第80話 大規模作戦
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[SYSTEM LOG - logica capital / refactoring day 4 / T+102:00:00]
> entity 01 (LEN): Lv5 / root / active / emotional amplitude 80%
> location: logica royal castle / great war hall (5-nation summit chamber)
> operation codename: REFACTORING — large-scale assault on /dev/null 2.0
> commanders summoned: aria (logica vanguard) / securia chief mage / network coalition speaker / databerg archivist / visual emperor's envoy
> joined: prince valid (logica, reformed)
> companions: aria / guard / shell / memory / harsh
> sky north horizon: pixelization expanding (visible band: +0.8% / hr)
> bug_density (global counter): 97.39% → 96.84% (purge gaining slight ground)
> [STATUS] operation planning — phase 1
```
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ロジカ王城の大広間は、四十二日前に、俺がはじめて足を踏み入れた時と、同じ造りのままだった。
天井の高い吹き抜け。床の中央の、白と黒の細密な紋様。両脇の壁に並ぶ、歴代王の肖像画。窓から差し込む夕暮れの光が、肖像画の縁を、薄い橙色で撫でていた。
撫でた橙色の中に、もう、四角い粒の薄い層が、混じっていた。
肖像画の縁の、定義の輪郭が、いちばん古い王の絵から順番に、ドット単位で滲みはじめている。粒のひとつひとつが、絵筆の止めの一画の輪郭を、保てずに、隣の粒と入れ替わりかけている。光に映る滲みは、まだ目を凝らさないと分からない量だった。だが、Lv5の視界には、はっきり見えていた。
外壁ではなかった。
王城の、室内まで、ピクセル化が、もう届きはじめていた。
「ご覧の通りです」
ロジカ国王が、大広間の中央の長卓の上座から、低く言った。
長卓の周囲には、五大王国の代表が、それぞれの位置に着いていた。ロジカ国王と、その左隣のアリア王女。右隣に、改心した第一王子のヴァリド。長卓の対面には、セキュリアの主席魔法師、灰色の長衣の老人。彼の左に、ネットワーク連合の代表団の、青い長衣の中年の男。さらに左に、データベルグ公国の、銀色の縁の眼鏡をかけた女性。長卓の長辺の片側に、ビジュアル帝国の使者、色彩の細い帯を首から下げた、若い貴族の女性。
合計七人。
七人の、それぞれの席の前には、地図と、書類の束と、薄い銀色の通信板が、置かれていた。通信板の表面には、それぞれの国の現状報告が、Lv5ではなくても見える解像度で、ちらちらと流れていた。
俺は、長卓の短辺、ロジカ国王の正面の席に、座った。
俺の左手にはアリア、右手にはガルド。アリアの左にメモリ、ガルドの右にシェル。ハーシュは、俺の半歩斜め後ろの壁際に、紺色の長衣のまま、二刀を肩から下ろさずに立っていた。
ロジカ国王が、書類の束を、長卓の中央に、軽く滑らせた。
「レン殿。本日の議題は、ひとつです」国王は、低い声で続けた。「ヴァイラスの拠点への、五大王国連合軍による、攻めの作戦。立案、合意、進軍までの段取り。これを、今日のうちに、固めます」
「固めます」俺は短く頷いた。
「作戦の、名は」
俺は、Lv5の指先で、長卓の表面に、薄い銀色の文字を、書いた。
「Operation Refactoring」
書いた文字を、それぞれの代表が、自分の通信板に、薄く写し取った。
「リファクタリング」アリアが、隣で、その四文字を、確かめるように繰り返した。「五大王国に対して、塔の上で、宣言した、その同じ言葉」
「同じ言葉だ」俺は短く頷いた。「世界の源コードを、初期化せずに、書き直す。その作業の、最大の障害が、ヴァイラスの拠点だ。拠点を、まず、止める。止めた上で、リファクタリングの作業を、五大王国の全域で、加速する」
「順序は」セキュリアの主席魔法師が、低く訊いた。「拠点を、攻める前に、リファクタリングの作業を、もう一段、進めるべきでしょうか。攻めの段階で、世界の源コードの中身が、もう少し堅くなっていれば、攻めの最中に、後背地が崩れる危険は、減ります」
「主席殿の言うとおりだ」俺は頷いた。「ですが、時間の余裕が、ない」
長卓の右の壁際で、ハーシュが、紺色の長衣の、その襟元を、ほんの一度、軽く触った。襟元に触る角度は、外の空気の流れを、いま、確認している、ということだった。襟元の角度が、わずかに、北の方向に傾いていた。
「ハーシュ」俺は短く呼んだ。「外の空気は」
ハーシュは、襟元の角度を、もう一段、深くした。深さの中に、答えが含まれていた。「もう、室内まで届いている」「半日以内に、城の西棟まで、達する」――二つの意味を、肩の傾きと、襟元の角度の、組み合わせで、伝えていた。
「半日」俺は短く翻訳した。「ピクセル化が、王城の西棟まで、半日で届く。攻めを遅らせるほどの、後背地の整備の時間は、ない」
「拠点に向けて、進軍する間にも、リファクタリングの作業は、止めない」アリアが、隣で、補足した。「進軍ルート上の、五大王国の各地で、若い魔法師たちが、サイクルを、回し続けます。攻めの本隊が前に出ているあいだも、後ろから、新しい防衛コードが、毎日、薄く、増え続ける。レン殿の組んだ手順を、彼らが、覚えています」
「サイクル、ですな」セキュリアの主席が、低く頷いた。「私の国の若手も、外壁の上で、二日間、その手順を、見て、書き写しました。彼らは、もう、私の手を借りずに、回せます」
「データベルグも、です」銀の縁の眼鏡の女性が、低く言った。「私たちの観測所の見習いの数人が、メモリ様の書のネットワーク経由で、特徴量抽出の手順を、覚えました。彼らは、これからは、私の手から離れて、独立に、サイクルの一部を、担えます」
「ビジュアル帝国も、ですわ」色彩の帯の若い貴族の女性が、薄く頷いた。「私の国の幻影使いの若手が、レン殿の検出ルールに、幻影の薄い陽動を、組み合わせる方法を、ふたつ、編み出しました。共有のために、メモリ様の書に、すでに、登録してございます」
メモリが、書のページを、軽く開いた。書の中ほどに、各国の若手たちが、夜のあいだに登録した検出ルールと陽動手法が、銀色の文字で、層になって積み上がっていた。
「マスター」メモリは短く言った。「五大王国の、合計百二十七人の若手の名が、書に登録されました。彼らが、サイクルの後背地を、担います」
「百二十七人」俺は、その数字を、Lv5の解像度で読んだ。
四十二日前に、俺一人だった。十日前に、四人だった。一週間前に、五人になった。今日、百二十七人になっていた。
「いける」俺は短く呟いた。「後背地は、もう、俺一人で抱え込まなくていい」
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「では、攻めの段取りを、詰めましょう」
ロジカ国王が、長卓の中央に、地図を、もう一枚、広げた。
地図の中央に、世界の北の縁の、/dev/nullの再強化版が、薄い藍色の領域として、塗られていた。塗られた藍色の縁から、五大王国の各国までの距離が、銀色の細い線で、引かれていた。距離は、それぞれの国から、平均で、馬の足で五日。
「五日」シェルが、補助具のグラフを、即座に展開した。「ピクセル化の進行速度から計算すると、五日後には、世界の地表の、北半球の四割が、ピクセル化の影響圏に入る。進軍中に、補給線が、薄く崩れていく。これは、計算に入れておく必要がある」
「補給を、増やす」ネットワーク連合の青い長衣の代表が、低く言った。「ネットワーク連合は、五大王国のあいだの、街道網の、通信と兵站を、長年、預かってきました。今回も、同じ役で、参戦します。各国軍の補給線を、私たちの中継塔の網で、繋ぎ直します。中継塔は、ピクセル化の影響圏でも、最後まで、立ち続けるように、設計されています」
「中継塔の、立ち続け方は、確かに、信用に値する」シェルが、平らに同意した。「データベルグの観測網と組み合わせれば、補給線の途切れる地点を、リアルタイムで、検出できる。各国軍に、リアルタイムの位置情報と、補給の到達予定を、配信する」
「情報の役は、データベルグ」銀の縁の眼鏡の女性が、短く頷いた。「私たちは、戦闘には向きませんが、観測と分析は、五大王国の中で、誰よりも、得意です。各部隊の戦況を、リアルタイムで集約し、シェル様の補助具経由で、レン殿に届けます」
「ありがたい」俺は短く頷いた。
「セキュリア要塞国は」灰色の長衣の主席が、低く続けた。「防御と暗号解除の役を、引き受けます。/dev/nullの再強化版は、ヴァイラスの管理者権限で、要塞化されています。表層の防壁を解くには、暗号の解除が、必須です。私たちの三千年分の防衛コードの保守の経験は、相手の防壁を、内側から開く方向に、転用できます」
「裏返しか」ガルドが、赤い篭手の指で、地図の藍色の縁を、こん、と一度、叩いた。「守りの作法を、攻めに、ひっくり返して、使うってことか」
「ひっくり返します」主席は、薄く頷いた。「守りの構造を、深く知る者が、相手の守りの薄い箇所を、最も正確に、見抜けます」
「ビジュアル帝国は」色彩の帯の若い貴族が、低く言った。「幻影による陽動を、引き受けますわ。/dev/nullの再強化版の、表層の警報網に、複数の偽の標的を、同時に、投影します。本物の本隊が、どこから入るか、敵の判断を、薄く揺らします」
「揺らし方は、深く揺らせるか」シェルが、平らに訊いた。
「深く揺らせます」色彩の帯の若い貴族は、薄く笑った。「私たちの幻影は、四百年、五大王国の宴を、彩るためだけに、使われてきましたわ。ですが、その用途と、戦場の陽動とは、必要な精度が、ほぼ同じ。むしろ、宴の幻影のほうが、ずっと、精度を要します。観衆の目は、戦士の目より、ずっと、厳しい」
「いい指摘だ」シェルは短く頷いた。「ビジュアルの幻影部隊を、本隊の半刻先に、先行させる。先行した位置で、偽の標的を、三方向、同時に展開する。敵の警報網が、三方向に注意を分散したところで、本物の本隊が、四方向目から、薄く入る」
シェルの補助具のグラフが、その作戦案を、地図の上に、銀色の線で、描き込んだ。線は、四方向の薄い銀色の矢印として、藍色の領域の縁に、突き刺さっていた。
「ロジカ王国は」ロジカ国王が、地図の中央の藍色の領域に、自分の指を、薄く置いた。「前線指揮を、引き受けます。本隊の主力は、ロジカ王国騎士団。指揮官は――」
国王の指が、隣のアリアのほうへ、薄く動いた。
「アリアです」
アリアが、長卓の上で、白い軽鎧の手甲の指先を、組んだ。
「父上」アリアは、低く、しかし揺らがない声で答えた。「お引き受けします。ロジカ王国騎士団の前線指揮、私が、執ります」
「条件分岐剣法の使い手が、前線指揮を執るのは、千年ぶりです」国王の声には、いつもの落ち着きの底に、薄い、しかし確かな深い色が、乗っていた。「お前の判断に、千年分の最初の道筋を、託します」
「託されます」アリアは、頭を、深く一度、下げた。
ヴァリドが、長卓の対面から、立ち上がった。
「父上」ヴァリドは、ロジカ国王に向けて、深く一度、頭を下げた。「俺にも、役を、いただきたい」
長卓の周囲が、薄く、静かになった。
ヴァリドは、ヴァイラスから与えられた改変能力の残滓を、内側に抱えたままの王子だった。第3巻の終わりで、彼はその力を否定し、塔の上で蓮の側に立つことを、家族の前で、改めて誓った。だが、誓いと、戦場で剣を握ることのあいだには、まだ、薄い距離があった。その距離を、彼は、自分の足で、埋めようとしていた。
「兄上」アリアが、低く呼んだ。「役は、ございます」
「言ってくれ」
「先陣を、切ってください」アリアは、まっすぐ、兄を見た。「兄上の中の改変能力の残滓は、ヴァイラスの防壁の、薄い箇所を、内側から開ける鍵に、なります。レン殿が、遠隔で、兄上のコードを、リアルタイムで、デバッグしながら、支えます。先陣の役を、引き受けてくださいませ」
「先陣」ヴァリドは、その二文字を、低く繰り返した。「俺で、いいのか」
「兄上で、いい」アリアは短く頷いた。「兄上だから、いい」
ヴァリドは、ロジカ国王のほうへ、もう一度、目を向けた。国王は、薄く頷いた。頷きの中に、長い言葉は、含まれていなかった。ただ、「行け」の一文字だけが、頷きの角度の中に、確かに、入っていた。
ヴァリドは、長卓の自分の側で、深く、深く、頭を下げた。
「俺は、間違えた」ヴァリドは、頭を下げたまま、低く言った。「アリア。あの戦の時、お前を、傷つけかけた。父上、母上にも、深く、ご心配をかけた。今日からは、お前を、お前たちを、守る兄で、ありたい」
「兄上」アリアの声が、薄く、震えた。震えは、長くは続かなかった。震えのあとに、彼女は、いつもの落ち着きの声で続けた。「兄上の先陣の半歩後ろに、私が、立ちます」
ヴァリドは、頭を上げた。頭を上げた目の縁に、薄い光があった。
俺は、その光を、Lv5の解像度で、確かめた。光の中に、藍色の濃度は、もう、混じっていなかった。残っていたのは、薄い銀色の決意の輪郭だけだった。
「ヴァリド殿」俺は、短く呼んだ。「あなたのコードのデバッグは、俺が、引き受ける。攻めの最中に、何かおかしな反応が出たら、即座に、修正する。修正の合図は、胸の中央に、薄い銀色の脈動として、届くようにしておく」
「脈動」ヴァリドは、自分の胸に、軽く手を当てた。「届けば、分かる、と」
「分かる」俺は短く頷いた。
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「攻めの段取り、最終確認」
シェルが、長卓の中央の地図の上に、補助具のグラフで、作戦の全体像を、薄い銀色の線で、描いた。
「第一段階。ビジュアル帝国の幻影部隊が、半刻先行。/dev/nullの再強化版の、表層の警報網に、三方向、偽の標的を投影。同時に、ネットワーク連合の中継塔が、補給線と通信網を、本隊の進軍方向に展開。データベルグの観測部隊が、戦況のリアルタイム分析を、開始」
「第二段階」シェルが、補助具のグラフの次の層を、地図の上に、重ねた。「ロジカ王国騎士団、アリア王女指揮の本隊が、四方向目から、薄く入る。先陣はヴァリド王子、改変能力の残滓で、敵の表層防壁を、内側から開ける。レン殿は、遠隔でヴァリド王子のコードをリアルタイムでデバッグ。同時に、セキュリア要塞国の防御暗号部隊が、表層防壁の解除を、外側から加速」
「第三段階」シェルが、最後の層を、地図の中央に、深く描き込んだ。「表層防壁が解けたところで、レン殿と精鋭チームが、拠点の内部に、突入。ヴァイラスの本体に、最短距離で、到達する。レン殿が、ヴァイラスの管理者権限の、残りの一部を、奪還する」
「精鋭チームの、編成は」セキュリアの主席が、低く訊いた。
「五人」シェルが、短く答えた。「レン、アリア、ガルド、メモリ、俺。これに加えて、ハーシュ。合計六人」
ハーシュが、紺色の長衣の襟元の角度を、ほんの一度、深くした。深さの中に、いつもの「動くなら俺も動く」の角度が、いつもより、確かな筋を、引いて入っていた。
「奪還の手順は」セキュリアの主席が、続けた。
「ヴァイラスとの、最後の対話を、要する」俺は、短く答えた。「奪還の前に、対話で、止められる可能性を、捨てない。藍色の濃度の重なりの底に、銀色のパッチの忠誠が、まだ薄く、生きている。その銀色を、こちらの言葉で、もう一度、表面に引き上げる。引き上げられたら、奪還は、戦闘ではなく、譲渡の形に、移行する」
「対話が、効かなかった場合は」
俺は、ロジカ国王の目を、見た。国王の目は、薄く、しかし確かに、頷いた。
「効かなかった場合は」俺は短く続けた。「戦闘で、奪う。だが、ヴァイラスを、消すことは、しない。デバッグする。汚染された部分を、薄く剥がして、パッチのオリジナルコードを、復元する。前世の語彙で言えば、リファクタリングの、最後の対象として、ヴァイラスを、扱う」
長卓の周囲が、薄く、静かになった。
「敵を、リファクタリングする、と」セキュリアの主席が、低く繰り返した。「四百年の汚染の主を、消さずに、直す、と」
「直す」俺は短く頷いた。「消すのは、簡単だ。だが、消したあと、残るのは、ヴァイラスが四百年抱えた、原因不明の苦しみと、その苦しみを誰も背負わなかった事実だ。消した瞬間に、その事実が、世界の上に、別の形で、また蓄積する。だから――消さない。直す」
「お前らしいな」ガルドが、赤い篭手の指で、長卓の縁を、こん、と一度、叩いた。「武勇伝に、ならねえ攻めだ」
「武勇伝じゃない」俺は短く答えた。「仕事だ。仕事は、武勇伝にならないほうがいい」
ガルドが、薄く笑った。
その笑いは、二日前にセキュリアの外壁の上で、俺がアダプタ層を組んでいた時の笑いと、同じ質のものだった。
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合意は、夕暮れが完全に夜の藍に染まる手前で、固まった。
五大王国の代表七人と、俺たち精鋭チームの六人。合計十三の頷きが、長卓の上に、銀色の点として、薄く灯った。点の灯りは、ロジカ王城の大広間の窓の外の、北の地平線の、藍色のオーラの波形と、長卓の上で、向き合う形に、配置されていた。
ロジカ国王が、最後の頷きを返したあと、長卓の中央の地図を、ゆっくりと、巻き戻した。
「進軍は、明日の夜明けと共に」国王は、短く宣言した。「各国軍は、今夜のうちに、編成と装備を、最終確認します。本隊集結地点は、ロジカ王城の北の野原。中継塔の補給線が、すでに、繋ぎ直されています」
「明日の、夜明け」アリアが、低く繰り返した。「本日は、これにて、解散」
代表たちが、それぞれの席を立ち、長卓の周囲に、薄い一礼を、置いていった。最後にロジカ国王が、長卓の前で、深く一度、頭を下げた。下げる角度の中に、千年分の王の責任の重みと、半日先の戦場で娘が前線指揮を執るという、父としての別の重みとが、同時に乗っていた。
俺はLv5の指を、長卓の表面に、もう一度、伸ばした。
指先で、「Operation Refactoring」の銀色の文字の隣に、もう一行、書き足した。
「進軍開始 — 明日、夜明け」
書き足した文字が、長卓の表面で、薄く銀色に光った。光の縁には、もう、藍色の滲みは、入り込めなかった。
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夜が、深くなった。
俺は、ロジカ王城の西棟の窓辺で、長く息を吐いた。
窓の外の、北の地平線。
藍色のオーラの波形が、夜の闇のなかで、薄く脈打っていた。脈打ち方は、四十二日前の夜の脈打ち方と、ほとんど変わらない速度だった。だが、波形の振幅は、四十二日前より、ずっと、薄かった。薄さの中に、ヴァイラスが、こちらの攻めの動きを、もう知っている、という気配が、入っていた。
知られていた。
知られていた上で、ヴァイラスは、四方向のうちの、どこから来るかを、確実に当てる手を、用意してきていた。だが、確実に当てる手を、用意できるのは、こちらが一手ずつ動くことを、前提にしている時だけだった。こちらが、四方向、同時に動けば――敵の確実な手は、四分の一の確率に、薄まる。
「いける」俺は、低く呟いた。
窓辺の半歩後ろで、アリアが、白い軽鎧の留め具を、もう一度、確認していた。確認の動作の中に、明日の夜明けの戦場の重みが、薄く、しかし確かに、乗っていた。
「レン」アリアが、低く呼んだ。
「ん?」
「明日、私たちは、それぞれの役の上で、別々に、立ちます」アリアは、留め具の最後の一個を、嵌め終えた。「でも、別々に立っていても、私たちは、ひとつの作戦の中に、います。あなたが書く一行と、私が振る一剣は、同じ盤の上に、ある」
「同じ盤の上だ」俺は短く頷いた。
「だから――生きて、戻りましょう」アリアは、白い軽鎧の手甲の指を、軽く組んだ。「約束ではなく、合意として。生きて戻る、というのを、二人のあいだの、作戦の前提条件に、しましょう」
「前提条件」俺は、その四文字を、Lv5の解像度で読んだ。「いい言い方だ。約束より、ずっと、扱いやすい」
「あなたの語彙、お借りしました」アリアは、薄く笑った。
胸の中央の塊が、深く、しかし穏やかに、脈を打った。
窓の外の、北の地平線の藍色のオーラの波形が、その脈の上に、薄く乗ってきた。だが、乗ってきた藍色は、もう、俺の塊を、揺らさなかった。揺らすには、こちらの輪郭が、四十二日前より、ずっと、確かに、組み上がりすぎていた。
夜明けまで、あと六刻。
俺は、長く、息を吐いた。
吐いた息の先で、窓の外の星々が、四角い粒の薄い層の合間から、まだ、薄い銀色の光を、こちらに送り続けていた。光は、世界の、まだ書き直されていない、原型の輪郭の、最も古い参照だった。その参照を、明日の夜明けから、こちらの手で、新しい構造に、書き直しに行く。
「行こう」俺は、低く呟いた。
呟きが、夜の空気の中に、薄く流れた。流れの先で、ロジカ王城の北の野原に、ひとつ、またひとつと、各国軍の野営の灯が、灯りはじめていた。
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```
[SYSTEM LOG - logica capital → /dev/null 2.0 / refactoring day 4 → 5 / T+116:00:00]
> operation REFACTORING: APPROVED by 5-nation council (13 signatures)
> role assignments:
> - logica: vanguard (aria) + spearhead (valid, reformed)
> - securia: defense / cipher-break
> - network coalition: comms / supply line
> - databerg: intel / real-time analysis
> - visual empire: illusion / decoy
> - strike team (6): ren / aria / guard / shell / memory / harsh
> sky north horizon: pixelization expanding (visible band: +1.1% / hr)
> back-line cycle: 127 mages across 5 nations — refactoring continues during march
> march start: dawn, day 5
> bug_density (global counter): 96.84% (purge marginally winning)
> [STATUS] eve of advance — strike team standby
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