザ・ワールド ~廃プログラマー、異世界で神のシステムを書き換える~  作者: ネオ・チー


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第09話「冒険者ギルドの洗礼」

 翌朝、アリアの推薦状を持って冒険者ギルドの王都支部へ向かった。


 王都の冒険者ギルドは、村の小さなギルドとは別物だった。建物の外観だけで三階建て、受付カウンターが五列ある。依頼掲示板が廊下一面を占領していて、朝一番から十数名の冒険者が貼り紙を物色している。


 革鎧の厚みが、村で見たバッシュのそれより全体的に重かった。体格も、装備も、目の光も——「強い人間が集まる場所」の空気がある。


「登録に来ました」


 受付カウンターに近づいて言うと、二十代前半ほどの女性受付員が顔を上げた。にこやかな笑顔だが、瞬時に俺の装備を確認した。革の胸当てと旅用の外套——それだけだ。武器は持っていない。


「初回登録ですね。書類をご記入ください」


 手続きはスムーズに進んだ。名前、前職、出身、現住所——アリアが手配してくれた王都の宿を書いた。推薦状を提出すると受付員の目が少し変わった。「第二王女殿下の……」と小声で言って、奥の先輩に何か確認していた。


 問題は、スキル欄が表示されるまでだった。


「スキルの登録確認をいたします」受付員がにこやかに言った。「確認できているスキルをお教えください」


「デバッガーズ・アイ——一つだけです」


「……ええと」笑顔が固まった。「一つだけ、でよろしいですか?」


「はい」


「戦闘スキルは……?」


「ありません」


「攻撃魔法は?」


「持っていないです」


「回復魔法は?」


「それも」


「補助魔法は?」


「デバッグ・ログという自作のスキャン魔法なら」


「……スキャン、魔法」


 受付員の表情が「苦労しながら笑顔を維持している」に切り替わっていた。申し訳なく思いながら、俺は待った。


 最終的にGランクでの登録が完了した。ギルドの最低ランクだ。


 証書を受け取って振り向いた瞬間——視線が刺さった。


 受付周辺にいた冒険者が、こちらを見ていた。全員が。


「おい、スキル一個の奴がいるぞ」


 誰かがつぶやいた。隠す気がない音量だ。


「戦闘スキルゼロって……実力ゼロってことじゃないか」


「王女の推薦状があったとか言ってたけど、それで登録できたって話か?」


 囁き声がどんどん大きくなっていく。俺は聞こえていないふりをして、掲示板の方に向かった。依頼を見繕おうとした——その背中に、肩がぶつかってきた。


---


「おいGランク。ここはお前みたいな観光客が来る場所じゃないんだけど」


 振り向くと、酒の入った大柄な冒険者が立っていた。昼前だというのに目が赤い。仲間が三人、少し後ろに立って腕を組んでいる。


 デバッガーズ・アイが反射的に走査した。


```

クズ鉄(通称)/ Lv.18

HP: 210 / STR: 34

状態: 疲労蓄積 (current: 91% / max: 95%)

[左腕腱: 古傷・不完全治癒 / mobility: -18%]

[睡眠不足: -2時間連続]

```


「帰るつもりはありません」俺は静かに答えた。


「あ?」


「ただ、もし実力を測りたいなら——私の方から測りますよ」


 クズ鉄が眉を上げた。「何?」


「あなたのステータスで言うと、左腕の腱の古傷が完全には治っていませんね。今の状態では左腕の可動域が約二割落ちている」


「……」


「それと——昨日の夜更かしで疲労蓄積値が上限近いです。本気の戦闘をしたら、今日は五分が限界だと思います。Lv.18の実力が十分に出ない」


 クズ鉄の顔色が変わった。赤みが引いた。


「……なんで知ってる」


「見えているので」


「見えてる……?」


「ええ」


 クズ鉄が仲間を振り返った。仲間たちも顔を見合わせている。何が起きているかわからない、という表情だ。それは当然で、俺も「見えている」理由を全部説明する気はない。


 クズ鉄が俺を見た。「スキル一個のくせに……」


「スキル一個ですが、あなたの状態が全部わかります」俺は言った。「そういう目です」


---


「そこまでにしろ」


 太い声が、フロアに響いた。


 割り込んできたのは——大柄な男だった。


 大柄、というのは控えめな表現だ。身長が軽く二メートル近い。肩幅が俺の倍ある。腰に括りつけた盾斧が、通常の二倍は大きい。しかしその体のどこにも、威圧しようという「構え」がなかった。立っているだけで空間を押している感じがするのに、本人は笑っている。


 胸元の金属製のランクバッジ——Bランクの刻印が入っていた。


「ガルド・スタック」とクズ鉄が低い声で言った。Bランクの名前が出た瞬間、周囲の空気が変わった。クズ鉄の仲間たちが、静かに後退し始める。


「こういう場で揉め事を起こすのはルール違反だ」ガルドがクズ鉄に言った。「ランクに関わるぞ」


「……っ」クズ鉄が舌打ちして、仲間を引き連れて去っていった。


 ガルドが俺を向いた。


「面白い目をしてるな、お前」


 馬鹿にしていない。純粋に「おや、珍しいものが見えた」という顔だった。


「俺のも読めるか?」ガルドが腕を組みながら言った。


「読めます」


「言ってみろ」


---


 デバッガーズ・アイで走査した瞬間、大量のデータが展開された。


 Lv.41。STRが128——この世界での「規格外」の値だ。HPも350を超えている。Bランクでこの数値なら、Aランクの上位と互角に戦える実力だ。パッシブスキルの充実度も尋常じゃない。


 そして——その中に、一つ奇妙なフラグが見えた。


```

[HIDDEN_ATTRIBUTE]

life_force_remaining: 67%


SKILL: スタックオーバーフロー(限界突破)

→ 発動時、life_force_remaining -0.8%

→ 発動回数 累計: 41

```


 一回使うたびに、寿命が0.8%削れる。


 41回使って、累計で32.8%の寿命がすでに消費されている。残りは67%。


 俺は、一拍止まった。


 これを言うべきか——迷った。一秒だけ。


 情報の不開示は、エンジニアとして失格だ。たとえ聞かれたくない内容でも、わかっていて黙るのは誠実じゃない。しかし、どう言うかは選べる。


「体力値は規格外です」俺は言った。「スキル『スタックオーバーフロー(限界突破)』——非常に強力な奥義ですね。発動時に全パラメータが一時的に跳ね上がる実装です」


「わかるか。まあ隠す気もないが」


「ただ——」


 ガルドが俺を見た。


「それを使うたびに、あなたに何らかのコストが発生しています。詳細は今ここで言う話ではないかもしれませんが——」


 ガルドの目が、一瞬だけ揺れた。


 揺れた——確かに揺れた。飄々とした大男の目が、一瞬だけ「知っている者の目」になった。


「……知ってる」


 静かな声だった。


「お前、俺がそれを知ってること、わかったか?」


「はい」


「なら余計な気を遣うな。俺はそれを承知でこのスキルを使ってる」


 ガルドが口の端を上げた。笑い方が豪快だ。重い話をしながらでも、この男はどこか軽い。


「お前みたいな変な奴が俺は好きだ」


「変で結構です」


「一緒に来い」


「どこへ?」


---


 ガルドが掲示板から一枚の依頼書を剥がした。


 黄色い枠——Sランク緊急依頼のマーク。受付エリア全体が、ざわっと静まった。Sランク依頼が動く場面を見ようとして、周囲の冒険者が視線を向けてくる。


「王都近郊ダンジョン『ループ遺跡』、異常事態発生」ガルドが依頼書を読み上げた。「内部構造が急速に変容しており、解析者を求む——Aランクパーティが一組、消息不明」


 俺は依頼書を受け取って見た。


```

[緊急依頼 / Sランク相当]

発行: 王都冒険者ギルド・緊急評議会


場所: 王都近郊「ループ遺跡」

状況: CRITICAL


・Aランクパーティ「鉄壁の盾」(8名) 消息不明

・救援パーティ(1組) 第一層で壊滅

・ダンジョン内部の構造が急速に変容

・解析・調査能力のある者を優先的に求む


報酬: 交渉

制限: 自己責任原則

```


「俺は力で攻める。お前はそのバケモノみたいな目で解析する」ガルドが言った。「丁度いい組み合わせじゃないか」


 俺は依頼書を返した。


「一つ確認してから返事をします」


「手間かけるな」


「一秒です」


 デバッガーズ・アイで、「ループ遺跡」という単語を世界のシステムログの中で検索した。


 普段は使わない機能だ。対象ではなく、世界そのものの記録を検索する。Lv.2になって初めて試した——できるか不明だったが。


 できた。


 そして——視界が、赤くなった。


```

CRITICAL ALERT

対象: Labyrinth_Core (ループ遺跡 / 核心部)

種別: コード汚染の震源地として特定


現在の汚染範囲: 遺跡内部 + 王都北翼・周辺部

拡散速度: 加速中


estimated_spread_to_city_level:

72時間以内に市街レベルの影響が確定します


Severity: [CATASTROPHIC]

推奨対応: 即時対処

```


 王都北翼のコード劣化の原因が——ここだ。


「……急いだほうがいいですね」


 俺の声が変わったのを、ガルドが感じ取った。「何かわかったか?」


「王都が、あと72時間で廃村と同じことになるかもしれません」


 フロアが——しんと静まり返った。


 隣で聞いていた受付員が、「廃村……」と息を飲んだ。周囲の冒険者が顔を見合わせる。クズ鉄たちも、去り際に立ち止まって振り返っていた。


 ガルドが盾斧の柄をぽんと叩いた。「決まりだな」


「はい」

次回、第10話「サンドボックスの呼び声」——アリアの指揮のもと、六名の調査隊がループ遺跡へ踏み込む。外部の物理法則が適用されない隔離環境の中で、蓮が壁に刻まれた文字を発見する。

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